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インド国際経済関係研究所と共同政策提言

「日本は新興国と先進国の橋渡し役 担え」
小島明・日本経済研究センター特別顧問


小島明・日本経済研究センター特別顧問  
 各国の協調により1930年代再来の悪夢は、ひとまず回避された。しかし、危機を生んだ世界経済の構造問題が解消したわけではない。3回目の20カ国・地域(G20)首脳会議は、危機予防策など「危機後」の政策調整をしなければならない。と同時に世界的なパワーシフトの現実への不適合があらわになりつつある世界経済制度や、グローバルなガバナンス(注)のあり方についての検討を迫られている。

 今回の米国発の金融危機は、戦後初の世界同時不況と世界貿易の縮小をもたらした。原因の一つは米国の過剰消費、過剰輸入と、その結果としてのグローバル不均衡を永続させた世界経済システム上の欠陥にある。

 しかし「ドル覇権」による米国の過剰消費、過剰輸入を批判する各国はこのグローバル不均衡の受益者でもあった。今回の危機の本質はグローバル不均衡がいよいよ持続不能であり、米国依存で成長した世界経済の調整を迫るものである。

 金融危機は近年、多発している。しかし、これまでの危機は米国発のブラックマンデー(87年)であれ、アジア危機(97年)であれ、また古くは71年のドル危機の時さえ、資本主義・市場経済の心臓部である米国の金融市場、銀行間市場が危機的な機能不全をきたしたことはなかった。

 ドルの覇権および、それと一体であるグローバル不均衡の是正はグローバルガバナンスの大調整につながる問題である。ほかにもテロ、地球環境問題、疫病、貧困、資源・エネルギー問題など、相互依存の世界に差し迫って対応を突きつける共通課題は多い。

戦後の制度 現実と遊離

 こうした山積する重大課題に世界がどう取り組むのか。個別の具体的な政策調整も重要だが、どういう世界経済制度のもとでそれを処理するのかという決定プロセスも点検を迫られている。


 中国、インドなど新興経済の台頭で、世界では不可逆的なパワーシフトが進行している。先進国、とりわけ米国が圧倒的な経済力を有し第2次大戦直後の状況を前提に構築された現行の世界経済制度は、現実からますます遊離してきた。

 75年に主要国首脳会議(経済サミット)が生まれた時、中国もインドも改革開放政策の前で人口ばかり大きい貧困国にすぎず、世界経済の表舞台のプレーヤーではなかった。世界経済は米国を中心とする先進7カ国(G7)が仕切っていた。

 91年にソ連が自壊する格好で消滅し、冷戦が終わると、71年のドル危機で衰退が指摘された米国が「唯一の超大国」のように振る舞いだした。当時現れた「歴史の終わり」論は「米国システムの勝利宣言」でさえあった。しかし、単独主義的行動で中東での戦争に突入し、超大国としての墓穴を掘る結果となった。

 G7サミット(98年からはロシアを加えG8)は、世界の状況に応じて変身はしてきた。それはG8だけでは処理できない課題が増えたためである。最近はメンバー以外の新興大国を招待し一部の議論に参加させる方式をとりだした。だが、これはパワーシフトの現実へのびほう策的な対応でしかない。

 そうしたなかでの3回目の首脳会議では、G20が制度化されるのか定かではないが、G8よりパワーシフトを反映した構成となっている。新興国からはG8不要論もでているが、米国の覇権状況が他の国にそっくり取って代わられる格好にはならない。超大国米国の“衰退”は相対的なものである。「アメリカ後の世界」を著したファリード・ザカリア氏は「米国の衰退ではなく、米国以外のすべての国の台頭」だと論ずる。

責任と役割 学んだ経験

 おそらく3極になるか4極になるか、今後の地政学的、地経学的な世界は多極であり、米国はその重要な一極であり続ける。これからは、米国がこの真の多極化の現実を認識し他国の声に耳を傾け折り合いをつけることを学習しなければならない。また影響力とともに台頭する新興国も、新たな大国としての責任や役割の果たし方をこれから学ばなければならない。この学習過程でG8、G20など、既存の枠組みをすべて活用したらいい。


 大国化を強く意識する中国も大国としての「戦略」を模索している移行期にあり、同国がグローバル社会に多層的に関与して学習を重ねることが期待される。

 日本にとってG7サミットは戦後初めてオリジナルメンバーとして参加した本格的な国際的枠組みだ。当時の日本は台頭する新興経済であり、サミット参加を通じた責任と役割を学習した。

 その点で日本の経験は新興国と先進国をつなぐ橋となり得る。また、インドは世界最大の民主主義国である。そのインドと日本の協力はパワーシフトと、異なった政治体制間の対話を円滑化させる機能も持ち得る。

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(注)グローバルガバナンス 国境をまたぐ政治や経済の諸問題を解決するための国際協調の枠組みや考え方のことで、代表例に主要8カ国(G8)がある。

 冷戦の終結に伴う急速なグローバル化の進展とともに、国際社会は環境や食料、貿易・投資、紛争防止など、国家単位では解決が難しい多くの問題に直面している。これからのグローバルガバナンスには国家・地域間の利害を調整するだけでなく、世界の新たな政治・経済秩序を構築していく役割も期待されている。

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◆新たな協調 民間で発展を

 日印両国のシンクタンクが強調するのは、世界の経済秩序の枠組みとして主要8カ国(G8)が限界にきているとの認識と、高まる日印協調の重要性だ。金融危機への緊急対応で設けた20カ国・地域(G20)が恒久的に機能を果たしうるかどうかについても、両者は今後の精査が必要だと主張する。

 新たな強調体制の設計図を描くためには、先進国と新興・途上国というこれまで分断されていた2つのグループが対話を深めなければならない。民主主義や市場競争など共通の価値観の基盤がある日印両国の連携は、2つの世界をつなぐ可能性を秘めている。この点でも両国シンクタンクの見解は一致している。

 ただ現実を冷静に眺めると、両国の関係は必ずしも親密とはいえない。世界貿易機関(WTO)の多国間交渉では日印は対立的な立場を取っており、自由貿易協定(FTA)も構想が示されたままで停滞している。

 日中関係と比べると、日印の産業界の交流や投資は活発とはいえない。日本からの輸出先としてインド市場への期待が高まる一方だが、日本企業は新興の中間層に照準を定めた市場開拓の戦略を描ききれないでいる。政官界のパイプも極めて細く、具体的な政策協調の実績は乏しい。

 両国の政策当局者や経営者、投資家は、互いに相手の素顔をよく知らないまま連携を語っているのが現実ではないか。世界秩序の再構築は待ったなしの課題だ。公的な部門による日印の関係強化や、本格的な産業界の相互進出を待っていては、両国の国際貢献の機会は失われかねない。

 政治や産業界から独立した民間の研究機関が、2国間問題を超えて国際問題を共同で検討し、世界に向けて発信する意義は大きい。ポストG20の枠組みをめぐる両者の協議の発展を期待したい。 
(日本経済新聞論説委員 太田泰彦)

※9月22日付日本経済新聞朝刊・特集面記事より引用。PDFファイルはこちら

インド国際経済関係研究所所長・ラジブ・クマール氏の提言「新興国 グローバルガバナンスの枠組みの核に」はこちら
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