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山田剛のINSIDE INDIA (第123回)

インド・中国関係、緩やかに正常化へ

政府主導の「中国ボイコット」は空振り

 

2021/03/30

 2020年6月にインド・中国国境地帯のラダック地方で発生した両国軍の軍事衝突。インド軍兵士に20人の死者が出たことでインドの国内世論は中国への敵意に沸いた。これにすかさず反応したインド政府は鉄道や道路事業など中国企業による対印投資案件を相次ぎ停止すると表明。中国からの輸入品に高関税をかけるという「中国ボイコット」を宣言した。さらに20年11月までの2次にわたって「Tiktok」「WeChat」や人気ロールプレイングゲーム(RPG)の「PUBG」など中国製アプリ200本以上を使用禁止とする措置に踏み切り、7億人といわれるスマホユーザーに大きな影響を与えた。連邦政府はもとより、ヒンドゥー・ナショナリズムの強い地域政党シブ・セーナーが主導する西部マハラシュトラ州政府も、中国・長城汽車と交わした乗用車生産に関する覚書を凍結すると発表した。

 その後印中両国は係争地からの兵力撤退でひとまず合意。関係正常化を予感させるいくつかの動きも観察されるようになった。インド現地紙は昨年10月、印政府が長城汽車に対し、マハラシュトラ州タレガオンの旧GM工場でのSUV生産を認める方針、と伝えた。商用車メーカーである北汽福田汽車も印PMIエレクトロ・モビリティ・ソリューションズと合弁会社を設立し、同州の産業都市プネーで電動バスの生産を開始する、との報道もあった。これらは「観測気球」的な記事とみられ、その後のフォローがないのが気になるが、双方が手探りで状況改善に動いているのは確かなようだ。12月には中国が約30年ぶりにインド産のコメを輸入したというニュースも流れた。印中両国の軍や外務省高官同士の協議も継続しており、しばらくは関係が直ちに悪化することはなさそうだ。

鉄道や自動車メーカーは事業継続へ

 インド政府も、中国企業をやみくもに排除しようとしているわけではない。電気通信分野と違って自国の安全保障を脅かす恐れが小さい自動車や鉄道車両の分野ではそれほど締め付けは厳しくない。バンガロール・メトロ公社から電車36編成216両の発注を勝ち取った中国中車(CRRC)グループの南京浦鎮車両は21年3月、インド南部アンドラプラデシュ州の大規模工業団地スリシティに工場を建設する計画を表明。初期投資は35億ルピー(約50億円)で500人の雇用を予定しているという。工場が稼働すればバンガロールだけでなく、デリーやムンバイなど路線延長が進む他都市のメトロ向けにも電車を供給する計画。同社ではインドの産業政策の柱である「メーク・イン・インディア」に従い内製化率90%を目指すとともに、アフリカへの輸出も視野に入れている。

 上海汽車(SAIC)傘下で19年からインド現地生産に乗り出し、SUV「ヘクター」がヒットしているMGモーター・インディアは同じく3月、インド工科大(IIT)デリー校と電気自動車(EV)や自動運転技術の開発で提携、タタ電力と提携してパンジャブ州ルディアナに電気自動車用急速充電スタンドの第1号を開設した。電動SUV「ZS」を販売しているMGは、今後もデリー首都圏で充電スタンドの開設を進めていく計画だ。

 この一方で、かつて「中国製通信機器にはスパイウェアが仕込まれている」としてインド政府が輸入禁止に踏み切るなど、国の安全保障に直結する(とされる)電気通信部門では依然厳しい対応が取られている。インド通信省は3月、「6月15日以降、各携帯電話プロバイダーは政府が承認した“信頼できるソース”の機材しか購入してはならない」とする声明を発表した。約10年前の「スパイウェア疑惑」を蒸し返し、携帯電話各社に対して華為技術(ファーウェイ)や中興通迅(ZTE)などの機器を調達しないよう働きかけている。代わりにエリクソンやノキア、サムスン電子など、あわよくば国産の機器を使えということだろう。だが、通信・メディアに強い英調査会社アナリシス・メイソンによると、各社がこの通達に従うと大手プロバイダーのバルティ・エアテルやボーダフォン・アイデアの機器調達コストは5~10%上昇する、と試算されている。通話料の安値競争でただでさえ収益が圧迫されている通信各社にとっては死活問題だ。

効果なかった「中国製品」ボイコット

 投資と違って、貿易はそう簡単にはストップできない。先日、「印中対立によってインドによる中国からの輸入が大幅に減少した」というニュースが流れたが、調べてみるとややミスリーディングな中身だった。印商工省の貿易統計によると、2020年4月~12月の中国からの輸入額は453.6億ドルと前年同期比で約12.6%減少しているが、この間インドの輸入自体もコロナ禍の影響で大きく減っているため総輸入に占める中国のシェアは17.3%と、逆に同3.1ポイント増加している。同期間の電子部品の輸入額は12.7億ドル余と同22%もの大幅増、中国のシェアも同6ポイント増えて約21%となった。有機化学品の輸入額も64.3億ドルで同3.0%増、中国のシェアは7ポイントも増えている。自動車部品や機械類、電気機器なども輸入金額自体は減少したが、輸入全体に占める中国のシェアはいずれも拡大している。

