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山田剛のINSIDE INDIA (第119回)

中国ボイコットに突き進むインドの危うさ

印中「衝突」で怒る国民と冷静な産業界

 

2020/07/05

 1962年10月、かねて国境をめぐる紛争が続いていたインド・中国両国の軍隊はカシミールの北端部ラダック地方やヒマラヤ山脈東部などで衝突、局地的ながら本格的な「戦争」へと突入した。結果は中国の勝利。「戦死者」は中国側の約720人に対しインド軍は1300人以上、1700人が行方不明、約4000人が捕虜になったとされる。中国軍はラダックの一部アクサイ・チンなどを占領すると開戦からわずか1カ月で一方的に撤退した。

 初代首相ジャワハルラール・ネールはこの「敗戦」のショックで死期を早めたといわれるが、その一方でインドは中国と真っ向対決する愚を悟り、ひとまず国力の充実を図ることとなる。だが、怒り狂った民衆は各地の中国料理店を襲撃、これに慌てた店主らは難を免れるため急遽「フジ」「サクラ」などと店名を変え、日本料理店を装ったーー。比較的最近まで、デリーやムンバイではメニューが中華料理ばかりという妙な「日本風レストラン」を見かけたが、その背景には60年近く前の紛争があったのだ。

各地に広がる「反中」デモ

 歴史は繰り返す。今年4月中旬以降、ラダック地方で散発的に続いていたインド軍と中国人民解放軍の小競り合いはその後も収まる気配を見せず、6月15日には同地方ガルワン渓谷の実効支配線(LAC)近くで印中両軍が乱闘となり、投石やこん棒による殴り合いでインド軍兵士20人が死亡するという事態に発展した。印中「衝突」でインド側に死者が出るのは実に45年ぶりだった。

 だが、印中両国が国境およびLAC付近で小競り合いを演じるのは珍しいことではない。2017年6月には、インド、中国、ブータンの国境が交錯するドクラム高原で印中両軍が2カ月以上にわたって至近距離で睨み合う事態となった。2000年代には、中国の外交官が唐突にインド・アルナチャルプラデシュ州の領有権を主張したり、インドが輸入していた中国製通信機器にスパイウェアが仕込まれているとの疑惑が浮上し、印当局が輸入禁止に踏み切るなど対立と緊張緩和が繰り返されてきた。

 今やインドにとって最大の貿易相手国となった中国は最近、ITや電気通信、鉄道プロジェクトなどでインド進出を加速させている。インド側もインフラ建設を得意とし、仕事が早くコストの安い中国企業を歓迎する声も多い。両国は外交上でも「国境紛争」の存在を公式に認め、問題解決のための協議を進めるという枠組みで合意するなど協調を演出し、「実利外交」を追求してきた。

「中国企業ボイコット」が急拡大

 こうした中、「衝突」によってインド軍兵士に多くの死者が出たことで、インドの官民は一気にアンチ中国へと大きく傾いた。中国への敵愾心と愛国心に火が付いた一部市民らは、即時報復を叫びながら街頭に出て中国国旗や習近平・中国国家主席の写真や人形を燃やすなどして気勢を上げた。与党インド人民党(BJP)やその後ろ盾のヒンドゥー至上主義団体・民族奉仕団(RSS)に近く、かねて外国企業のインド進出に反対してきた右派民族主義団体スワデシュ・ジャグラーン・マンチ(SJM、愛国覚醒会議)のメンバーらは6月下旬、デリー市内で中国製家電製品などを叩き壊すパフォーマンスを演じた。

 反中国感情はさらに燃え広がり、インドで大きな存在感を放つ中国製品や中国企業をボイコットする動きが急速に拡大している。インド政府は道路建設などのプロジェクトから中国企業を締め出すと表明、中国製品の輸入にブレーキをかけるための関税引き上げも検討し始めた。

 印高速貨物鉄道公社(DFCCIL)は6月中旬、進捗の遅れを理由に中国の鉄道信号メーカーの応札を取り消した。また、ヒンドゥー色の強い右派民族主義政党シブ・セナが連立政権を率いている西部マハラシュトラ州政府は同月下旬、中国・長城汽車などとわずか1週間前に覚書(MOU)を交わしたばかりのプロジェクト3件、約500億ルピー相当を「凍結した」と発表した。モディ首相自らも、約20万人のフォロワーがいたウエイボー(微博)のアカウントを閉鎖している。

