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コロナ危機と闘う

新しい資本主義下でも、“成長なくして分配なし”

DX加速で生産性高め、成長力引き上げを
脱炭素社会実現の堅持は国際公約

宮﨑 孝史
  副主任研究員
高野 哲彰
  副主任研究員
梶田 脩斗
  副主任研究員
岩田 一政
  代表理事・理事長

2021/10/14

 「成長と分配の好循環」を掲げる岸田文雄首相は衆議院を10月14日に解散した。野党各党も分配政策を重視する公約を掲げるが、総選挙後に誕生する政権は、分配に充てる財源を確保する成長をどのように実現するのか、具体策が必要になる。成長の実現に向け、コロナ対策、成長戦略、財政健全化、脱炭素社会実現、国際貢献といった課題について政策提言する。

<<ポイント>>
  1.  9月30日に緊急事態宣言は解除されたが、今冬には「第6波」の到来の懸念も残る。拙速な「経済正常化」は感染再拡大につながる恐れがあり、実証実験に基づく行動制限緩和に向けた道筋を示すべきだ。コロナ禍の長期化は、中長期にわたって日本経済に悪影響を及ぼす可能性がある。出生率の低下や不登校の拡大は、将来の労働力人口の減少加速、教育水準の低下を通じた人的資本の劣化につながる。コロナを背景とした自殺者も増加しており、感染対策と経済活動の両立を図る必要がある。
  2.  DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、自由貿易の維持・拡大は生産性を向上させ、長期的な成長率を0.3ポイント引き上げる。DXは成長力(潜在GDP成長率)の押し上げだけでなく、脱炭素にも恩恵をもたらす。脱炭素社会の実現には徹底したDX加速をまずは進め、削減できないCO2には排出量に応じて課税する環境税(炭素税)を早期に導入するべきだ。10月末から気候変動枠組条約の第26回会合が英国で開催されるが、日本が表明した2050年脱炭素社会実現は、人類の生存・環境を守るという意味で最優先課題の国際公約である。どのような新政権ができようとも、公約の堅持が国際的に求められる。
  3.  持続的な物価上昇には、効果的な成長戦略による自然利子率(景気を加速も減速もさせない実質金利の水準)の上昇が欠かせない。2%の「物価安定の目標」にはほど遠い状況が続くが、足元では円安と商品価格の高騰による景気後退下の物価上昇(スタグフレーション)が懸念される。緩和的な金融政策の下で海外への所得流出が進めば、意図せずして「自国窮乏化政策」を実行することとなる。
  4.  岸田首相は新たな資本主義を掲げているが、その内容は不透明なままだ。総選挙後の新政権は、シェアホルダー(株主)資本主義から社会全体の効用を最大限に考えるステークホルダー資本主義を目指すべきだ。社会全体の経済厚生の最大化には、企業の利益最大化に加え、地球環境問題やコロナウイルス感染など医療、教育・再訓練など人的資本投資、女性、社会的弱者などへの対応が想定される。
  5.  同首相は年内に分配を重視した数十兆円規模の経済対策の策定と今後10年程度は消費増税をしないことを表明した。しかし成長力を高めることなしに、分配を増やすことは現在の日本では持続可能ではない。高齢化に伴う社会保障費の増加が避けられず、成長なしには財政破綻の恐れもある。基礎的財政収支の黒字化は、成長戦略と同時に抜本的な税・社会保障改革なしに達成は不可能だ。政府は2025年の黒字化を目指しているが、現状維持では当面達成は見通せない。厳しい財政状況を踏まえ、新政権はコロナ対応に関連した当面の経済対策では、約16兆円と試算される未消化分の20年度予算を活用すべきだ。
  6.  今後の金融政策の選択肢として、補助金型マイナス金利の活用が考えられる。日銀が現在0%で行っている貸出支援基金や市場操作による資金供与にマイナス金利を適用すれば、民間金融機関は日銀から借り入れる際に一定の収益を得ることができる。「課税型」から「補助金型」にマイナス金利政策を転換することは、利ざや圧縮に悩む民間金融機関の困難を緩和しよう。こうした政策を気候変動対策に応用し、グリーン融資を促進することは脱炭素目標達成の観点からも望ましいものであり、早期に実施すべきである。
  7.  国際的な自由貿易体制の堅持も重要だ。米国にTPP(環太平洋経済連携協定)へ加盟することを促し、その実現がベストだが、当面難しい。DX時代に不可欠な自由なデータ流通を促進する新たなデジタル貿易協定作りを主要先進国およびアジア太平洋諸国に働きかける必要がある。
  8.  世界経済がコロナ前の活動に戻るには途上国でのコロナ感染の収束が欠かせず、日本経済をコロナ前の水準に戻すことにも直結する。新政権は途上国へのビジネスベースではないワクチン供給体制の構築についてWHO(世界保健機関)やG20(20カ国・地域)の場で提案するべきだ。ワクチン確保の財源として主要国が拠出する基金設立、国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)の活用が考えられる。

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