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山田剛のINSIDE INDIA (第128回)

タリバン再登場に戦慄するインド・パキスタン

中ロ、イラン、トルコなどかく乱要因多く

 

2021/08/30

兵員数20万人とも言われながら士気も練度も低かったアフガニスタン正規軍は、武装勢力タリバンによる怒濤の進撃の前にあっけなく崩壊。ほぼ戦わずして敗走した。タリバンの報復や暴虐を恐れて外国人や市民が空港に殺到。それを狙った過激派組織「イスラム国」の自爆テロで米兵含め180人もの死者が出るなど、事態は早くも泥沼化してきた。あまりの急展開にうろたえるバイデン米大統領の様子はテレビが伝える通りだが、20年ぶりのタリバン復活は、近年アフガンに急接近していたインドはもちろん、「兄貴分」でもある隣国パキスタンにも大きな衝撃を与えている。今回は、アフガン情勢の急変に直面するインド、パキスタンの厳しい立場について考えてみたい。

在留インド人を救出するためアフガニスタン・カブール国際空港に到着したインド空軍のC-17輸送機

インドは前国民会議派政権時代から一貫してアフガンのカルザイ政権や今回崩壊したガニ政権を支持し、反タリバンの姿勢を鮮明にしてきた。印政府はこれまでアフガンの道路やダム、電力網、学校、病院建設などに計30億ドル以上を投資、公務員などに対する研修を実施したうえ、国会議事堂まで寄付している。こうしたプレゼンス拡大でパキスタンをいら立たせつつも、インドはアフガンの友好国として着実に足場を固めていた。

活発なODA攻勢

インド・アフガン経済協力のシンボルととなったのが、西部ヘラート州に建設した「サルマ・ダム(インド・アフガニスタン友好ダム)」だ。堤高104メートル、総貯水量5億6000万立方メートル。出力4万2000キロワットの水力発電所を備え近隣7万5000ヘクタールの農地を潤す大型の多目的ダムだ。インド国営企業の「水利・電力開発コンサルタント(WAPCO)」が約2億9000万ドルを投じて設計・施工に当たった。

またインドは、アフガン西部のデララームとイラン国境の町ザランジを結ぶ総延長218キロの幹線道路建設も手掛けた。これは、イラン南部のチャバハール港からパキスタンを経由せずにアフガンに到達できる、というインドにとって戦略的に重要な貿易ルートとして期待されていた。このほかにもインドは、無償援助の一環として首都カブールに総工費9000万ドルの新国会議事堂ビルを建設、2015年に完成式典を行った。資源の豊かな中央アジアへのゲートウェイとして、また緊張関係が続く隣国パキスタンを睨むうえでも、アフガンのインドにとっての重要性を裏付けている。

しかし、すでにタリバン政権との友好関係を目指すと表明している中国がアフガンに接近すれば、インド企業の多くが閉め出される恐れもある。アフガンが最も必要とするインフラやエネルギーは中国が最も得意な分野。日米欧の専門家が出国してしまった後には中国のエンジニアが大挙してやってくるだろう。米国などの調査では、アフガン国内には目下急騰している銅やリチウム、レアアース類など総額1兆ドルの鉱物資源が眠っているとされる。これを掘り出すには莫大な投資が必要になるが、中国もこうしたビジネスチャンスがあることは理解しているだろう。アフリカで起きているようなことがここでも再現されるのだろうか。

タリバンの政権復帰は印パ関係など、インドの外交政策にも大きな影響を与えそうだ。20年前に比べて関与の程度がどれほど変わったかは不明だが、アフガンに影響力があるとされるパキスタンにとってはインドに対する「妥協しなくてよい」外交カードが増えた格好。今後米国などから圧力をかけられても和平を急ぐ必要はなくなった。しかもインドは今後、「タリバン政権」のアフガンを承認するかどうかの難しい選択を迫られる。インド政府代表団は6月、和平交渉が行われていたカタール・ドーハでタリバン幹部と接触しているが、そう簡単にタリバンに歩み寄れるとは思えない。

そしてインドは対中国政策においても見直しを迫られる。特に、「一帯一路」や「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の旗の下、中国とパキスタンが相乗りする形でアフガンのインフラやエネルギー部門に入り込んでいく可能性は極めて大きい。インドから見れば国益上、大きな懸念材料だ。

ただ、中国もまたタリバンの復権が新疆ウイグル自治区のイスラム過激派を勢いづかせないよう手を打つ必要がある。王毅外相はすでに今年7月、天津でタリバン幹部らと会談している。中国はこの席上、タリバン政権への支援と引き換えに独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIME)を支援しないよう念を押した、と見るのが自然だろう。

またロシアも、タリバンの影響力が中央アジア諸国に波及し、テロリストや過激派を刺激することを強く警戒しているとみられる。そしてイランも、ペルシャ語に近いダリー語を話す人々や、アフガンの少数派でイスラム教シーア派が多いためかつてタリバンから迫害を受けたハザラ人を擁護せざるを得ない。タリバン政権とも積極的に交渉していかねばならない。

