ミャンマー情勢~静観するインド、立ちすくむ日本
軍政への対応苦慮、中国・ロシアファクターも
2021/06/21
民主的に選ばれた政権を暴力で転覆させ、抗議デモを行う自国民に銃口を向けるという暴挙に出たミャンマー軍政に対し、世界は厳しい非難の声を浴びせている。しかし、厳しい制裁で軍政が孤立すれば「人権」をさほど気にしない中国やロシアが一気に接近してくるという懸念も根強く、国際社会は断固とした対応ができないジレンマに陥っている。インドにとっても東南アジア諸国連合(ASEAN)で唯一国境を接するミャンマーの混乱は外交戦略に影響を与えかねないが、様々な事情から沈黙を続けざるを得ない。日本も米欧と協調しつつ、当面は様子見というところだろう。
インドと縁が深いスーチー氏
ミャンマー、かつてのビルマは英領インドとともに大英帝国の植民地支配下にあり、太平洋戦争中には日本軍が占領。悪名高い1944年の「インパール作戦」の出撃地でもあった。そのインドとミャンマーは歴史的に深い縁でつながっている。軍政によって拘束されているアウン・サン・スー・チー氏は初代駐印大使を務めた母親とともに少女期をインド・デリーで過ごし、英国留学の前にはデリー大で学んでいる。
独立直後からインドは一貫してビルマを支援してきた。1947年冬、英国訪問の途中でインドに立ち寄ったスー・チー氏の父アウン・サン将軍に対し、インド初代首相ネールは英国の寒さを慮って自ら愛用していたウールのコートをプレゼントしたエピソードもある。1962年にはネ・ウイン将軍らによるクーデターが起き軍事政権が発足するが、ネールの娘インディラ・ガンディーは首相時代、民主派勢力への支持を続けた。だが、テロに倒れたインディラの息子ラジーブ・ガンディー亡き後のナラシマ・ラオ政権は一転してミャンマー軍事政権に接近。それというのも、ミャンマー国境に近いインド北東部に跋扈し、インドからの独立を叫ぶ武装勢力を抑え込むためにはミャンマー軍の協力が不可欠だったからだ。この構図は今も大きくは変わっていない。実際、ミャンマー軍政はインド北東部で独立運動を展開する「ナガランド民族社会主義評議会イサク・ムイバ派(NSCN-IM)」とインド政府との交渉を仲介した、とされる。
インド政府は今年2月のクーデターに際し、事態に深い懸念を示すとともに「民主主義の回復」や「平和的解決」「指導者らの解放」を呼び掛ける声明を出したがその後はトーンダウン。「軍政との対話」を強調する一方、非公式に「厳しい制裁は問題解決につながらない」との見解を示しており、いささか煮え切らない。
各国のスタンスを測る好機となったのが3月末のミャンマー国軍記念日だった。軍事パレードには中国とロシアをはじめ、インド、パキスタン、バングラデシュやタイ、ラオス、ベトナムのASEAN3カ国が代表を出席させた。これら各国はいずれも軍によるクーデターを事実上黙認したと受け止めていいだろう。
インド・ミャンマー関係は以前とは大きく変わっている。インド最大のエネルギー企業・印石油天然ガス公社(ONGC)の海外部門ONGCビデシュ(OVL)をはじめ、すでに100社以上のインド企業がミャンマーに進出しているからだ。そして前国民会議派政権時代からインドは「ルック・イースト政策」を掲げASEAN諸国との関係強化に乗り出していることだ。OVLは2002年、2006年にミャンマー北西部・ラカイン州沖合の2鉱区でガス田の権益を取得、2013~14年にも同国北西部の陸上ガス田2鉱区の権益を追加取得。パイプライン建設事業を含めると6つのプロジェクトに参加しており、これまでに2億ドル近くを投資してきた。また、タタ自動車やトラクター大手のエスコーツやソナリカ、製薬大手ランバクシーやシプラ、サン・ファーマスーティカルズなどがミャンマーに投資した総額は12億ドルを超える。インド政府は昨年10月、最大都市ヤンゴン郊外のタンリンに総額60億ドルを投資して製油所を建設するプロジェクトを公表したばかりで、国営インド石油(IOC)などが関心を示していた。ミャンマーのエネルギー部門に深く食い込む中国に対抗する狙いがあるのは確実だろう。
だが、クーデターによってミャンマー軍政およびその息がかかった企業を相手にビジネスを展開するリスクが一気に顕在化した。大手財閥アダニ・グループ傘下でインフラ事業を手掛けるアダニ・ポーツ・アンド・スペシャル・エコノミック・ゾーンは3月、格付け機関などからミャンマー軍政との関係を指摘された。アダニ・グループは過去において軍傘下の複合企業体ミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)への支払い実績があることを認めたが、「軍事政権を支援した事実はなく、昨年以降すでに取引関係は終了している」との声明を発表した。しかし、欧州の銀行など投資家が相次いで同社の株を売却、株価が急落する事態となった。
取引するだけで大きなリスクに
