BJPモディ政権「3期目」へ 地固めの2023年
G20議長国の重責も
2023/01/13
今年中に中国を抜いて世界一の人口大国になるインドはインドネシアからG20議長国を引き継ぎ、9月にデリーで開く首脳会議に向け、ロシア・ウクライナ危機や途上国の債務問題といった難題に挑む。インドは日米、オーストラリアと構成する4カ国の枠組み「クアッド」のメンバーでもあり、近年その注目度が大きく上がっている。モディ政権が10年目に入った2023年はいよいよ来年春に迫った総選挙への準備モードとなり、政府は有権者にアピールするため相次いで新政策を打ち出してくるだろう。総選挙の前哨戦となるのが、南部カルナタカ州や西部ラジャスタン州など主要州の議会選だ。コロナ感染をほぼ鎮静化させ、高成長軌道への復帰を目指すインド・モディ政権にとって、「3期目」に向けた重要な1年がスタートした。
まず注目されるのが、2月1日に国会に提出される「2023年度連邦予算案」だ。インドの予算案は単に省庁ごとにカネを割り当てるだけではなく、新たな政策・制度や経済改革が盛り込まれるのが特徴。経済界や都市部の中間層などからは景気浮揚につながる「キャピタルゲイン課税の見直し」や「個人所得税減税」、消費税に相当するGST(物品・サービス税)の税率引き下げ(家電や自動車、ホテルなど)といった税制改革・合理化や中小企業支援策、雇用創出などに期待が高まっている。 もちろん、現下の経済情勢で政府・与党は経済成長とインフレ抑制を両立させなければならないし、コロナ対策で国庫が底をついた状態では、財務省としても簡単に減税に踏み切れない。政策の遂行は決して簡単ではない。 そして注目の議会選。モディ首相率いる連邦与党のBJP(インド人民党)はこれまで、カルナタカ、マドヤプラデシュ州などで他党の州議会議員を引き抜いたり集団辞職させるなどかなり乱暴な手法を繰り出しつつ、着実に政権州を増やしてきた。 昨年12月のグジャラート州議会選では、前回2017年の選挙において農村部で苦戦した教訓から周到な農村対策を実施。パテル姓で知られ政治的に大きな影響力をもつ「パティダール」コミュニティ(人口の約15%)にアピールするため、21年9月に州首相(県知事に相当)をパティダール出身のブペンドラ・パテル氏に交代させる念の入れようだった。
これらの結果BJPは、もともと強い都市部はもちろん前回国民会議派の前に苦戦した農村部までまんべんなく票を集めて圧勝、1985年に国民会議派が記録した149議席を超え、定数182議席の州議会で156議席という過去最多の議席を獲得した。これに対し、前回77議席と大健闘した老舗政党・国民会議派は、農村部で相次ぎ敗北。改選時のほぼ5分の1の16議席へと後退した。 グジャラート州議会選には、首都デリーと北西部パンジャブ州で政権を握る新興政党「庶民党(AAP)」や、インド初の本格イスラム政党で国会下院やビハール、テランガナ州などにも議席を持つ全インド統一ムスリム評議会(AIMIM)も参戦したが、BJP旋風の前にそれぞれ5議席、議席ゼロという結果に終わった。 2023年はIT企業が集積する州都ベンガルールを擁する南部カルナタカ州や、アンドラプラデシュ州から分離独立し古都ハイデラバードを州都とするテランガナ州、そして野党国民会議派が政権を握る西部ラジャスタン州などで議会選挙が行われる。与党BJPがこれらの州でも勝利すれば、来年の総選挙でモディ政権の3期目入りが大きく近づくことになる。 経済成長率の伸び悩みをすべて「コロナのせい」としてきた感もあるモディ政権だが、コロナ対策や外資誘致、製造業支援策などは概ね高く評価されている。政府は21年1月から2年弱で、のべ22億人以上にワクチンを接種した。インドには約68万もの村があり、保健職員や看護師を現地に派遣するだけでも相当な苦労があるが、スマホからでも予約できるワクチン接種ポータルサイトなどの後押しもあって2回目の接種を受けた人は実に9億5000万人に達している。新規感染者数も昨年2月から1日200人以下で推移しており、街中ではマスク着用者を探す方が難しい。コロナ感染はほぼ抑え込んだ、といっていいだろう。 グラフを見る限りGDP成長率は確かに伸び悩んでおり、22年7~9月期は前期比、前年同期比ともに減速している。