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山田剛のINSIDE INDIA (第115回)

適正分配だがインパクトに乏しい2020年度予算案

農業やインフラ投資に重点、中間層減税で消費後押し

 

2020/02/07

 インドのニルマラ・シタラマン財務相は2月1日、国会で同国の2020年度(2020年4月~2021年3月)の予算案を発表した。歳出総額は30兆4223億ルピー(約46兆2400億円)で、前年度(修正後)比12.7%増。農業・食糧省関連予算は同28.1%の大幅増で1兆5477億ルピーとなったが、全体に占める割合は約5.1%。肥料や燃料、食料に対する補助金は2兆2779億ルピーで同7.5%を占めたが、伸び率は2.1%にとどまった。防衛費は同2.1%増で3兆2305億ルピー。借入増を反映して、利払い費は前年度より13.3%も膨れ上がり、歳出全体の23.2%を占めた。

 2019年7-9月のGDP成長率が4.5%と6年半ぶりの低成長に落ち込む中、今回の予算案はビジネス界や内外の投資家から大いに注目されたが、「農村振興」や「中間層減税による消費の後押し」という課題に向けて限りある資源を効果的に配分したといえる。しかし、規模感や即効性という点においては大きなインパクトがあるとは思えない。経済減速で税収が伸び悩む中、歳入減を国営企業の政府持ち株売却に頼っている点もやや不安を感じる。

 まず、費目別の歳出割り当てを見てみたい(図表)。最大の割合を占めるのが「利払い費」で、実に歳出総額の23.2%を占める。また、燃料、肥料、食料という「農民向け必須3大アイテム」に対する補助金は約2.27兆ルピーで前年度比でほぼ横ばい。かつて10%を大きく超えていた歳出に占める割合は7.5%と抑制気味だが、こうした削減困難な費目が大きなウエイトを占めていることが、政府の歳出自由度を奪っている。

 全人口の45%、約6億人が従事する農業セクターの動向は、個人消費などに影響を与えインド経済全体の浮沈を左右する。農業食糧省関連の歳出は1兆5477億ルピーだが、これに農村開発省などの予算も加えるといわゆる「農業・農村対策」予算の総額は2兆9959億ルピー(約4兆5500億円)となり、歳出の9.8%を占める。

 新規プロジェクトとしては、農民200万人が受益対象者とされるソーラー式ポンプの導入や、冷蔵倉庫建設などに対する差額補てん(VGF)、そして冷蔵貨車を導入した野菜・生乳輸送事業などが盛り込まれた。金融機関による農業セクター向け貸し出し枠の目標額は10年前の10倍近い15兆ルピーに設定された。化学肥料使用促進を目指した優遇政策や、途上国の社会開発において有力な支援先となってきた主に女性らによる自助グループ(SHG)に対する支援など、きめ細やかな対応も見られる。

 シタラマン財務相は2月1日の予算演説で「農産物市場の自由化」に言及した。これは、仲買人らによって流通市場が支配され、農民が農作物を売る市場を自由に選べないという現状を踏まえたもので、「農産物市場委員会(APMC)法」の改正がまず前提となる。農地の集積・流動化を図る「農地賃貸法」や「契約栽培・サービス法」などは、一部の州で実際に施行されているが、連邦レベルでの取り組みについては具体的な説明がなかった。

 インド経済を再び高成長軌道に復帰させるには、GDPの6割近くを占める個人消費のテコ入れが不可欠。とりわけ、人口が多く向上心も強い中間層の負担を軽減して消費意欲を高めることが重要だ。そこで、20年度予算案ではこれら中間層に対する減税が盛り込まれた。年間所得50万ルピー以上150万ルピー未満(50万ルピー未満は免税)で、ローンを組めば乗用車や家電製品に手が届く階層の個人所得税率を5~10ポイント引き下げた。例えば50万~75万ルピーの下位中間層は20%から10%に、75万~100万ルピーで20%から15%、100万~125万ルピーについては現行30%から20%、というように細かく税率を改定している。

 また企業から不評だった配当分配税(DDT)を廃止、税制の簡素化に向け100種類以上あった控除・免税措置のうち約70種類を撤廃した。また、不良債権問題で金融機関の先行きが不透明となる中、預金保護の上限を10万ルピーから50万ルピーに引き上げ、預金者の不安軽減にも配慮している。

 インフラ部門では道路関連予算に前年度比7.2%増の1兆6963億ルピーを割り当てたほか、地方空港接続性向上スキーム(UDAN)を通じて2024年までに100の新空港を建設することを盛り込んだ。デリー―ムンバイ高速道路の2023年開通、チェンナイ―バンガロール高速道路の着工も明記した。

 予算案の全体としては農業やインフラ整備に重点を置きつつ、必要な分野に対して的確に予算を投入した堅実な内容とみていいだろう。しかし、大胆な減税や産業振興という点ではやや中途半端な印象がぬぐえない。かねて乗用車に対するGST税率の引き下げを要求してきた自動車業界では、4月から実施される新たな排ガス規制「BS(バーラト・ステージ)6」への対応で巨額の設備投資が必要となっていることもあり、特に不満の声が大きい。新車販売を後押しする「廃車促進政策」も盛り込まれず、業界には失望が広がった。

 「改正国籍法(CAA)」の施行が全国的な抗議デモを招き、人心の離反が指摘されるインド・モディ政権だが、手っ取り早く有権者の関心を買うために「直接所得補償」などのバラマキに走らずに財政規律を重視したことは評価できる。1月末に発表された「経済白書」では、まもなく終了する2019年度について当初GDP比3.3%としていた財政赤字額見通しを同3.8%と修正したが、20年度ではこれを同3.5%に抑えるという方針が示された。ルピー安を招くなどマイナス要素が多い財政赤字の拡大は、やはり回避したいということだろう。

 心配なのは歳入だ。成長減速を背景に2019年度の連邦政府の税収は当初予算比マイナス8.8%の15兆458億ルピーにとどまる見通し。20年度は前年度当初予算並みの16兆3590億ルピーを見込んでいるが、目標達成はやや不安だ。また税外収入としては生命保険で60%のシェアを握るインド生命保険公社(LIC)など、国営企業の政府持ち株売却益を大いにアテにしている。20年度の売却目標額は前年度の約2倍となる2兆1000億ルピーに設定しているが、これも株式市場の動向に左右されることになる。財政安定化もそう簡単ではない

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 「2019年度の経済成長率はもはや5%でも御の字」となったインドですが、注目されていた2020年度予算案の中身は経済界や投資家にとって今一つ不満の残る内容だったようです。一向に増えない農民の所得や製造業の不振、不良債権問題に端を発した金融セクターの混乱に加え、アジア全域に拡大した中国発の新型コロナウイルス禍の影響も懸念されます。個人的な見解ですが、インドの人々にはこういった時すぐに弱気となり、財布のひもを締めてしまう傾向がみられます。ポピュリズムに陥らない程度に民心を鼓舞する必要もありそうです。(主任研究員 山田剛)

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