「政権交代」は十分あり得る~インド総選挙まで3カ月、選挙「前」と「後」の協力に要注目
2019/02/25
インドではいよいよ5年に一度の総選挙がやってくる。2014年の前回選挙で若者や都市住民の圧倒的支持を得て現与党インド人民党(BJP)を勝利に導き、一介の地方政治家からインド最高指導者の地位に駆け上ったナレンドラ・モディ首相が政権続投をかけて挑む選挙戦となる。しかし、BJPは昨年末、西部ラジャスタン、中部マドヤプラデシュなど3つの重要州議会選で敗北。フランス製戦闘機ラファール調達をめぐる疑惑や、マイナス影響ばかりが目立った2016年の高額紙幣廃止などが野党から厳しい批判を浴びている。モディ政権は2月1日に発表した2019年度暫定予算案で、農民や零細企業労働者、都市部のサラリーマン層などに手厚い措置を盛り込み、巻き返しに懸命だ。モディ首相個人の人気は今なお健在だが、ようやく一人立ちした最大野党・国民会議派のラフル・ガンディー総裁は、2大政党連合に加わらない地域政党など「第3勢力」の結集を目指して精力的に動き始めた。単純小選挙区制をとる下院選では、選挙前の候補者調整など選挙協力が勝敗を大きく左右するため、各党間の交渉の行方は要注目。そして、BJPも単独での過半数確保が厳しくなっていることから、選挙後の連立工作の行方によっては「政権交代」も十分可能性がある。一寸先は闇のインド政治。世論調査も当てにならないことが多く、まさにフタを開けてみるまでわからないのだが、今回は総選挙とモディ政権の行方を予想してみたい。
「選挙協力」あれば違った結果に
本連載でもしばしば、インド政治における「小選挙区制のアヤ」について言及してきたが、もちろん前回2014年総選挙でもその特徴がはっきり出ており、わずかな得票率の差が結果的に大きな議席数の差となった。 前回総選挙では、与党インド人民党(BJP)を中心とする政党連合・NDAの得票率が38.5%に達し、惨敗した国民会議派連合(UPA)の約23%に大きく差をつけた。だが、2大政党連合のいずれにも加わらないいわゆる「第3勢力」の得票率はNDAを上回る約39%に達していた。つまり、国民会議派が第3勢力をある程度取り込んで候補者調整などの選挙協力ができていれば、勝てないまでももっと善戦できた可能性があった。
今年の総選挙では与党にとっては不安なデータがある。BJPは2014年総選挙で獲得した282議席中、140選挙区ではライバル政党の「分裂」に乗じて勝っているということだ。中でも議席数の上で勝利した北部ウッタルプラデシュ州、デリー近郊のハリヤナ州、西部マハラシュトラ州、そして南部カルナタカ州では、非BJP政党の合計得票率がBJPのそれを上回っていた。2019年選挙でも、BJPは北部ジャンム・カシミール州、ビハール州、アッサム州などの100前後の選挙区で他党との「共闘」が予想されるが、これらの選挙区は2014年総選挙で29人しか当選していない。このことから「選挙協力が苦手なBJP」という構図が浮かび上がってくる。
野党勢力結集へ
モディ首相率いるBJPに勝って政権交代を成し遂げるには、全国に散らばる中小の地域政党と手を組むことが不可欠。2018年3月、ラフル・ガンディー国民会議派総裁の母にして故ラジブ・ガンディー元首相の妻ソニア・ガンディー前総裁はデリーにある自らの私邸に野党20政党の党首・幹部らを招待して晩餐会を開いた。出席者らは「政治的な会話のない政治的会合」としていたが、2019年総選挙をにらんだ協力を模索する意図があったのは間違いないだろう。
晩餐会には北部ビハール州の地域政党・国家人民党(ラーシュトリヤ・ジャナタ・ダル=RJD)のラルー・プラサド党首の二男で同州の前副首相テジャスウィ・ヤダブ州議会議員や、昨年夏に死去した南部タミルナドゥ州の元州首相M・カルナニディの息子で、地域政党ドラビダ進歩同盟(ドラビダ・ムンネトラ・カザガム=DMK)を率いるM.K.スターリンなどの有力地方政治家も参加した。それぞれ強固な地盤を持つ地域政党とは、候補者調整などの選挙協力が難しくても選挙後の連立工作で手を組む可能性がある。