このように「国民を弾圧する軍政に利益をもたらす商行為」に対しては国際社会から厳しい批判を浴びるリスクが高まっている。国軍系企業と取引をしただけで「人権侵害に加担している」とみなされてしまう。パキスタンの場合、軍の年金基金などがセメント・メーカーやインフラ開発会社などを抱えていることから「軍が経済を牛耳っている」などとしばしば引き合いに出されるが、その一方で民間の有力財閥がしのぎを削っているので軍の息がかかった企業との付き合いを避けることは十分可能だ。だが、民間資本の蓄積が遅れているミャンマーではそうはいかない。軍に「近い」とされる企業グループなども含めると「軍と全く関係ない企業を探すのは困難」(進出企業関係者)と言われる。国連によると、携帯電話プロバイダーや港湾開発会社、各種製造業などを抱えるMECと、金融、貿易、宝石などを扱うミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEHL)は、両社合わせて133社の子会社を抱えており、ともに米政府による制裁対象となっている。
OVLが採掘している天然ガス田は、インドにとって貴重な自主開発エネルギー源だ。軍事政権と決別して事業から撤退した場合、その権益が中国に転がり込むのは火を見るよりも明らかだ。中国とミャンマーは2018年、「中国・ミャンマー経済回廊(CMEC)」構想に関する覚書(MOU)に調印、2020年1月には習近平国家主席がミャンマーを訪問し33もの協定文書に署名するなど、急接近が鮮明となっている。軍政に圧力をかけてミャンマーから手を引けばすかさず中国が入り込む---。国際社会がミャンマーに厳しい態度を取れない最大の理由だ。
ミャンマー投資企業管理局(DICA)によると、2011年4月から21年5月までの国別ミャンマー向け海外投資は合計552.4億ドル。このうち約41%をシンガポールからの投資が占めたが、多くは多国籍企業の現地法人経由であるとみていいだろう。香港を含めた中国は約28%、155億ドルに達しており、英国や日本、インドなどを大きく上回っている。投資以外の「融資」もカウントすればこの数字はさらに膨れ上がる。
日本企業、多くが様子見
約5500万人の人口を抱える巨大市場や勤勉な国民性を背景に「最後のフロンティア」ともてはやされたミャンマー。クーデター後の事業継続に苦慮しているのはインド企業だけではない。日本企業はすでに約430社が進出。日本政府は2011年の民主化後にミャンマーへの政府開発援助(ODA)を再開、2019年度だけで約1900億円の援助を供与している。金額を公表せず、そもそも「投資」と「融資」の境界線が極めてあいまいな中国以外では最大の援助国であり、すでに円借款によるヤンゴン-マンダレー間の鉄道プロジェクトなども進行中だ。しかし、ODAに関して茂木外相は5月下旬、軍政が市民への弾圧をやめない場合、ODAの停止もありえるとの考えを示している。
新興国では普通のことだが、ミャンマーに進出する外国企業の多くは外資規制によって地元企業との合弁会社を設立する必要がある。これが今、大きな問題となっている。クーデター直後の2月、キリンHDはMEHLとの合弁解消を発表した。国際社会からの批判を考慮しただけでなく、軍政を非難する市民の「不服従運動」や「不買運動」にも直面したからだ。各種報道によると、ミャンマーに進出した日本企業10社に国軍関連企業との取引実績があり、その多くがすでに配当の支払いを停止しているという。
日本の官民ファンド「海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)」とフジタ、東京建物の企業連合が手掛ける最大都市ヤンゴンの軍事博物館跡地再開発事業(総額370億円)には国際開発銀行(JBIC)と三井住友、みずほのメガバンク2行が融資しており、すでに年間2億円超の土地代が国防省に支払われているという。また、国際協力機構(JICA)が手掛ける円借款事業で、日本企業が多く集まるティラワ経済特区(SEZ)につながる「バゴー橋建設事業」工事は横河ブリッジと三井住友建設の共同企業体が受注したが、工事の下請けに国軍系企業が入っているとの報道もある。宝飾品大手のTASAKIは米政府による制裁対象となった国軍系のミャンマー真珠公社に生産物を物納しているといわれ、食品機器大手のサタケには国軍系企業との提携関係が指摘されている。「じゃあどこの会社と取引すればいいのか」--。日本企業関係者の嘆きが聞こえてきそうだ。
6月上旬には、原材料の不足に直面していたエースコックがミャンマー事業の一時停止を発表した。軍部に抗議する「不服従」運動の拡大で職場を放棄する人が相次ぎ、金融や物流に影響が拡大しているためだ。エースコックは2017年にティラワに進出、全国に販路を広げていた。かねてカンボジアに進出するなど東南アジアで積極的に事業を拡大するイオンは、ヤンゴンで2023年中にオープンを目指していた「イオンモール」1号店の着工遅れが濃厚となっている。大成建設もヤンゴンでの病院建設工事を一時中止し、日本人駐在員を帰国させた。「ユニクロ」などを展開するファーストリテーリングも生産遅延が生じているといい、ヤンゴン市内の一等地に年内開業を予定していたホテルオークラも3月に従業員募集を停止している。日本企業が開発する「ティラワSEZ」にもミャンマー政府が出資しており、新規入居に二の足を踏む動きが広がる恐れがある。大規模な抗議デモこそ下火になっているが、将来への不安が解消しない状況下では個人消費拡大にも期待が持てない。
