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山田剛のINSIDE INDIA (第130回)

エア・インディア民営化ついに決着

国営企業の合理化は進むのか

 

2021/12/12

 営業を続けるだけで1日2億ルピー(約3億円)もの赤字を出すなど、経営破綻状態にあったインドのナショナルフラッグキャリア「エア・インディア(AI)」の民営化が正式に決まった。2014年のモディ政権発足以来初めて、インドにとっても実に19年ぶりの民営化案件となった。AIを負債ごと買い取るのはかつて同社のオーナーだった老舗大財閥「タタ・グループ」。タタにとっては1953年に「国有化」された子会社を約70年ぶりに買い戻したことになるが、果たして経営再建はうまくいくのか。AIの売却決着は、長年の課題である国営企業の民営化を加速させるのかーー?その第2幕にも関心が高まっている。

あまりにも遅かった「敗戦処理」

 報道では「民営化の成功例」とか、「国営企業の民営化に弾み」などと歓迎する論調もあるが、かなり楽観的だ。AIに関して言えば、経営再建が不可能となってからも今日までに政府は巨額財政支援を続け、結果的にタックスペイヤーの金をドブに捨て続けた。ビジョンなき延命策の末に万事休すという、遅すぎた退場といわざるを得ない。

 その証拠に、かつてあれだけ合理化に抵抗してきたAIの労組は民営化決定にもほぼ沈黙。「社宅や医療補助などのベネフィットはなんとか維持してほしい」と地味に要求するのが精いっぱいだ。12月上旬にも、予定したストライキを中止して民間航空省のラジーブ・バンサル次官との協議に応じている。政府はすでに「赤字国営企業は閉鎖やむなし」との姿勢を打ち出しているうえ、どう考えても自力再建は困難。あとはお上のお慈悲にすがって民営化後も何とか・・・ということだろう。

 労組の後ろ盾である有力左翼政党・インド共産党マルクス主義派(CPI-M)のシタラム・イエチュリー書記長も、AIの負債の75%を政府が引き継ぐことに対して、「タタへの無料の贈り物で国民に負担を付け回す」と批判したが、だからといって事態を放置すればさらに国民の負担が増えることは自明。売却は、最後のチャンスに駆け込んだ結果だった。

 AIに関してはむしろ、ここまで売却が遅らせた政府の責任こそ問われるべきだろう。天下りやコネ採用を容認してきた民間航空省なども厳しい批判は免れない。政治家が寄ってたかって食い物にした挙句につぶれたという経緯は、かつての日本国有鉄道と絵柄が重なる。

 規制緩和で1990年代に相次ぎ参入した民間航空会社や、豪華なサービスで路線を拡大する外国エアラインに押されて旅客が伸び悩んでいたAIは、機体の老朽化や定時運航率の低下が客離れにつながるという悪循環に陥っていた。政府は、国際線を運航するAIと短距離国際線と国内線を担当するインディアン航空(IA)の経営統合に踏み切ったが焼け石に水。2010年代からはいよいよ経営不安が顕在化し、パイロットらの給与遅配が相次ぎ燃料代の支払いもままならない苦境に陥った。それでもAIが潰れなかったのは、インド政府が計42億ドルもの財政支援を行ってきたからだ。

 AIの負債は一時7000億ルピー(約1兆500億円)に達し、ついに自主再建を断念。2018年に株式の76%を売却する入札を実施することとなった。中東のカタール航空やアラブ首長国連邦(UAE)のエミレーツ航空などの応札が期待されたが、AIに未練を残す政府が引き続き26%を保有して経営参加を続けるというスキームが嫌われ、まさかの「応札なし」に終わっていた。会社を潰したオーナーが引き続き拒否権のある持ち株比率で経営に参画します、と言っていたわけで、まともな投資家は敬遠するだろう。

仕切り直しの売却入札

 今回の入札ではAIと子会社の「AIエクスプレス」の100%売却を条件とした。タタ・グループのほか、インドの格安航空(LCC)の草分け「スパイス・ジェット」のオーナーであるアジャイ・シン氏が個人で応札したが、政府による評価の結果タタに軍配が上がった。数年前に取材した民間航空省の幹部は「売却先はタタで決まり」などと明言していたので、「出来レース」という印象もある。

 タタはAI本体と中東向けの国際線などを運航するLCC(格安航空)子会社「AIエクスプレス」の株式の100%、空港での手荷物ハンドリングなどを扱う「エア・インディアSATSエアポート・サービス(AISATS)」の株式50%をそれぞれ取得する。

 これらの対価は1800億ルピーとなるが、2021年8月31日時点の債務合計約6156.2億ルピー(約9200億円)のうち、25%に当たる1530億ルピーだけをタタが負担するため、AIを買収するタタが政府に払うキャッシュはわずか270億ルピーとなった。

