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山田剛のINSIDE INDIA (第136回)

「破綻」スリランカ、国家再建へいばらの道

 

2022/08/04

 兄弟で一国の大統領と首相を務め、政権内に親族5人を送り込むなど権勢をふるったラジャパクサ一族の「退場」で、混迷を極めるスリランカ情勢は第2幕に突入した。中国や国際金融市場から身の丈に合わない借金を繰り返し、国家を破産に追い込んだゴタバヤ・ラジャパクサ前大統領は国外逃亡。新大統領に就任した元首相のラニル・ウィクラマシンハ氏(73)の下で、国家再建を目指すいばらの道を歩み始めた。「インド洋の宝石」スリランカの行く末は、南アジア近隣国はもちろん、中国、インドと並ぶ大口債権国であり、自動車関連企業など約180社が進出している日本も目が離せない。

庶民生活に打撃

財政が破綻してデフォルトを宣言、外貨準備が底をつきガソリン・軽油はもとより食料品や医薬品の輸入も困難となったスリランカでは、一般国民の生活が苦難に直面している。世界食糧計画(WFP)によると、食料配給制の導入にもかかわらず7月時点で国民の90%が昼食や朝食を抜くなど、計300万人以上が「緊急支援」の必要な状況に追い込まれているという。2022年6月の消費者物価上昇率は前年比54%と、すさまじいインフレに見舞われている。外貨準備は7月中旬の時点で一時2500万ドルと、輸入半日分にまで落ち込んだ。

 国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギワ専務理事は7月下旬、Nikkei Asiaとのインタビューでスリランカに対する迅速な支援を表明。国家経済再建に前向きな見通しを示したが、事態鎮静化を図るためのリップサービスだったとしてもやや楽観的と言わざるを得ない。過去5度にわたって首相を務め、財務相の経験もあるウィクラマシンハ大統領はIMF内にも知り合いが多く、エコノミストらとの関係も悪くない。だが、国民生活を平常化させるには今後半年で50億ドル以上の資金が必要と言われ、年内にまず70億ドル分の対外債務について返済期限がやってくる。一刻も早く外部からの資金を投入しなければならない状況に変わりはない。

そもそもIMFとしてそうそう甘い顔は見せないだろう。ラジャパクサ政権が2019年に断行した大規模な減税は、改革に逆行する人気取り政策で年間約14億ドルの減収をもたらし、今日の経済破綻の遠因となった。これで神経を逆なでされたであろうIMF関係者は、予備交渉の席上で「新規ローンのためにはまず債務のリストラと治安の改善など政治・社会情勢の安定化が不可欠」と厳しい姿勢を示している。

 IMFの「指導」は明快だ。財政安定化のため「増税やタックスネットの拡大で税収を増やせ」「公共料金を引き上げろ」というのが基本。政治家の常とう手段である補助金のバラマキにも厳しい目を向けるだろう。しかもこれら金融政策にはすでに「手遅れ」感が強い。スリランカの名目GDP(国内総生産)はコロナ禍前の2019年の時点で約840億ドルだったが、対外債務合計は約510億ドルに達し、このうち2027年までに280億ドルを返済する必要がある。有力産業である観光業界の不振で2022年は6~7%のマイナス成長が見込まれる中、債務返済が順調に進むかどうかは心もとない。

ベテラン政治家の緊急登板

新大統領に就任したウィクラマシンハ氏は名門家庭出身の元弁護士で、おじのジュニアス・ジャヤワルデネ大統領(当時)の引きで政界入り。29歳で初入閣を果たした。しかし政治家としての大衆人気はいまひとつ。前政権末期に首相を務め、結果的にラジャパクサ一族の延命を手助けしたとの批判も根強く、5月の暴動では群衆によって自宅が焼き打ちされている。ウィクラマシンハ氏は1999年の大統領選で初の女性国家元首となったチャンドリカ・クマラトゥンガ氏に敗北。2005年の大統領選でも有力支持基盤だった北部のタミル人がこぞって選挙をボイコットするという不運に見舞われ、マヒンダ・ラジャパクサ氏に惜敗している。ここぞという勝負に弱い一面が気になるところだ。

2015年大統領選でマヒンダ氏を破って当選したマイトリパーラ・シリセナ大統領を首相として支えたが、政権内部の抗争が先鋭化。2019年4月にコロンボで起きたイースター・サンデー連続自爆テロ(269人死亡)を防げなかった責任も問われ、のちにラジャパクサ一族の復権を許すこととなった。ウィクラマシンハ氏率いるかつての最大野党・統一国民党(UNP)は離脱者が相次ぎ、いまや党所属の国会議員は彼一人。豊かな「過去の」政治経験が買われた新大統領だが、2024年11月までの任期で果たしてこの難局を乗り切れるのか。

