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山田剛のINSIDE INDIA (第134回)

「クアッド」首脳会議、結束アピールに成功

「ロシア」「中国」「豪州の政権交代」など不安要因を克服

 

2022/06/03

 アジア外交の共通理念となった「自由で開かれたインド・太平洋」の実現を担う日米豪印4カ国「クアッド」の首脳会議が5月24日に東京で開催された。4カ国は、海洋進出を加速させ軍備拡張に走る中国への明確なメッセージを打ち出すとともに、ウクライナ侵攻によって世界秩序を揺さぶるロシアに対しても強い姿勢を示した。「ロシア寄り」の外交姿勢が批判されてきたインドや、かつて「親中国」を鮮明にしていた労働党政権が復活したオーストラリアといった不安定要因を乗り越えて結束をアピールしたことで、首脳会議はひとまずの成功を収めたと評価していいだろう。

「力による現状変更」許さず

 通算4回目、対面では昨年9月以来2回目となったクアッド首脳会議は、地域の安全保障や新型コロナ対策、インフラ建設、気候変動への対応からサイバセキュリティーや航空宇宙まで幅広い分野に関する協力を明記した共同宣言を発表した。台頭する中国を意識した国際会議の場では何度も耳にしてきたが、宣言には「東・南シナ海における力による一方的な現状変更を許さない」とする文言が改めて盛り込まれた。もちろんこれは中国による軍事基地建設などをけん制する狙いがある。

 インドシナ諸国やフィリピン、マレーシアに囲まれ、東南アジア諸国の重大関心事となっている「南シナ海」はもちろん、九州・沖縄や台湾、そして尖閣諸島を含めた「東シナ海」にも言及したことは、わが国の周辺地域にとっても脅威となっている中国に対する強い決意表明となり、懸念が米豪印3カ国にも共有されたことを意味している。

 共同宣言はさらに、インド・太平洋地域において今後5年間で500億ドル(6兆2000億円)以上のインフラ投資を行うという目標を掲げたが、その一方で「債務問題に直面する国々の能力強化に取り組む」ことも表明した。中国からの過剰な借り入れで国家経済が破綻したスリランカに対して隣国インドがいち早く支援に動いたように、借金漬けとなった国々に手を差し伸べることで中国陣営から引きはがそうという意図も垣間見える。

 そしてウクライナ危機--。共同宣言ではロシアとの緊密な関係を維持するインドに配慮してロシアの名指しを避け、軍事侵攻を「悲劇的な人道上の危機」と表現した。これをもって「クアッドに温度差」「足並みの乱れ」などと指摘するメディアもあったが、ウクライナ危機を引き起こしたのがロシアであることは万人が理解している。今の局面で4カ国がともに重大な懸念を表明したという事実だけでも大きなインパクトがあったと言えるだろう。

決め手となった印豪FTA

 労働党への政権交代によって豪州が中国へ再接近するのでは、との懸念もあったが、モディ首相ら各国首脳は就任翌日に慣れない国際会議の場に駆け付けたアルバニージー豪首相を歓待しその外交デビューを支えた。首脳会議でアルバニージー首相はクアッド重視を明言、中国を念頭に置いた共同声明の文言も問題なく決まり、日米の懸念はひとまず杞憂に終わった。

 中国は新型コロナウイルスの発生源を巡って豪州と厳しく対立、豪州産石炭の輸入を差し止め、ワインや牛肉などに高関税をかけて豪経済に打撃を与えた。こうした状況下で今年4月に署名した「印豪経済協力・貿易協定(IA-ECTA)」は、豪州をクアッドに接近させ4カ国の結束を強化することに大きく寄与した。

 この大型自由貿易協定(FTA)を通じて、印豪両国はそれぞれ中国依存の軽減を図る。特にインドにとっては国内農民の反発を恐れて事実上脱退した「東アジア地域的・包括的経済連携(RCEP)」を補完する役割に期待している。インド商工省によると、印豪2国間の貿易額は2021年度(22年3月期)に約250億ドルに達し15年前の3倍強に増加している。今回署名したIA-ECTAによって、相互の資源や工業製品の多くで関税が撤廃または引き下げられる。