影響は日本やインド企業だけにとどまらない。5月末、仏トタルは軍の影響下にあるミャンマー石油ガス公社との合弁会社でガスパイプラインを運営する「モッタマ・ガス輸送会社」の株主配当支払いを停止すると発表した。背景には人権団体からの厳しい批判があったとされる。韓国・ポスコも4月、MEHLが30%出資する子会社「ポスコ鋼板」の合弁解消を発表している。
軍政に動揺は見えず
クーデター以前には、コロナ禍にもかかわらず現地での雇用を維持し多くが追加投資を検討するなど積極的なビジネスを展開していた日本企業だが、在ミャンマー外国商工会議所がクーデター後の4月に実施した合同調査によると、回答を寄せた日系企業182社の約80%が「事業活動が25%以上縮小した」としている。だが、「徐々に事業を縮小する」と回答したのは18%、「事業は維持するが拠点を他国に移転する」とした回答は3%、「事業を完全に終了する」としたのはわずか1%にとどまり、70%強の企業は「わからない」または「現状維持」と回答し、当面は情勢を見極める姿勢だ。さすがに「最後のフロンティア」ミャンマー。そう簡単に撤退するわけにはいかない、ということだろう。
カンボジアなどの例を見るまでもなく、大手企業関係者の多くは「最も商売をやりやすいのは安定した独裁国」と小声で話す。だが今のミャンマー軍政はその一線を大きく踏み越えてしまった。懐に入ってくるカネを山分けすることで国軍の結束が維持できているのも、外国企業がせっせと投資をしそれが内需につながっていたからだ。クーデターによって経済成長が鈍り、投資の予見性が著しく低下してしまえば元も子もない。それをわかった上でクーデターに踏み切ったのなら、相当の覚悟があってのことだと思う。
これだけ世界中から非難されているミャンマー国軍だが、いまのところ体制が大きく動揺する気配は見えない。ともに少数民族の武装勢力と戦ってきた軍の結束は極めて固いと言われる。クーデター直後には「軍内部の造反者が身柄を拘束された」といった未確認情報が伝えられたが、その後特に新たな動きはない。マルコス時代末期に軍高官らが一斉に民主化勢力の側についた「フィリピン政変」のような、軍内部で仲間割れが起きる予兆は見えない。しかし、ミャンマー経済のつかの間の繁栄はあくまで外資頼み。制裁が続き海外からの投資が激減して軍への実入りが減ったりすれば「取り分」を巡って争いが起きかねない。
軍政は、クーデターに抵抗する民主派勢力がつくる「挙国一致政府(NUG)」をテロ組織に指定してリーダーらを指名手配。5月末にはスーチー氏らを「罪人」として法廷に引き出すなど、印象操作にも抜け目がない。軍政トップのミン・アウン・フライン司令官は先ごろ、香港のテレビ局の取材に応じ「1年以内の総選挙実施」を明言した。当然のことながら、それまでに「法的手続き」によってスー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)を解党に追い込み、翼賛体制を作り上げる考えだろう。ミャンマー軍政のやり方で感心するのは、手っ取り早くスーチー氏を暗殺したりするようなことはせず、あくまで「合法的な」手続きをとるということだ。このあたり、大英帝国の息がかかった「法治国家」ということか。
軍政に抵抗する民主派勢力の動きもより先鋭化しそうだ。6月上旬、NUGはこれまでの「ラカイン州のイスラム教徒」との呼称を改め、初めて「ロヒンギャ」と明言し、軍事政権に対抗するためロヒンギャの武装勢力に協力を要請した。地方では軍政に反発する住民らが貧弱な武器を手に軍にゲリラ戦を挑み始めた。3月末の国連安全保障理事会緊急会合で演説したブルゲナー事務総長特使(ミャンマー担当)は、「前例のない大規模な内戦が起きる可能性が高まっている」という言葉でミャンマー情勢に対して強い懸念を表明し国際社会の結束を訴えたが、ミャンマーにおいてはこうした「内戦」が現実のものとなりつつある。
それでも国際社会の足並みは依然そろわない。人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると、6月5日時点で、抗議デモの弾圧などによる市民の死者は847人に達した。今後ミャンマー情勢はどんな展開を見せるのか。ただひとつ言えるのは、民主化による自由や外資の進出を背景とした豊かさを知った国民はもはや貧しい国へと後戻りできない、ということだ。多数の自国民を殺害した軍政も一歩も引けない。下手に妥協すれば後から法廷に引きずり出される可能性もあるからだ。このように、ミャンマー情勢には今なお収束の出口が見えないのである。
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