公益社団法人 日本経済研究センター(JCER)は研究書籍『米中分断の虚実 デカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)を発刊した。米中の分断はどの分野で進み、どの領域で進まないのかーー。分析の一部を3回に分けて紹介する。(第3回=最終回)
「攻め」と「守り」の経済安保
米中の戦略的競争とデカップリングの動きに対しては、国益のために経済的手段を用いる地経学的な対応も必要だ。昨今の米中の動きは、日本にとって経済安保と地域政策の両面でリスクとチャンスがあり、「攻め」と「守り」で適切な対応が求められる。
「守り」の経済安保政策として民間企業に関係しそうなのが、日本の技術優越の確保・保持を狙った政策だ。デジタル技術の進歩などで軍用、民生技術の区別がしにくくなっているにもかかわらず、日本は長い間、官民ともに軍事転用可能な「機微技術」の扱いに無防備だった。
「攻め」の経済安保で重要なのが、日本の技術力を生かした研究開発と、日本に有利なルール設定の努力だ。それらが日本の戦略的自立性と戦略的不可欠性を高めることになるからだ。
日本の学術界には軍事関連の研究開発に慎重意見も多いが、軍事との関係が薄くても、競争力の高い製品の開発自体が抑止力の向上につながる場合がある。他国の追随を許さない製品開発でグローバルサプライチェーンのハブの地位を獲得することにより、他国に影響力を行使するパターンだ。そのためには日本の経済力や技術力を用いて、技術管理のルール作りや国際標準で優位性を得る努力も重要だ。
「攻め」と「守り」の地域政策
地域政策は①日米同盟強化とパートナーの拡大②インド太平洋協力の推進③北東アジア連携のビジョンづくり――などが課題で、北朝鮮問題への対応も試金石となる。
米中デカップリングの影響が北東アジア地域に及ぶのは避けられないが、その結果、地域が対立の最前線としてズタズタに引き裂かれるのは望ましくない。危機をチャンスに変えて、まとまりのある地域として発展していくことができるか。この地域の未来は今後数年の取り組みによって、相当違ったものになるだろう。
日本にとっては「新冷戦」の最前線として中国と全面的に戦う道も、米国と離反し、大国となった中国の勢力圏に入る道もない。米国との同盟を強化しつつ、中国などの近隣諸国との協力を探るのが理想的だ。
この道を進むにあたって、重要になるのが平和と発展のための地域戦略だ。日本は北東アジアにありながら、近隣外交は日中、日ロ、日韓といった2国間関係が主流で、北東アジアを面的、広域的にとらえる総合的な戦略を欠いている。国交がない北朝鮮や領土問題を抱えるロシアとの関係も含め、どのような北東アジアの将来ビジョンを描くのか。北朝鮮やロシアとの懸案解決後の経済協力などもイメージしながら、長期的な戦略を検討すべきだ。
米中競争時代の外交とポストコロナの成長戦略
日本は米中関係とそれを取り巻く国際社会の複雑さを踏まえ、目的別・機能別にパートナー国をグループ化するなど柔軟かつ重層的なアプローチで事態に対応する必要がある。
最近の国際社会は戦争のコストが大きくなっていることもあり、国家間の摩擦や対立が経済的な手段を通じて具現化される傾向が強まっている。それが地政学に経済をプラスした地経学が注目される背景にもなっているが、国益のために経済的手段を用いる地経学をめぐっては、一国主義的な覇権主義に基づく「閉じた地経学」と、国際協調主義に基づく「開かれた地経学」に分類する捉え方がある。
前者の典型例が自国への経済的な依存を人質にとって対手国に譲歩や政策変更を迫る行動や、金融支援を利用して主要な港湾などを確保する「債務の罠」外交などの試みだ。後者の代表例としては、欧米を中心とする第2次大戦後の国際通貨基金(IMF)、世界銀行などのブレトンウッズ機関を通じた自由主義的な国際経済システムの構築などが挙げられる。いまも軍事力の重要性に変わりはないが、日本は「開かれた地経学」を志向する重層的なアプローチで、国益の確保を目指すべきだろう。
転換期を迎えた世界経済はグリーンとデジタルを軸に新たな競争と協力が繰り広げられている。新たな国際秩序を決定づける米中の戦略的競争やデカップリングへの対応と、100年に1度とも言われる世界経済の大転換期における日本の成長戦略はオーバーラップする部分が多い。いや、両者は重なるどころか、ほぼイコールだと言っても過言ではない。
日本の生き残りをかけた挑戦であり、技術、経済、政治などの総力戦だ。それぞれの力を磨いて国力を高め、国際協調主義に基づく「開かれた地経学」を志向する重層的なアプローチで正面から立ち向かう以外に方法はない。
◆書籍・報告書のご案内◆
2020年度アジア研究報告書「米中デカップリングとサプライチェーン」(21年3月)
『米中分断の虚実ーデカップリングとサプライチェーンの政治経済分析』(日経BP・日本経済新聞出版本部)(21年6月)
バックナンバー
- 2023/07/05
-
中国の乗用車市場から外資が消える?
- 2023/07/03
-
アジア・エコノミスト:「生成AIは生産性を向上」
- 2023/06/22
-
中国経済、鈍い回復力 「5%成長」に暗雲
- 2023/05/08
-
起業人脈に見る生成AI勢力図
- 2023/04/04
-
中国との高速鉄道で変貌するラオス