対中強硬策に戦略はあるか
2018/12/19
トランプ政権は中国に対して強硬な姿勢を強めているが、政権内で統一された戦略があるわけではなく、先行きには様々な不安がある――。今月ワシントンで会った専門家からはこんな声が多く聞かれた。
高関税の脅しで同盟国まで敵に回すような孤立主義的な態度がやや弱まり、照準を徐々に中国に定めつつあること自体は評価されている。中国への高関税政策のほか、知的財産権侵害が疑われる企業を標的にした輸出規制などの攻勢によって、中国が本気にならざるをえない雰囲気をつくりだしたのは政権の功績だという見方も出ている。
だが、具体的な成果をうみだせるのか、副作用は出ないかとなると様々な疑問が浮かび上がる。
一貫性に欠ける政権対応
問題の第一は、政権内で戦略目標や手段がすりあわされていない点だ。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のシニアフェローであるJ・ショット氏は「問題認識が異なる勢力が競い合い、対中政策に一貫性がない状態が続いている」と指摘する。トランプ大統領は相変わらず対中貿易赤字を減らすための取引志向が強い。ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は大統領の意を呈しつつも、知財侵害や国有企業への補助金などの問題で中国に構造改革を迫ることを主眼とする。こうしたなかで中国が米国の技術優位を脅かすのを防ごうとする安全保障重視派が声を強めていると見る。
政権が一枚岩でなければ、確かに効果は出にくい。
アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のD・シザーズ研究員は、知財侵害対策には、関税よりも問題企業を狙い撃ちにした事実上の制裁措置が有効と見る立場だ。中国半導体企業に対する輸出禁止など、政権がこうした措置を使い始めたことを支持している。だが、トランプ大統領がこうした制裁手段を赤字削減のための取引材料として使い、実行するかどうかはその結果次第という不透明な決定をしかねないことを懸念する。赤字削減優先という方針を続ける限り、中国の不公正な競争慣行をただすという重要な目標達成が犠牲になる恐れがあると見る。
一方、目標水準を上げすぎれば中国との合意の余地は見えなくなる。中国の軍事技術向上を警戒する安保重視派も中国のハイテク企業つぶしを直接の目標にしているわけではないと見られているが、「華為技術(ファーウェイ)の最高財務責任者(CFO)の拘束などの対応を見て、中国側がそう判断する可能性はある」(G・アルドナス元商務次官)。そうなると、交渉による問題解決は難しくなり、互いに対抗措置をエスカレートさせる破局シナリオが現実味を帯びてくる。
中国通とパイプ役の不在
二番目の問題は「中国の行動原理を知り、中国とパイプもある人が政権の高官レベルにいない」(スコウクロフト・グループのK・ニーラー氏)ことだ。同氏は、「政権内では米国は対中貿易戦争に勝っているとの見方が強い。中国経済が米国経済と比べて著しく悪化しているという判断からだ。だが、強く押せば中国は苦しくなって折れてくるとの見方は正しくない」という。中国の判断基準は国内政治であり、押されれば押されるほど一方的な譲歩はしにくくなると見る。
中国通の非公式のアドバイザーとしては、『チャイナ2049―秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』の著者で対中強硬派として知られるM・ピルズベリー・ハドソン研究所中国戦略センター長がいる。中国の影響力拡大に警鐘を発したことで有名になった10月のペンス副大統領の演説は同研究所で行われたが、演説冒頭で名前をあげたのがピルズベリー氏だった。今ではトランプ大統領に直接話ができる間柄にもなっている。「中国との長い戦い」への備えを説く同氏の主張には一定の説得力はあるものの、政権の対中戦略の司令塔となる力量や中国との太いパイプがあるわけではない。
ペンス演説については「様々な中国の問題を寄せ集めただけで新味はない」という声もある。真偽のほどは定かでないが、ペンス副大統領が大統領から対中政策の司令塔になるよう求められたものの経験や知識不足を理由にやんわりと断ったという説もある。
グローバル経済へのリスク軽視
三番目の問題は、攻撃的な対中政策がグローバル経済に与える悪影響についての感度が政権内で鈍いことだ。
米中は関税引き上げ合戦を一時停止し90日間の通商交渉に入ったが、妥結の公算は低いと見られている。決裂の場合、「タリフ・マン」を自称するトランプ大統領は来年3月初めに年2000億㌦分の輸入品への関税を10%から25%に引き上げる見通しである。その後は中国からのすべての輸入品に高関税をかける措置も視野に入ってくる。
一方、ファーウェイをはじめ中国のハイテク企業に対する封じ込め政策が日欧の同盟国も巻き込んで加速すれば、こうした企業への販売額が多い日米欧の半導体などハイテク企業には大きな打撃になる。
ワシントンでのインタビューで頻繁に出てきたのは、米中の経済関係の切り離しを意味するdelinking、decouplingという言葉だ。米中をはじめ世界中に複雑に張り巡らされた部品供給網を引き剥がすことによるコストの大きさをきちんと説明する人が政権内に不在だという嘆き節も聞かれた。本来ならばカドロー国家経済会議(NEC)委員長の役回りだろうが、「彼は、状況は良いと株式市場に向かって言い続けるだけのチーフ・エコノミック・スポークスマンにすぎない」と酷評する人もいた。
日米欧で結束できるか
トランプ政権の対中政策に問題があるのは明らかだとしても、それならどのような戦略を立てればよいのかという問いへの答えは難しい。
識者の間でほぼ一致するのは、日欧などの同盟国と歩調を合わせて中国に向き合うことの重要性だ。知的財産権の侵害や国有企業を優遇する制度の変革を日米欧がワンボイスで要求し続ける方が、米国が単独で中国に脅しをかけるよりも変化を促す力になるという見方である。そのためには日欧に自動車の高関税の脅しをかけて貿易交渉を迫るやり方をきっぱりとやめ、日米欧の間の隙間風をなくす必要がある。世界貿易機関(WTO)も敵視するのでなく、日米欧が一体となってその改革を促すべきだという声が強い。
ただ、トランプ政権内ではライトハイザーUSTR代表を中心に「そうしたやり方だけでは生ぬるく即効性に欠ける」という判断が強く、あまり乗り気にはなっていない。
苦しいのは、日米欧の結束対応方式にしても、米国の北風的な単独行動方式にしても、成果をうむという保証はないことだ。
中国が技術覇権を握るのを防ぐことは米国にとって大きな命題だが、対米ハイテク投資を制限したり、人的な交流を抑えたりしても、先端技術の移転を防ぐのは容易ではない。一方、先進国企業すべてに圧力をかけて中国ハイテク企業を世界的に封じ込めるような措置まで断行すれば、グローバル経済をかく乱しかねない。
米国自身の強み磨くことが重要
「中国の孤立化や弱体化をめざしたり、良い方向に改革させようとしたりすることを戦略目標にすべきではない」。K・キャンベル元米国務次官補は『フォーリン・アフェアーズ』誌の今年3月号に寄せた論文でこう訴えている。同氏の寄稿は、中国の変化に期待した従来の米国の政策放棄を主張したものとして注目されたが、このなかで推奨しているのは、中国そのものよりも米国自身と同盟国のパワーや振る舞い方に焦点を当てた政策だ。
他の追随を許さぬよう米国の技術力、研究開発力を高め続け、世界のなかでハードパワーだけでなく自由や民主主義、寛容の旗手としてのソフトパワーも維持し続ける。
中国の不当な行動に対処していくことは重要だが、米国の強みに磨きをかけることが、台頭する中国に向き合う上ではより大切、という視点も忘れてはならないだろう。
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