しかし、海外からインドへの直接投資(FDI)は好調を維持しており、2021年度はほぼ前年度並みの約590億ドルに達した。自動車販売などの数字はコロナ前の水準を回復。株式相場も史上最高値圏で推移している。 2020年前後には、農薬や肥料などのコストが上昇する割には所得が上がらなかった農民の不満が高まり、デリー首都圏では大規模な抗議デモに発展していたが、現在は4年連続の豊作もあって農村の経済はかなり安定してきた。これらを考慮すれば、世界経済が減速する中でインドはかなり頑張っている、と言える。 ただ、内政に関しては不安もある。支持母体としてインド最大のヒンドゥー教団体が控えているBJPモディ政権はこれまでイスラム教徒には厳しい政策を遂行してきた。2019年8月にはイスラム教徒の多いカシミール地方への優遇策を盛り込んだ憲法第370条を廃止し、連邦直轄地として併合するという挙に出た。また、2020年1月に施行した「改正国籍法」では、難民にインド国籍を与える対象からイスラム教徒を除外したことで国内だけでなく海外のイスラム諸国からも批判が高まっている。 インドのロシア接近に不快の念を隠さない米政界は、インドの人権や宗教をめぐる状況を問題視し始めた。インド国内ではほとんど報道されていないが、ソマリア難民出身でムスリム女性初の米下院議員となったイルハン・オマル氏は22年6月、インドのイスラム教徒差別を非難し、国務省に対し「米国信教の自由法」に基づく特別要注意国(CPC)に指定するよう求める決議案を議会に提出した。この問題ではNGO「米国信教の自由委員会」も21年11月、ロシアやシリア、ベトナムなどと共にインドをCPCに入れるよう、国務省に勧告を行っている。 アムネスティ・インターナショナルUSAは反CAA抗議デモが勢いづいた20年1月、すかさず同法の廃止を求めてアピールするとともに、デモ隊への暴力的鎮圧の停止を呼びかけた。米国務省も同年8月、インドの状況に懸念を表明。「個人の権利を守り、法改正で影響を受けるコミュニティと対話すべきだ」との声明を発表した。また、国連難民高等弁務官(UNHCR)報道官は19年12月、CAAについて「基本的に差別的な性質を持っている」と批判。「すべての移民が平等に処遇されるべきで、人権保護の観点からインド最高裁が適正な判断を下すことを期待する」とした声明を出した。このように欧米各国・機関は最近インドへの風当たりを強めている。政権に忖度するインド発のニュースだけでは見えてこないものもある。 22年6月には、BJPスポークスウーマンを務めていたヌプール・シャルマ氏がイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する発言を行い、サウジアラビアやカタールなど湾岸アラブ諸国をはじめ、57カ国が加盟するイスラム協力機構(OIC)などからも強い反発を招いた。シャルマ氏は謝罪に追い込まれた挙句に辞任した。こうした不用意な発言は「モディ一強」の驕り、といわれても仕方ないだろう。 さらに昨年11月、南部ゴアで開いたインド国際映画祭の審査委員長を務めたイスラエル人監督ナダブ・ラピド氏は、政府肝いりの映画「ザ・カシミール・ファイル」を「プロパガンダ映画」と批判、インド政府は面目を失った格好だ。 これまで対インド外交であまり独自性を発揮して来なかったバイデン米大統領だが、民主党の大統領候補者時代には自身のポリシー・ペーパーでカシミール問題を厳しく批判、「市民の人権を回復すべきだ」と強調していた。しかし実際には政権発足直後のアフガニスタン撤退、そしてその後降ってわいたウクライナ危機への対応などもあり、インドの人権問題に口を出す暇はなかったようだ。米中対立が先鋭化する中でインドの機嫌を損ねるわけにはいかないという事情もあるだろう。結果的にこれらの問題はG20やクアッドの結束には影響していない。インドは対トランプ政権と同様、結果的にうまく立ち回ったといえるだろう。 内政でも、これまでの選挙で「カシミール」や「国籍法改正」はほとんど争点にはならなかった。メディアの忖度もさることながら、政治イシューとしては「コロナ対策」や「経済再建」が優先され、有権者の関心ももっぱら自分たちの所得や雇用に向いていたからだと思われる。 