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山田剛のINSIDE INDIA (第124回)

インドの花形・自動車産業に再びコロナの打撃

相次ぐ工場閉鎖、待たれる政府の支援策

 

2021/05/17

 2019年の自動車不況に続き2020年にはコロナ禍に直撃されたインドの自動車業界が再び厳しい試練に直面している。昨年秋から国内販売にようやく回復の兆しが見えてきた矢先、今年春からの感染急拡大でメーカー各社は相次ぎ工場の閉鎖に踏み切っており、マンパワーの供給をはじめ部品や資材などのサプライチェーンにも影響が広がりつつある。このまま「ロックダウン」が拡大すれば業界全体にとって大きなダメージとなるのは必至だ。

市場規模は5年前の水準に後退

 インド自動車工業会(SIAM)がまとめた2020年度(20年4月~21年3月)の販売統計によると、国内向け乗用車販売台数(卸売りベース)は約271万1400台と、前年度比マイナス2.2%でかろうじて踏みとどまったかに見える。しかし、2019年度は自動車不況の影響で過去最高だった2018年度から一転マイナス17.9%の大幅減少となっていた。一桁の減少で済んでいるのは前年の低迷によるいわゆるローベース効果が大きく作用しているためで、決して安心できる数字ではない。国内販売台数自体は2015年度の278.9万台にも及ばない。つまり、2年連続の販売不振に見舞われたインド自動車市場の規模はほぼ5年前へと逆戻りしてしまったのである。韓国・現代自動車や日産、マルチ・スズキなどがかねて力を入れてきた乗用車輸出も2020年度は約40万4400台で前年度比38.9%の大幅減少。生産台数そのものが低下したうえ、主力輸出先である中東やアフリカ、欧州などの不況が影響した格好だ。

 ロックダウンで人の移動が制限され、2020年4月には販売台数が空前の「ゼロ台」に終わるなどインド自動車市場の様相は一変した。しかし、ソーシャルディスタンスを維持して移動できる自動車が見直され、メーカー各社とディーラーはネット販売に活路を見いだそうと奮闘してきた。SUV人気にも後押しされて販売台数は20年度後半にかけて徐々に持ち直しつつあった。

 自動車販売店などでつくるインド自動車ディーラー協会連合会(FADA)が出している小売りベースでの乗用車販売統計は、ディーラーにおける「在庫」を含めたメーカー出荷台数ではなく、店頭での販売台数を集計しているので、より実態を反映している。FADAによると2020年度の国内乗用車販売台数は前年度比13.9%減の約238万6300台。SIAMの数字よりも30万台以上少ないうえに、減少率も大きい。農村での販売台数が多い二輪車は同31.5%減の1153万3000台と低迷。景気動向を敏感に反映するトラック、バスなどの商用車は44万8000台で、前年度比半減という状況だ。

 メーカー別に見ると、乗用車で50%近いシェアを持つマルチ・スズキが116万2700台で首位をキープしたが、販売台数は前年度比13.2%のマイナス。2位は41.4万台を販売した韓国・現代自動車。SUVの販売が好調で工場停止の影響が比較的少なかったタタ自動車が同15.6%増の18.7万台で3位に浮上した。他社が軒並み台数を減らす中、SUVのニューモデル「ソネット」などが成功した韓国・起亜自動車も前年度からほぼ倍増の13.1万台で、マヒンドラ&マヒンドラを抜いて4位となった。スポーツSUV「ヘクター」がヒットした中国・上海汽車傘下のMGモーターは同40%増。上位メーカーが苦戦する中、プラスを確保した。コロナ禍は乗用車市場の序列までを大きく変えたことになる。

生産計画の遅れに警戒感

 販売が伸び悩んだ厳しい1年を振り返り、SIAMの鮎川堅一会長(マルチ・スズキ社長)は「先行きが見えない環境では、将来を心配するよりも未来を創り出すことに全力を挙げていきたい」とする声明を発表し、新年度への期待を表明した。だが、FADAのビンケシュ・グラティ会長は「(感染再拡大は)半導体材料の不足や資源価格の高騰につながり、生産計画の遅れなどで業界の成長を脅かす」と警戒感を強めている。コロナ第2波の拡大ですでに全国に広がっているロックダウン(市域封鎖)がさらに長引く事態になれば、生産の落ち込みやサプライチェーンの混乱、消費者の購買意欲減退といった様々な悪影響が懸念される。自動車市場はやはりインド経済と一蓮托生なのだ。

 3月以降急上昇した新規感染者数は5月上旬に1日当たり41万人を超える事態となった。マルチ・スズキは6月に予定していたハリヤナ州グルガオン、マネサール両工場の保守点検を1カ月前倒しして5月1日から9日までの予定で操業を停止していたが、コロナ感染拡大を受けてこれを16日まで延長することを決めた。生産ラインで使用する工業用酸素を医療用に振り向ける狙いもあるという。

