インドによるインドのためのG20
グローバル・サウスのリーダーに一歩前進
2023/09/15
G20(20カ国・地域)首脳会議に参加するため、議長国インドの首都デリーを訪れた外国要人やメディア関係者が目にしたのは、ビルの壁面やバス停、公共掲示板などを埋め尽くすG20のポスターと、モディ首相がほほ笑む無数の大型看板だった。「インドによるインドのためのG20」と形容するライターもいたが、インドにとっては「グローバル・サウス」、つまり新興国・途上国のリーダーとしての役割を国際社会にアピールする壮大な政治・外交ショーだったようだ。
激論避け会議の「成功」を優先
9月9~10日にデリーで開催されたG20首脳会議では、ロシアのウクライナ侵攻や途上国の債務危機、環境、食糧、エネルギーなど国際社会が抱える様々な課題に先進国と新興国がどう取り組み、いかなる解決方法を示すかが注目された。習近平・中国国家主席とプーチン・ロシア大統領という2大巨頭を欠いたG20は会期初日に首脳宣言を出すという異例の展開となったが、ウクライナ侵攻を止める気配のないロシアや、周辺の係争地域をすべて自国領とした地図を発行するなど領土への非妥協的姿勢を露わにした中国とどう折り合いをつけるかが、会議運営の肝だった。
一方的な非難で彼らがへそを曲げれば、宣言はおろか会議自体が決裂し失敗に終わる恐れもあった。実際、今年2月、3月の財務相・中銀総裁会議や外相会議では中ロの反発などから共同声明すら出せないという危機的状況に陥っていた。
フタを開けてみれば、首脳宣言はロシア・ウクライナ問題を「侵攻」ではなく、より中立的かつ責任があいまいな「戦争」という言葉で総括。武力行使や威嚇に反対を示しつつも、ロシアへの非難という点では昨年のインドネシア・バリ島での首脳会議よりも一歩後退したと言わざるを得ない。
欧米諸国はロシアへの処罰感情が強く、非難の文言では譲れないとの観測もあったが、結果としてインドのメンツを考慮し、サミットの「成功」に協力したという形になった。インドとしてはウクライナ問題のせいで首脳会議そのものをつぶすわけにはいかなかった。根回しに駆け回ったインド外交官の苦労がしのばれる。
さらに首脳宣言では「G20は経済フォーラムであって、地政学的問題や安全保障を話し合う場ではない」といまさらのように開き直る文言も盛り込まれた。「紛争には首を突っ込みません」という意思表明だが、少々無責任ではないのか。 それでも、世界が直面する様々な課題について先進国と新興国・途上国の代表が一堂に会して解決策を模索し、「何とかしなければいけない」というメッセージを打ち出したことには意義がある。宣言ではエネルギーや環境、貿易、そして国際通貨基金(IMF)や世界銀行など国際金融機関の改革にも一歩踏み込んだ。 しかし、会議をしている間にも元利が膨れ上がる待ったなしの債務問題についてはザンビアやガーナ、エチオピア、スリランカなどにおける事態の進展に歓迎を表明しつつ、「債務問題への対応は重要」「引き続き努力していこう」という「掛け声」にとどまった。巨大債権国となった中国が全面協力しない限り債務問題は一歩も動かないことは万人が理解していたとはいえ、これには失望を禁じ得ない。 注目すべきは55カ国・地域でつくるアフリカ連合(AU)のG20加盟が承認されたこと。これにより深刻な債務を抱える国が多く、ガバナンスにも難があるアフリカ諸国に対し、加盟各国がコミットを強化していくという効果が期待できる。うがった見方をすれば、アフリカ市場開拓において単独ではスピードや資金面で中国には太刀打ちできないインドが、多国間でアフリカに関与することで有利に事を運べる、という思惑もありそうだ。 議長国インドのシェルパ(首脳の補佐役)を務めたのは、エネルギッシュなキャラクターで知られたキャリア官僚OBで、日本とも関係が深いアミターブ・カント氏。