さらに18年12月、最近ラフル・ガンディー総裁と急接近しているアンドラプラデシュ州の地域政党テルグ人国家党(テルグ・デサム党=TDP)党首のチャンドラバブ・ナイドゥ州首相の主導で野党21党の党首らがデリーに集まった。国民会議派のガンディー母子をはじめカルナタカ州の政権党ジャナタ・ダル世俗派(JD-S)を率いるデーベ・ゴウダ元首相、ジャンム・カシミール州の野党国民会議(NC)のファルーク・アブドラ党首らに加え、新興政党・庶民党を率いるアルビンド・ケジリワル・デリー準州政府首相や西ベンガル州に君臨する地域政党トリナムール会議派(AITC)のママタ・バナジー党首、そしてインド共産党マルクス主義派(CPI-M)のシタラム・イエチュリー書記長らも顔をそろえた。
国民会議派からはさらに、党重鎮のグル・ナビ・アザド上院議員、アントニー元国防相、アショク・ゲーロト・ラジャスタン州首相、ソニア氏側近のアフマド・パテル上院議員といった大物らも合流。ただの懇親会ではなかったことは明らかだ。
動向から目が離せないのはやはりナイドゥ氏だ。18年3月、自らが政権を担うアンドラプラデシュ州に対する特別待遇措置をモディ政権に拒否されたナイドゥ州首相はBJP連合と決別、現在は「第3勢力」のまとめ役として存在感を発揮している。野党勢力の結集が実現すればキングメーカー的な役回りを演じることになるだろう。
2019年に入るといよいよ選挙協力の動きが加速しはじめた。1月上旬にはウッタルプラデシュの被差別カースト層を支持基盤とする大衆社会党(バフジャン・サマジ党=BSP)と社会主義党(サマジワジ党=SP)がいち早く選挙協力に合意、国民会議派とは手を組まない、と宣言した。これにより、来る総選挙で同州ではBJP、国民会議派、そして地域政党連合による「三つ巴」の戦いになる見通しとなった。
人口2億人を超えるウッタルプラデシュ州は、543議席の国会下院で80議席を割り当てられている巨大州。ここでの勝敗が当然政権行方を大きく左右する。2014年総選挙でBJPは80議席中71議席を獲得する圧勝を飾り、国民会議派はソニア・ラフル母子が獲得した2議席だけとなった。SPはわずか3議席、BSPに至ってはゼロ。だが、BSPとSPの合計得票率は約40%とBJPを上回っていた。選挙協力さえちゃんとやっていればこれほどの惨敗はなかっただろう。これこそが地元2大政党が旧怨を超えて手を組んだ理由だ。
今や全国政党となったBJPだが、伝統的に南インド、東インドでは支持基盤が弱い。西ベンガル州はママタ・バナジー氏率いるAITCの牙城。20年近くにわたってナヴィーン・パトナイク氏(地域政党ビジュ人民党党首)が州首相を務める東部オディーシャ州でも存在感は極めて希薄。南部タミルナドゥ州やアンドラプラデシュ州でも地域政党の後塵を拝しているBJPが中央の政権を維持するにはこれら強力な地域政党をいかに連立に取り込めるか、にかかっている。
ましてや、BJPが今年の総選挙で前回のように単独で下院の過半数を押さえられるとは思えない。雇用対策と農村対策が後手に回ったことへの批判は根強く、後ろ盾であるヒンドゥー至上主義団体・民族奉仕団(RSS)の政策介入などを警戒する有権者も少なくないからだ。