またホンダ・カーズ・インディアも5月6日、西部ラジャスタン州タプカラの工場を同月7日から12日間閉鎖すると発表した。現代自動車も5月10日から1週間の操業停止。二輪車で首位ヒーロー・モトコープを追撃するホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア(HMSI)もマネサールなど全国4カ所の工場の稼働を5月1日から15日間停止すことを決定。インディア・ヤマハ・モータースも5月16日から月末まで、南部タミルナドゥ州や北部ウッタルプラデシュ州の工場を止める、と発表した。

 このほかにもトヨタ・キルロスカ・モーターは南部カルナタカ州ビダディの工場を4月26日から5月14日まで停止、MGモーター・インディアや世界最大の二輪車メーカーであるヒーロー・モトコープも同様に生産施設の一時停止を決めている。自動車業界では年初に車載用半導体の不足に直面し、フォード・モーター・インディアなどの工場で同様に稼働停止を前倒ししている。各社は昨年3月にもロックダウンを受けて操業停止に踏み切ったが、これが下請けの部品工場などの大量失業につながったのは周知の通りだ。

相次ぐ工場閉鎖

 コロナ感染拡大は消費者マインドを冷え込ませて販売不振につながるだけではなく、部品や原材料の供給や配送にも影響を与えている。すでにコロナ治療用が優先されたため、工業用の液体酸素を運ぶ専用トレーラーの手配が困難になっているという。先行きが見えない状況では、工場サイドの生産計画だけでなくディーラー側の在庫調整もシビアになってきている。自動車産業の集積地である南部チェンナイや西部マハラシュトラ州プネー郊外のチャカン、オウランガバードなどの地域経済にも甚大な影響を与えそうだ。

 有力英字経済紙エコノミック・タイムズによると、需要が安定していた平時においては自動車業界は1日に120~140億ルピー(180億~210億円)の売り上げを稼ぎ、連邦政府や州政府に毎日35億ルピーの税収をもたらしてきた。しかし、コロナによる工場閉鎖やディーラーの閉店が広がれば、販売は70~80%の大幅な落ち込みとなる見通しという。自動車業界の不振は財政にも影響を与えている。

 かねて政府にGST(物品サービス税、つまり消費税)税率の引き下げや、排ガス規制義務化の先送りなどを要請、さまざまな支援措置を働きかけてきたFADAのグラティ会長は、コロナ感染が農村部にも拡大していることを踏まえ「自動車販売が2019年3月の水準に回復するには2022年度までかかる」との厳しい見解を示している。3月以降の感染急拡大でユーザーも購入決定を先延ばしする傾向が広がり、4月の乗用車新車登録(小売ベース)は前月比25%減の20.8万台と再び減少傾向が鮮明となっている。大手メーカーが軒並み生産停止を決めていることから、5月の販売台数も大幅に落ち込むのは確実だ。

 唯一の明るい材料が、2021年のモンスーン(6~9月の雨期にインド全土に降雨をもたらす季節風などの気象現象)での予想降水量がほぼ平年並みとみられることだ。安定した農業生産が見込めることからトラクターやSUV、商用車、そして農村で需要が多い二輪車などの需要をある程度は下支えしてくれると期待されている。

 しかし持続的な回復には、ワクチン接種のスピードアップや新たな感染の防止が不可欠となる。今回の感染「第2波」の背景には経済活動の再開に加え「変異株」の拡大や、感染対策を取らないまま各地で群衆を発生させてしまった祭礼などの要因が指摘されているが、緊急事態宣言下でも飲み会に行ってしまう人が身近にいる我々は、こうした「コロナ慣れ」を安易に批判することはできないだろう。

 単なる不況ではないので、自動車業界に対して政府ができる支援策は限られている。とはいえ、まずは連邦予算案のたびに期待と失望を繰り返してきた乗用車に対するGST税率の引き下げだろう。乗用車のGST税率は電気自動車(EV)の12%を除いて一律28%と高率で、さらに車体の長さや排気量によって1~22%の付加税が課される。この結果、車長4メートル以下のコンパクトカーはGST28%+付加税1%の計29%となるが、車長4メートル、排気量1500ccを超えるセダンは28+20%で48%、同じく車長4メートル超のSUVの場合、28%+22%で実質税率は50%に達する。こうした「クルマを奢侈品扱いする」政策に対して業界は繰り返し改善を要望してきた経緯があるが、タフで知られるインドの財務省。それでなくても税収(特に直接税)が伸び悩む中、コロナ対策で歳出が拡大している状況下で花形産業への減税措置はかなり優先順位が低いと言わざるを得ないだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

新型コロナウイルの感染急拡大でインド経済は再び深刻な状況に追い込まれています。モディ首相は「大規模なロックダウンは行わない」としているものの、すでに首都デリーでは地下鉄(メトロ)の運行を停止するなど各地で市民生活にも大きな影響が出ています。インドの主力産業である自動車は、その注目度の高さからとかく目立っていますが、零細経営が多い繊維産業、ダイヤモンド研磨工場などの状況はより深刻であることは容易に想像できます。局地的なロックダウンやワクチン接種の加速など打てる手は限られていますが、なんとか乗り切って欲しいものです。(主任研究員 山田剛)

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