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山田剛のINSIDE INDIA (第113回)

ゆらぐモディノミクス~インド経済、6年半ぶり低成長に

金融セクターの混乱、農村の疲弊が重荷に

 

2019/12/23

 インド経済がほぼ6年半ぶりの低成長率に落ち込んでいる。2019年7-9月のGDP(国内総生産)成長率は前年同期比4.5%と、6年半ぶりの低成長となり、前期(4-6月)の5.0%からもさらに減速した。このスランプの背景には、9億人近い人口を抱える農村の困窮(ルーラル・ディストレス)による消費の減退や、不良債権問題に直面する金融機関の貸し渋り、ノンバンクの経営危機などで個人や企業へと正常にカネが流れないことに加え、米中貿易摩擦が世界経済の低迷やインドからの輸出停滞につながっていることなど様々な理由が指摘されている。

19年2月から5回連続で計1.35ポイントもの利下げを行ってきたインド中銀(RBI)は12月上旬の金融政策委員会(MPC)で大方の予想に反して追加利下げを見送り、政策金利であるレポ・レートを5.15%に据え置いた。危機的な食料インフレによって消費者物価指数がほぼ3年ぶりの高水準となったためだ。利下げ一辺倒の景気浮揚策が通用しなくなっただけでなく、不良債権処理のコストが市中銀行に重くのしかかっている状況で、利下げのトランスミッション、つまり貸出金利の引き下げもスムースに進んでいない。

ただ、インド経済のファンダメンタルズには大きな問題はなく中長期的な成長ポテンシャルに疑いはない。日本など世界の企業も小売業やサービス業、消費財メーカーなどは10年先をにらんで着々とインド進出または追加投資の計画を立てている。そもそも足元の経済減速と中・長期的な成長ポテンシャルは分けて論じるべきだろう。

今回の景気後退は、民営化やインフラ整備といった経済改革をさらに推進するには大きなチャンス。来年2月に発表される2020年度予算案に盛り込まれるであろう劇的な景気対策が大いに注目されている。

製造業、まさかのマイナス成長

7-9月のデータを今一度見てみよう。GDP成長率は4.5%。7.0%を記録していた18年7-9月期と比べると落ち込みは顕著だ。供給側の数字である総付加価値(GVA)では、GDPの約70%を占めるサービス業がプラス6.3%と頑張ったが、9億人近い農村住民、そのうち6億人を超える農民の消費を左右する農林水産業が前年同期比プラス2.1%で、前期比でもほぼ横ばい。そして「メーク・イン・インディア」に代表される優先的テコ入れ分野であるはずの製造業がマイナス1.0%とまさかのスランプとなった。

 これによって、かつて「世界最速」を誇っていたインドの瞬間風速的な経済成長率は、中国はもちろんベトナムやエジプトにも抜き去られた。雇用創出や農村対策、農業振興そしてインフラ整備などを進めるために当面の目標とする7-8%の高成長を維持するには、農業が4%前後のステディな成長を見せたうえで製造業が7%前後、そして主力のサービス業が2桁近く成長しなければならない。この点で、今回の数字はかなり厳しい。とりわけ18年夏以降、グラフの右肩下がりが鮮明となっている(図表1、データは印中央統計局)。

需要項目別のGDPを見てみると、全体の56%を占めインド経済の柱となっている個人消費、つまり「個人最終消費支出」が前年同期比5.1%増と健闘したものの、同31%のウエイトを占める設備投資つまり、「総固定資本形成」が前年同期の12.5%から大きく減速。わずか1.0%の伸びにとどまったことが重くのしかかっている。貸し渋りや利下げ効果の遅れ、景気の先行き不透明感などから企業の設備投資意欲が大きく減退していることを鮮明に裏付けた。

インド経済の両輪である「個人消費」と「設備投資」がこれほどまでに落ち込んでいては政府や国民が期待する高成長は到底おぼつかない。RBIは12月の金融政策委員会後の声明で「投資に回復の兆しがみられる」としているが、これに期待したいところだ。

