公益社団法人 日本経済研究センター(JCER)は6月8日、研究書籍『米中分断の虚実 デカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)を発刊した。米中の分断はどの分野で進み、どの領域で進まないのかーー。分析の一部を3回に分けて紹介する。(第2回)
コロナ禍で中国台頭加速、イノベーションでも
中国が米国を経済規模で追い抜く時期は、コロナ禍の影響で大幅に前倒しになる見通し。日本経済研究センターが2020年12月に公表した「アジア経済中期予測」によれば、コロナ禍が深刻化して各国潜在成長率に影響を及ぼす場合、中国の名目GDP(国内総生産)は28年に米国のそれを上回る見通しだ。成長率を高めるイノベーション力でも中国は米国を猛追しており、中国台頭への米国の警戒感は後退することはないだろう。最先端技術の社会実装を担うスタートアップの世界でも中国の台頭は著しく、世界でも米国に次ぐ地位を占めている。コロナ禍でもベンチャーキャピタル(VC)のスタートアップ投資は劣えず、両国への資金集中は加速している。
中国から米国へのVC投資
VC投資でも米中分断の傾向が見られる。中国の投資家は脱米国、アジアへのシフトを進めている。
中国の投資家が投資しているスタートアップ(全世界、2011~20年の累計企業数)の約84%を中国企業が占め、次が米国企業の8.9%、その他の国は6.7%。時系列で見ると、中国の投資家は2016年までは中国企業への投資を拡大しているが17年からは低下。代わりにシンガポールやインドなど米国以外の企業への投資のシェアが拡大している。米国企業への投資は中国企業に次ぐが15年以降シェアは若干縮小傾向にある。脱米国というほどではないが、中国投資家のアジアシフトは鮮明だ。
米国のスタートアップに投資する中国の投資家のトップ10を見ると、1位と10位は米有力VCのセコイア・キャピタルの関連企業である。百度(バイドゥ)と騰訊控股(テンセント)の、中国のビッグテック2社も米国スタートアップに積極的に投資している。特にテンセントはスタートアップ投資に積極的で、ユニコーン企業としてはロブロックス、エピック・ゲームス、ディスコードといったゲーム関連、スナップ(スナップチャット)やリディットのようなネットメディアなどに投資している。またコーポレートVC(CVC)を11年に深圳で設立し、米国スタートアップにも数社出資している。百度はAI関連企業に多く投資している。投資先にユニコーン企業はない。
米国から中国へのVC投資
米国の投資家は米国以外の海外スタートアップへの投資比率を高めており、中でも英加印の重みが増している。中国企業への投資比率は低下傾向にある。
米国投資家が投資するスタートアップ(全世界、2011~20年の累計企業数)の7割超が米国企業で、英国、インド、カナダ、中国が続く。中国の投資家にとって米国のプライオリティは2位だが、米国にとって中国は5番目。時系列でみると、米国の投資家は国内投資の比率が低下傾向にあり、海外の中では英加印の比率が上昇し、中国は2018年に比べてここ2年でかなり減少している。イスラエルのシェアが20年は中国を上回った。投資先として中国の重要性が下がり、英加印独イスラエルといった同盟国や友好国の魅力が増しているようだ。
中国のスタートアップに投資する米国の投資家のトップ10を見ると、1位のGGVキャピタルのように米国に本社を置くものの、米国、中国、アジアに拠点を設け、投資を担当するパートナーも様々な国籍で構成する企業が多い。米国投資家では、マイクロソフト・スケールアップ、SOSV、プラグ・アンド・プレイ・テックセンターのように、少額投資をするとともに経営指導する起業塾「アクセラレーター(AC)」が上位に入っている点も特徴的だ。CVCで上位10社に入ったのはインテルとクアルコムという米半導体メーカー系である。インテルは本体で国策半導体メーカーの紫光集団(チンホア・ユニグループ)に出資する。
GAFAMと呼ばれる米国ビッグテックのうち、グーグル、アップルはそれぞれ京東集団(JDドットコム)、滴滴去行という中国の準ビッグテック企業と資本提携関係にある。グーグルはCVCのGV(旧グーグル・ベンチャーズ)をシリコンバレーに設立し初期段階のスタートアップに出資しているが、投資先は主に米国内である。またアマゾン、フェイスブックは中国への投資はほとんどない。
米国の政権交代とスタートアップ投資の行方
トランプ前大統領は、大統領選でバイデン現大統領が2020年11月7日に勝利宣言をした後も中国への経済的な圧力を緩めず、中国による米国企業への投資規制だけでなく、米国から中国への投資についても規制を強化した。報道によれば、国防総省はアリババ、テンセント、バイドゥも規制リストに入れることを検討したが、見送られたという。中国ビッグテック3社には、米国投資家の中でも米ブラックロックやザ・バンガード・グループなど、世界中の有力企業の株式や債券などに資金を投じて運用する資産運用会社やヘッジファンドが投資している。
バイデン新大統領は就任早々に、米国政府による米国製品調達を促す「バイ・アメリカン」法の運用を強化する大統領令に署名し、国内の産業を育成・強化し、労働者の雇用を確保する方針を打ち出した。トランプ大統領の「米国第一主義」政策と方向性は同じだ。バイデン氏は選挙キャンペーン中、「よりよき復興(Build Back Better)」を掲げ、国内でサプライチェーンを構築することをコロナ禍からの教訓とし、米国の製造業とイノベーションの総動員を訴えてきた。ウイグル人の人権問題では厳しい姿勢を見せており、中国に対してもすぐには融和的な姿勢を取らないと考えられる。スタートアップの世界における米中デカップリングは加速しそうだ。
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『米中分断の虚実ーデカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)(21年6月)
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