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山田剛のINSIDE INDIA (第120回)

混迷インド経済にようやく回復の兆し

自動車や農業はインド経済を支えられるか

 

2020/10/12

 インドにおける新型コロナウイルスの感染者は10月11日時点で累計705万人を超え、死者も10万8000人に達した。感染拡大にはいくぶん減少の兆しも出ているが、インド経済が平常運転に戻るにはなお長い時間がかかりそうだ。インド中銀(RBI)は10月上旬、2020年度(21年3月期)の経済成長率がマイナス9.5%に落ち込むという厳しい予測を発表している。それでも、ビジネス界では多くの明るい材料が出てきているのも事実だ。先が見通せない中、これらのデータをどう評価すべきかは意見が分かれるところだが、たまには「いいニュース」にも目を向けてみたい。

「風雲児」ジオに世界が注目

 ネガティブな材料が多かったインドのビジネス界で久々のスマッシュヒットとなったのが、大手財閥リライアンス・グループの携帯電話プロバイダーで、通話料無料キャンペーンなどアグレッシブな営業によってシェア首位に躍り出た「リライアンス・ジオ・インフォコム」だ。同社の親会社ジオ・プラットフォームは4月以降、米フェイスブックやグーグル、米プライベート・エクイティ(PE)ファンドのシルバーレイクやKKR、アラブ首長国連邦(UAE)の政府系投資会社ムバーダラ開発といった世界の錚々たる企業・投資基金から2兆円を超える巨額資金調達に成功。「インドのデジタル経済の将来性に対する我々の確信の現れ」(グーグルのスンデル・ピチャイCEO)と評価されている。

 そのリラアイアンス・グループでは9月、傘下の小売部門「リライアンス・リテール」が地場流通最大手フューチャー・グループの小売り事業を約34億ドルで買収、携帯電話事業に続いて小売事業にも経営資源を集中させ、シナジーを狙うという長期的な経営戦略を明確にした。リライアンス・リテールにはジオと同様、KKRやシルバーレイク、アブダビ投資庁(ADIA)などの有力ファンドが相次ぎ出資を表明、米アマゾンも総額200億ドルの株式取得をオファーした、と報道された。コロナ禍でも攻めの経営を貫くリライアンスの動向からは目が離せない。

インド小売市場に大きな可能性

 個人消費の回復を見込んで小売部門への投資も再び活発化している。世界的大手の小売業としては初めてインドに進出、2018年に南部ハイデラバードに第1号店を出店したIKEAは2020年9月、今後の店舗展開に向けてインドに500億ルピー(約700億円)を投資する計画を明らかにした。また現地経済紙によると米ウォルマートは、大手老舗財閥タタ・グループのeコマース事業に対する投資を検討し、協議に入っていると伝えた。投資額は最大250億ドルに達するとみられる。実現すればタタ・グループは、ウォルマートとネット通販大手フリップカートの企業連合と強力なタッグを組むことになる。

 そのeコマース業界も業績が復調している。3月末からのロックダウンで一時売り上げが落ち込んだアマゾンやフリップカートなどのネット通販各社だが、現地紙によると6月には業界として早くもコロナ前の売り上げ水準を回復。食料品や医薬品など新たな商材がeコマース経由で販売され始めたことが市場を広げた要因という。

 IT関連投資にも回復の兆しが見えてきた。有力経済紙エコノミック・タイムズは9月末、米アップルの主要サプライヤー3社が、政府の「新製造業インセンティブプラン(PLIスキーム)」を利用するために、総額9億ドルを投資する計画であると報じた。このようにコロナ禍でも各社が「キャッシュレス」「モバイル」投資を大きく減らさなかったことを反映し、情報技術(IT)各社の業績も比較的好調に推移している。大手の一角インフォシスの4~6月期決算は売上高が前年同期比8.5%増、純利益も11.5%増と増収増益。HCLテクノロジーズも売上高が同8.6%増、しかも同31.7%の大幅増益だった。7~9月期も最大手タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)が市場予想を上回る好業績を上げ、1600億ルピー(約2300億円)の自社株買いも好感され、株価は最高値を更新した。他のサービス業や製造業が軒並み苦境に陥っている中では大健闘だ。アナリストの多くは、金融、小売、消費財メーカーなどのIT投資増加を背景に、今後も各社の業績が好調に推移すると予想している。

オンライン化が回復を後押し

 昨年以来、深刻な販売不振に陥っていた自動車業界はコロナでさらに厳しい状況に追い込まれたが、オンライン販売に活路を見出して巻き返しを図っている。ディーラーに足を運ばなくても色や仕様はもちろん、オプションからローンの設定・仲介まで画面上でできる手軽さが予想外に好評。自動車業界全体が不況だった昨年度の「ベース効果」や、3月末以降のロックダウンで先送りされた需要が戻ってきた影響などがあるとはいえ、乗用車の国内販売台数は5月以降増加に転じ、2020年9月には約27.5万台、前年同月比35%増と大幅な伸びを記録した。約50%のシェアを握る首位のマルチ・スズキが同34%増、2位の韓国・現代自動車が同24%増と大健闘。地場のタタ自動車は前年同月の2.6倍増、昨年からインドで現地生産を開始した韓国・起亜自動車も2.5倍増となった。二輪車も約173.3万台と、同12%の二桁増を記録した。

