一覧へ戻る
実哲也の揺れるアメリカを読む

「移民の国」はどこへいく

 

2018/10/02

 グローバリズムを否定する内向きな「トランプ主義」の2枚看板は、保護主義的な通商政策と不法移民の排除だ。それを象徴する選挙公約が「中国への高関税」と「メキシコとの国境全域でのカベ建設」だった。
 保護貿易政策はまさに全開の状況であり、まさかと思われた中国への高関税措置も実現した。それとは対照的にメキシコ国境へのカベ作りは進んでいない。だからといって不法移民対策が滞っているわけではなく、国境警備の厳格化で不法移民の流入は以前より減ってきている。

 合法的な移民も標的に

 だが、米国の活力やオープンな国柄の維持という点からすると、もっと深刻な事態が静かに進行している。それは不法移民だけでなく、合法的な移民規制が広範に実施されつつあることだ。不法移民減らしについては、これまでの政権や国民の間でも一定の合意があったが、これを超えて移民そのものを減らす政策をトランプ政権は実質的に推し進めているのだ。
 最近注目を集めたのは政権が9月に行った2つの決定だ。
 1つは、政府の社会福祉制度を利用する可能性がある人は米国で働いたり、永住権を取ったりするのを難しくする仕組みを提案したことだ。米国の居住者で本人や家族が政府から福祉面での支援をすでに受けている人も、永住権や市民権を取るのが困難になる。
 米国には日本のように全国民を対象にした公的医療保険制度はないが、低所得者向けの公的医療制度は存在し、広く利用されている。低所得者向けの住宅補助を使う人も多い。政権の決定は、こうした福祉支出が移民の増加によって膨らめば財政の負担になるという理屈に基づいているが、それを大義名分に米国への移民流入を抑え込む狙いが透けて見える。
 2つ目は難民の受け入れ数の上限を大きく減らしたことだ。難民の受け入れの上限は2000年以降は年7万~11万人で推移してきたが、トランプ政権はこれを2018年については4万5千人に削減、実際の受け入れ人数も2万人と21世紀に入って最低の水準まで減らしている。2019年は上限を3万人に減らすというのが最新の決定だ。難民は働く権利が認められている合法的な移民。数として多いわけではないが、外国人には来てほしくないという象徴的なメッセージになる。
 これらに比べると注目度は低いが、米国経済への影響という点ではもっと重要な移民政策の変更も行われている。上の2つはどちらかというと貧しい移民の抑制策だが、こちらの措置は米国経済の競争力の源泉ともいえる中スキルから高スキルの合法移民が標的になっている。

 企業経営者の「重大な懸念」

 「従業員を不安に陥れ、企業経営を混乱させかねない移民政策の変更に重大な懸念を表明する」。
 今年8月、米国の主要企業トップで構成するビジネスラウンド・テーブルは厳しい内容の書簡をトランプ政権に送りつけた。アップルのクックCEO(最高経営責任者)、JPモーガン・チェースのダイモンCEOをはじめ有力企業の経営者60人以上が署名人として名を連ねている。
 書簡が厳しく指弾しているのは、米移民局が昨年来、行政措置の形で実施してきた一連の決定だ。合法的に働いている移民であっても隙あらば米国から追い返そうとしているとしか思えないような内容だったからだ。
 たとえば、昨年秋には、これまで状況に変化がなければほぼ自動的に更新してきた労働ビザについて、説明なく取り消すこともありうるという方針を打ち出した。また、ビザ更新が認められない場合、ただちに国外退去手続きに移行する方針も発表した。専門技能労働者の配偶者への労働ビザも取り消す方向という。
 実際に労働ビザの更新を拒否されたり、手続きが長引いたりする事例がここへきて急増しているとされる。米国では永住権の取得が難しくなっており、多くの外国人は労働ビザを更新することで働き続けてきた。この道も閉ざされれば働き手にとっても企業にとっても大きな打撃になる。
 書簡は「いつ何時、何の説明もなく追い返されるかもしれない国に家族と一緒に移ってこようとする人はほとんどいなくなるだろう」と警告している。
 移民局の政策変更の背景にあるとみられているのが、トランプ大統領が2017年4月に発した「米製品を買い、米国人を雇う」とする大統領令だ。そこでは「労働者の賃金と雇用を増やし、その経済的利益を守るため、外国人労働者を受け入れる法を厳しく執行・管理する」とし、関係当局はそのために新たなルールの提案や指導を行うとしている。具体性に欠く命令だったので当時はほとんど注目されなかったが、その毒が効き始めている。