貸し渋りでカネが回らず

経済低迷の元凶はやはり、不良債権問題の余波である貸し渋りに代表される金融セクターの混乱だ。債務超過・破産法(IBC)が施行され、国会会社法審判所(NCLT)での審理によって、ゆっくりではあるが着実に企業の破綻処理と不良債権の圧縮は進んでいる(図表2)。19年11月には巨額の負債を抱えて行き詰った鉄鋼大手エッサール・スチールの破綻処理がようやく決着。日本製鉄と組んだアルセロール・ミッタルによる買収計画が最高裁に承認された。17年にRBIが公表した大口債務企業12社のうち、これで5社の買い手が決まった。

「貸し渋り」そして「設備投資意欲の減退」は統計からも明らかだ。2019年初に14%を超えていた指定商業銀行つまり大手銀行の前年比貸出伸び率は、11月下旬時点で同8%前後と低迷。2010年前後の好況時にはこれが20%を大きく超えていたことを考えると、インド経済がまさに「血行不良」に陥っていることがよくわかる(図表3、データは印中銀=RBI)。さらに、昨年夏、大手ノンバンクIL&FSの破綻をきっかけに露呈したノンバンクの経営危機がこれに追い打ちをかけている。大手格付け機関CRISILによると、18年度に15%前後を保っていたノンバンクの貸出伸び率は、19年4~9月期にわずか3%前後に落ち込んでいる。CRISILでは、同年10月~翌3月の金融情勢が安定すれば6~8%の高成長達成は可能、としているが、銀行からカネを借りて主に個人向けにローンを設計するノンバンクの破綻が相次げば、当然銀行のバランスシートにも大きな影響を与える。

四半期に一度実施している日本経済研究センターのアジア・エコノミスト調査でも、ほとんどの回答者がインド経済のリスクとして「金融セクターが抱える問題」を挙げた。CRISILのチーフ・エコノミスト、ダルマキルティ・ジョシ氏は「金融セクターの不調は経済減速を招いた最大の原因。不良債権処理のコストがかさみ、中銀による利下げ効果を阻害している」と分析する。有力シンクタンク・応用経済研究所のシェカール・シャア所長も「金融セクターの健全化と持続性の確保が当面の課題」と指摘する。

 インド中銀(RBI)にとって、経済減速の局面で利下げを見送らざるを得なかったことは極めて不本意だろう。その背景にあるのがインフレ懸念。19年11月の消費者物価上昇率(CPI)は前年同月比5.54%とほぼ3年ぶりの高水準となった。玉ねぎやポテトなどの野菜を中心とした食料品のインフレ率は同10.01%とついに2ケタ台に突入した。庶民の不満を招く食料品の高騰は政治的にもきわめて危険だ。しかも利下げ効果が銀行の貸出金利引き下げにつながらないことも政府・中銀にとって頭が痛い問題だ。不良債権処理コストがかさむ銀行にとって、収益確保を優先してなかなか利下げ利益を借り手に還元しない。

大幅下方修正相次ぐ

RBIは12月、19年度の成長率見通しを6.1%から5.0%へと引き下げた。CRISILは同様に6.3%から5.1%に下方修正、野村インディアも5.7%から4.9%と、ついに5%割れを予想。日本経済研究センターのエコノミスト調査でも、金融セクターの不振などを背景に「インド経済の回復速度は緩やか」との予想が大半だった。それでも経済改革の処方箋はすでにある程度明らかにされている。海外直接投資(FDI)を加速させるための外資規制緩和や法人減税、インフラ整備の加速、そしてノンバンクの流動性回復、さらには今なお運用面で混乱が見られるインドの消費税、「物品・サービス税(GST)」の簡素化も大事だろう。

4~11月累計の乗用車生産台数は前年同期比マイナス18%の約188万台と依然低迷しているが、その一方でわずかながらよい兆しも見える。11月の乗用車生産台数は前年同月比4.06%増の29.0万台とプラスに転じた。乗用車最大手マルチ・スズキは12月中旬、19年度(20年3月期)の生産計画を6万台上方修正し年165万台と設定した。自動車産業の回復なくしてインド経済の復調はあり得ないので、これらは心強いデータではある。

農業セクターには底入れの兆しも見え始め、沈滞していた製造業の企業マインドにも回復傾向が見て取れる。スマートフォンや各種アプリがけん引するサービス業は相変わらずの活況だ。今回改めて感じたのは、景気後退局面におけるインド人やインド企業の「メンタルの弱さ」だ。好況時には攻めの姿勢を強めるインド人だが、ひとたび景気が悪くなると必要以上に委縮して財布のひもを締めてしまう傾向が顕著だ。この結果ますます消費が落ち込む悪循環に陥るのである。この仮説は多くのインド人から賛意を得ているのでおおむね正しいと思うが、過剰なポピュリズムに陥らない程度にこうしたインドの人たちに自信を持たせ、積極的に消費してもらう、というのが実は景気回復への近道ではないだろうか。

