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山田剛のINSIDE INDIA (第110回)

雨不足、原油高、そしてノンバンク危機―第2次モディ政権に早くも試練

 

2019/07/09

 農村の困窮やラファール戦闘機調達疑惑など幾多の逆風をはねのけ、予想外の圧勝を飾ったモディ首相率いるインド人民党(BJP)政権は7月5日、2019年度本予算案を発表、農村や中小企業対策、ノンバンクの流動性危機などに直面する銀行への支援などを盛り込んだ。しかし、選挙前の2月に零細農家への直接所得補償や個人所得税の免税上限の引き上げなど、インパクトのある政策を並べた19年度暫定予算案に比べると中身はやや地味で小粒だった。

 折しも雨季が始まった6月の降水量が平年比マイナス33%減という状況で生育遅れによる不作懸念が浮上。政策上もっとも重要な農家の所得向上に黄信号が点灯した格好だ。イラン情勢の緊迫化などを背景に原油価格も6月以降再び上昇傾向を強め、毎年年間1000万人以上の若者が労働市場に参入する中、新たな雇用創出の切り札もまだ見つかっていない。発足したばかりの第2次モディ政権は早くも数々の試練に直面している。

農業部門への配分大幅増

 19年度本予算は歳出総額27兆8634億ルピー(1ルピー=約1.58円)で、前年度予算(修正後)比13.4%増となった。このうち、農業関連には同75%増の1兆5251億ルピーが投入され、政府の農村重視を強くアピールした。教育関連も同13.4%増の9485億ルピー。防衛費は同7.0%増の3兆529億ルピーで、初めて3兆ルピーの大台に乗り、歳出に占める割合は10.9%となった。一方、食料、肥料、燃料に対する補助金は同13%増の3兆169億ルピー。こちらも大台乗せとなった。

 まず、所得が2000万~5000万ルピー、そして5000万ルピーを超える富裕層にはそれぞれ3%、7%の税率を上乗せする「金持ち増税」を適用。その一方で450万ルピーまでのローコスト住宅を購入する層にはローン金利から最大15万ルピーを減免する措置を導入。経営危機に直面したノンバンクの貸し渋りによって販売が低迷している住宅セクターをテコ入れする狙いだ。

 予算案ではインド独立75周年となる2022年までにすべての農村世帯を電化する、との目標も掲げた。そして株式市場の好調を背景に、国営企業の政府持ち株売却の目標額を今年度、過去最高の1兆500億ルピーに設定している。有力貸出先であるノンバンクの危機でバランスシート悪化が懸念される国営銀行に対しては新たに7000億ルピーの公的資金を注入する。18年度の対印直接投資が過去最高の644億ドルに達したことに勇気づけられたか、保険セクターに対する外資100%の承認や、シングルブランド小売業におけるインド国内調達義務(現行では30%)の緩和なども盛り込み、外資導入をテコ入れする姿勢だ。

 単年度ベースである「予算」案なので、中長期的な視点に欠けるのは致し方ないが、随所に「5兆ドル経済を目指す」と宣言している割には、「中所得国になる道筋」や「格差是正」、そして何より大事な「雇用創出」をめぐる取り組みがはっきり示されていないことがやや気になる。ルーラル・ディストレス、つまり農村の困窮への対策ではつぎ込むカネよりもソフトが大事なのに、具体的にどういうアプローチで臨むのか、方向性が見えないままだ。

ノンバンク問題が深刻化

 「影の銀行」とも呼ばれるインドのノンバンクは、住宅ローンや自動車ローンで大きなシェアを持っているが、ハイリスクの小規模経営が多く、銀行と違って金融当局の規制も緩いことがかねて問題視されていた。その数1万4000社以上で貸出額は住宅金融専門会社を含めると一時28兆ルピーを超え、商業銀行の3分の1を占めるまでに急成長していた。しかし、昨年秋に大手ノンバンクのIL&FSや住宅金融大手のデワン・ハウジング・ファイナンス(DHFL)が相次ぎ債務不履行に陥り、ノンバンクの流動性不安が一気に顕在化した。

 ノンバンクは過去数年間、伸び率が一般商業銀行を上回る勢いで貸し出しを増やし、不良債権処理で新規融資が伸び悩んだ銀行を尻目に個人や中小企業向けローンの主役となっていた。しかし信用不安が広がると一気に格付けや株価が急落。IL&FSの場合、18年8月から9月にかけて格付けはAAAからDまで転落した。当然のことながら、ノンバンクの経営危機は金主である銀行のバランスシート悪化につながるうえ、ノンバンクが発行する債券が急落すれば市場にも混乱を招く。