 また印豪は2006年から防衛協力に踏み出し、クアッドと同じ日米豪印による合同軍事訓練「マラバール」などを通じて2国間、多国間の海上合同演習や訓練を行ってきた。初の印豪首脳会談では農業や再生可能エネルギー、防衛、貿易・投資など幅広い分野での協力を再確認。両国はG20や東アジアサミットの枠組みでも関係強化を進めており、外相会談の毎年開催や、外相+防衛相のいわゆる「2+2」協議の隔年開催でも合意している。

 李克強首相自らが総選挙で勝利したアルバニージー首相に祝電を送って関係改善を呼びかけるなど、クアッドの結束を目の当たりにした中国は今後、激しい巻き返しに出てくることが予想される。だが豪州は2023年のクアッド首脳会議ホスト国に決まっており、クアッド成功にひとまず全力を挙げるだろう。アジアの安定と繁栄を目指す新秩序である「自由で開かれたインド太平洋」――。この構想を担うクアッド4カ国と中国の外交戦は新たなステージに入ったが、インドと豪州の関係は今後もクアッドの結束に極めて重要な役割を果たしていきそうだ。

コラム:インドは本当に「ロシア寄り」なのか

 今年2~3月、ロシアによるウクライナ侵攻に際して行われた国連安保理や国連総会での非難決議で、インドは中国やアラブ首長国連邦(UAE)などとともに棄権したため、欧米諸国から少なからぬ批判を浴びた。しかしインドの姿勢は一貫している。インド外務省幹部は「決してロシアの肩を持っているわけではない。一方的な制裁よりもあくまで対話を目指すべきだということだ」と反論する。ジャイシャンカル外相もこれまでロシアの孤立に関して「北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大や、旧ソ連崩壊後の政治情勢によるものだ」と発言し、一定の理解を示してきた。こうしたインドのスタンスを理解するには、冷戦期にパキスタンを支援した米国との関係が悪化し、ソ連の陣営に接近することを余儀なくされた歴史を顧みる必要があるだろう。

 そして、強固な印ロ関係を象徴するのが「軍事」である。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2011年からの10年間でインドが輸入した兵器の約6割・203億ドル相当がロシア製で、フランスやイスラエルを大きく上回っている。インド陸軍の主力戦車の90%はロシア製(またはライセンス生産)で、空軍もスホイ30やミグ29戦闘機などの調達を計画している。

 インド唯一の航空母艦である「ヴィクラムアディティヤ」は旧ソ連のキエフ級空母を近代化改装したものだ。国産原潜の運用を計画しているインド海軍はロシアのアクラ級原潜「ネルパ(インド名チャクラ)」を10年リースで借り受け、乗組員の訓練を行ってきた。インドは2021年11月、ロシア製ミサイル防衛システム「S-400」の配備を開始したが、このためバイデン政権が「米国敵対者制裁法(CAATSA)」の対象とするのではないか、との観測も浮上した。

 ただ、大型輸送ヘリCH-47(チヌーク)、攻撃ヘリAH-64(アパッチ)、P-8対潜哨戒機(ポセイドン)をはじめ、大型無人攻撃機「プレデター」などの最新鋭兵器に関してインド軍はその多くで米国製を選択している。これまでに11機が配備され、アフガニスタンからのインド人救出に活躍したC-17「グローブマスターⅢ」も、米ボーイングが誇る大型輸送機だ。まもなく配備が完了する空軍の中型多目的戦闘機「ラファール」は、入札の結果仏ダッソー・アビアシオン社が契約を勝ち取った。このように今後ロシア製のシェアは徐々に低下していくだろう。

 印ロ協力のもう一つの柱が原子力。インドには万一の原発事故の際に原子炉メーカーに責任を負わせる「原子力賠償法」があるが、国家が原子力産業を担うロシアはこの点で優位性がある。インド南部のクダンクラム原発1、2号機(各100万キロワット)はいずれもロシアの協力で完成。現在、同3~6号機の建設も進んでいる。このほか、印宇宙研究機構(ISRO)とロシア宇宙公社(ロスコスモス)、インド・コンテナ公社(CONCOR)とロシア国鉄なども協力関係にある。