選挙協力を目指す他党との協議では国民会議派が一歩先行している。ラフル総裁はタミルナドゥ州のDMKやアンドラプラシュ州のTDP、そしてビハール州のRJDなどと強固な関係を築きつつあり、昨年のカルナタカ州議会選でまさかの2位+3位連合で州政権を守った離れ業はすごみがあった。そして2月上旬、ラフル・ガンディー総裁は国会内でCPI‐Mのイエチュリー書記長と会談。西ベンガル州での選挙協力について話し合ったとみられる。昨年ハイデラバードで開いたCPI-Mの党大会では国民会議派との協力は否定されたが、CPI‐Mなど左翼政党は2004年に発足した国民会議派政権に閣外協力した経緯があり、再び「BJPを倒す」ために手を組む下地はある。
このほか、AITCのバナジー党首は最近DMKのスターリン党首と会談、SPのアキレーシュ・ヤダブ党首らとも個別に会談しており、不気味な動きを見せている。かつてAITCは州野党時代、時の左翼政権に打撃を与えるためにタタ自動車の工場進出計画をつぶした剛腕が思い出される。
変貌遂げたラフル氏
当初、ラフル氏を軽んじていたモディ首相も、最近は彼を一目置くようになってきた。ラフル氏が政治家として一皮むけたと感じるのは策略や裏工作もできるようになったことだ。例えば昨年5月のカルナタカ州議会選。接戦となり、2位-3位連合での政権確保の可能性があるとわかるや、同州にゲーロト氏らベテラン政治家を派遣、電光石火で州議会議員の囲い込み戦術に打って出た。
またそのバランス感覚もさすがだった。州議会選の論功行賞でラジャスタン州の新首相(チーフ・ミニスター、CM)にはベテランのゲーロト氏を起用、選挙対策委員長だった若手のサチン・パイロット氏を副首相に据えた。若返りを急がず、ベテランに花を持たせつつ若手も登用するという見事な仕切りだったといえる。
世俗主義を掲げ、イスラム教徒や被差別カーストの支持者が多い国民会議派ゆえに、BJP政権が訴えるアヨディヤのラーマ寺院再建問題に対しては批判的なスタンスだが、ラフル総裁は穏健派ヒンドゥー勢力にも一定の配慮を示しており、支持基盤を最大化する努力に怠りはない。
国民会議派にも弱点
3州議会選の勝利で勢いがついてきた国民会議派だが、このまますんなり総選挙でも勝てるとは思えない。さらなる人気テコ入れを狙ってか、ラフル総裁の妹で兄以上の人気があるプリヤンカ・ヴァドラ氏をとうとう政界入りさせ、ウッタルプラデシュ州東部を管轄する党幹事長に任命した。祖母インディラ・ガンディーの形見のサリーを身に着け、庶民に向かって語りかけるプリヤンカ氏はかねて、「国民会議派最後の切り札」とされてきた。そのタイミングが今、ということか。だが、これによってBJPなどが彼女の夫であるビジネスマン、ロバート・ヴァドラ氏の不正疑惑を再度蒸し返してくるリスクもある。
新たな波乱要因も浮上している。2月14日にインド側カシミール地方で起きた自爆テロでは、パキスタン領内に拠点を持つイスラム過激派・ジャイシュ・エ・ムハンマド(JeM)が犯行声明。インド政府は事件に対するパキスタン軍部の関与を主張し同国に対する最恵国待遇(MFN)を停止するなど、「選挙前」という要因を考慮してもかつてない強硬姿勢を見せた。2月26日にインド軍はパキスタン「領内」にあるJeMの拠点への報復攻撃に踏み切った。インド国民に隣国パキスタンに対する敵意が高まったのを見届けてのことだが、思惑通りにインド各地では国旗を振ったり発煙筒を焚いて報復攻撃を歓迎する市民の群れが路上にあふれた。有権者が「強いモディ」へとなびけば、与党BJPにとってはかなりの追い風となるだろう。
ラフル・ガンディー総裁にとって、第3勢力各党党首との協議を急ぎ、広範囲な選挙協力を実現してBJPとの差を少しでも縮めることが緊急課題だが、さらに選挙後の連立工作にも相応の準備を持って臨まなければならない。これらが首尾よく進めれば、政権交代も決して不可能ではない位置まで来ているといえるだろう。
*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら
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