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山田剛のINSIDE INDIA (第109回)

逆風制した戦術と組織力~2019年インド総選挙でモディBJP圧勝

 

2019/05/27

 有権者約9億人。「世界最大の民主主義」を実践する5年に一度のインド総選挙が5月23日に開票され、強い指導力で経済改革「モディノミクス」を推進してきたナレンドラ・モディ首相の与党インド人民党(BJP)が再び圧勝して政権続投を決めた。ネール・ガンディー家4代目のラフル・ガンディー総裁率いる最大野党・国民会議派は、農村の困窮や伸びない雇用、フランス製戦闘機の調達をめぐる疑惑などで政権批判を展開したが有権者に響かず、わずかに党勢を盛り返しただけで前回2014年総選挙と同様の完敗となった。

 総選挙での圧勝という国民の大いなる信託を得て2024年まで政権を担うモディBJPは、外には米中貿易摩擦や中東情勢の緊迫化、内には個人消費や設備投資の低迷、インフレ懸念などさまざまなリスクが高まる中、なお道半ばである経済改革を加速させ、あらためて高成長や所得の増加、雇用の拡大を目指すという困難な仕事に挑む。

「農村」「雇用」の逆風はねのける

 BJP率いる与党連合・国民民主同盟(NDA)は定数543議席の国会下院(1選挙区で投票が延期され、選挙実施は542議席)で、過半数を大幅に超える352議席を獲得。農村・雇用問題などさまざまな逆風にもかかわらず、政権交代を成し遂げた前回総選挙と同数の議席を確保した。アンチ・インカンベンシー(現職不利)の傾向が強いインド政治においては極めて異例。BJPの得票率38%という数字は、全盛期だった1980年代の国民会議派に並ぶものだ。下院選で2回続けて単独過半数を制したのも、1980年代の国民会議派以来となる。

 BJPは、モディ首相の地元グジャラート州(下院543議席中26議席を割り当て)をはじめ、日系企業も数多く進出するデリー近郊のハリヤナ州(10議席)、18年末の州議会選で国民会議派に州政権を奪回された西部ラジャスタン州(25議席、友党含む)、そして首都デリー(7議席)で全議席を独占した。

 昨年の州議会選で第1党となりながら州政権奪取に失敗したIT都市バンガロールを擁する南部カルナタカ州でも28議席中26議席(無所属の党推薦候補含む)を獲得しリベンジを果たした。商都ムンバイを抱える西部マハラシュトラ州では地元右派政党シブ・セーナーと組んで48議席中41議席を固める圧勝。人口2億人超の北部ウッタルプラデシュ州でも、最下層の被差別カースト「ダリット」を主な支持基盤とする大衆社会党(BSP)と、その他後進カースト(OBC)に根を張る社会主義党(SP)による政党連合を抑え、80議席中64議席(友党2議席を含む)を獲得する勝利を収めた。

 地域政党ビジュ人民党(BJD)が20年近く州政権を維持する東部オディーシャ(旧名オリッサ)州では、前回のわずか1議席から8議席へと躍進、同じくトリナムール会議派(TMC)が圧倒的な強さを見せる西ベンガル州でも42議席中18議席を獲得する健闘を見せた。BJPはこれまで地盤が弱かったインド東部にも着実に勢力を拡大、南インドの一部を残して全国政党への道をまた一歩進んだといえるだろう。

苦手の農村部でも議席増

 BJPの選挙対策本部では総選挙に臨み、直近の州議会選で農村部での苦戦が目立ったことを重視、農村票の掘り起こしに全力を挙げてきた。政府与党として今年2月に発表した19年度暫定予算では、零細農家1億2000万世帯に対し年間6000ルピー(約1万円)の所得補償(つまり現金給与)や、酪農家や被災農民の銀行借り入れに対する2%の金利補助、所得税の免税枠拡大などを盛り込み、農村・貧困層重視をアピールした。

 こうした政策が奏功したか、今回の総選挙ではBJPは都市と農村でまんべんなく勝利して議席を積み上げた。インド選管によると、農村部(農村人口が30%以上)の選挙区353でBJPが獲得した議席は前回14年の190から207へと増加。都市部・準都市部でも微増となり、かなりバランスよく勝ったことを裏付けた。全体の得票率もBJP率いるNDAが44.9%、国民会議派率いる野党連合・統一進歩同盟(UPA)の27.5%、第3勢力の21.4%に大きく差をつけた。やはり完勝といっていいだろう。

