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山田剛のINSIDE INDIA (第137回)

グジャラート州議会選迫るインド政治~ルール無用の多数派工作が横行

 

2022/08/19

コロナ禍が収束しつつあるとはいえ、記録的な通貨ルピー安やインフレに直面し高度経済成長軌道への回帰が遅れているインドは今こそ経済改革を担う政治の力が求められているーー。2024年春に予定されている次期総選挙では与党インド人民党(BJP)率いるモディ政権の「3連覇」がかかる。その行方を占う印西部・グジャラート州議会選は投票まで3カ月以上を残して早くも選挙戦が本格化してきた。

今年12月に予定している州議会選では、政権維持を目指すBJPに対し首都デリーの政権党で全国区を目指す庶民党(AAP)や、インド「初」の本格イスラム政党「全インド統一ムスリム評議会(AIMIM)」など新興勢力が相次ぎ参戦を表明している。BJPがここでも勝って、総選挙勝利に弾みをつけるのか。衰退一途の国民会議派に代わるライバル勢力は出現するのかーー。インド政治の次なる展開は要注目だ。

そうした中、巨大商都ムンバイを擁する西部マハラシュトラ州では今年6月、BJPが巧妙な「クーデター」を仕掛けて州政権奪取に成功。有権者の負託を軽視したなりふり構わぬ多数派工作が議論を呼んだ。8月には北部ビハール州でも突然の政変。連立与党の一角を占めていたBJPが州政権から追放されるという政治劇が演じられた。インドではかねて、選挙のたびに「カラーテレビ」「パソコン」「コメ2キロ」などの無料配布や、「農民の借金帳消し」などを盛り込んだ公約が乱発されてきたが、民主主義の根幹にも関わる引き抜き合戦の横行は、あらためて「何でもあり」のインド政治の本質を浮き彫りにしている。

三たび豹変した人気政治家

かつてインドの「最貧州」と言われたビハール州のガバナンスを立て直し、「禁酒法」の制定で女性票をがっちりつかんだ人気政治家ニティシュ・クマール州首相(71)。クマール氏率いる地域政党ジャナタ・ダル統一派(JD-U)は2020年州議会選では定数243議席中43議席で第3党に甘んじたが、BJPとの連立で何とか州政権を維持してきた。

しかし、州政運営において議席数で上回るBJPからの様々な政策圧力があったことは容易に想像できる。そうした中、JD-UはBJP所属議員で州副首相を務めていたタルキショレ・プラサド氏の汚職疑惑など不行跡を厳しく非難し、BJPとの対立が先鋭化していた。州知事に辞表を提出したクマール氏はすかさず野党の国家人民党(RJD)や国民会議派(INC)、左翼政党など州議会議員164人の支持を集めて8度目の州首相に就任。BJP抜きの新政権を発足させた。

クマール氏率いるJD-UはかねてBJP主導の政党連合NDA(国民民主同盟)に参加していたが、2014年、BJPがモディ氏を首相候補としたことに反発して協力を解消、RJDなどいわゆる「第3勢力」の中核メンバーとして州議会選を戦った。だが、2017年には再びBJP陣営に合流するという変わり身の早さを見せていた。今回の政変劇ではRJD党首ラルー・プラサド・ヤダブ元鉄道相の息子で元プロクリケット選手のテジャスウィ・ヤダブ氏(32)が州の副首相に就任した。

西部マハラシュトラ州では6月、州議会第1党ながら野党に甘んじていたBJPが州政権を率いる右派民族主義政党シブ・セナの反主流派議員を取り込んで州議会の多数派形成に成功。鮮やかに州政権を奪取した。この過程では造反議員らを高級ホテルに缶詰めにして外部との連絡を遮断、所属政党からの引き留め工作を阻止するという周到さだった。

