公益社団法人 日本経済研究センター(JCER)は6月8日、研究書籍『米中分断の虚実 デカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)を発刊した。米中の分断はどの分野で進み、どの領域で進まないのかーー。分析の一部を3回に分けて紹介する。(第1回)
台湾、再び対中抑止の矢面に
台湾の産業界がハイテク分野で米国と中国のデカップリング(分断)の最前線に立っている。東西冷戦の終了後、台湾経済は半導体・パソコンなど主力のIT(情報技術)製造業の工場移転を中心に対中依存を強めた。しかし、2018年に始まった米中貿易戦争によりハイテクを基準とした分断線が台湾海峡で改めて引かれつつある。
台湾で16年5月、8年ぶりに政権復帰した民進党の蔡英文総統は就任演説で「単一市場に過度に依存してきた現象に別れを告げる」と訴えた。台湾経済の「脱・中国」を施政方針のひとつに掲げたといえる。
台湾独立志向の蔡政権が打ち出した対策は大きくふたつある。ひとつは台湾企業に台湾への投資回帰を促す「歓迎台商回台投資行動方案」。もうひとつは東南アジア諸国連合(ASEAN)など、台湾の南に位置する国々との経済交流を促す「新南向政策」だ。
台湾IT大手はどう決断したのか
米国は米中貿易戦争において、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)など個別企業を標的とした制裁も発動した。一連の措置は台湾IT大手の中国事業にどう影響したのか。
台湾積体電路製造(TSMC)は他社が設計した回路を設計した半導体チップの製造を代行する「ファウンドリー」と呼ぶ事業形態で世界シェア約5割を占める。米国が目の敵にするファーウェイは完全子会社の海思半導体(ハイシリコン)で半導体を設計する能力を持つが、製造はTSMCに委託してきた。米商務省は20年5月15日、米社製の製造装置やソフトウエアを使って生産した半導体をファーウェイに販売することを禁止する制裁強化を発表した。
TSMCは同日、約120憶ドルを投じ、米アリゾナ州に新工場を建設すると発表した。米国が軍事用に使う半導体も生産品目に入るもようだ。さらに同社はこの日を節目に、ファーウェイからの新規受注を停止した。米中ハイテク摩擦で米国側に立つことを宣言した形だ。
電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手の鴻海精密工業はTSMCと並ぶ台湾ITの雄だが、米中貿易戦争における立ち位置を明示していない。鴻海は中国にスマホなどの工場を数多く持ち、非流動資産の国・地域別構成(19年末時点)で中国が68%に達する。一方で、米アップル一社向けだけで売上高の約5割を占め、「米中股裂き」の事業構造自体が潜在的なリスクとなっている。
これは創業者の郭台銘・前董事長の経営スタイルを色濃く反映している。その特徴は大きくふたつある。ひとつは郭氏が国民党政権とともに台湾に渡った「外省人」と呼ばれる住民グループに属し、中国への親近感が強いこと。もうひとつは自社の経営にプラスになると判断した人物・企業には、自ら徹底的に食い込むトップセールスを得意としてきたことだ。
米国は台湾の位置づけをどう変えたのか
大統領就任を翌月に控えたトランプ氏は16年12月、台湾の蔡総統と電話協議を行った。米国の大統領や次期大統領と台湾総統のやりとりが公になったのは米台断交以来初めてで、台湾は中国の一部だとする「一つの中国」の原則を掲げる中国を驚かせた。
バイデン新大統領は21年1月の就任式に台湾の駐米代表を招待し、その直後には国務省が中国に「台湾に軍事、外交、経済的な圧力をかけることを停止し、有意義な対話を行うよう促す」との声明を発表した。
米国のハイテク大手も台湾の価値を再評価している。マイクロソフトは20年10月、2年以内の稼働を目指し、クラウド事業に使うデータセンターを台湾域内に設けると発表した。情報統制が強まる中国や香港を避けつつ、IT機器の供給網が整った台湾で基盤を固め、アジア・中華圏での事業拡大の足場とする狙いのようだ。
グーグルは21年1月、台湾・新北市にハードウエアの開発拠点を新設した。同社は18年、台湾の宏達国際電子(HTC)からスマートフォン部門の一部を買収し、開発業務を継承していた。新拠点はこの機能を発展させて発足し、米国本社以外で最大のハードウエア開発拠点になるという。
台湾ビジネスパーソンの対中意識はどう変わったのか
筆者は20年1月、中国で創業・就業経験がある30歳前後の台湾ビジネスパーソン十数人にヒアリングを行った。台湾で対中融和志向の国民党が政権復帰した08年以降、中国は台湾住民による創業や就学への優遇策を打ち出してきた。彼らはその誘いに乗って中国に渡った人たちだが、すでに台湾に活動拠点を戻したか、戻そうとしている例が多数を占めた。
台湾の政治大学が毎年行っている住民の意識調査でも、20年は「自分は台湾人だ」との回答が67%と過去最高を記録した。これまでも「台湾人意識」はじわじわと上昇していたが、20年に香港情勢が深刻化したことが追い打ちとなったようだ。社員として現場を支える人々の心がここまで中国から離れてしまっては、中国側に立とうとする台湾企業が増えないのは自然な成り行きだろう。
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2020年度アジア研究報告書「米中デカップリングとサプライチェーン」(21年3月)
『米中分断の虚実ーデカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)(21年6月)
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