 RBIはすでに過小資本のノンバンクには免許取り消しなどの措置を検討しており、淘汰が進む可能性があるが、当面の不安要因は貸し渋りだ。実際、19年5月のインド国内乗用車販売台数は自賠責保険料の引き上げや燃料価格の上昇といった要因もあったが、ノンバンクがにわかに融資審査を厳格化したため前年比20.5%減、23万9000台と大きく落ち込んで、景気の足を引っ張った。

 隆盛を誇ったノンバンクだったが、流動性危機が表面化すると貸し出しは急減。信用調査機関CRIFハイマークなどの調べによると、ノンバンクによる18年度末の貸し出し残高は前年度比べて31%もの大幅減少となった。特に自動車ローンは同69%の落ち込み、農業者向けローンも55%減となっている。末端まで浸透していたノンバンクだけに、もっぱら都市富裕層や大企業を相手にしてきた銀行よりもはるかに大きなインパクトを与えそうだ。となってくると、債務超過・破産法(IBC)に基づいて進められている企業の破綻処理や、不良債権(NPA)処理の行方が気になるところだが、インド中銀が6月末に発表したレポートでは、19年3月時点での貸出総額に占めるNPAの割合は、前年同期比1.9ポイント減少して9.3%となった。RBIでは20年3月までにこれが9%にまで減少すると予測している。これは不幸中の幸いだろう。

改善しない農家の経営環境

 インド農業の構造的問題が指摘されるようになったのは最近の話ではない。7%前後の成長を見せるインド経済にあって、農業部門の成長率はよくても3-4%、しばしばマイナスに落ち込んでインド経済全体に影響を与えてきた。かんがい普及率が40%前後しかなく、雨季の少雨などのリスクに対して営農基盤がきわめて脆弱であるという根本的問題に加え、農家に対する技術、情報、資金支援が十分でないことが低成長・低生産性の原因であることはすでにはっきりしているが、これまで抜本的な対策が取られたことはない。

 農村専門のウェブ・ニュースサイト「ガオン・コネクション」が国内1万8000人の農民を対象に実施し、6月末に発表した調査によると、農民の59%が情報不足などでローンを利用できず、50万ルピーまでの借り入れができたのは全体の15%しかいなかった。そして約44%が、作物に対して適正な代価を受け取っていない、と答えた。また、農家の子弟の48%は「農業を継ぎたくない」と回答しているという、かなり厳しい結果が明らかになった。

 こうした中、インド気象局(IMD)は、サトウキビやコットンなどカリフ(雨季作)の作付けが始まる今年6月の降雨量が平年を33%も下回ったと発表した。これは実に5年ぶりの少雨。7月には若干の回復が予想されるが、6月末時点での作付面積は前年比約10%減となっており、早くも不作懸念が広がっている。

雇用はなぜ増えないか

 NITI アーヨグ(インド変革国家機関委員会)の初代副委員長を務めたアルビンド・パナガリア・コロンビア大学教授は「雇用が十分に行き渡ればインドは8-10%の高成長が可能」と指摘したが、製造業による輸出主導型の成長が雇用拡大につながれば、事態は大きく改善するだろう。インドではそもそも勤労者の83%が零細企業勤務か自営業。年間1000万人以上の若者が労働市場に参入するのに、いわゆる大企業の雇用は1年間で55万人程度しか増えていない、という厳しい現実がある。

 日本経済研究センターが四半期ごとに実施している「アジア・コンセンサス調査」ではこのほど、回答者であるエコノミストに対して雇用創出に必要な政策について聞いた。応用経済研究所(NCAER)のシェカール・シャア所長は「インドの雇用問題は、企業が求めるスキルと労働者のスキルのギャップやミスマッチが根底にある」と指摘。特に労働者の90%以上を抱える非組織部門、つまり零細企業におけるスキル開発が困難だとみている。クリシルのチーフ・エコノミスト、ダルマキルティ・ジョシ氏は「農業以外の雇用を増やすには製造業や建設、ホテル、通信など労働集約的なセクターでの雇用創出が必要で、それに見合った集中的な投資やスキル・技術教育が不可欠」と話す。インド商工会議所連盟(FICCI)のディリップ・チェノイ事務局長は「中小企業、繊維、皮革、宝石、建設、観光などのセクターでの雇用にインセンティブを与える特別スキームを期待したい」との立場で、「政府だけでなく、産業界や高等教育機関が一体となった取り組みが必要」としている。

