反エリート主義は何をもたらすか
2019/03/25
米国の政治や政策のあり方は大きく変わらなければいけない――。そんなムードが米国を覆っている。トランプ政権の登場で状況は混とんとしているが、産みの苦しみを経て米国再生の道が見えてくるのか、それとも漂流が続くのか。連載コラムの最終回となる今回は、歴史も振り返りながらそのことを考えてみたい。
トランプと民主党左派に共通点
いま米国で勢いを増しているのはエリートが牛耳る既存政治に異議を申し立てる政治勢力だ。トランプ大統領は政権奪取後も、政策専門家やメディア、グローバル企業を国民の気持ちがわからないグローバリストとこきおろすことで大衆から一定の支持を得続けている。一方、2020年の大統領選挙でトランプ氏と対峙すべく立候補を表明している民主党政治家たちは富裕層や大企業の利益を代弁する政治からの転換をこぞって訴えている。
この2つの勢力は互いを激しく批判しているが、大衆の不満の矛先をエリート層に向ける手法では共通する。政策には違いがあるが、似通っている部分もある。これに対して、いわゆるエリートの側からは有効で説得力のある代替案が示されていないのが実情だ。
反エリート主義を基調とする政治ムードが高まることで、政策的な新潮流が生まれようとしているのだろうか。
一つの注目点は、民主党の左派から出ている様々な革新的な主張がどこまで支持されるかである。
民主党の大統領候補として名乗りを上げたウォーレン上院議員は5千万㌦を超す資産を持つ富裕層に2-3%の富裕税をかけると提唱する一方、グーグルなど巨大テクノロジー企業を「競争の阻害者」として糾弾し、分割まで提案している。新人下院議員ながら人気を集めている29歳のオカシオコルテス氏は温暖化ガスの排出をゼロにするための大規模な投資を促すグリーン・ニューディール政策を打ち上げ、大金持ちの所得税率を最大70%まで引き上げることで財源をまかなうとしている。
いずれも従来なら実現不可能と一笑に付されたはずの主張だが、政治や言論の場ではこれを巡って真剣な議論が交わされている。モーニング・コンサルトとポリティコの共同世論調査(今年2月実施)によると、61%の有権者がウォーレン氏の主張する富裕税に賛成と回答。最高税率を70%に引き上げる案にも45%が同意し、反対論(32%)を上回った。富裕税については共和党支持者でも50%が賛成している。
ハイテク巨大企業に矛先向かう
民主党左派系の議員が意識しているのは、19世紀末から20世紀前半のニューディール政策まで続いた改革の時代だ。この時代には、独占企業や不当な手段で富を得た実業家、いわゆる「泥棒男爵」への批判の高まりを背景に、独占企業の分割や高額所得者への所得税導入が実現した。大恐慌を経て公的年金制度も導入された。ウォーレン議員のハイテク巨大企業への姿勢は反独占の時代を、オカシオコルテス議員のグリーン・ニューディールはニューディール期をほうふつとさせる。
トランプ大統領は伝統的な共和党の路線に従って富裕層も含めた大型減税を実施したが、一方でインフラ投資やグローバル企業の「強欲」も批判している。トランプ支持層には民主党左派が掲げる主張に共感している者が少なからずいる可能性がある。
とはいっても、富裕層への大増税による格差是正や大型公共投資が進む時代がやってくると考えるのはまだ早すぎる。高所得者への安易な増税は勤労意欲や起業を阻害するという考え方は伝統的な共和党員や民主党の中道派、ビジネス界だけでなく、一般国民の間でもなお根強い。大型公共投資のために財政が大幅に悪化することも許容されないだろう。
民主党政権が実現し、議会で多数派を形成できれば、クリントン政権やオバマ政権がやったように最高税率の小幅引き上げが実現してもおかしくない。教育や職業訓練を含めた再分配を重視する流れは超党派で出てくる可能性はある。だが、最高税率が70%あったレーガン減税前のような時代に戻ることは想像しにくい。それには、人工知能(AI)など技術進歩に伴う雇用破壊が予想以上に進むといった社会の激変が前提条件になるだろう。
米のTPP復帰は望み薄