 すべての投票が終わった5月19日に出口調査報道が解禁され、与党有利・モディ続投濃厚が伝えられると株価は一気に高騰。週明け20日のボンベイ証取(BSE)平均株価指数SENSEX30は全週末比1422ポイント(約3.7%)も上昇。開票が始まった23日午前には初めて40000を突破して一時40124.96を付け、市場がモディ政権続投を歓迎していることを改めて示した。

野党の政権批判は不発

 これに対し、マドヤプラデシュ、ラジャスタン州などの議会選勝利で勢いに乗り、政権奪回を狙った国民会議派は、3月に発表したマニフェストで貧困層5000万世帯(受益者はおよそ2億5000万人)への年間7万2000ルピー(約11万5000円)に及ぶ現金給付などを盛り込んだマニフェストを掲げるとともに、兄のラフル総裁以上に国民の人気が高い妹プリヤンカ・バドラを政界入りさせて必勝を期したが、党勢をわずかに盛り返しただけ。農村や雇用問題を厳しく批判したものの、再び吹き荒れたモディ旋風の前になすすべもなかった。

 これで総選挙では2回続けての完敗となった国民会議派にとってさらに大きな打撃もあった。ラフル総裁は初代首相である祖父ジャワハルラル・ネールや父ラジーブ・ガンディー元首相らを輩出した父祖伝来の選挙区であるウッタルプラデシュ州アメティで、BJPが刺客として送り込んだ女性閣僚スムリティ・イラニ氏に惜敗、52 年間守ってきた議席を失った。重複立候補した南部ケララ州で当選して辛うじて議員の座を守ったが、田中家が新潟三区で敗れるようなもので、国民会議派陣営にとっては大きな屈辱。ラフル総裁は辞意を表明、党幹部による必死の慰留で思いとどまった。

 国民会議派は地元政党ドラビダ進歩同盟(DMK)と組んだ南部タミルナドゥ州、北西部パンジャブ州、そして南部ケララ州で勝利したものの、前回総選挙からの議席の上積みはわずか8議席の計52議席。UPAとしても26議席増の91議席にとどまった。モディ首相の背中はかすんだままだ。

ナショナリズム、宗教そしてメディア戦術

 選挙前に多くのインド人およびインドビジネス関係者に選挙の予想を聞いてみたが、「与党BJP連合はかなり議席数を減らすが逃げ切って過半数を確保」という予想が非常に多かった。中には「BJPが小政党を取り込んで何とか政権を維持するが、決められない連立政治の再来となるのでは」という懸念を示す声もあった。そう考えるには十分な根拠があった。

 農産物価格の低迷や自然災害などで農民の所得が上がらないという、いわゆる「ルーラル・ディストレス(農村の困窮)」が繰り返し指摘され、最近でも農民の抗議デモが各地で相次いでいた。また、年間1000万人以上の若者が労働市場に参入するのに大企業・製造業を中心に雇用がほとんど増えていないという現実も改めて俎上に上がった。さらには、キャッシュ不足によって多くの零細企業が倒産、失業者があふれる原因となった2016年末の「高額紙幣廃止」に対しても再び批判が巻き起こった。そして、インド空軍の中型多目的戦闘機の調達価格が不透明な形で跳ね上がった「ラファール疑惑」など、与党BJPはにわかに強い逆風に直面していた。

 最近の州議会選でも与党BJPはモディ首相おひざ元のグジャラート州の農村部で苦戦、カルナタカ州ではまさかの政権奪還失敗、そして昨年末にはマドヤプラデシュ州など3州議会選で敗北――。流れは野党国民会議派に向き始めた、と思う向きも多かったに違いない。

 この流れを一夜にして変えたのが、2月に北部カシミール地方プルワマで起きたイスラム過激派のテロだったとされる。モディ首相ら指導部は直ちにパキスタン領域内の過激派拠点に報復空爆を実行。その後もパキスタンに対して一貫して強硬な対応を見せ、国民に「強いモディ」をアピール、喝采を浴びた効果も見逃せない。パキスタン側に拘束された空軍パイロットの身柄返還を勝ち取ったのも大きな政治的ポイントとなった。

 しかし、モディBJPが選挙で見せた戦術はそれ以上に周到にデザインされたものだった。日本で教鞭をとるインド人学者は、今回のBJP大勝の背景を「ナショナリズム、宗教、そしてメディア戦術の勝利」と分析する。モディ首相は過激派のテロを最大限に「利用」し、熱く国民統合を呼び掛ける、というわかりやすいアプローチを採用。「鬼門」であるイスラム教徒からの支持取り付けを早々と断念、強硬なヒンドゥー主義を引っ込め、その代わりに健全かつ穏健なヒンドゥー教的価値観を前面に出すことで、被差別カーストの票をまんべんなく集めた、との見解だ。