もっとも、これには伏線があった。2019年の州議会選では第1党となったBJPと第2党のシブ・セナで連立を組むとみられていたが、州首相(チーフ・ミニスター、県知事に相当)ポストを巡って両党が対立。この結果、シブ・セナは第3党のナショナリスト会議派(NCP)、第4党のINCと組んだまさかの「2位~4位連合」で州政権を樹立していた。この時屈辱を味わったBJPのデベンドラ・ファドナビス州首相(当時)は「これは盗まれた多数。私は必ずここに戻ってくる」と宣言、約3年ぶりにリベンジを果たした。

このように解散・選挙を実施せず、任期途中で議員の引き抜きによる数合わせで州政府の構成を変えるというやり方にBJPは当然のことながら「有権者に対する裏切り」と非難したが、これがインド政治のリアリティ。こうした力技の政権奪取劇は近年、多くの州でライバル政党を出し抜く常套手段として使われているが、メディアにも特段厳しい論調は見られない。有権者もこうした政争には慣れっこ、ということか。この手の多数派工作は通常、選挙の開票直後に行われてきたが、各党の幹部はいまや所属議員の寝返りを警戒し、動向を四六時中監視しなければならなくなっている。

キーワードは「部族」と「農村」

このようにカオスの度合いを強めるインド政治の当面の焦点は年末に実施されるグジャラート州議会選だ。同州はモディ首相が約13年間州首相を務めるなど25年近くにわたってBJPが州政権を握ってきた金城湯池。負けられない戦いとなる。

定数182議席のグジャラート州議会選では、少数民族などの「指定部族(ST)」に27議席、カースト最下層のダリット(不可触民)を主とする「指定カースト(SC)」に13議席が割り当てられており、それぞれ決め細かな対応が求められる。今回の選挙で過去最高の150議席獲得という圧勝を目指すBJPは、老舗政党・国民会議派の票田だった部族地域や小規模農民などに多い「その他後進カースト(OBC)」、ダリット、そして人口の約12%を占める旧地主・富農階層「パティダール(パテル)」コミュニティへの熱心なアピールを行い、浸透を図っている。

農村部で苦戦した前回選挙の教訓から、BJPは農村や部族対策にかつてなく力を注いでおり、6月にもモディ首相が遠隔地にある部族の村を訪問している。さらにBJPは7月、大統領候補に東部オデイーシャ州の指定部族であるサンタール出身のドロウパティ・ムルムー氏(64)を擁立した。これもST票対策の一環、とみられている。 BJPはモディ首相をはじめ、同じくグジャラート出身で首相側近のアミット・シャー内相やJ・P・ナッダ総裁ら党幹部がイベントにかこつけて頻繁に州内を遊説するなど、すでに事実上の選挙キャンペーンを本格化させている。

このように万全の体制で選挙に臨んでいるBJPだが、死角がないわけではない。その一つが、「反汚職」を掲げて若者や都市住民の支持を集めてきた庶民党(AAP)の躍進だ。AAPは「本拠地」の首都デリーだけでなく今年2~3月の北西部パンジャブ州議会選でも勝利し、党勢拡大に成功している。今回の州議会選は、AAPにとって全国政党へと飛躍するための大きなステップとなるだけに、かつてない手厚い布陣で臨む。

州議会選でAAPは182選挙区すべてで候補者を擁立する予定。首都デリーの州首相(都知事に相当)を務めるアルビンド・ケジリワル党首(53)は過去半年で計7回にわたってグジャラート入り。パンジャブ州のバグワント・マン・シン州首相や、ケジリワル氏側近でデリーの副首相を務めるマニシュ・シソディア氏らも活発な遊説を展開している。

AAPはグジャラート州における「モディBJP一強」を意識して「有権者に新たな選択肢を与える」(シソディア氏)とアピールし、アンチ現職・BJP票の掘り起こしを目指す。同党は州内で行われた直近の市議会選などでも健闘しており、侮れない存在だ。5月には少数部族の利益を代表し、現グジャラート州議会に2議席を持つ地域政党・インド部族党(BTP)との選挙協力で合意している。こちらも、これまで主に会議派に流れていた部族票を奪おうという戦略だ。ただ、AAPは都市型政党の色合いが濃く、農村部などでどこまで票を伸ばせるかは未知数。今年2~3月には初めて北部ウッタルプラデシュ州議会選に挑み、約330人の候補を擁立したが議席ゼロに終わっている。