 こうしている間にも、小中学生はどんどん成長して社会に出ていく。綿密な制度設計が必要なのは言うまでもないが、対策が遅れると事態は急激に悪化していく。

モディ1強 鮮明に

 5月開票の総選挙で圧勝した与党・インド人民党(BJP)を率いるナレンドラ・モディ首相は同月30日、新政権の閣僚名簿を発表し、第2次モディ政権が正式に発足した。健康問題で入閣を辞退したアルン・ジャイトリー前財務相の後任には、国防相だったニルマラ・シタラマン氏が就任し、企業問題相も兼任。インド政治史上、女性の財務大臣は首相と兼任していたインディラ・ガンディーを除けば初めて。スシュマ・スワラジ前外相が閣外に去った後任にはベテラン外交官のスブラマニアン・ジャイシャンカル元外務次官が起用された。大物政治家の「指定席」とみられていた外相ポストに元職業外交官が就任するのも初めて。国防相には党重鎮のラージナート・シン氏が内相から横滑りとなった。

 この日宣誓式を行った閣僚は国務相を含めて57人。第1次政権から37人が入れ替わったが、その他の主要閣僚ポストには大きな交代はなく、担当分野で成果を挙げた閣僚の多くが留任した。

 今回の閣僚人事では「ビッグ4」と呼ばれる4人の重要閣僚(財務相、外相、内相、国防相)のうち3つを「モディ人脈」で固めた。実務重視とはいえ、モディ首相の意向が強く働いた人選といえるだろう。総選挙の圧勝は紛れもなくモディ首相のカリスマ的人気が背景。BJPの後ろ盾としてこれまで「牛肉禁止令」や「小学校の教科書にヒンドゥー神話掲載」など、宗教色の強い政策を押しつけていたとされるヒンドゥー至上主義団体・民族奉仕団(RSS)の干渉も多少は弱まる可能性が出てきた。

 国防や対パキスタン政策はモディ首相の専権事項とはいえ、シタラマン財務相は国防相時代の今年2月、パキスタン「領内」への報復空爆をそつなく指揮するなど、モディ首相の信頼を得てきた。財務相としてはもちろん、停滞するインド経済の一刻も早い立て直しが期待される。

 ジャイシャンカル氏の外相起用は一部メディアで「サプライズ人事」などと評されているが、スワラジ外相時代からSNSでの情報発信なども含め外交政策はすべてモディ首相が取り仕切っていたのは周知の事実。現場は「プロ」に任せるがモディ政権の外交はあくまで首相府中心に動く、というのが大方の見方だ。もちろん、ジャイシャンカル新外相は駐米、駐中国大使の経験もあり、印米原子力協定の締結や印・中両軍がにらみ合う事態に発展したいわゆる「ドクラム事件」の解決に尽力した経験もある、適材適所であるのは間違いないだろう。

 そしてグジャラート州時代からのモディ首相腹心で、優れた組織運営能力で選挙戦を指揮しBJP圧勝の立役者となったアミット・シャア党総裁は論功行賞の結果内相として初入閣。宣誓の順番もモディ首相、シン国防相に次いで3番目となり、重要閣僚としての存在感をアピールした。ただ、これまで「裏の仕事」を手掛けることが多かったシャア内相。かつてグジャラート州内相時代にはマフィア幹部の非合法的殺人を命令した疑惑も指摘された。国会などで野党の批判に直面するのは新たな試練かも知れない。

 このほか、インフラの要である道路整備に手腕を発揮したニティン・ガドカリ陸運・幹線道路相(元BJP総裁)は序列第4位。中小・零細企業問題相のポートフォリオ付きで留任。会計士やインベストメント・バンカーを務め、閣内きっての経済通として知られるピユーシュ・ゴヤル鉄道相は財務相就任も取り沙汰されたが留任し、重要な商工相のポストを兼任する。

 国民会議派のラフル・ガンディー総裁への「刺客」候補として、同党の金城湯池であるウッタルプラデシュ州アメティ選挙区で立候補し見事勝利した女優出身のスムリティ・イラニ氏は新たに女性・児童開発相兼繊維相となった。

 連立友党の人民の力党(LJP)からは、前国民会議派政権でも閣僚経験がある党首のラーム・ビラス・パワスワン消費者問題相が留任し、新たに食料・配給相ポストも兼務する。パンジャブ州のシーク教政党シロマニ・アカリ・ダル(SAD)から入閣していた同党党首の妻、ハルシムラット・カウル・バダル食品加工相も留任した

 第2次モディ政権の真価が問われるのは減速が鮮明となっているインド経済の立て直しを置いて他にはない。GDP成長率が2018年度に6.8%と7%を割り込み振り出しに戻った感のあるインド経済をテコ入れするには、雇用の拡大や農村の所得増、製造業支援やインフラ投資、そして不良債権処理の加速や国営企業の民営化などが不可欠。依然として課題は山積だ。しかもそこにモンスーンの少雨懸念、原油価格の上昇、ノンバンクの流動性危機など新たな困難も待ち受ける。モディ政権の閣僚らは当面多忙な日々を送りそうだ。

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