一覧へ戻る
山田剛のINSIDE INDIA (第142回)

インド、人口「世界一」の憂鬱

若年層対策に膨大なコスト

 

2023/06/15

ついにインドは世界最大の人口大国となった。国連経済社会局の推計によると、インドは4月末までに総人口が14億2577万人余に達し中国を追い越したとみられている。これまで国連や民間シンクタンクなどが相次いで発表してきた予測では、「逆転は2030年前後」というようにもう少し先の話だったのだが、インドの人口増と中国の少子化のスピードが予想よりもかなり早かったからだろう。

人口ボーナス、30年以上継続

国連の推計によると、インドの人口は今後2060年前後に17億人前後まで増加し、その後は緩やかに減少していく見込み。人口ボーナス(人口増加による利益)を享受できる期間は極めて長い。しかし、その人口大国インドでも近年、人口の「増加率」にはブレーキがかかり始めている。2021年に実施するはずだった10年に一度の国勢調査(センサス)はコロナ感染拡大の影響で23年10月まで延期されているので、直近の人口動態を確認するには2011年センサスのデータを参照する必要がある。これを人口ピラミッドで見ると、当時10~14歳の年齢層が約1億3270万人に達して世代別では最も多いが、これが、5~9歳、0~4歳となるにしたがって、かなり顕著に人口が減少している。

0~4歳の年齢層(それでも現在彼らは12歳~16歳に成長しているが)は1億1280万人「しか」いない。単純計算で1990年代後半に年間2650万人前後生まれていた新生児は、2000年代後半にはそれよりも約400万人少ない同2250万人程度に減少していることになる。それでも「分母」が大きいので、前回国勢調査時に比べると10年間で約1.8億人も人口が増えている。

これは所得の増加や民生の向上によって、「多産多死」から「少産少死」にシフトするという理論通りの現象なのだが、南インド、特に長年の左翼政権の恩恵で医療が充実しているケララ州などで少子化傾向がより鮮明となっている。もう一つ特筆すべきポイントが、男女の出生数に不自然な差があることだ。2011年センサスの10~14歳の年齢層では、男児の6941万人に対し、女児は6329万人しかいない。その比率は109.7:100.0となり、明らかに人為的な「産み分け」の痕跡が認められる。これは、農村部を中心に労働力になりにくく、結婚の際に多額の「持参金」が必要になることが多い女児を忌避し、出生前検査で女児とわかると人工中絶を選択するケースが多いからと言われる。こうした状況については、インドに数多くあるNPOの活動報告や関連の学術論文が詳しく紹介している。

雇用創出は緊急課題

インドは現在、14歳以下の若年層が人口の約25%を占め、このうち日本の小・中学生に相当する6歳~14歳の義務教育年齢層が2億2000万人もいるという「若者大国」だ。労働力人口(15歳~64歳)は9億6000万人に達している。

若年人口の増加は国の成長にとって大きな原動力になる。今なお年間2000万人以上の新生児が誕生しているインド市場では、日本国内では少子化のためあまり成長しなくなったビジネスを再展開できる可能性がある。この市場を狙って、すでにベビー用品のピジョンや文具メーカーのコクヨやシャチハタ、そして公文教育研究会といった企業がインドに進出している。

また、インド政府の推計では現在、需要に対して住宅が2000万戸以上も不足している。成人後も親と同居している若者はまだ多いが、今後彼らがどんどん結婚して新居を構えようとすると、さらに住宅不足が顕在化することになる。インドの住宅用電気資機材メーカー「アンカー」を傘下に収めたパナソニックやLIXIL、大和ハウス工業など住宅関連の会社もこうした点に注目している。

しかし、膨大な若年層人口が有望市場を形成するためには、様々な条件がある。政府がまずこれら子供や若者に適切な「教育」や「医療」そして「雇用(仕事)」を与えないと、大量の失業者が発生して社会不安につながる。増え続ける労働力人口を吸収するには、2030年までに推計であと9000万人の新規雇用創出が必要とされる。インドが自動車産業や半導体産業などの誘致に必死になっているのにはこういう背景がある。

ところが、これまでのところ肝心の雇用は期待通りに拡大していない。インドでは大企業、特に製造業ではなかなか雇用が増えないことが長年の懸念材料となっている。年間1200万人近くが労働市場に参入するのに、IT(情報技術)や建設、小売業など、主要8業種の新規雇用者は年間60~70万人程度。そのほかの業種を含めても、いわゆる大企業の雇用がこれを大きく超えることはなさそうだ。

この背景には、小売業など大量の雇用を生み出す業種で外資導入などの自由化が進んでいないことや、製造現場での省力化でそもそも人員が余り始めていることなどが挙げられる。さらには求職者の側にも問題がある。インドには工業高校や高等専門学校といった生産現場の即戦力を養成する教育機関が少ないため、職業訓練は各企業の現場に任されている場合が多い。

経済の高度化で需要が急増するホワイトカラーの量産を担う大学でも、英語やビジネススキルを身につけた人材の育成は必ずしもうまくいっていない。国内の大学生(大学相当の高等専門学校生なども含む)の数は先ごろ4000万人を超えたが、企業の要求とはミスマッチも目立つ。今後は大学教育におけるカリキュラムの見直しも必要になってくるだろう。いずれにせよ、教育部門を拡充するためには巨額の投資が不可欠。インドは7~8%、あるいはそれ以上の高成長を持続していかねばならない。

都市への人口流出が本格化へ

一方、農業の機械化・効率化などでインドの農村では労働力が余りはじめている。農村住民が都市に大挙して流入することで交通渋滞やごみ問題、治安の悪化などを招き、社会コストはますます増大する。インドの政治家や官僚に人口増加の話をすると多くが困った表情で言葉を濁されることが多いが、効果的な対策がなかなか見つからないからなのだろう。

もちろん、人口増加に直面するのはインドだけではない。お隣のパキスタンやアフリカの大国ナイジェリアはすでに人口が2億人を超えているし、バングラデシュは1億7000万人超、ベトナムも4月末に1億人を超えたとみられる。人口増がもたらすチャンスとリスクは、こうした新興国共通の問題だ。インドが今後打ち出す政策は、こうした国々にとっても大いに参考になるだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

人口世界一になったインドは、今まで以上に教育や医療、雇用創出に注力しなければなりません。中でも国家百年の大計である教育部門では小学校(1~5年生)の総就学率がすでに100%を超え、電気や水道、トイレなど学校のインフラも着実に改善しています。しかし国の歳出のうち教育部門への割当額は7年前に比べて約2倍に増えているものの、GDP比では約2.9%と横ばい。生徒の学力レベルや教員の質についてもまだまだ改善の余地があるようです。国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(HDI)でインドは中国やブラジルに及ばず、191カ国中132位にランクされています。膨大な若年人口を優秀な労働力に変えるには、お金はもちろん未来を見据えた政策が必要になってきます。

(主任研究員 山田剛)

バックナンバー

2023/10/23

提出から27年、女性優先議席法案 ついに可決

女性の政治参加は拡大するか

第145回

2023/09/15

インドによるインドのためのG20 

グローバル・サウスのリーダーに一歩前進

第144回

2023/08/03

インド「信教・報道の自由」は新たなリスクとなるか

第143回

2023/06/15

インド、人口「世界一」の憂鬱

若年層対策に膨大なコスト

第142回

2023/04/26

パキスタンは大丈夫なのか

経済危機にも内政は安定せず

第141回