 さらに、連邦政府のラームダス・アターワレ社会正義・能力開発担当国務相は6月中旬、「中国の食品を提供するレストランを閉鎖すべきだ」などと発言し波紋を広げた。「坊主憎けりゃ」の例えを地で行く漫画のような行動である。

 各種報道によれば、インド政府は関税引き上げなどによる中国製品の輸入制限を検討、携帯電話関連の工事から中国企業を排除するよう各事業者に通達した、という。閣内の序列4位でBJP総裁経験者でもあるニティン・ガドカリ道路運送・中小企業相は7月1日、幹線道路の建設プロジェクトや中小企業との合弁事業などから中国企業を締め出す考えを明らかにした。

 6月下旬には中国から輸入するスマートフォンや生活用品などの通関が遅れ、ネット通販各社の業務に支障を来している、との報道された。自動車業界でも、中国製部品の通関が遅れ、再開したばかりの生産に影響が出ているとの声が出ている。政府による嫌がらせだとしたら実に大人気ない。

中国「関与」のアプリに禁止令

 こうした反中感情の高まりを受けて、インドで急速に販売台数を増やしている中国のスマートフォンメーカー・Oppoは6月中旬に予定していた新製品の発表会を中止。「国技」クリケットのプロリーグ「インディア・プレミア・リーグ(IPL)」のタイトルスポンサーとなっているVivoも撤退を検討し始めた。中国ブランド商品のCMに出ている映画スターなどのセレブにも批判の矛先が向かい始めた。コロナ禍で閉塞的状況に追い込まれたインド市民のやり場のない怒りが、一気に中国へと向かった、ということだろうか。

 民間調査会社ローカルサークルズの世論調査によると、「中国企業や製品をボイコットするか」との質問に、回答者の97%が「YES」と答えている。もともとエモーショナルな国民性だとは思うが、異常な数値である。

 さらに6月29日、インド政府はIT法69条Aの規定に基づき、人気の動画投稿アプリ「Tiktok」や、インド国内に1億2000万人のユーザーを持つチャットアプリ「ウィーチャット」、「UCブラウザ」など「中国の関与」が指摘されるスマホ用アプリなど59種の使用を禁止する措置を打ち出した。

 インド政府は2017年にも、中国製アプリ使用によるデータ流出を警戒して調査に入っており、軍人らに対してアプリのアンインストールを命じた、といわれている。公式には確認されていないが、インドの軍人や警察官は中国ブランドのスマートフォンを使用しないよう通達が出ている、と言われる。政府は今後、5G(第5世代)携帯電話基地局の関連機器や、太陽光発電モジュールなどの機材調達から中国企業を閉め出すことも検討中とされる。米フェイスブックなどから計1兆6000億円の資金を調達し、5G部門に巨額の投資をしようとしていた大手財閥系通信プロバイダーのリライアンス・ジオ・インフォコムをはじめ、関連業界の反発は必至だ。

 5月12日、3回目のロックダウン(都市封鎖)を発表したモディ首相は演説で「アートマ・ニルヴァール・バーラト(自立したインド)」のキャッチフレーズを打ち出したが、これを多くの人が単なる「輸入品締め出し」と受け止めたことも、ボイコットが急拡大した背景と思われる。

「中国ボイコット」は自滅行為

 中国企業や製品のボイコットは、「中国憎し」で熱くなったインド人を一時的に満足させるかもしれないが、実際にはインド側のダメージの方がはるかに大きい。インドの産業界は中国製の部品や原料に大きく依存しており、インドが輸入する医薬品原料(API)の実に70%は中国産、DAP肥料(硫酸二アンモニウム)の40%、自動車部品の27%、電子機器・部品の38%も中国からの輸入品が占める。同種の国産品や欧米製などに比べて30%程度安く、デリバリーも迅速なことが中国製品の魅力。インド国内生産が増えているとはいえ、インド市場で売られているスマホも74%が中国ブランドだ。

 インドにとって中国との貿易額は全体の10%強を占めるが、中国の貿易総額に占める対インドの割合は全体の2.1%(2019年度)しかない。中国によるインド向け輸出額も全体のわずか3.1%にとどまる。つまり、印中貿易が激減しても困るのは主にインド企業。「世界の工場」中国にとっては痛くもかゆくもない。

 二国間貿易におけるインド側の赤字は近年縮小傾向にあるが、それでも2019年度(20年2月まで)の赤字額は約468億ドルに達した。両国ともインドの赤字を減らすためには中国企業のインドへの直接投資が必要との見解で一致している。米国の制裁圧力にさらされる華為技術(ファーウェイ)はIT都市バンガロールの開発センターに5億ドル以上を投資、世界最大の鉄道車両メーカー・中国中車(CRRC)はすでにムンバイやナーグプルのメトロ(都市高速鉄道)向けに鉄道車両納入の実績がある。道路建設についても、インド政府内部には「中国企業を積極活用しよう」という意見があるぐらいだ。

