パキスタンは大丈夫なのか
経済危機にも内政は安定せず
2023/04/26
インドと数々の紛争を抱える南アジアの大国パキスタンが大きく揺れている。度重なる経済危機に加え、昨年夏の洪水被害からの復興も急務だが、国会で不信任決議を突き付けられて退陣したイムラン・カーン前首相らが抗議行動を先鋭化させるなど、内政はなかなか安定しない。今秋に総選挙を控え、いよいよ政党間の駆け引きや選挙シフトもあわただしくなってきた。クーデターや爆弾テロ、激しい政争に繰り返される経済危機--。パキスタンはどこへ行くのか。
IMFの「中間テスト」
「我が国は国際通貨基金(IMF)にとって最も忠実な顧客である」--。パキスタン中銀(SBP)のムルタザ・サイエド元副総裁は今年2月、自嘲たっぷりにツイートした。サイエド氏によるとパキスタンは独立後、実に23回にわたってIMFの支援を受けてきたが、これはアルゼンチンの21回を超える最多。隣国インドはわずか7回で、1991年の金融危機以降はゼロだ。
インフレや通貨ルピー安による経常赤字や外貨準備の目減り、巨額の財政赤字に直面したパキスタンは今回もIMFに泣きついた。2019年7月、IMFはパキスタンに対し39か月、総額約60億ドル(2021年に70億ドルに増額)の金融支援で合意した。だが、支援継続にはIMFが示した条件、つまり財政健全化のための増税や公共料金、燃料価格の引き上げ、歳出削減などをちゃんと実行しているかどうかのレビューが必要となる。昨年夏までに8回目のレビューが完了したが、次のお金約12億ドルをもらうための第9回目のレビューが大きく遅れている状況だ。
今日の混乱を招いたそもそもの発端が2022年4月、パキスタン国会での不信任決議によってクリケット・スター出身のカーン首相(当時)が辞任に追い込まれたことだ。この手続きを不服とするカーン氏率いる野党パキスタン正義運動(PTI)は所属国会議員を一斉に辞任させ、代わって政権を握ったパキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)率いる連立政権に早期の繰り上げ総選挙実施を要求。全国で党員・支持者らを動員した抗議行動を続けてきた。
今年3月上旬、パキスタン警察当局はカーン氏が首相時代に外国首脳から受け取ったギフトを届け出なく売却したなどとして逮捕状を請求したが、当局は支持者らの抗議行動先鋭化を恐れ、すぐに逮捕状を撤回せざるを得なかった。PTIはパキスタンの人口の約53%を占めるパンジャブ州で政権を握り、アフガニスタンに近い北西部ハイバル・パフトゥンファ州の議会選で勝利するなど、ただの野党ではない。
23年1月、PTIは新たな揺さぶり戦術に出た。政権に圧力をかけるため、州政権を握っていたパンジャブ州など2州の議会を解散、選管に対し州レベルでも新たに繰り上げ選挙を要求した。PTIの攻勢に加え、IMFによる金融支援の条件として燃料代値上げなど庶民に不人気な政策を遂行せざるを得ない連邦与党にとって、選挙はなるべく先延ばししたいのが本音。PTIの戦術は見事にこうした思惑を突いてきた。だが選管は3月、政府の意をくむ形で当初4月30日に予定していた両州議会選を10月8日に延期すると決定した。
ところが最高裁は4月上旬、この決定を「違憲」として取り消し、5月14日に実施するよう命令。これに野党不在の国会が猛反発、最高裁の決定に反対する決議を行うという動きに出た。経済再建や洪水被害復興を優先させねばならないパキスタンは、立法府と最高裁が対立するという異例の状況に陥った。
23年3月上旬、ペルベズ・ムシャラフ大統領(当時)時代の政権与党だったパキスタン・イスラム教徒連盟カーイデ・アザム*派(PML-Q)はPTIとの合併を決定、同党の指導者で元パンジャブ州首相(県知事に相当)のチョウドリ・パルベイズ・エラヒ氏が党規約にはない「プレジデント」に就任した。元議員ら10人もこれに合流、与党に圧力をかける構えだ。
*カーイデ・アザムは建国の父M・A・ジンナーを指す
厳しい数字が並ぶ経済データ
パキスタンの主要経済指標を見てみよう。財政赤字は過去5~6年、GDP比7%台の高率で推移しており、2021年には同7.9%に達している。債務のGDP比は84%を超え、2024年までに計350億ドル、2030年までには730億ドルの返済期限が来る。
何よりも深刻なのがインフレ。2021年央に8~9%程度で推移していた消費者物価上昇率(CPI)は23年3月には35.37%に跳ね上がった。食料品のインフレ率に限れば都市部で41.9%、農村部で実に47.0%に達している。こうしたことからパキスタン中銀(SBP)は相次ぐ政策金利引き上げを実施、2020年6月に7.0%まで下がった政策金利はその後10回にわたって引き上げられ、23年4月からは21.0%となっている。また、政治危機前の22年2月には226.3億ドルあった外貨準備も、今年4月中旬時点で100億ドル弱と、輸入の約3カ月分にまで落ち込んだ。