 ただ乗用車の場合、普段我々が目にするのはインド自動車工業会(SIAM)による「卸売り」ベースの販売統計だ。これとは別に印自動車販売店協会連合会(FADA)がまとめた「小売りベース」の数字では、9月の販売台数は19.5万台で前年比9.8%増と一桁の伸びにとどまった。「コロナ後」では初の前年比プラスだが、メーカー出荷との差である約8万台はそのままディーラーの在庫となる。FADAによると、21~30日分が「適正水準」とされている在庫が、乗用車の場合35~40日分も積みあがっており、もし10~11月の販売が不振に終わると一気に在庫が販売店に重くのしかかってくる恐れもある。

物流も再起動

 このほかの産業指標も軒並み回復傾向を示している。9月のガソリン販売量は前年同月比プラス2%、商用車の燃料に多く使われる軽油も「コロナ前」の93%にまで回復した。インド火力発電公社(NTPC)の発電量も同13%増と、工場や事業所が相次ぎ平常運転に近づいていることを裏付けた。インド国鉄の貨物運賃収入も同13.5%増の約989億ルピーとなった。主要な積み荷である石炭や鉄鉱石穀物などの動きが復調しているという。こうした産業界の復調を背景に、9月のGST(物品・サービス税、つまり消費税)収入も同4%増、今年度初の月間1兆ルピー超えはならなかったが、これに迫る約9548億ルピーに達した。

 経済活動の再開や、新型コロナウイルスに対する「慣れ」などを背景に、ブルーカラーの雇用情勢も改善に向かっている。人材斡旋会社ベタープレイスによると、2020年は約140万人(2019年の約70%の水準)の雇用が創出されると予想しており、警備やIT関連、小売業界ではブルーカラーの求人が新型コロナ前水準の90%程度にまで回復、配送業やヘルスケア関連業種については新型コロナ前の水準を超えるとみている。9月の製造業PMI(購買担当者景気指数)は56.8と8年半ぶりの高水準となった。この数字だけでは心もとないが、ロックダウンやそれに伴うサプライチェーンの寸断で苦境に陥っていた製造業全体が何とか一息ついたということはいえるだろう。

 しかし、こうした好材料の一方で、カネの流れが完全には回復していないことがやや気がかりだ。インド最大の商業銀行である国営ステート・バンク・オブ・インディア(SBI)によると、6~7月で約3920億ルピー増加した貸出残高が8月には約3600億ルピーも減少した。個人向けローンやインフラ向け貸し出しの不調が響いたようだ。インド中銀(RBI)の統計でも指定商業銀行全体の貸出残高は4月以降ほとんど増えていない。

 

農業に救われたインド

 2020年4~6月期のGVA(粗付加価値)伸び率が前年度比3.4%増と唯一プラスとなった農業部門は、かつての「お荷物」から今やインド経済を下支えする役割を担うようになった。3月末からのロックダウンで職を失い、大都市から1億人を超える出稼ぎ労働者が農村に帰郷したとされているが、インド政府もNREGA(農村雇用保証事業)の予算を増額、農産物買い入れ価格を引き上げるなど迅速な措置を導入し、農村部の経済を後押ししている。

 インド気象局(IMD)によると、6~9月の雨季、いわゆる「モンスーン」の降水量は全土平均で957.6ミリと、平年比約9%のプラス。2年連続で平年を超えるのはほぼ60年ぶりで、各地で豊作が見込まれている。農業のおかげでインド経済は最悪の危機を脱した形だ。9月18日時点でのカリフ(雨季作)の作付面積は前年比5.7%増の1億1136万ヘクタールと、申し分ない状況だ。こうした農村部の好況を反映して、トラクターの販売が絶好調だ。4月に約1万1000台と前年同月比マイナス80%にまで落ち込んだセールスは5月以降急回復、6月以降は同2桁の伸びを維持している。大手格付け会社ICRAでは20年度通年のトラクター販売が前年比7~9%のプラスになる、と予測している。こうした農村の好景気も安心材料の一つだ。

 だが、インドのエコノミストの間には依然厳しい見方も少なくない。日本経済研究センターのアジア・エコノミスト調査の回答者であるインド応用経済研究所(NCAER)のシェカール・シャア所長は、ロックダウンや大量失業の後遺症などを踏まえ「経済がコロナ前の水準に戻るのは早くても2022年度末」とみており、今年度の経済成長率も、RBI予想を下回るマイナス12.7%、としている。「中小・零細企業や貧困層対策が不十分」とする指摘も多く、農村部における雇用保証事業を都市貧困層にも適用すべき、とした意見もあった。印中対立による「中国ボイコット」の悪影響を懸念する声も強い。印商工会議所連盟(FICCI)のジョティ・ビジ事務局次長は「業種によって事情が異なるので、産業セクターごとのきめ細やかな支援策が必要」と提言。国立証券取引所(NSE)チーフ・エコノミストのティルタンカー・パトナイク氏も「GSTの配分見直し等で、州政府により大きな歳出権限を与えるべきだ」としている。

 インド経済はなおインフレ懸念や財政赤字に直面しており、迅速かつ効果的な経済対策を打ち出しにくい状況。とりわけ需要サイドの振興策が後手に回っている。しかし、現在進行中の農業、製造業改革が効果を発揮し、サプライチェーンや雇用が回復すれば、経済が上向きに転じる潜在力は十分にあるといえるだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

累計感染者が700万人を超えるなど、インドのコロナウイルスとの闘いにはまだ終わりが見えません。そうした中、いくつかの経済指標にはようやく明るい兆しが見えてきました。これらが「ベース効果」に後押しされた一過性のものなのか、反転攻勢の狼煙となるのかは慎重に見極める必要があります。当面、国際ニュースは米大統領選挙一色となりそうですが、インドの次なる景気刺激策や印中関係の行方も非常に気になるところです。(主任研究員 山田剛)

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