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山田剛のINSIDE INDIA (第122回)

中間層と製造業は「我慢」のインド2021年度予算

「比類なき」の大風呂敷も中身は堅実

 

2021/02/24

“Budget like no other”(比類なき予算案)を掲げて2月1日にインド国会に提出された2021年度(21年4月~22年3月)の予算案は、企業活動の回復や税収見通しが不透明な中、財政赤字を気にせずに歳出拡大を図り、インフラ整備や農業・農村開発、ヘルスケアなどの分野への割り当てを大幅に増やしている。その一方で、コロナ禍で減った税収を補うべく家電や携帯電話部品などへの関税を引き上げ、新たに農村インフラ開発特別税(AIDC)を導入するなどしっかり財源も確保した抜け目ない内容となった。すでにコロナ禍のダメージから立ち直る兆しが見えてきたインド経済。来年度以降はV字回復が期待されるが、問題はその回復スピード。政府の設計通りにエコシステムが回りだすかどうかーー。

ヘルスケアやインフラへの歳出拡大

21年度予算の歳出規模は20年度当初予算案対比で14.5%増の34兆8323億ルピー(約50兆500億円)。補正を経て膨れ上がった昨年度(歳出34.5兆ルピー)を上回った。インドでは1月16日から、人口の半分近い約6億人を対象とした世界最大の新型コロナウイルス用ワクチン接種がスタートし、2月下旬までに医療従事者ら1000万人以上が接種を受けた。こうしたワクチンに3500億ルピー(約5080億円)を投入するなど、インフラ整備に分類される公衆衛生事業なども含めたヘルスケア部門への歳出は総額2兆2384億ルピー(3兆2500億円)、前年度当初予算比2.4倍という大幅増となった。

このほか、コロナ禍による工場閉鎖などで農村に流れ込んだ労働力を吸収するための「国家農村雇用保障事業(NREGA)」に同53%増の1兆1150億ルピー(1兆5300億円)、約2860万世帯に上水道を普及させる「ジャル・ジーワン事業」には前年度の5倍、5000億ルピーを計上した。ヘルスケア以外にも国道(ナショナル・ハイウェイ)整備などのインフラ開発部門の予算は前年度比34.5%増、運輸・交通部門は同37.4%増、農村開発部門は34.3%増と、それぞれ大きく割り当てを増やした。農村を中心とした民生向上や雇用確保には並々ならぬ配慮をしている、というメッセージが伝わってくる。

C・ランガラジャン元印中銀(RBI)総裁は有力英字紙フィナンシャル・エクスプレスに対し、19年度にGDP比1.64%だったインフラ部門への歳出が翌20年度には2.25%、そして21年度予算では2.48%と上昇傾向にあることを指摘し、歳出の資本財シフトを評価した。

予算案の前提となるマクロ経済概況を見ると、印政府は3月末で終わる2020年度のGDP成長率を前年度比マイナス7.7%と予測、2年続きの豊作に恵まれた農林水産業がプラス3.4%となる一方、製造業がマイナス9.6%、サービス業を同8.8%としている。2021年度はこれがプラス11%にV字回復するとしてるが、思惑通りにいくかどうか。2021年度予算では重点部門に大盤振る舞いしているものの、GDPに占める公的債務の比率が途上国の中でもかなり高いインドの財政余力は決して十分ではない。

グロスの税収は2020年度当初予算で24兆2300億ルピーを見込んでいたが、コロナ禍の影響で改定値は19.0兆ルピー(前年度比21.6%減)へと落ち込んだ。特に法人税の落ち込みが厳しく、修正値では当初予算比で34.5%減となった。21年度予算案では22兆1700億ルピーの税収を見込んでいるが、これも経済の回復スピード次第だろう。

インドの国家予算は例年当初予算から歳出が大きく膨れ上がるのが通例で、20年度予算もいざ締めてみれば当初予算から14.3%も増えていた。インド経済の宿痾ともいえる財政赤字は20年度にGDP比9.5%へ拡大、21年度にはこれが6.8%に圧縮されるとしているが、やや不安が残る。インド版消費税であるGST(物品サービス税)の税収は昨年秋以降順調に回復しつつあるが、法人税や個人所得税がどこまで確保できるかは不透明。新年度は関税の引き上げやインド国営生命保険(LIC)、バーラト石油(BPCL)、一部有力銀行など国営企業(PSU)の政府持ち株売却(21年度の目標額は1兆7500億ルピー)などで穴埋めを図ることになる。

関税引き上げと新税導入で歳入確保を図る

税収の確保で注目されるのは、新たに導入される農業インフラ開発特別税だ。これは、ガソリン(1リットル当たり2.5ルピー)、軽油(同4ルピー)アルコール飲料(100%)などに上乗せ課税されるもので、かつての教育目的税(2%、のちに3%に引き上げ)と同様の発想だ。財務省では基本税率の変更などで消費者の負担は増えない、と説明しているが、つねに新たな税金を考え付くインド税務当局の才能には驚かされる。