しかし、IMF主導の一連の改革は、庶民生活を直撃する一方で、なかなかすぐには効果が出ない。ガソリンや軽油の販売価格は相次ぐ引き上げで22年1月に比べてほぼ2倍となっている。燃料価格の値上げは輸送費に跳ね返り、通貨ルピー安もあってパキスタン中間層の生活を脅かす。こうした場合の常で不平等や格差も顕在化、医療や教育に不安が高まるとともに家計の借金も膨らみ、これが政治不信を招いている。断食月(ラマダン)期間中の3月末には、南部の商都カラチで民間の食料配給に市民が殺到し、12人が死亡するという事故が発生している。
売り上げ不振や高金利で産業界にも深刻な影響が広がっている。ホンダの現地合弁アトラス・ホンダは当初3月末まで28日間の予定だった工場の操業停止を4月15日まで延長、パック・スズキの二輪車工場も工場閉鎖の期間を当初計画より24日間延ばして4月28日までとした。調査会社ギャラップ・パキスタンの調査によると、回答者の86%が「自動車の購入計画を延期した」としている。
また、国営パキスタン航空では再度経営危機が表面化し、政府は4月中旬に総額156億ルピー(約5500万ドル)の緊急支援を決めた。
燃料価格や引き上げの次は電気代などの公共料金引き上げと増税、特にタックス・ネットの拡大が大きな課題となっている。だが、電気代の引き上げ幅をめぐってはなお政府とIMFの提示に開きがある。税制改革も、世銀などの提案がフルに適用できていない状況だ。パキスタンは伝統的に大地主など富裕層からの徴税がうまくいっておらず、結果として間接税への依存度が高い。シャリフ首相以下政府高官は「IMFとの協調」をアピールするが、選挙日程が迫っているという事情もあって燃料・公共料金値上げには消極的な姿勢を見せており、IMFのパキスタンに対する信頼を損ねている。
それでも状況はわずかながら改善している。3月のパキスタン向け海外直接投資額は前年同期の5倍強、約1.63億ドルを記録。首相経済顧問のビラル・アズハル・カヤニ氏は4月上旬、3月に経常収支が2年ぶりに黒字に転じたことを挙げるとともに、「PTI政権時代には600万人以上が失業し、2000万人が貧困線以下の暮らしに落ち込んだ。債務も4年足らずで78%増加した」と指摘。政府が前政権の失政のツケを払っている、との立場を改めて強調した。
IMFは4月、パキスタンの2022年度(22年7月~23年6月)の経済成長率をそれまでの2.0%から0.5%へと下方修正した。状況が厳しいことに変わりはない。それでも、政治家や官僚にはそれほど切迫感は感じられない。アメリカを敵に回したカーン政権に比べると、現在のPML-N主導の連立政権は親米路線を鮮明にしており、サウジやUAEなどの湾岸諸国もパキスタンを支援する姿勢にブレがない。伝統的友好国である中国は、アメリカとの対決姿勢を強めている背景もあり、パキスタンにはきわめて親切に振舞っている。パキスタンを取り巻く外交情勢はひとまず良好だ。
印パ和平プロセスは再起動できるか
こうした中、パキスタンのビラワル・ブット外相は5月4~5日にインド南部ゴアで開く上海協力機構(SCO)外相会議に出席することを決めた。パキスタン外相のインド訪問は実に12年ぶりで、閣僚級訪問もイスラム過激派によるテロ事件が引き金となった2019年の武力衝突以来初めてとなる。
ブット外相は2008年の選挙キャンペーン中に暗殺されたパキスタン初の女性首相ベナジル・ブット氏の息子。南部シンド州を主な拠点とする連立第2党・パキスタン人民党(PPP)の党首でもある。ブット外相は今のところ「(インドとの)二国間協議は予定していない」としているが、非公式とはいえ、印パ関係正常化についてカウンターパートのジャイシャンカル印外相と何らかの意見交換は行うだろうとみられている。政権ににらみを利かせる軍部の意向もあり、インドとの関係改善はすぐには進みそうもないがこちらも要注目だ。
*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら
今回はパキスタンです。ウクライナ危機などの陰に隠れて、日本ではなかなか政治・経済の最新動向が報じられませんが、中東と中央アジア、南西アジアをつなぐ要衝に位置する人口2億人強の大国パキスタンは、インドやアフガニスタンに大きな影響を与えるとともに、中国のアジア外交を読むうえで軽視できない存在です。友好国が多く外交でもビジネスでも引く手あまたの隣国インド比べると、「テロ」や「汚職」、「軍の陰謀」といった先入観が根強く、いささか不公平に思えることもあります。
今秋に総選挙を控える状況で国会は事実上の野党不在。そこでの審議・議決の正統性は大きく揺らいでいます。新たな経済危機に直面しIMFの支援が不可欠なパキスタンは、昨年夏の大規模な洪水被害によってさらに追い込まれた格好ですが、経済再建と災害復興、そして国内政治の安定が不可欠という大事な時期に今度は政権と司法の対立が先鋭化しています。パキスタン、非常に気になります。
(主任研究員 山田剛)
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