 そしてエネルギー。米エクソンモービルや伊藤忠商事などが出資するロシア極東の石油・ガス開発プロジェクト「サハリン1」には印石油天然ガス公社(ONGC)の子会社ONGCビデシュが20%出資している。伝統的に外国企業には石油利権を譲渡しないロシアだが、ONGCは東シベリア・バンコール油田などロシア本土2カ所の石油権益を手に入れている。またロシアのガスプロムとインド・ガス公社(GAIL)は2018年から20年間・年250万トンの液化天然ガス(LNG)供給契約を結んでいる。インドのエネルギー輸入に占めるロシアのシェアは2%程度だが、需要の80%以上を輸入に依存するインドにとっては貴重な供給元だ。

 ロシア政府はインドに対し、欧米からの制裁で行き場を失った自国産原油の大幅ディスカウント販売をオファー。インドによる5月のロシア産原油輸入額は前年同月の6倍強に急増するなど原油価格の高騰を考慮してもなお顕著な増加となっている。現地経済紙によるとインドはロシアに対しさらに値引きを要求するというしたたかな一面も見せている。

 インドは2019年8月に憲法を改正。パキスタンと領有権を争うカシミール地方を連邦直轄地として「併合」に踏み切った。治安維持の手法では人権問題も指摘されるなど、カシミール問題においては国際社会から批判される立場だが、旧ソ連・ロシアは一貫してインドの立場を擁護、インドに都合の悪い国連安保理決議案に対してはしばしば拒否権を行使して側面支援してきた。インド人の高等教育関係者によると、ウクライナ・キーウの医科大に留学していたインド人学生が近隣都市に避難する際、モディ首相の要請を受けたプーチン大統領が軍に2時間の攻撃停止命令を出した、という。

このように、インドにとってロシアとの友好関係維持は国益を熟慮した「独自外交」の結果だ。しかし、今後ロシアがあくまでウクライナで攻勢を強め、犠牲者が増大するような事態になればインドも対ロ外交の見直しを迫られる可能性も否定できない。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

今回は「クアッド」を取り上げました。日米豪印の枠組みを語るときには必ず「中国」が絡んできますが、クアッドの目的は「インドや豪州と手を組んで中国をけん制する」ことではありません。いまやアジア共通の外交理念となった「自由で開かれたインド太平洋」を具体化し、貿易・投資やインフラ整備でともに利益を上げる、ということなのです。

 5月末にインドの2021年度通年のGDP統計が発表されました。成長率は8.7%と2年ぶりのプラスに転じたことで「インド経済回復基調に~」といいたいところですが、この数字はロックダウンで経済活動が大きく落ち込んだ2020年と比べたいわゆる「ローベース効果」によるものです。GDP実額(2011年度価格)は「コロナ前」の19年度と比べるとわずか1.5%しか増加していません。中でもGDPの約6割を占める個人消費は19年度比で1.4%増にとどまっています。つまりインド経済はほぼ2年間足踏みし、ようやくコロナ前の水準に回復した、という状況なのです。

 さらに直近の22年1-3月期に目を向けると、総固定資本形成こそ前年同期比5.1%の伸びを記録していますが、個人消費は同1.7%の微増。GDP全体の成長率は同4.1%と、21年10-12月期の5.4%から減速しています。製造業のGVA(粗付加価値)は0.2%のマイナスを記録しました。ウクライナ危機による原油価格の上昇はただでさえ厳しいインドの経常赤字をさらに悪化させており、政治の「鬼門」であるインフレを抑制するための利上げは高額消費財の売れ行きに影響を与えそうです。

 それでも自動車販売は前年の反動もあって急回復。5月の鉄道貨物取り扱い量は前年同月比15%増。5月上旬時点でのバンククレジットは前年比11.9%増、GST税収も同44%増と、足元の指標は堅調です。コロナ禍で「失われた2年」を過ごしたインドですが、高度成長軌道に復帰する下地は整ったと見ていいでしょう。

(主任研究員 山田剛)