 インド企業にとってやはり中国産の素材や部品が不可欠であり、「民間企業の多くは政府主導の中国ボイコットを安易に追従しない」(インド外務省幹部)ことがはっきりした。4~10月には香港からのパソコン輸入額が前年比で2.5倍に増加したことも考えると、中国依存度は高止まりしたまま、といえるだろう。

 モバイル決済の草分けであるPaytmやネット通販大手のスナップディール、メッセージアプリのハイク・メッセンジャーなどインドの並みいる有力スタートアップは多くが中国企業から投資を受けている。情報通信専門の調査会社グローバルデータによると、その総額は2016年の3.8億ドルから2019年には46億ドルに急増している。アリババはPaytmやスナップディールをはじめ、食品宅配のビッグバスケット、フードデリバリー大手のZOMATOなどにこれまで計26億ドルを投資、テンセントもオンライン学習のBYJUや、コンテンツ・サービスのドリーム11、配車サービスのOlaキャブスなどに24億ドルの資金を注いでいる。

中国依存脱却にはなお時間

 中国製品が供給されないと困る会社はほかにも多い。ネット通販で扱うアパレルや文具、家庭用品などで中国製品は圧倒的なシェアを握っている。医薬原料(API)やDAP(硫酸二アンモニウム)肥料などでも中国への依存度は高く、自動車部品、電子機器、部品などの多くを中国製に依存しているのは周知の通りだ。モディ政権は「自立したインド」のスローガンで電子機器や産業素材の国産化を呼び掛けているが、そのための製造業振興はまだ始まったばかりだ。

 政府主導の中国ボイコットは印中の衝突が直接の引き金となったわけではない。事件に先立つ20年4月、印政府は海外からの直接投資(FDI)政策を厳格化し、「“国境を接する国”からの投資案件は許可制とする」との通達を出した。この眼目はもちろん中国にある。政府はいわば印中の衝突を利用したといえる。

 それでもインドにおける中国企業のビジネス環境が悪化しているのは否定できない。通信機器などに比べれば印政府のプレッシャーが強くない中国の自動車メーカーの間でもインド事業の拡大・継続を巡っては対応が分かれている。かつてフォードへの委託生産でインド進出を目指したものの断念した経緯がある長安汽車はインドへの5億ドルの投資計画を進め、南部タミルナドゥ州や西部グジャラート州などへの工場建設を検討していたが、現地紙報道によると2月にインド事務所を閉鎖。撤退モードに入ったようだ。

 マハラシュトラ州と交わした覚書を反故にされた長城汽車も、計画がストップしている間に中国人社員のビザが切れるという事態に追い込まれたが、同社は地元メディアに対し「投資案件については印政府からの回答を待っている」と述べており、インド進出を断念してはいない。ただ、GM工場の買収処理に手間取っているようで、生産開始は早くとも2023年度にずれ込みそうだ。印中対立がこじれ、中国自動車メーカーの対印投資計画がすべて白紙撤回されると30~40億ドルの投資が宙に浮くことになる。中国江蘇省・常熟でジャガー・ランドローバーの合弁生産を手掛けている奇瑞汽車(チェリー)とタタ自動車は、次のステップとして印国内での合弁生産を計画しているが、これも厄介な「審査」が待ち受ける。

 事業がうまくいっているMGはブランドを維持しようと今後の需要拡大に対しては新規投資を見合わせ、フォルクスワーゲンやフォードへの生産委託を検討中。何とか逆風を乗り切ろうとしている。エアコンなどでインド市場の本格開拓に乗り出したばかりの中国家電メーカーも何らかの対応を迫られるだろう。

 中国に真っ向ケンカを売ったトランプ政権下の米中対立でうまく立ち回った感のあるインドだが、バイデン政権もどうやら中国への厳しい姿勢を見せ始めた。日中と違って「複数の紛争解決ルートが機能している」(インドの元外交官)とされる印中関係。インドとの決定的対立は回避したい中国が、何らかの歩み寄りを見せてくる可能性はありそうだ。印中の対立は今後緩やかに正常化していくのではないだろうか。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

係争地ラダック地方からの両軍撤退がひとまず完了し、インドと中国はようやく関係正常化に向けてそろり動き始めた感があります。今回改めて分かったのは、中国製品なしには立ち行かないインド製造業や、中国マネーで成長してきた有力スタートアップの実像です。外に敵をつくれば国内は結束する、というのはモディ政権にとって対パキスタン外交で味を占めた手法ですが、経済を考えればそろそろ中国と手打ち、といったところではないでしょうか。(主任研究員 山田剛)

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