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金融研究

日銀のYCC修正、中小企業や地域金融機関への影響大

―金融政策、国債管理・財政政策とのバランスが課題に―

主査:左三川(笛田) 郁子
  金融研究室長兼主任研究員

2023/07/28

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  1. 日本銀行は28日の金融政策決定会合で長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の修正を決めた。長期金利の許容変動幅を「±0.5%程度」に据え置いたが、目標から「目途」に変更した。10年物国債を無制限に買い入れる連続指し値オペの利回りを0.5%から1%に引き上げる。これにより、長期金利の事実上の上限は1%となる。植田和男総裁は会見で、長期金利の形成を市場に委ねるのかとの問いに対し「基本的にはイエス」と述べた。
  2. YCC修正の背景には、10年物長期金利が0.5%の上限に迫っていたという足元の市場動向に加えて、日銀が同日公表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で2023年度の消費者物価指数の前年比上昇率の見通しを大幅に引き上げたことがある。生鮮食品を除くCPIコアは前回見通し(4月時点の1.8%)から2.5%に、生鮮食品とエネルギーを除くCPIコアコアは(2.5%から)3.2%に上方修正した。日銀は、長期金利が0.5%を一定程度上回る状況を容認することで、国債市場に生じていた「ゆがみ」を和らげるとともに、連続指し値オペの下で昨年以降急増していた国債買い入れのペースを減速させるとみられる(図表参照)。
  3. 日本経済研究センターの金融研究班では昨年末以降、長期金利が1%に上昇した場合の各経済主体への影響について実証的な分析を続けてきた。企業部門では、長期金利の上昇に伴う利払いコストの増加から年間の経常利益を2~3%程度、設備投資を6~9%程度押し下げる可能性がある。長期間にわたる低金利環境で借り入れを増やした企業や、コロナ禍でゼロゼロ融資を利用していた企業にとって、追加融資(折り返し融資)を受ける場合は利払い負担が増加する。一般的に中小企業では、返済負担軽減のため折り返し融資を受けるケースも多いことから、長期金利の上昇は特に、中小企業の利払いコストを増加させると考えられる。
  4. 7月は、民間金融機関がコロナ禍で中小企業向けに実施した「ゼロゼロ融資」のうち約5万件が返済開始時期のピークを迎える。返済が困難な企業は、信用保証協会の100%保証が付いた融資であれば、新たな借り換え保証制度(コロナ借り換え保証)を利用することで100%保証の借り換えが申し込み可能となる。しかし、YCCの修正を受けて長期金利が上昇すると、借り換え金利が上昇する可能性もある(借り換え融資では、最長5年まで元本の返済が据え置かれる)。
  5. 家計部門への影響については、10年固定の住宅ローン金利が実質ベースで1%上がると、住宅投資は最大4.8%減少するという分析結果が得られている。長期金利が上がると、10年より期間の短い金利も連動して上昇すると考えられる。変動金利(名目の短期金利)が1%上がると、住宅ローンの繰り上げ返済確率は25%ポイント上昇する。ただし、28日の決定はYCCの修正のみで、短期の政策金利はマイナス0.1%に据え置かれたままであった。仮に短期金利が引き上げられた場合でも、金融機関による返済額の激変緩和措置などにより、金利上昇直後は返済額が急増しないとみられる。
  6. 足元のインフレ期待は上昇しており、YCC修正で名目長期金利が1%に上昇しても実質ベースの長期金利はむしろ低下している可能性がある。だが、日銀は2024年度のコアCPIの見通しを前回の2.0%から1.9%に下方修正した(25年度見通しは1.6%で変わらず)。実質金利の低下余地にも限度がありそうだ。
  7. 今回、YCC修正の影響を大きく受けそうなのが地域金融機関である。これまでの長引く超低金利環境で、より高い利回りを求めて債券や貸し出しの平均期間を長期化していたからである。各行の金利リスク量(IRRBB ; Interest Rate Risk in the Banking Book)を同一の基準で比較すると、イールドカーブがスティープ化する、すなわちより右肩上がりになることで、地方銀行や第二地方銀行が持つ有価証券の価値が下がり、自己資本を棄損する恐れがある。金融システム安定維持の観点から引き続き、流動性を大量に供給する必要が生じるケースも考えられる(ファイナンシャル・ドミナンス)。
  8. 28日の決定は短期の政策金利を引き上げる金融正常化、いわゆる「出口」には当たらない。日銀は短期金利をマイナス0.1%に据え置いており、新規に買い入れる長期国債の表面金利が上昇すれば、ネットの金利収入(シニョレッジ)の増加につながる。このため、他の条件が変わらなければ日銀の財務内容は改善する。日銀が国から受け取る国債利息は、国庫納付金として政府に還流するため、政府と日銀の統合政府ベースで考えると、影響は中立的であるが、問題は将来の出口で日銀に発生する損失が新たな財政コストとなる点に加えて、国債の主な保有者が日銀から民間(金融機関)に戻る点である。今回のYCC修正は、長期金利上昇局面における国債の安定消化についても考える必要が出てきたことを意味する 。長期金利の事実上の上限が引き上げられたことで、(金利が高騰しない限り)日銀の指し値オペによる国債買い入れは減少すると考えられるため、日銀と政府はこれまで以上に、金融政策と国債管理政策との足並みを揃える必要がある。
  9. また、基礎的財政赤字と政府債務残高に基づき分析したMianら(2022)の手法を用いて試算すると、日本の財政の持続可能性はYCC解除の有無に関わりなく、厳しい状態にあることが実証的にも確かめられている。今回のYCC修正は、財政の持続可能性を意識しながらの金融政策運営が求められることも示唆している(フィスカル・ドミナンス)。

【日銀の長期国債の買い入れ、減少傾向に戻るか】

(資料)日本銀行