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山田剛のINSIDE INDIA (第108回)

放漫経営の末か、行政の無策か~民間航空の雄ジェット・エアウェイズの経営破綻

 

2019/04/25

 インド民間航空会社の先駆けとして、一時は国内線でトップシェアを誇っていたジェット・エアウェイズが4月17日夜、ついに全面運航停止に追い込まれた。1993年、国営エア・インディアとインディアン航空による独占を打破し、フルサービス航空として華々しく就航したジェットだが、近年は台頭するインディゴ(運営会社はインターグローブ・アビエーション)などの格安航空会社(LCC)に押され、昨年夏からはにわかに経営危機が表面化、給与の遅配が相次ぐ中で経営陣は自主再建を断念、銀行団の主導で新たな投資家の選定作業に入ったばかりだった。

 旅客数が年間20%を超えるスピードで拡大しているインドの航空業界だが、携帯電話サービスと同様に各社は「利益なき値下げ競争」を強いられ、これに耐えられなくなったエアラインが相次ぎ運航停止や撤退に追い込まれてきた。ある意味ジェットよりも経営状態が深刻だった国営エア・インディアには度重なる資本注入で生き残りを図ってきたインド政府は今回、何ら効果的な救済策を講じずに事実上ジェットを見捨てた。政府は地域振興の一環として補助金付きでローカル路線の利用拡大を目指すUDAN(地方空港接続性向上スキーム)を推進していた矢先だったが、無計画に新規参入を認めた挙句に割高な航空燃料価格や税金、空港着陸料などを放置してきた航空行政のまずさは今回の総選挙でも新たな与党批判材料となりそうだ。

民間航空の雄、あえなく失墜

 ジェット・エアウェイズは、外国エアラインの代理店業務など旅行業で成功したナレシュ・ゴヤル氏(69)が設立、1993年にかつてのタタ航空(その後国営化され現エア・インディアとなる)以来の民間航空として運航を開始、2004年には「運航経験5年、保有20機」ルールを満たして国際線に進出。翌05年には株式を新規公開。2007年にはライバルだったエア・サハラ(現ジェットライト)を買収、一時は航空機120機以上、国際線も含めて毎日600便以上を運航し、国内線の旅客シェアは26%(業界1位)と、インドを代表する民間エアラインへと成長した。

 ジェットの経営危機は今回が初めてではない。2013年の経営危機に際しては、アラブ首長国連邦(UAE)・アブダビのエティハード航空から24%の出資を仰いで乗り切った経緯がある。しかし、その後たびたび高騰した原油価格、フルサービスゆえの高コスト体質、徐々に規制緩和が図られたとはいえ今なお流通・販売に規制がある航空燃料、他の新興国に比べて割高な空港使用料などがじわじわと経営を圧迫してきた。

 それに加えて、ライバルのインディゴやスパイス・ジェットなど、価格の安さと徹底した低コスト運航で急速にシェアを伸ばしたLCCとの「利益なき価格競争」はジェットの体力を奪っていった。

国際線進出や高コスト体質が経営圧迫

 18年8月、インドの地元紙は「新たな支援がなければジェット・エアウェイズは今後60日間しか運航を継続できない」と一斉に報道。監査法人が決算書類へのサインを拒否する事態も起きた。11月には同年7-9月期まで3四半期連続の赤字を計上、19年に入ると支払い遅延を理由にリース会社が相次いでジェットから航空機を引き揚げた。さらには国営インド石油(IOC)も代金未払のため給油を拒否。運休→収益低下→運転資金ショートという悪循環に陥った。2011年に75機の大量発注をしていたボーイング737MAX-8型機がインドネシアやエチオピアで相次いで墜落した事故も追い打ちをかけた格好だ。

 この手の企業報道では、「後付け」でいろいろネガティブ情報が出てくるのが常ではあるが、ジェットではチケット販売などの営業経費が総売り上げの15~17%に達するなど、やや異常な高コスト体質がかねて指摘されていた。現在の市場リーダーであるインディゴが同2~3%であることを考えると、経営のまずさが際立つ。役に立たないソフトウェアの導入や効率運用とは程遠いルートプランニングなども相次ぎ指摘され始め、経営者サイドによる会計不正の可能性を示唆する見方も浮上している。

 LCCとの競争で、サービスを削らないまま運賃だけを下げるという戦いを強いられたうえ、エアバスA330やボーイング777などの大型機を次々と導入し、国際線に本格進出したのが失敗、との見方も出ている。こうした経営環境で、2018年中盤の原油高や最近のルピー安が苦境に拍車をかけた。

 今となっては、という話だが、運航停止を回避するにはこれまでにいくつかのチャンスがあった。18年10月には大手財閥ですでに航空事業に進出しているタタ・グループが支援の手を差し伸べたが、ゴヤル夫妻の退陣などをめぐる条件で折り合わず破談に。同様に有力株主のエティハード航空とも追加出資などで交渉に入った形跡があるがこちらも合意には至らなかったようだ。

 この間にもパイロットや地上職員の給与遅配が相次ぎ、自力再建を断念したジェットは3月末、創業者のゴヤル夫妻が経営陣から退くことを条件に国営商銀最大手ステート・バンク・オブ・インディア(SBI)など26行からなる銀行団に株式の51%を譲渡、150億ルピーの支援受け入れに基本合意していた。