 そしてモディ首相やシャーBJP総裁らが効果的に新聞・TVに登場したことはもちろんだが、前回選挙でも活躍したBJPの「IT班」が今回もインターネットやスマホを活用し、若者にダイレクトに訴えかける戦術が大いに効果を発揮した。

 それにしてもBJPが「農村の困窮」や「雇用の伸び悩み」といったある意味致命的な弱点を短期間で盛り返し、さらにはこれほどの圧勝を飾った背景はいささか説明困難なのだが、考えられる要因を分析してみたい。

【ナショナリズム】

 やはりパキスタン領内のイスラム過激派に対する断固とした報復空爆が国民の支持を集めたのは疑いないだろう。インド共産党(CPI)のアトゥル・クマール・アンジャーン書記は地元紙に対し「ナショナリスト・ナラティブ」つまり、愛国的な言質が民衆の心をつかんだ、と分析している。報復攻撃によって外敵の侵略に断固立ち向かおう、というロジックもさることながら、「ともに経済成長を目指そう」「一緒に危機を乗り越えよう」というメッセージは、思いのほか有権者に響いたようだ。こうしたナショナリズムが、宗教やカーストを超えて国民の支持を集めた、ということだろう。

 昨年末のマドヤプラデシュ州などでの州議会選敗北後、モディBJPは直ちに戦術変更に動いた。野党から批判されやすい「過去の実績」を誇示することをやめ、もっぱら未来を語る、それができるのはBJPだけ、という訴えに重点を置いたのである。この戦略も当たった、と言えそうだ。こうした戦略を練り上げたのがモディ首相側近中の側近アミット・シャーBJP総裁。今回の選挙の論功行賞でシャー総裁は重要閣僚への就任が取りざたされている。

【メディア戦術】

 インターネットはもちろんツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどを総動員して有権者に政策を伝え支持を呼び掛けるというのは、いまや新興国でも当たり前の手法だ。ましてインドは年間1億6000万台以上のスマホが売れる市場。BJPにおいてこうしたメディア戦略を指揮したのが前回と同様、BJPの後ろ盾であるヒンドゥー至上主義団体・民族奉仕団(RSS)活動家出身のラーム・マダブ幹事長だったといわれている。

【失敗した野党連合の結集】

 選挙の1年半以上前から中小・地域政党の党首らを集めて夕食会を開くなど野党連合の結集に動いていたのが国民会議派のラフル・ガンディー総裁と、地域政党テルグ人国家党(TDP)を率いて南部アンドラプラデシュ州首相を務めていたチャンドラバブ・ナイドゥ氏だった。BJPを倒すために小異を捨てて団結し、広範な選挙協力で野党の共倒れを回避すれば十分に戦えるという狙いだった。机上の計算とはいえ、今回の総選挙でもUPAと第3勢力の得票率を足せば49%近くになり結果的にはNDAを上回った。

 だが、最初にインド共産党マルクス主義派(CPI-M)など左翼政党が会議派との共闘を拒否。BSPとSPも国民会議派と決別して独自の連合を組んだ。かくして野党は統一アジェンダを欠いたまま選挙戦に突入することとなった。野党勝利をにらんでキングメーカー的な立場を狙ったナイドゥ氏は、同時に行われたアンドラプラデシュ州議会選で大敗。州首相を辞任する憂き目を見た。

 マニフェストで国民会議派が示した貧困層への所得補償は単年度で3兆6000億ルピー(約5兆8000億円)もの巨額の金がかかる計算だった。2009年総選挙に際して当時与党だった国民会議派が導入した「農民の借金帳消し」でも、コストはせいぜい2兆円弱だった、と言われている。会議派は特に財源を示しているわけでもなく、さすがに農民らも多くがその実現性を危ぶんだと思われる。以前と違って有権者もそう簡単には騙されなくなってきている、ということだろう。

 モディ首相がかねて「国家のチョキダール(警備員)」を自称していたことから、会議派はラファール疑惑を厳しく追及する過程で「チョキダール・チョウ・ハイ(警備員が泥棒だった)」とのスローガンを掲げたが、こうしたやや品のない首相への攻撃も国民には受け入れられなかったようだ。