「挙国一致体制」掲げる同大統領は7月、前政権の与党スリランカ人民戦線(SLPP)のディネシュ・グナワルダナ氏(73)を首相に指名した。同氏は前政権で外相や教育相などを務め、辞任に追い込まれたマヒンダ・ラジャパクサ元首相に近い人物と言われる。当初後継大統領の有力候補としては、一貫してラジャパクサ大統領の退陣を要求していた最大野党・統一人民戦線(SJB)のサジット・プレマダサ党首(55)の名前が挙がっていた。サジット氏は1993年にタミル人武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」によって暗殺されたスリランカ第3大統領ラナシンハ・プレマダサ氏の子息で、シリセナ政権では住宅・建設相を務めた。ひとまずウィクラマシンハ政権を支える姿勢を見せているが、あえて火中の栗を拾わず「次」に備えているとの見方もある。

支援の背景に中国の存在

 新政権の緊急課題はまず食料の確保。亜熱帯気候の島国なので深刻な飢餓に見舞われる恐れは小さいが、生活必需品の多くを輸入に依存しているのに外貨が底をついている現状では国際機関や諸外国の援助は不可欠だ。そして財政再建のため、困窮する国民に追い打ちをかける増税や公共料金引き上げを断行しなければならない。慢性的な輸入超過を解消するためにも、輸出による外貨獲得増は不可欠だ。

 

スリランカ支援の先頭に立つ隣国インドは昨年末以降、燃料や肥料、食料などの現物も含めて計約38億ドルを支援。ラジャパクサ政権末期には、モディ首相自らの働きかけもあって、有力財閥アダニ・グループによる北部マンナール地方の再生可能エネルギー・プロジェクトも決まっていた。また、インド南部タミルナドゥ州はタミル人が多く暮らす地域で、スリランカの少数派タミル人への連帯感が強い。同州の政権を握る地域政党「ドラビダ進歩同盟(DMK)」は、モディ首相に対しスリランカへの支援を繰り返し呼びかけてきた。そしてインドにとって今回の政変は、「親中」ラジャパクサ政権の下で中国に接近していたスリランカを自国に引き戻す格好の機会だ。2015年の大統領選におけるシリセナ氏勝利の背後にはインド政府による世論工作があった、との指摘もあるほどで、今後もスリランカに対しては積極支援を続けていくだろう。

 今回のスリランカ「破綻劇」に関しては、強引な融資で同国を借金漬けにし、借金のカタに港湾プロジェクトの権利を取り上げるなどした中国を批判する論調が目立った。しかし、そもそも金を借りる方、返さない方が悪いに決まっている。新空港に自らの名前をつけるなどやりたい放題だったラジャパクサ一族は確かに金権体質でありポピュリストだったが、民主的な選挙で彼らを選んだのは紛れもなくスリランカ国民なのだ。長年ガバナンスの問題が批判されてきたパキスタンでさえ、総額500億ドルとも言われる大規模インフラ開発プロジェクト「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」を主導する中国に対し「もうインフラはいらない。教育や医療などの部門を支援してほしい」とはっきり申し入れている。

中国などの支援を受けたラジャパクサ兄弟がLTTEとの内戦を勝利に導いたのは事実だが、掃討作戦に際してはタミル人の村に対する無差別攻撃や村人の強制移住、身柄拘束など、広範囲で大規模な人権侵害が行われたとされる。これを「戦争犯罪」と指弾するNGOも多く、国連人権高等弁務官事務所も問題視していた。ゴタバヤ前大統領がいち早く国外に脱出したのも、内戦時代の人権侵害を蒸し返される恐れがあったため、とみていいだろう。しかし、巨額借り入れに経済政策の失敗、原油価格上昇、そして予期せぬ新型コロナの感染拡大で頼みの観光業が大打撃・・・。これほどの不運が重ならなればラジャパクサ体制は今も安泰だったかもしれない。スリランカは人口約2200万人の小国には違いないが、中東・アフリカとアジアを結ぶ海の要衝に位置する。一刻も早い経済再建と国民生活の正常化を期待したい。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

今回はスリランカです。南アジアでは比較的所得も高い風光明媚な島国、とみられていた同国があっという間に行き詰まり、国家の破綻を宣言したのは大きな衝撃でした。背後に中国のいわゆる「借金漬け外交」があったことも人々の興味を引き付けました。ただ、問題の本質は平時からスリランカ支援で連携できなかった~中国以外に助けてくれる国がいなかった~先進諸国の外交と、ラジャパクサ一族の専横を許したスリランカ国民にあると思います。

スリランカの破綻は、同様の立場に置かれている途上国・新興国にも少なからぬ影響を与えそうです。金融機関はそうした国への投資や融資にこれまで以上に慎重となるでしょう。本来お金が必要で、返す能力がある国に資金が流れない、という後遺症が続くかもしれません。新興国支援の在り方も改めて問われそうです。

(主任研究員 山田剛)

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