一覧へ戻る
山田剛のINSIDE INDIA (第105回=番外編=)

雇用創出や「政治」の安定は不十分~ベテランビジネスマンがモディノミクスを辛口採点

物価安定や汚職追放には高評価

 

2019/01/07

 P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)インディアのCEOなどを務めたベテランビジネスマンで、著名な作家としても知られるグルチャラン・ダス氏が、インド・モディ政権4年半の経済・産業政策を採点した。

―――モディ政権の経済改革に対する総合評価は?

 「Bプラス」といったところだろう。(独立以来の税制改革となった)GST(物品・サービス税、つまり全国共通の消費税)導入や、企業の破たん処理を加速させるIBC(債務超過・破産法)の施行などは長期的な効果が期待できる。しかし、2016年の「高額紙幣廃止」は中小企業の資金繰りに大きなダメージを与え、多くの失業を招いたという意味で失敗だった。

 世界銀行の「Ease of Doing Business 2019」ランキングでは前年の100位から77位へと上昇した。来年はさらに順位が上がるだろうし、政府が目標とする「50位以内」というのも十分達成可能だ。デジタル経済の浸透によって、納税や送金が非常に簡単になり透明性も高まったことは評価できる。しかし、インドにはまだ多くの「官僚主義」が残っている。認可・申請手続きなどで数多くの「ワンストップ・ショップ」ができているが、まだ不十分だ。

―――注目すべき改革は?

 2ケタだったインフレ率(消費者物価上昇率)を3%前後にまで抑制したことは大きな業績だといっていい。汚職撲滅もうまくいっていて、現政権内には目立った汚職が起きていない。行政の電子化、オンライン化のおかげだろう。モディ政権のもう一つの功績は、「デジタル化」などで人々の考え方を変えたということだ。それを最新のテクノロジーが後押ししている。

 しかし、雇用創出に関しては及第点を付けられない。(人口の半分が25歳以下、という人口構成で)どうして雇用が増えないか、という疑問には明確な答えがないが、モディ政権はまだ雇用創出に全力を挙げていない。正規雇用を増やすにはやはり輸出を拡大する必要がある。インドは(世界市場では自国産品が通用しないという)悲観主義から脱却すべきだ。

 インドが8%以上の経済成長を持続しようと思ったら雇用創出が不可欠だ。2003~2011年にかけてインドは平均8.8%成長したが、前国民会議派政権はこの高成長を雇用に結び付けることができなかった。「第2次モディ政権」は何としても雇用創出に全力を挙げるべきだ。住宅産業や観光業などではまだまだ雇用拡大のチャンスがある。また、高額紙幣廃止によって職を失った中小・零細企業の従業員に対する手当を忘れてはならない。

―――最近は与党BJPの後ろ盾であるヒンドゥー・ナショナリスト団体・民族奉仕団(RSS)*が存在感を強めている。

 政治に対する私の評価は「Cマイナス」、というところだ。こうしたヒンドゥー・ナショナリストの跋扈を許してしまったからだ。人口の80%を占めるヒンドゥー教徒は多様化しているし、穏健だが、彼らヒンドゥー・ナショナリストは流れる水を逆流させようとしているに等しい。選挙で票を得るために主に反イスラムのスローガンを掲げている。しかしインドではナショナリスティックな政策は受け入れられないし、決して主流となることはない。モディ氏が率いる与党インド人民党(BJP)が選挙で勝った背景はナショナリズムではなく経済成長を求める声だった。

 (12月11月に一斉開票された)マドヤプラデシュ州などの州議会選で与党BJPが敗北したことは、インド国民が常に政治に対し懐疑的で、自分たちのリーダーを交代させることを躊躇しない、ということをはっきり示した。今回の敗北で2019年総選挙の見通しがやや不透明になってきたし、モディ首相は自分の仕事が「雇用創出」と「成長実現」であるということを改めて思い知っただろう。

 それでもモディ首相の人気は健在で、彼に替わる政治家はいない。モディ氏は選挙後に再び政権の座に就くだろう。ただし、与党BJPの議席は減ることが予想されるので、次期政権は地域政党などとの連立を模索することになりそうだ。これは個人的な意見だが、インドでは州議会選の日程がバラバラなので常にどこかの州で選挙が行われている状況だ。これでは行政の遅滞を招くので「統一地方選挙」を導入すべきだ。国政選挙と州議会選(ともに任期5年)を2年半おきに実施すればいい。これには憲法改正が必要となるが。

―――インド中銀(RBI)と政府・財務省の対立によってウルジット・パテル前中銀総裁が突然辞任したが、これで市場の信頼は損なわれるのでは?

 パテル前総裁の辞任は確かに残念だし、市場に対してもRBIの独立性に不安感を与えた。しかし、中銀総裁の辞任や州議会選での与党敗北、それに各州が相次ぎ発表した農民への債務免除などにもかかわらず、国内市場は極めて安定している。後任の総裁(シャクティカンタ・ダス氏)は元キャリア官僚であり、RBIと政府・財務省との対立は収束するだろう。

 中銀と政府が対立すること自体は健全なことだ。あらゆる政府は成長を重視するし、中銀はインフレを警戒する。両者がひっそりと協議すればいいのに、そこがインドの「Noisy Democracy」。大っぴらにやるから騒ぎになるのだ。

グルチャラン・ダス氏

 1943年生まれ。ハーバード・ビジネス・スクール卒。1985年~92年にP&Gインディアの最高経営責任者(CEO)や米P&G本社の副社長(グローバル戦略担当)を務め、同社をインドにおける代表的な日用品ブランドに育てあげた。現在は作家活動の傍ら、資金量約10億ドルのノンバンク、DMIファイナンスの会長。ジレット・インディアやビルラ・サンライフ投資信託などの社外取締役も務めている。2014~15年にはインド国鉄の民営化推進委員会メンバーとして経営改革について助言を行った。“India Grows at Night” や “India Unbound” など著書多数。しばしば有力経済紙やテレビ番組などでインドの経済見通しや政策に関してコメントしている。

*民族奉仕団(RSS)

ヒンドゥー教の教義や価値感を尊重した民族主義を唱える団体で、メンバーは公称600万人。5万人の専従活動家を抱える。傘下には世界ヒンドゥー協会(VHP)や全インド学生評議会(ABVP)をはじめ、農民団体や労組など多数の組織を擁する。BJPもRSSの政治部門が前身。モディ首相をはじめ現政権の閣僚にはRSS活動家出身者が多い。選挙に際しては抜群の動員力やIT戦術を見せることで知られ、2014年総選挙におけるBJPの勝利に大きく貢献した。しかし、モディ政権やBJPの政権州ではRSSの働きかけで牛肉の販売を禁止したり、小学校の教科書にヒンドゥー神話を盛り込むなど宗教色の濃い政策を実施した、との指摘もある。RSSは最近、BJPに対し北部ウッタルプラデシュ州アヨディヤにあったとされるラーマ寺院の再建を強く働きかけており、これが宗教対立を再燃させるとの懸念もある。

 

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 2019年はいよいよ政治の季節。インド・モディ政権は続投を目指して今春の総選挙で国民の審判を受けることになります。2018年の地方選や補選の結果を見る限り、安泰と見られていた与党BJPの勢いに陰りが出てきたのは間違いありません。独立以来の税制改革となったGST(物品・サービス税)や、インド経済の病巣である不良債権の処理はようやく動き出したばかり。安定した「決められる政治」を求めているのはインド国民だけではありません。この連載では最新のニュースを踏まえ、インド政治・経済やビジネスの動向を詳細かつわかりやすくお伝えしていきたいと考えています。(主任研究員 山田 剛)