 負債の75%に相当する4626億ルピーは政府が設立する特別目的会社(SPV)「エア・インディア・アセット・ホールディングス(AIAHL)」が引き継ぐ。同社はムンバイのAI旧本社ビルや土地などの不動産、サルバドール・ダリやインド現代絵画の巨匠M・F・フサインの作品など約4000点に及ぶ美術品をはじめ、ホテル経営やエンジニアリング・サービスなどの子会社も傘下に置き、民間への売却を目指す。

経営再建には多くの課題

 自動車や鉄鋼、ITまで100社以上のグループ会社を擁する創業150年の巨大財閥タタが経営を引き継ぐとはいえ、コロナ禍の余韻が残る航空業界で赤字にまみれたAIの経営再建はそう簡単ではない。AIはボーイング777型機など121機を、AIエクスプレスはボーイング737型機など24機を保有しているが、老朽化した機体の更新も迫っている。また、近年は新規採用を絞っているとはいえAIだけで約1万2000人にのぼる人員の整理も当然視野に入ってくる。

 インド政府から送り込まれていた天下り官僚などの幹部は一掃されるだろうから、民間から経験豊富な経営陣を集めることも重要だ。おそらくは2019年4月に運航停止に追い込まれた「ジェット・エアウェイズ」の元幹部などが人材の供給元となりそうだ。

 タタ・グループはすでにマレーシアのLCC「エア・アジア」との合弁「エア・アジア・インディア」(タタが88%出資)と、シンガポール航空(SIA)との合弁会社「ビスタラ」(同51%)の2ブランドで航空事業を展開しているので、既存2社と新生AIの経営統合は緊急課題だ。これまでの報道では、タタはAIのブランドの下に4社を統合して一体運営を目指しているという。その場合、同じ会社にフルサービスとLCCが共存することになり、営業などの住み分けに工夫が必要となるだろう。ボーイング737や777などが主体であるAIやAIエクスプレスと、エアバスA320シリーズが中心のビスタラではメンテナンス部門の統合・効率化が難しくなるという懸念もある。

元国営航空ならではのチャンスも

 もちろん経営環境は必ずしも悪くない。21年1~8月の国内線旅客のシェアはAIとビスタラ、エア・アジアの合計で約25%。同58%で断然の首位を維持する民間LCCのインディゴ(運営会社はインターグローブ・アビエーション)には遠く及ばないが、もともとAIは収益の3分の2を国際線で稼ぎ出しており、高収益が期待できる長距離の北米・欧州路線ではほぼ独壇場だ。今後、ニューヨーク・JFKやロンドン・ヒースローなどに持っている乗り入れ枠が収益源として期待できる。

 カラドリウス・アエロ・コンサルティングの調査によると、21年8~9月の国内線ダイヤで、AI買収後のタタ系3社の便数合計はデリー―ムンバイやムンバイ―バンガロールなど利用者が多い主要30路線でインディゴを上回っている。つまり、搭乗率さえ上げれば先行するライバルとも十分勝負になるということだ。

 「国営」であるがゆえに採算性の悪い数多くの路線を運航させられていた国内線はLCC部門に任せ、新生AIは国際線に専念するという経営戦略も当然視野に入っているだろう。民営化されればある程度は赤字路線の廃止・縮小を選択する自由が与えられる。

 コロナ禍もようやく収束に向かいはじめており、インド政府は10月中旬から観光ビザの発給を再開した。11月15日にはエール・フランスの定期便がムンバイ国際空港に着陸、空路での観光客が1年半ぶりにインドの土を踏んだ。今後も段階的に国際線の受け入れを拡大させる計画だが、オミクロン株の猛威でコロナの感染第3波が到来しなければAIはまずは良好な再スタートを切れそうだ。かつてAIの民営化入札に関心を示したといわれるカタール航空やUAEのエミレーツ航空、エティハド航空などとの業務提携、あるいは共同運航などにも可能性が広がる。

民営化は動き出すか

 長年社会主義色の濃い産業政策を推進してきたインドには300社近い国営・公営企業(PSU)がひしめく。かつての時価総額1位の石油開発会社・インド石油天然ガス公社(ONGC)やバーラト重電(BHEL)、インド最大の商業銀行ステート・バンク・オブ・インディア(SBI)など、インド経済に重きをなす有力PSUもあるが、その一方で経営不振にあえぐ会社も少なくない。インド政府は2016年、PSUのうち、「経営不振」と認定された74社のリストを作成(中身は非公開)、赤字国営企業の閉鎖やむなしとの姿勢を打ち出すとともに、国営企業の政府持ち株売却にも乗り出した。