 移民半減を目指す共和党の法案 

 トランプ政権が公に合法的な移民を減らすと宣言したわけではない。だが、政権は「10年で合法移民を半減する」ことを目指している米移民改革法案(コットン共和党上院議員らが昨年提出)を強く支持、議会に成立を働きかけている。この法案は「移民の親戚を優先して受け入れるような制度から、スキルがある移民を優先して受け入れる制度への改革」をうたっているが、全体としては移民規制の色合いが濃い。
 政権が志向する移民制限策の背景には、おおむね3つの基本認識がある。
 1つ目は、移民が増えればそれだけ米国人の雇用が奪われ、賃金が下がるという考え方だ。厳格な移民管理を求めた前述の大統領令が「雇用や賃金を増やす」ことを目的にあげているのはその表れだ。政権が後押しする米移民改革法案は趣旨説明のなかで「低スキルの外国人労働者が大量に流入したせいで、高校を卒業していない米労働者の賃金が1970年代に比べて2割近く下がった」としている。
 2つ目は移民流入が国民の負担増加につながっているという認識だ。社会福祉の恩恵を受ける移民は極力排除すべきだという考えを示した最近の政策提案はそうした財政コスト論に基づいている。

 「ノルウェー人に来てほしい」

 以上の2つは共和党系の伝統的な政治家の間でも昔からよくある議論だが、トランプ政権が特異なのは、社会・文化的な理由で移民を忌避する姿勢がうかがえる点だ。公式には絶対言わないものの、宗教や価値観、さらには民族的に異質な人たちはなるべく入れたくないという発想が見え隠れする。
 トランプ大統領は今年初めの米議員らとの懇談で「なぜやってくるのはひどい国からの移民ばかりなんだ。ノルウェーのような国からの移民を増やすべきだ」(注1)と語ったと複数のメディアで伝えられた。大統領は7月の英タブロイド紙との会見でも「欧州が何百万人もの移民を受け入れているのは悲しいこと。欧州は文化を失いつつある」と語っている。大統領周辺は「米国民も移民への嫌悪感を共有しており、移民たたきは選挙にもプラスになる」と見ているようだ。
 では米国の世論は移民をどう見ているのか。
 米ギャラップ社が6月に発表した世論調査では、「米国にとって移民はよいこと」と答えた人は75%。「移民を減らすべきだ」と答えた人の比率は29%と21世紀に入ってからで最低を記録している。これらを見る限り、移民への反発や不安が強まっているようには見えない。
 もっとも、支持政党別でみると違いがある。共和党支持者では「移民はよいこと」と答えた人が65%で民主党支持者の85%より低かった。「移民を減らすべきだ」との回答も民主党支持者では15%にとどまったのに対して共和党支持者は42%と少なくない。白人労働者を中核としたトランプ支持層では、この数字がさらに高くなっている可能性がある。
 中南米やアジアからの移民増加を背景に、白人人口は2045年ごろに全人口の5割を切ると予測されている。すでに9歳以下では白人の比率が50%を下回っている。急激な変化を素直に受け入れられない人の不満が鬱屈していてもおかしくない。

 学歴が高い新移民たち

 専門家の間では、移民の流入を抑えれば米国の活力は衰えるという見方が圧倒的に多い。移民の起業率は米国生まれを継続的に上回っている(注2)。貧しい家に生まれても努力して成功していくアメリカン・ドリームは移民の人々の間ではなお健在だ。
 そもそも貧しく低スキルの人が移民としてやってくるという認識は現実とそぐわなくなっている。ブルッキングス研究所のフレイ主任研究員が移民に占める大卒者の比率を分析したところ、2000-2009年に入ってきた移民では30%だったのが、2010-2017年に入ってきた移民では45%に跳ね上がった。中国やインドなどからの移民が伸びたことが主因とみられている。
 米国社会は全体としてなお開放的で、出自ではなく実力ややる気を重視する土壌は変わっていない。そうした意味での魅力は衰えていないものの、移民冷遇政策が続けば進路を変える外国人も増えるだろう。「移民の国」「自由の地」というイメージを壊すことになれば、米国は「偉大」になるどころか国力を失うことにもなりかねない。

(注1) トランプ大統領はその後記者団からの質問に答えて「(ノルウェーに限らず)世界中の人に来てほしい」と釈明した。
(注2)Ewing Marion Kauffman Foundation(2017), “The Kauffman Index of Startup Activity -National Trend ” ,p.14