イスラム政党の躍進なるか

注目度は低いが躍進の可能性が指摘されているのが、インドではまだ珍しい本格的なイスラム政党「全インド統一ムスリム評議会(AIMIM)」。イスラム教徒の反発を招く政策を取ってきたBJPを批判し、伝統的に会議派支持に流れていたムスリムや宗教マイノリティの票を狙う。60年以上の歴史を持つAIMIMは南部テランガナ州の古都ハイデラバードに本拠を置き、2018年の同州議会選で7議席を獲得している。また2019年の連邦下院選では党首のアサドゥッディン・オワイシ氏(53)ら2人が当選、同年のマハラシュトラ州議会選で2議席、そして20年の北部ビハール州議会選では5議席と、近年は本拠のあるテランガナ州以外にも支持を広げている。前回2017年のグジャラート州議会選でも2議席を得ている。大政党との連携にも柔軟な姿勢を見せており、地味ながら徐々にその存在感を強めている。

約2億3000万の人口を数えるインド最大のマイノリティであるムスリムだが、これまで北東部アッサム州議会などでイスラム政党が票を伸ばした実績はあるものの、イスラム教徒人口が70%を超えていたかつてのジャンムー・カシミール州を除けば州の政権党となったり全国政党に躍進したりした前例は皆無。だが、近年の政治情勢によってイスラム政党が支持を拡大するチャンスは高まってきたと言える。

2019年、モディ政権はカシミール地方の優遇措置を定めた憲法370条を廃止しジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪、連邦直轄地として「併合」した。さらに外国人を難民に認定しインド国籍を与える対象からイスラム教徒を除外した改正国籍法(CAA)を施行。国内では改正に抗議するデモ隊が警官隊と衝突するなど90人以上が死亡する事態に発展した。CAAは世界のイスラム諸国や・機関からも厳しい批判を浴びている。

さらに今年5月にはBJPの敏腕スポークスウーマンだったヌプール・シャルマ氏がテレビ討論でイスラム教の預言者ムハンマドを貶める趣旨の発言を行い、再びイスラム教徒の怒りに火をつけたばかり。こうした動きがイスラム教徒票を結集させ、アンチ「与党・モディ政権」という流れを起こすことができれば、勢力拡大につながる可能性は十分にある。グジャラート州議会選で、AAPやAIMIMの挑戦がどこまで結果を残すのか、大いに注目される。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

モディ首相率いる連邦与党・インド人民党(BJP)の党勢拡大と老舗政党・国民会議派の凋落でインドの二大政党制は崩壊。モディBJP「一強」の時代に入りました。次期総選挙が2024年春に迫る中、国民会議派に代わるBJPのライバル政党探しにも関心が集まっていますが、その筆頭候補が首都デリーの政権党であるAAP。農村部やマイノリティにどこまで浸透できるかが課題です。そしてもう一つはイスラム政党。インドにおいて絶対多数を占めることは考えられませんが、党勢の拡大で発言力のある有力野党へと躍進したり、連立政権に加わってキャスティングボートを握る可能性もあります。

そうした真っ当な政策論争など建設的な切磋琢磨を根底からひっくり返すのが、野党やライバル政党の議員を力づくで引き抜く多数派工作の横行です。インドの有権者がそれを容認するのであれば、部外者である我々が口をはさむ余地はありませんが、「世界最大」の民主主義国としてはいかがなものか、と思います。混沌のインド政治。年末のグジャラート州議会選でBJPが勝利して「3連覇」に大きく近づくのか、それに立ち向かう政党が現れるのか、目が離せません。

(主任研究員 山田剛)