モディ政権がカシミール併合や国籍法改正を何の前触れもなく実行したような報道も散見されるが、これらはいずれも2019年の総選挙においてBJPのマニフェストに明記されている。少なくとも、BJPに投票した有権者の多くはこうした「反イスラム的な」政策を支持しているということになる。それだけに事態は深刻なのだが・・・。 これもあまり報道されていないが、インド政府は最近、政府への抗議行動を抑え込むために頻繁にインターネットを遮断している。ネットにおける表現の自由などを監視するNGO「ソフトウェア・フリーダム・ロー・センター(SFLC)」(本部ニューデリー)によると、2012年1月から22年11月までに、インド国内で計687回のインターネット遮断が行われ、このうち418回がカシミール地方を対象とした措置だった。 ネット遮断の回数は2018年に前年比2倍近い135件に急増、CAAが可決された2019年には109回、翌2020年には132回を数えた。2019年末から全国に広がったCAAに反対する抗議デモに際して当局は、学生らの抗議行動を抑え込むためジャワハル・ラール・ネール大学(JNU)など有力大学の周辺でネットや携帯電話回線をピンポイントで止めたことはよく知られている。長時間のネット遮断は、eコマースや各種アプリ利用などITサービス全般に影響を及ぼし巨額の経済損失をもたらす。 それでもモディ氏の個人的な人気は健在で、外から見ている限りモディ政権はいささかも揺らいでいない。だが、世界の知識人や人権活動家、研究者らは確実にインドに対して声を上げ始めた。インドがG20議長国となったのはまさにこういうタイミングなのだ。20カ国・機関で世界の人口の60%、46億人を抱え、GDPの85%を占める抱える世界最大の国際協力の枠組み「G20」のリーダーとなることで、インド国内では「世界にインドの存在をアピールするチャンス」「ロシア・ウクライナ停戦を実現すれば大きな外交的得点」などと盛り上がっているが、議長国インドの行く手にはチャンスと同じぐらいのリスクやチャレンジが待ち受ける。G20が「首脳級」に格上げされた2008年リーマン・ショック時の比ではない。 G20で議論するアジェンダは多岐にわたる。出口が見えないウクライナ危機や、すでに一刻の猶予もならない途上国の債務問題がその最たるものだ。G20はパリクラブや金融機関などと連携し、今や世界最大級の債権国となった中国を説得し、債務削減で合意を取りつけねばならない。パキスタンに大洪水をもたらしたとされる気候変動や、ヘルスケア、食料問題、エネルギー安保、デジタルデバイドの解消といった伝統的な課題のほか、コロナ禍でダメージを受けたグローバル・バリューチェーンの再構築も重要テーマとなる。「Voice of Global South」に象徴されるように、インドには新興国・途上国の利益を代弁することが求められる。 *第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら コロナ禍で傷んだ経済を再建し、高成長軌道への復帰を目指すBJPモディ政権にとって、2023年は「3期目」を目指す重要な1年となります。そうした中、インドにはG20議長国という厄介な仕事が回ってきました。取り越し苦労かもしれませんが、この世界最大の「国際機関」を主導してロシア・ウクライナ問題などを捌こうとすれば、自国の人権や宗教問題を蒸し返される恐れもあります。他国から尊敬される世界のリーダーを目指すインド。その道のりは平たんではありません。 (主任研究員 山田剛) グローバル・サウスのリーダーに一歩前進 第144回 第143回 若年層対策に膨大なコスト 第142回 経済危機にも内政は安定せず 第141回 コロナ克服目指す経済政策への影響はーー 第140回
予算案、減税に期待高まる
24年総選挙の前哨戦
要注目のカルナタカ、ラジャスタン州議会選
経済政策は及第点
欧米は「信教の自由」に懸念強める
インターネット遮断も相次ぐ
どうなるウクライナと債務危機
バックナンバー
インドによるインドのためのG20
インド「信教・報道の自由」は新たなリスクとなるか
インド、人口「世界一」の憂鬱
パキスタンは大丈夫なのか
どうなるインド新興財閥アダニの不正疑惑