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Discussion Paper Discussion Paper 109 (2008.01)

[No.109] 再考・米国経常赤字の維持可能性 ―Markov Switching Unit Root Test の拡張とMCMC による推計

竹内文英 主任研究員
   

2008/01/01

要 旨

 米国の経常赤字は1990年代半ば以降拡大を続け、2007年第3四半期でGDP比5.1%の水準にある。最近のドル安と連動する形で、赤字の拡大ペースには足元一服感もうかがえる。ただ、アジアや産油国が貯蓄超過、米国を中心に先進諸国が投資超過という世界的な対外不均衡の構図が果たして維持可能なのか、不均衡の解消過程で想定されるドル安はどこまで進むのか、その影響はどれほど深刻になるのか、といった懸念は依然続いている。
 拡大を続ける米国の経常赤字、対外債務の維持可能性(サステナビリティ)について検討した本稿では、Trehan=Walsh(1988、1991)、Ahmed=Rogers(1995)などを嚆矢とする、経常収支系列の定常性をチェックするというアプローチを採用した。フローの経常赤字が定常なら、それらを積み上げた将来債務の割引現在価値はゼロに収束する、すなわち、債務は維持可能であるというのが基本的な考え方である。これは、指数的に上昇する割引率が、線形で増加する債務の期待値の拡大ペースを上回るためである。
 定常性をチェックするために本稿が取り上げた方法は、Markov Switching Unit Root テストである。同テストでは定常状態からの乖離度などを反映した、各時点の定常・非定常確率を計算することができる。
 先行研究と比べた主な特徴は、より柔軟に現実の経常収支の動きを捕捉できるようにするために、Markov Switchingモデルで従来一定とすることが多かった異なる状態間の遷移確率を可変としたことである。この遷移確率の変化には、為替レート(交易条件)の変化が影響を与えるようなモデルを設定した。固定した遷移確率のもとでは、経常収支が比較的安定していた過去から、赤字幅が急速に拡大した90年代末以降の状況までを、同一のモデルでとらえ、一体的に評価することが難しくなるためである。さらに、推計が不安定になりがちな最尤法に代わり、マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法によりモデルのパラメータを一体推計した。
 以上の分析フレームをもとに、1960年代から最新時点までのデータを使い、安定した推計結果を得ることができた。米国の対外純債務の維持可能(定常)確率は、経常赤字が急速に拡大した90年代末に50%を下回る水準まで低下したものの、その後は上昇し、2006年以降は十分に維持可能な状況にあるという結果が示された。赤字幅自体は縮小局面に入ったばかりで、過去と比べてまだ大きいが、現状および先行きの収支動向に影響を与えるドルレートが05年以降、比較的大きな減価局面に入っている。これが維持可能確率を上昇させる方向に遷移確率を変化させた。
 経常赤字幅だけから見ると低水準の維持可能確率が想定されるが、遷移確率の変更により、高水準の赤字が持続しているという現状と整合的な分析結果が得られたことになる。
 分析対象期間全体として定常か否かを判定する通常の単位根検定は局所的な収支の改善や悪化を個別に評価できず、分析結果の現実適応性という点で問題が多い。一方、局所的な定常・非定常確率を計算できるMarkov Switching Unit Root テストは、本稿のテーマである対外収支だけでなく財政収支などにも応用でき有用な分析手法だが、頑健な結果を得にくいという難点があった。遷移確率を可変とするモデルをMCMCで解くことにより、Markov Switching Unit Root テストの実用性が高まる可能性がある。