 AIの次の民営化ターゲットと目されるのが、「リライアンス・ジオ」などに押されてシェアの落ち込みが激しい国営電話会社BSNL(バーラト・サンチャル・ニガム・リミテッド=インド電話会社)、MTNL(マハナガル・テレフォン・ニガム・リミテッド=大都市電話会社)の2社だ。次は国営インド石油(IOC)をはじめ、ヒンドスタン石油(HPCL)、ガソリンスタンド敷地内でコンビニチェーン「イン・アンド・アウト」を展開するバーラト石油(BPCL)の同業3社がひしめく石油販売会社が候補になりそうだ。国営の石油・ガス会社は石油精製専業会社などを含めると13社もあるため、かねてこれらを統合して「インド版石油メジャー」を設立しようという機運もあったが、政府の思惑や従業員・経営サイドの反対で実現しなかった。

 一足先に経営統合が進んでいるのが国営銀行だ。2016年にはSBIが傘下の地銀6行を吸収合併。2020年にはパンジャブ・ナショナル・バンク(PNG)による3行合併や、カナラ・バンクとシンジケート・バンクの合併など4件の銀行統合が行われた。こうした結果、かつて27行あった国営銀は12行まで整理統合された。不良債権問題で批判の矢面に立った国営銀行としては、自発的に合理化に乗り出すことで経営を安定させ、民営化圧力をかわす狙いかもしれない。

 かつて国民会議派(コングレス党)が率いたマンモハン・シン政権は2004年の発足に際し、閣外協力した左翼政権によって「黒字国営企業は民営化しない」という一筆を取られていたが、国営企業は黒字を維持しているうちに民営化しなければ意味がない。そして「Sick(経営不振)PSU」に認定された造船や三輪車メーカーなど、明らかに使命を終えた多くの国営企業こそ閉鎖に踏み切るべきだろう。

国有資産の売却も

 そして2021年初頭、モディ首相は有料道路や鉄道駅、発電所、倉庫など、総額6兆ルピーに相当する国有「遊休」資産の売却や長期リースを進める方針を表明した。同年8月にはまずインド国鉄が運営する全国400の駅や90本の旅客列車、国鉄が保有するスタジアムや宿舎、一部の鉄道路線そのものを売却・リースの対象とすることを発表。総延長6800キロに及ぶ有料道路、有料トンネルなどもこうした候補に入れられた。だが、同様の国有資産売却は過去の入札でもあまりうまくいっていない。広大な国有地や巨大道路インフラなどを買収すれば、「寡占を招く」「国民の財産の安売り」、といった批判も出てくるだろう。単純な国営企業の民営化よりも困難が予想される。

 ただ、目下の中央与党・インド人民党(BJP)にはもともと民営化での実績がある。1998年発足のBJPバジパイ政権は「民営化省」を作り、国営国際電話会社VSNLや、国営アルミ精錬会社の民営化を成功させている。コロナ禍で産業界が大きなダメージを受けた今こそ、非効率な経営やコネ入社、経営資源の浪費がまかり通っていた国営企業群に大ナタを振るうチャンスといえるかもしれない。

 その一方で、モディ首相は11月中旬、農産物流通の効率化を目指して昨年秋に可決・成立させた「新農業法」の廃止を突然発表した。北西部パンジャーブ州や北部ウッタルプラデシュ州の二大重要州の議会選が近づく中、既得権益を持つ有力農民からの激しい反対に屈した格好。相も変わらず政治が経済を支配するインドのリアリズムを見せつけられた。こうした状況下、10年後、20年後を見据えてどこまで真っ当な民営化政策を立案・実施できるのか―――見守るしかない。

【エア・インディアのあゆみ】

1932年 タタ・グループ中興の祖J・R・D・タタ氏によって「タタ航空」設立
1946年 「エア・インディア」に社名変更
1948年 インド政府が49%出資
1953年 インド政府によって国有化される
2001年 シンガポール航空などへの株式の40%売却計画がとん挫
2007年 エア・インディアと国内線を主に運航するインディアン航空が経営統合
2010年ごろ~ 経営危機が表面化
2018年 民営化入札で応札ゼロに終わる
2020年 インド政府、エア・インディアと子会社エア・インディア・エクスプレス株式の100%売却を決定
2021年 タタ・グループの持ち株会社タタ・サンズがエア・インディアの売却先に決定

*関連記事「いよいよ動き出したインドの国営企業改革」(2016年9月20日)

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

経営危機が表面化してから10年以上。ようやくインドの国営航空会社エア・インディアがタタ・グループに売却され、民営化にこぎつけました。製造業振興や赤字削減、雇用拡大など、モディ政権が打ち出した政策がことごとく不首尾に終わる中、経済改革における初めての成果と言っていいでしょう。しかし、金融やエネルギーから重厚長大産業まで、インド経済界に君臨する国営企業群の整理・統合はまだ始まったばかり、事実上の破綻企業だったエア・インディアを引き受けたタタも、経営再建には苦労しそうです。今回の民営化が経済改革を加速させることになるのか、壮大な実験をじっくり見届けたいと思います。(主任研究員 山田剛)

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