 産業界はさすがに冷静に事態を見守っている。インド輸出業協会(FIEO)のS.K.サラフ会長は6月末、「中国製品の輸入禁止や数量制限については慎重に対応すべきだ。中国からの輸入を減らすなら自国生産を増やすか他国からの輸入を増やさなければならない」と警告。小米やVivo、Oppoなどに押されて大きくシェアを落とした地場携帯端末メーカーでさえ「反中デモはすぐに鎮静化する。結局は相手をしのぐ品質で競争に勝たなければ何にもならない」(ラバ・インターナショナルのハリ・オーム・ラーイ社長)と冷ややかだ。

 PTI通信によると乗用車首位マルチ・スズキのR.C.バルガバ会長は「中国製品をボイコットすれば、インドは結果的に高いものを買うことになり、国益に反する」と自制を呼びかけた。モディ首相が掲げた「自立したインド」のスローガンについても、「やみくもに輸入品を排除するのではなく、自国製品の競争力を高めていくことを意味している」と戒めた。

 インド自動車部品工業会(ACMA)のビニー・メータ事務局長は6月下旬、PTI通信に対し、今回の印中関係悪化をきっかけに「中国依存を改め、製品の国産化を推し進める」と表明したが、その一方で「雇用創出と技術移転をもたらす中国からの投資は歓迎する」と語っている。自動車部品業界では、ロックダウンでサプライチェーンが寸断されたうえ、都市部の労働者1億人以上がそれぞれの村に帰郷しており、再配置には相当の時間がかかるとみられている。当面は中国製品に頼らざるを得ない。そもそも、1万社以上がひしめき、そのほとんど中小・零細企業である自動車部品業界にとっては再編による体制強化が先決だろう。

沈静化の道筋探る

 その後、中国軍はガルワン渓谷の衝突現場近くに再び集結し、倉庫などを建設。インド側をいら立たせている。印中両国は軍高官や外交官による交渉で事態の鎮静化を図っているが、二国間の緊張はなおくすぶり続け、とりわけインド側は引っ込みがつかない。その一方で、同様に相当数の死傷者が出ているはずの中国側から、衝突の経緯も含めて公式発表がほとんどないことは気になるところだ。今回の衝突で国境地帯に張り付く印中双方がひとまず「非武装」というの約束事を順守していた、ということも忘れてはならない。双方が直ちに手打ち、というわけにはいかないが、水面下でいくつかの交渉ルートを確保しているといわれる印中両国の協議は着実に進んでいるとみていいだろう。

 今回の対立がインド・中国の本格的な軍事衝突に発展するか、といえば答えは限りなく「NO」だ。先に紹介した中国製通信機器の禁輸措置も、ユーザーである携帯電話プロバイダーからの猛反発で数カ月後には解除されている。2017年のドクラム事件も、同年9月に迫っていた中国・厦門のBRICSサミットの成功を優先させ、双方が事態収拾で歩み寄った。インドと中国は、それぞれの国益を損ねてまで対立をエスカレートさせるほど愚かではない。米国との対立が収束しない中国にとってこれ以上敵を増やすことは考えにくいし、国内のコロナ感染拡大に歯止めがかからないインドもそれどころではない。

 1980年前後までは同程度の国力だったインドと中国だが、「改革・開放」を成功させた中国のGDPは今やインドの5倍。インドがどうしても中国と張り合いたいのならば、外交力と経済力を高めるしかない。世界1、2位の人口大国による対立にエキサイトしていたずらに危機感をあおることなく、事態を冷静に注視することが何よりも肝要だ。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

 累計感染者が70万人を超え、一向にコロナ禍収束のめどが立たないインドが、にわかに「反中国」姿勢を強めています。その背景には、中国による隣国パキスタンへの支援や、中国の後押しを受けたとされるネパールとの国境問題がにわかに顕在化していることも挙げられますが、米トランプ政権との対立が続く中で、香港への締め付けを強める中国がなぜ今?という疑問も消えません。それでもインドの成長にとって中国製の産業素材や部品は不可欠。中国にとっても、インドは有望な投資先であることに変わりはありません。ここは冷静に見守りたいと思います。(主任研究員 山田剛)

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