今なおアフガンに影響力

パキスタンはかねてアフガニスタンを「兄弟国」と見なして付き合ってきた。実際、タリバンのメンバーは、アフガニスタンにおける多数派であるパシュトゥーン人が主流。このパシュトゥーン人は隣国パキスタン西部のペシャワールやマルダンなどに幅広く居住している。平時においてはお互いの行き来も活発だった。そしてパキスタンの貧困層や地方住民には景気悪化や汚職などに不満を強める人々が多く、程度の差こそあれタリバンへのシンパシーを抱いていることも無視できない。

アメリカとともにソ連のアフガン侵攻に対抗するためタリバンを支援したとされるパキスタンだが、同国の外交官らはかねて「我々のアフガンへの影響力は低下している。もはやタリバンをコントロールできない」と繰り返してきた。だが、普通に考えればパキスタンの諜報機関である三軍統合情報部(ISI)は今なおタリバン、とりわけ最強硬派の「ハッカニ・ネットワーク」と何らかの接触を維持しているとみていいだろう。過去20年間、ISIはタリバンのリクルート活動などを黙認あるいは支援してきた、と言われている。パキスタンの手助けや見逃しがなければタリバンの「復活」はあり得なかった、という主張には一定の説得力がある。

旧ガニ政権を手厚く支援してきたインドにとって、タリバンのアフガン全土掌握は大きなダメージだ。これをもってパキスタンに「外交的勝利」が転がり込んできた、といえなくもない。アフガニスタンはインドに対して大きな外交カードであり優位性となる。パキスタンのイムラン・カーン首相がタリバンの全土制圧を「隷属からの解放」と述べて歓迎した背景はこういう事情があるのだろう。

しかしタリバンの復権はパキスタンにも大きな副反応をもたらす。今後パキスタンがアフガン支援でタリバン寄りの姿勢を見せた場合には、陸軍基地の目と鼻の先でテロ組織アルカイダの頭領オサマ・ビン・ラーデンの潜伏を許すなど数々の失態を大目に見たうえ、借金まみれのパキスタンを見捨てずに付き合ってきた米国との関係が一気に悪化する恐れもある。

それでなくてもバイデン大統領はアフガン問題の重要ステークホルダーであるパキスタンのカーン首相に今なお会おうとしない。ユースフ・モイード国家安全保障顧問は8月上旬、この状況に不快感を示し「それならばパキスタンはほかの手段に訴える」と発言している。アフガン問題では今後協力しないぞ、という意味だろうか。

しかし、タリバンの台頭によってパキスタンの過激派が覚醒して再び政府に牙を剥く恐れもある。2014年に北西部ペシャワールで児童ら150人が犠牲となったテロなどをきっかけに同国陸軍は情け容赦ない過激派掃討作戦「ザルベ・アズブ(預言者ムハンマドの剣撃)」を断行、タリバン残党らも含む多くの武装勢力をアフガン側に追いやったが、彼らが再びパキスタンに舞い戻ってくる可能性もある。パキスタン国内には、本家タリバンと緩やかに連携している「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が跋扈する。ノーベル平和賞受賞者であるマララ・ユスフザイさんを襲撃したのも彼らの仕業だった。

パキスタン当局、特に軍はタリバンが再びテロ集団を迎え入れるなど暴走しないよう働きかける一方、指導部に対しては自国の過激派を扇動しないようくぎを刺しておく必要がある。

このようにアフガン問題は、日米欧はもちろんインド・パキスタンとっても大きな不安要因となった。情勢変化に対応するには、中国やロシア、そしてアフガン平和維持のために派兵の用意があるとしているトルコなど、20年前にはあまり顧みなくてよかった多くの新たな「変数」を考慮しなければならない。トランプ政権下でうまく立ち回ったインドだが、バイデン政権の対インド政策はまだよく見えてこない。こうした中、アフガン動乱をきっかけに中国とパキスタンが一段と接近すれば米印関係にも影響が出てきそうだ。自ら外交政策を仕切っているモディ首相は、この難局を乗り切れるのか。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

これだけ早くアフガニスタンの政権が崩壊し、タリバンが再び天下を取る日が来るとは予測できませんでした。背景に厳しい国内世論があったとはいえ、和平交渉が続いている最中に突然すべてを放り出して退場しようとする米国の姿勢は到底納得できません。アフガンの後片づけを誰がやるのかすら決まっていない状況に、心配していた通り過激派組織・イスラム国が新たなテロを仕掛けてきました。内陸の小国とはいえ、南アジアや中央アジア、中東に挟まれたセンシティブな場所にあるアフガニスタンの混乱は、周辺国にとってただ事ではありません。(主任研究員 山田剛)

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