昨年秋から全国的に広がった反農業法デモはもちろん、それ以前から顕在化しているルーラル・ディストレス(農村の困窮)で、ここ数年農民の不満はピークに達している。農業生産自体は豊作だが、こうした一連の政策の背後には怒れる農民を何とかなだめようという意図が見えてくる。

しかし、今回の予算案は製造業や一部サービス業など、コロナ下でダメージを受けた産業や都市中間層などにとっては不満が残る内容だ。特に自動車部品やプリント基板など多岐にわたる関税引き上げには議論が分かれる。2018年以降、相次いで関税の引き上げに動いてきたインド・モディ政権は昨年、「アートマニルバール・バーラト(自立したインド)」を掲げ、輸出依存の脱却と主要工業製品の国産化を目指す方針を打ち出した。こうした流れを受け、21年度予算案では国内産業を保護・振興するためとして関税引き上げを盛り込んだ。中国狙い撃ちという側面もあるようだが、実際は税収を優先した措置に他ならない。

たとえば自動車部品(イグニション、安全ガラス、灯火機器など)の関税率はそれまでの7.5~10%から15%に引き上げられた。部品の関税引き上げは国内の部品メーカーにとっては歓迎で、印自動車部品工業会(ACMA)では「現地生産拡大の追い風になる」としている。しかし、一部の部品を輸入に頼る完成車メーカーにとっては逆風。シュコダ・オート・フォルクスワーゲン・インディアのグルブラタプ・ポパライ氏は「関税引き上げは生産コストの増加につながる」と指摘。メルセデスのマルティン・シュウェン社長兼CEOは声明を発表、「せっかく販売が好転しているこの時期に関税引き上げとは予想外。製造コストを押し上げ消費者の負担も増える」と不満を表明している。

ニルマラ・シタラマン財務相は2月13日、「21年度予算によって、自立したインドに近付いた」と自賛。だが、インドの製造業は何から何まで自分たちでつくれるわけではない。中長期的は投資や技術移転などによって自動車部品やエレクトロニクスなどの国産化が進み、これが貿易赤字圧縮につながるかもしれないが、短期的にはコスト増などでインドの製造業を圧迫するのは確実。産業界には困惑する声も多い。このほかにも冷蔵庫、エアコン用のコンプレッサーが12.5%から15%へ、関税ゼロだった携帯電話用部品やデジタルカメラ用などのプリント基板は2.5%へと、それぞれ引き上げられた。

食器やテーブルウェアなどのキッチン・ダイニング用品が10%から20%に変更され、家具も20%から25%へ、繊維製品も10%から15%に引き上げた措置はインドに進出した流通大手第1号のイケアを直撃。現地法人イケア・インディアのピーター・ベッツェルCEOは「商品の75%が輸入なので関税引き上げは大きな打撃」と失望を隠さない。インドで人気の輸入ランニングシューズの関税も25%から35%へと抜け目なく引き上げられ、都市部のジョギング愛好家には不満が高まりそうだ。中国製が幅を利かせている玩具に至っては20%から60%への大幅引き上げに踏み切った。

コロナ禍に沈む業界、特にサービス業への対策も十分とはいえない。観光関連企業などでつくるインド旅行・ホテル業協会連合会(FAITH)は予算案について、「我々は最もコロナの影響を受けているのに、即効性のある対策が盛り込まれず、深い失望を感じる」との声明を発表した。印携帯電話事業者協会(COAI)は「我々は(モディ政権の看板政策である)デジタル・インドを支えているのに、何ら支援策がなかった」と表明。特に周波数帯のスペクトラム使用料(SUC)やライセンス料の引き下げは期待外れだったようだ。中小企業対策では無担保ローンの拡充や、20億ルピー以下のプロジェクトは国際入札禁止とするなどの措置が発表されたが、ほかに見るべきものはなかった。

コロナ対策で待ったなしのヘルスケア部門や「国家百年の体系」であるインフラ整備に手を抜かず、手厚い農業・農村対策を打ったインド政府は、一方で歳入確保にも気を配った予算を組んだと言える。コロナ感染者は累計1100万を超えたが、2月下旬には1日の感染者が1万人前後と、昨年秋の最悪期に比べほぼ10分の1に減少した。新年度を迎える4月にはインドの経済再建への期待はさらに高まるだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

新型コロナの感染拡大も収束に向かい、電力消費や自動車販売、鉄道貨物取扱量などの指標も好転しつつあります。そんな中発表された2021年度予算案は綿密に練り上げた労作と言えそうですが、新農業法に対する反対デモがくすぶり、中国との対立もいまだ収束しないインドは内外に懸案を抱えたまま。計画立案の才には定評があるインド、あとは実行あるのみというところでしょうか。(主任研究員 山田剛)

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