 選挙は「相手」がある戦いなので、野党陣営の資質も大いに問われる。農村・貧困層対策や雇用促進、インフラ整備といった主要経済政策に大きな差がない以上、下院選において有権者は最後に「モディ首相」か「モディ以外か」という選択を下すことになる。そうなった場合、現時点ではモディ首相を選ぶ人が圧倒的に多かった、ということだろう。いずれにせよ、BJPにとって一時の楽勝ムードが吹き飛び、一転厳しい戦いとなったことで、かえって党内の引き締めを図って最高のパフォーマンスで選挙戦に突入することができたのは間違いない。

高度化する有権者の投票行動

 今回の選挙結果で注目されるのは、州議会選と国政選挙で異なる投票行動をとった有権者がかなりの数に達したということだ。例えば下院と州議会を同時に実施した東部オディーシャ州。州議会選では州与党BJDの圧勝となったが、下院選ではBJPにかなりの票が流れた。日本でもかつては「与党を懲らしめるため参院選では野党に投票するが、政権選択となる衆院選ではやはり自民党」といった傾向がみられたが、有権者はこうした票の使い分けをするようになった。

 また、最近のインドでは珍しく、世論調査や出口調査の結果がおおむね当たっていたことも驚きだ。インドにおける選挙前の世論調査は当てにならない、というのが通説で、有権者がメディアの聞き取りに対して本当のことを言わない、ということがかねて指摘されていた。米大統領選でさえ、トランプ氏に投票した有権者の多くが「ヒラリーに入れるよ」などと回答して多くのジャーナリストの予想を狂わせたわけだが、これらはインドの有権者の新たな投票行動を示唆していて興味深い。

 ネットやスマホのおかげで自由に情報にアクセスできるようになったインドの有権者は、「だれに投票すれば自身にとって最も得になるか」を以前よりもじっくり考えて投票している。また、かつては地主や町の有力者、あるいは配偶者に指示されて投票していた農民や女性らが、自らの選択で一票を投じ、それを他人にも堂々と表明するようになった、と考えていいだろう。しばしば政策論争よりもバラマキや人気取りが優先されてきたインド政治だが、有権者は確実に「進化」している。

 モディ政権は、国を挙げての製造業振興政策である「メーク・イン・インディア」をはじめ、「デジタル・インディア」「クリーン・インディア」、インド版マイナンバーカードである「アーダール・カード」によって全国民に最新の金融サービスを提供する「ジャン・ダン・ヨジャナ(国民金銭計画)」、債務超過・破産法(IBC)による破綻企業の処理の迅速化、そしてエア・インディアなどの民営化や国営銀行、国営石油会社の統合、さらには、産業プロジェクトを推進するうえで大きなネックとなっている土地収用法の改正や、硬直的な労働諸法の整理・統合などにも迅速に取り組まねばならない。宿題は山のように積みあがっている。

 総選挙の圧勝で、期待料込みとはいえこれまで5年間の政策が一定の評価を得たことがはっきりした。当然、改革の加速を期待する声は一段と高まるだろう。そして、今回も卓越した動員力でBJP勝利に貢献したヒンドゥー至上主義団体・RSSの発言力もますます強まりそうだ。イスラム教徒との対立の火種をはらむアヨディアのヒンドゥー寺院再建問題を蒸し返す可能性もある。第1次BJP政権を率いた故バジパイ元首相はそのカリスマ性と人気でRSSの干渉を抑え穏健な路線を推進したが、その点では2期目に入るモディ首相も十分「親会社」と渡り合えそうだ。

 敗れた国民会議派にとっては厳しい「戦後処理」となるだろう。一時は小政党並みの所帯に落ち込んでいた党勢の凋落にブレーキがかかり、次の選挙における「挑戦権」を確保した、とはいえる。しかし今回も「政権奪回」までの道のりが相当遠いことをはっきり突き付けた選挙だった。老舗政党であるがゆえに、組織が制度疲労を起こしていたり、若者や女性の登用が進んでいない、といった問題も指摘されている。政府を監視し批判して政治を健全化するには強力な野党が必要。だとすればBJPに対抗できる支持基盤の広さを持つ全国政党は会議派しかない。何とか立て直しを図ってほしいところだ・・・。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 インド総選挙は大方の予想を上回る圧勝でモディ首相率いるBJP政権が続投を決めました。数々の逆風をはねのけて大勝した背景には、インドが内外の難局に立ち向かい高成長を目指すには「モディ首相」しかいない、と国民が判断したからだ、と考えられます。しかし、国民の絶大な信託を得たとはいえ、経済改革や外交、治安維持から農村・雇用対策まで、モディ政権の2期目はなお波乱がありそうです。本コラムでは、再び「経済の季節」に入ったインドの動向をあらためて詳細に分析していきたいと考えています。(主任研究員 山田剛)

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