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習近平体制の中国と日本

2014年度中国研究中間報告書 (日本経済新聞社からの受託研究) 2014.12


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関志雄、朱建栄

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中国の習近平指導部が2012年に発足して2年が経過した。習近平総書記は就任直後から、党員と官僚の汚職・腐敗一掃に力を入れることを強調した。共産党一党独裁の中での高度経済成長の過程で全国にはびこった官僚や党幹部の汚職・腐敗に対する国民の不満が蓄積し、このままでは共産党による統治を揺るがしかねない、との危機意識が背景にあった。
習近平指導部は当初の決意のままに、この2年間、汚職・腐敗撲滅にまい進した。マスコミには連日のように汚職・腐敗の疑いで取り調べを受けたり、逮捕される党幹部や官僚の名前が報道された。反腐敗運動の影響によって派手な宴会などは自粛され、外資系企業のビジネスマンと中国企業の経営者らの会食も現地企業の社員食堂で行われるようになった。
習総書記は「ハエ(官僚ら)も虎(大物幹部)も叩く」として、役職の高下にかかわりなく摘発する姿勢を示した。閣僚級の幹部も摘発され、前指導部の政治局常務委員や軍の高級幹部にまで追及の手は及んだ。
この間、習指導部は内政に精力を費やし、習総書記自身は外遊に出かけたものの、外交面では独自色を打ち出すような展開が見られなかった。中国では、政策がトップダウンで動く上に、縦割り行政の色彩が濃い。そのため、最高指導部が反腐敗運動に没頭する中では、外交に新たな動きが出る余地は少なかった。そうした中で、周辺国との間では、南シナ海での領有権をめぐる争いが激化し、周辺国とのあつれきが強まった。民主党政権による尖閣諸島(中国名:釣魚島)の国有化以来、冷え込んだ日本と中国との関係を打開するめども立たなかった。
外交が動き出す転機になったのは、14年7月に周永康・前政治局常務委員を処分する方針を発表したことである。最高指導部の一員であった者に対する前例のない処分を決めるという、ヤマ場を越した習指導部は、周辺諸国との関係改善に動き出した。
日本との関係では、世界第2と第3の経済大国の首脳が会っていないという事態を打開すべく、両国の間で関係改善を模索する動きが続いた。そして、14年11月に両国は、尖閣諸島をめぐり双方が異なる見解を持っていることを認めるなどの4項目で合意し、同月、北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の機会に安倍晋三首相と習総書記による日中首脳会談が2年半ぶりに実現した。
ただ、今回の日中首脳会談は両国関係改善の第一歩にすぎない。今後の日中関係を好転させるためには、4項目の合意に基づく両国の地道な努力による信頼醸成が欠かせない。
経済に眼を転じると、労働力人口の減少を背景に中国経済の潜在成長力は低下し、中国の景気は減速局面を迎えている。その中で、過去の高度経済成長の局面で形成された住宅市場のバブルは住宅価格の下落によって調整局面に入っている。
中国の住宅バブルは、高度経済成長の局面において、政府が潜在成長力を上回る高成長を目指して拡張的な金融・財政政策を取ったことが原因になっている。また、拡張的な政策のもとで流動性が過剰に供給される中で、当局の規制の及ばないシャドーバンキングを経由した資金が大量に住宅市場に入り込んだことも特徴である。
既に調整局面に入った住宅市場の価格がさらに下落していくと、銀行の不良債権が膨らむことになる。さらに、シャドーバンキング経由で大量の資金が住宅市場に流入しているため、住宅価格の一段の下落は中国の金融システムの健全性にも影響しかねない。
日本でも1980年代後半にバブルが発生した。日本におけるバブルも中国と同様に、潜在成長力を上回る成長を目指して拡張的政策を取ったことに原因があった。さらに、為替レートの上昇を抑えるため、外為市場に介入して流動性を過剰に供給した点も共通している。ただ、中国では銀行の大半が国有であり、いざという時には政府が支援してくれるとの期待がある。また、バブルが発生した日本では既に資本移動が自由化していたのに対し、中国ではまだ資本移動は制限されている。このような違いがあるにしても、中国の今後の金融政策に対して、日本のバブル崩壊の経験は参考に値する。
日本の貿易のうち、中国への輸出は日本の輸出全体の2割弱を占め、中国からの輸入は日本の輸入全体の2割強を占める。中国は世界一の経済大国である米国との間の貿易で、巨額の対米貿易黒字を上げており、米中の貿易不均衡を背景に米議会などに人民元の切り上げを求める声が強い。これに対して、日本と中国の貿易では、両国の統計に違いがあり、双方の統計がともに自国の貿易赤字を示している。しかし、原産地国が特定される輸入統計同士をつき合わせて見ると、日中の貿易は実質的にほぼ均衡している。これは香港を経由した貿易の統計の取り方に違いがあるからである。
米国企業は電算機などで、中国には完成品の組み立て拠点をつくり、東南アジア諸国には部品の供給拠点を築いてきた。このため、部品や原材料が東南アジアから中国に輸出される一方、中国で組み立てられた完成品は米国などに輸出される。こうした構造が米中間の大きな貿易不均衡の一因になってきた。
一方、日本企業は日本と中国との間で、部品や原材料と完成品をやり取りする分業を築いている。こうした分業は電気機器の分野で顕著である。日本が海外から輸入する品目のうち、電算機類では8割弱が中国からの輸入になっている。衣類とその付属品では7割強が中国から輸入されている。このように、日本の中国との貿易は相互補完関係を築いており、日本は電気機器や繊維の分野で中国からの輸入に大きく依存している。
中国は海外からの投資をテコに輸出主導経済を築き、高成長を遂げてきた。日本から中国への直接投資の中国への投資全体に占める比率はそれほど大きくないが、対中投資で大きな割合を占める香港を除くと、上位に入る。日本企業は対中投資を通じて、技術や経営ノウハウを中国に移転し、中国経済の発展に寄与してきた。
中国から日本への投資はまだ大きくはない。ただ、中国企業は日本の中小企業の技術などに注目しており、今後、対日投資が増えていくことが考えられる。

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第2章 調整局面に入った不動産市場 ――参考となる日本のバブルの経験第2章 調整局面に入った不動産市場 ――参考となる日本のバブルの経験JCER NET メンバー限定

関志雄:株式会社野村資本市場研究所 シニアフェロー
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