彼はG20閉幕後、「(首脳宣言の)83項目すべてで全加盟国の支持を得られた、ただ一つの脚注もない」と自画自賛した。 しかし、首脳宣言の文言を読んでみれば、〇〇を「歓迎する」「留意する」「支援する」「支持する」「認識する」「再確認する」「求める」「コミットする」といった表現を巧みに使い分けていることに気づく。言葉のインパクトを最大にしつつ、すべての加盟国から異論が出ないよう、官僚や首相補佐官らが注意深く練り上げた労作と言っていいだろう。合意形成を最優先させた「シャンシャン総会」で、丁々発止の厳しい議論を今回はスルーしました、ということか。 また、宣言文の最終盤では「(G20は)宗教的及び文化的多様性に留意する」と明記、信教の自由や表現の自由の重要性を強調するとともに、「宗教的憎悪に基づく行為を強く非難する」としている。イスラム教徒多住地域であるカシミール地方の「併合」やイスラム教徒に差別的な「国籍法改正」が国際社会で問題視され、つい7月にはデリー郊外のハリヤナ州で7人が死亡する宗教暴動が起きたばかりの議長国インドにとってはいささか皮肉な中身となっている。 世界4番目の月面軟着陸成功を果たし宇宙開発の進展をアピールしたインドは、G20サミットの議長国を務め上げたことでグローバル・サウスの「盟主」に一歩近づいた。成長力を秘めた人口14億人超の巨大な市場や、豊富な理科系人材、地政学的重要性を兼ね備え、世界から注目されているインドは今回、外交面においても大きな得点を挙げたのは間違いない。ご祝儀ということはあったにせよ、加盟国首脳はこぞってインドを称賛している。 インド・モディ政権の究極の目標は超大国への仲間入りだ、といわれる。だとすれば、そのために必要なのは経済成長や政治の安定はもちろん、国際社会からの信頼と尊敬を勝ち取ることだろう。 G20首脳会議の開幕前、デリーにあるスラムの周囲は突然緑色の巨大な布で覆われた。スラムの住民男性は英国の公共放送「チャンネル4」のカメラに向かって「政府は世界中からやってくる要人たちに、我々のような貧しい人間を見せたくないのだろう」と苦笑い。また、米CNNはG20開催に伴う「美化キャンペーン」の一環として、会議場近くのスラムが破壊されたと報じたが、印政府当局はX(旧ツイッター)を通じて「最高裁の命令に基いて違法建築を撤去したもので、G20とは関係ない」と反論している。 貧困や不公正、腐敗などがついて回るのがグローバル・サウスの現実だが、途上国のリーダーを自任するインドとしても、自国の貧困は隠したかったようだ。 *第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら インドにとって世紀のイベントとなったG20首脳会議が閉幕しました。「予定調和」「妥協の産物」との声もありますが、中国とロシアが同調せず首脳宣言なしの「成果ゼロ」で終わることに比べれば、世界が抱える課題をしっかりアピールできたという点で、議長国インドの手腕とそれを支えた加盟国の貢献は評価できます。 積み残した課題は11月末にバーチャルで開くレビュー会合で再度協議する、ということなので新規加盟のアフリカ連合(AU)を迎えて肝心の債務問題などで何らかの進展があるかもしれません。 ひとまず「成功」したG20がどこまで有権者にアピールするかはわかりませんが、インドはいよいよ来春の総選挙に向けた政治の季節に突入します。政府による新たな景気対策や野党連合の動向、舞台裏での多数派形成や引き抜き工作など、一大スペクタクルが見られそうです。 (主任研究員 山田剛) グローバル・サウスのリーダーに一歩前進 第144回 第143回 若年層対策に膨大なコスト 第142回 経済危機にも内政は安定せず 第141回 コロナ克服目指す経済政策への影響はーー 第140回
世界の課題をアピール
異論を抑えるクロスワード・パズル
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