 しかし、相次いでリース機が引き揚げられたことで4月中旬には飛べる飛行機がATRなどわずか11機に減少、申請していた夏ダイヤの運航がほぼ不可能となった。2019年1-2月の国内線旅客シェアはわずか12.5%、この時かつてゴヤル氏が「格下」とみていた後発LCCのインディゴは43%と圧倒的な勝者になっており、完全に主役が入れ替わった格好だ。なお、2009年にはジェット(子会社で旧サハラのジェットライトを含む)の国内線のシェアは26%、インディゴは14%と大きな開きがあった。

銀行団、緊急融資を拒否

 4月上旬、新たな出資者としてTPGキャピタルやインディゴ・パートナーといった民間ファンドをはじめ、政府系投資ファンド・国家インフラ投資基金(NIIF)、そしてすでにジェットの主要株主であるエティハード航空の4社がジェットの株式取得に関して拘束力のない「意向表明書(LOI)」を銀行団に提出。再建にめどがついたかに見えた。しかし、銀行団はジェットが運航継続のために要請した緊急融資40億ルピーについて、「返済のめどが立っていない」として拒絶。ここにジェット・エアウェイズの命運は尽きた。

 株価は2018年1年間で60%も下落。負債総額は20億ドル超とみられ、赤字額は18年4-12月だけで320.8億ルピー(約516億円)に達した。最後は1日当たり2億ルピーの損失を出すというまさに末期的状況だった。

 ジェットの経営破綻は、シェア優先の経営戦略をとってきたインドの航空各社の弱点を一気に顕在化させた。2000年代には派手なキャビンアテンダントや豪華な機内サービスで人気となったキングフィッシャー航空をはじめ、地方空港を拠点とする地域航空会社などが相次ぎ就航したが、2010年代に入るとこのうち10社以上が運航停止に追い込まれた。もともと最低数千円という格安運賃で長距離列車に乗れるインドでは、航空旅客といえども価格には非常にシビアだ。LCCの側も効率的な機材運用に全力を挙げ、乗務員自らがてきぱきと機内を清掃し、水やスナックはすべて有料。手荷物が1、2キロ超過しただけでも容赦なく追加料金を取り立てる。その優位性は明らかだ。

 インドの航空業界は、旅客の伸びだけで言えば世界一の急成長セクターだ。2003年にわずか1,591万人だったインドの国内線旅客数は、2009年には4,333万人、これが2018年には1億3,900万人と、すでに日本の1.5倍の市場規模になっている。最大のドル箱路線であるデリー-ムンバイ線は6社が運航、2018年3月から翌19年2月までの便数は計約4万5,200と堂々の世界第3位。決して市場環境が悪いわけではない。

潰えた夢のあと

 フルサービスゆえのコスト高に加え、積極的な路線拡張投資が裏目に出て2012年に運航停止に追い込まれたキングフィッシャー航空の元オーナー、ビジャイ・マリヤ氏はジェット破綻騒動のさなか「インド政府は左前になった国営エア・インディアには3500億ルピー(約5600億円)もの税金を注入したのに、ジェットはいっさい救済しなかった」と非難した。

 それでも、SBI率いる銀行団はもちろん、ジェットの経営陣やパイロットは新たな投資家の経営参画にわずかな望みをつないでいる。LCCに模様替えでもすれば十分生き残れる基盤はあるし、海外の主要空港で持っている乗り入れ枠も魅力的だ。しかし、万策尽きて運航停止に追い込まれ、最後には銀行団からも見放されたというのはあまりにも印象が悪い。政府によるライセンス取り消しや乗り入れ枠切り売りの可能性も指摘されており、ジェットのブランドがもう一度空に舞い戻る可能性は低い。

 今回の「破綻」で、ジェットが保有する航空機は同業他社に再リースされ、パイロット1100人を含む2万3000人の従業員(の一部)は同業他社に転籍することになるだろう。ジェットの運航停止によって同社職員はもちろん、各地の空港で地上業務などに従事する計8万人以上にも影響を与えるとみられている。衰えたりとはいえ12.5%のシェア、幹線に限れば24%のシェアを持つジェットがこのまま退場しても、増加を続ける航空旅客に対応する増便能力は他社にはない。つまり、短期的には値引きの見合わせや先送り、そして航空運賃上昇は避けられない情勢だ。

 すでにエア・インディアはリース会社に対し、ジェットから召し上げたボーイング777型機の再リースを要請。スパイスも同様の手法で6機のボーイング737を調達したい意向だが、すでにダイヤを組んでいた便のキャンセルなどで旅行客には早くも混乱が起き始めている。戦略なき自由化でだれももうからない市場になってしまった携帯電話と同様、一連のジェット破綻騒動では行政の無策ぶりが際立った。

 加入件数が11億件を超えた携帯電話市場ではかつて13社もあったサービスプロバイダがボーダフォン・アイデア連合や新興勢力ジオなどの「4強」の寡占体制にほぼ再編された。新たに運航停止や経営破綻が相次げば、航空業界も携帯電話の二の舞となりかねない。撤退や値上げ、サービスの低下などで最終的に影響を受けるのは旅行者なのである。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

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