当面の注目点は2月上旬に国会で発表される2020年度連邦予算案の中身だ。ここでいかなる景気浮揚策が盛り込まれるのか、外資規制の緩和や労働市場改革は進展するのか、そして「農村の困窮」に対する効果的な政策は出てくるのか、インド経済が厳しい状況になっているだけに20年度予算案は要注目で、インドの各メディアは早くも予想合戦に余念がない。

内向き政策の果てに

 与党インド人民党(BJP)が圧勝を飾った今春の総選挙以来、モディ政権の打ち出す政策が内向き度合いを強めている。選挙前には越境テロへの報復としてパキスタン領への空爆を強行。選挙戦では愛国主義的なスローガンで国民の団結を呼びかけた。今夏には憲法第370条を廃止して北部ジャンム・カシミール州に付与していた数々の優遇措置を停止。州の自治権をはく奪して連邦直轄地へと「吸収合併」し、隣国パキスタンをはじめ世界中のイスラム教国から非難を浴びたことは記憶に新しい。その余韻が覚めないうちに12月には突然市民権法を改正し、難民などに新たに国籍を付与するに当たってイスラム教徒をわざわざ除外したことでムスリムらの猛反発を招き、全土で巻き起こった抗議デモで死者が出る事態にエスカレートしている。

カシミールに次ぐイスラム教徒多住州である北東部アッサム州でも暴動が相次いで治安が悪化、同州の中心都市ガウハティを訪問地としていた安倍晋三首相の訪印自体がキャンセルされるという外交的失態を招いた。何よりも国際社会でインドが面目を失う結果となったのが11月の東アジア包括的経済連携(RCEP)交渉からの離脱だった。農業セクターの疲弊が顕在化する中、中国などからの農産物大量流入につながる自由貿易協定を拙速で進めるわけにはいかなかった。さらに北西部のデリー郊外ハリヤナ州と、商都ムンバイを擁する西部マハラシュトラ州という2つの重要州における州議会選で議席を減らしたことがモディ政権の背中を押す決定打となった。

両州議会選でBJPはともに農村部で票が伸び悩んで苦戦。ハリヤナ州はなんとか友党との連立で州政権を維持したが、マハラシュトラ州ではBJPが州議会多数派を獲得できず、右派民族主義政党シブ・セナ主導の3党連立に州政権を奪取されるという苦汁をなめた。国際社会でのメンツを非常に気にするインドにとって、RCEPでの土壇場の交渉離脱はまさに耐えがたい屈辱だったはず。そうしてまで交渉継続を断念したということは、与党BJPにとって、両州での「苦戦」が相当ダメージとなり、今後の選挙でも苦戦を予想されるからだろう。23日に開票が始まった東部ジャルカンド州議会選でも劣勢となっている。2020年は首都デリーの議会選、北部の重要州ビハールの州議会選が控える。今は一刻も早く経済を立て直さねばならない局面だが、今後も政府・与党が打ち出す政策はひとまず選挙に勝つための農村重視・内向きとなりそうな気配だ。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 若者や都市インテリ層の絶大な支持で今春の総選挙で圧勝し、続投を決めたインド・モディ政権がやや迷走気味です。経済が6年半ぶりの低成長に落ち込んでいる今こそまっとうな経済政策を打ち出さなければいけないのに、カシミール「併合」やRCEP「離脱」に続く「市民権法改正」は内外イスラム教徒の猛反発を招き、抗議デモと警官隊の衝突で死者が出る事態に発展しています。これについてはさらに政治・社会的な分析が必要ですが、宗教に関係なく学生たちがこれほど激しい抗議行動を続ける背景には、社会正義の揺らぎに対する怒りや経済の減速が招いた就職難など、彼らを取り巻く閉塞的な状況が指摘されています。与党BJPは強力なヒンドゥー至上主義団体を後ろ盾としていますが、国民の多くが「宗教」による国民分断や対立を何よりも嫌っていることもまた事実なのです。(主任研究員 山田剛)

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