貿易政策についてはこれまでのコラムでも再三指摘したように、共和党のトランプ派と民主党左派は自由貿易への強い懐疑論で一致している。反エリート主義は保護貿易主義と親和性が高いのは間違いない。ところかまわず高関税をかけようとするトランプ流は一代限りかもしれないが、環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰など、米国が多国間貿易協定の推進役という立場に戻るのは望み薄だ。
19世紀末から20世紀前半にかけての米国は、産業競争力が高まる中で従来の保護主義的な姿勢から徐々に自由貿易主義へ移っていったが、大恐慌で一気に高関税政策に逆戻りした。それは一時的なものにとどまったが、いずれにせよ貿易政策の方向性は経済状況や雇用・所得環境によっても左右されるだろう。
ホット・イッシューである移民政策はどうなるか。不法移民対策については共和党と民主党の間でもともと差はあったものの現実に即した調整は可能なテーマのはずだった。ところがトランプ大統領が、社会の急激な変化を嫌う地方部の保守層の心をつかむ武器としてメキシコ国境とのカベ建設を主唱し、「不法移民による犯罪」をプレーアップしたことで、社会の分断のシンボルになってしまった。
移民問題は1920年代にも、都市化や工業化を背景に生まれた「都会と地方との分断」のシンボルとして大きなイッシューになり、結果的に移民の流入を制限する法律が相次いで制定された。衰退していた白人至上主義団体のクー・クラックス・クラン(KKK)が息を吹き返す原動力になったのも、当時の社会の分断と反移民ムードだった。
移民問題で深まる党派対立
ピューリサーチ・センターが今年1月に実施した世論調査によれば、「移民は米国を強くするか」と答えた割合は62%となっており、いまの米国社会に「反移民」のマグマがたまっているわけではない。しかし、政党支持別にみると、民主党支持者の83%が「米国を強くする」と回答したのに共和党支持者ではこれが38%にとどまった。党派間の移民観の差は2000年代前半まではそれほどなかったのに、最近は拡大している。カベの建設についての見方も共和、民主支持者で真っ二つにわかれているのが現実だ。
所得格差やグローバル化の負の側面への対応も不法移民対策も、長らく重要課題として認識されてきた。本来ならば、議会指導者やビジネス界、政策専門家などエリートの側が現実的な解決策を示し、成果を出せたはずの問題といえる。それを怠っている間にエリート層への不満が鬱積し、これをうまく利用した政治家が勢いを伸ばす結果になった。エリート層から見れば、最高税率70%や高関税、国境の壁建設といった政策は愚の骨頂だろうが、自由で開放的な経済・社会を維持しながら人々の生活不安を解消する道をわかりやすく示せなければ、極論が幅を利かすようになるだろう。
米の指導力への依存は限界に
反エリート主義が勢いを増す米国政治は日本や世界にどんな影響を及ぼすか。
米国の自由民主主義が揺らぎ、権威主義が台頭したり、社会主義に近づいたりするという悲観論は行き過ぎだ。議会やメディアによる大統領のチェック機能は大統領の数々の「暴言」にもかかわらず働いている。国民皆保険などを唱える民主党左派の主張は米国内では社会主義的と非難されることもあるが、皆保険を社会主義と同一視する人は日欧ではいない。世論調査を見る限りでは貿易や移民問題についての認識はなおバランスがとれており、自由で開放的な米国という国柄が変わる兆しはない。
とはいうものの、政治の二極化や社会の分断が進む間は、米国の関心が内に向かい続けることは避けがたい。公言するかは別にして「米国第一主義」はもはやトランプ大統領の専売特許ではなくなりつつある。また、世界のなかでの相対的な経済力や軍事力が低下していることを踏まえれば、米国民が「米国は世界の警察官ではない」と考えるのは自然である。
日本や世界は、ルールに基づく自由な国際秩序を盛り立てる責任を米国に押し付けられなくなったことをいよいよ自覚せざるをえない時代に入ったということだろう。
1年間コラムをお読みいただき、ありがとうございました。コラムは今回が最後になります。4月からは大学(関西学院大学)に拠点を移し、引き続き米国の政策動向や対外関係を調査・研究していく所存です。
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