深尾光洋の金融経済を読み解く
2011年7月20日 BIS規制の歴史と評価(その2)
BIS1次規制の副作用
BIS1次規制は、金融機関に対しリスクの管理と、資産内容のリスクに応じた自己資本保有の重要性を強く認識させる上で重要な役割を果たしたが、同時に国際資金市場に対して、次のような副次的な影響を与えた。第1に、BIS自己資本比率は、為替レート、資産価格の変動によりかなり変動する。特に邦銀の場合には、BIS規制が日本のバブル末期に導入されたこともあり、1990年以降の日本の株価の大幅な下落により自己資本が減少し、銀行貸出を抑制する効果をもたらした。第2に、各取引先のBISリスクウエイトの違いが、銀行による与信活動に影響を与えた。リスクウエイトの違いは、必ずしも実際の信用リスクの違いに対応していないため、銀行行動を歪める効果を持った。
BIS規制の詳細が銀行に理解されるに従って、BIS規制を直接・間接に迂回する取引が生じてきた。これらの取引の一部は、現実に銀行の与信リスクを低下させたが、多くの取引は見かけ上のリスクアセットを低下させるだけで、実際の信用リスクの低下にはつながらないものであった。これらの迂回的な取引としては、決算期末時点だけ貸出先に対して他の銀行から信用保証を受けることによる見かけ上の信用リスク引き下げや、期末1日だけ株式などの資産を売却して翌日買い戻すことによるリスクアセットの圧縮等がある。
国際銀行はBIS規制上の自己資本比率を維持することが、国際業務を継続・拡大する条件になっているため、格付けにおいてもこれが重視されるようになってきた。もちろん自己資本比率は、銀行の健全性を示す非常に重要な指標であるが、同時に真の健全性を示すものではなく、会計制度に基づいた抽象的な概念である。この意味で、人為的な指標が金融機関の格付けに大きな影響を与え、銀行の調達コストに歪みを与えている側面は否めない。
BIS規制の精緻化と劣化
90年代後半以降になると、バーゼル銀行監督委員会は、信用リスクの推計方法の精緻化に向かった。当初の規制では、一般企業向け信用はすべてリスクウエイトを100%と計算し、その8%の自己資本保有が義務付けられていた。しかし倒産確率の大きい中小企業向け貸し出しと、小さい優良企業向け貸し出しでは、貸し倒れリスクが異なるのは当然である。また、小口の貸し出しを多数の貸出先に行ってリスク分散を図っている金融機関と、少数の貸出先に多額の貸し出しを行っているためリスク分散ができていない金融機関では、抱える信用リスクの構造が大きく異なっている。こうした、貸出先の倒産確率や貸し出しポートフォリオの構成の違いをBIS規制に反映させるために、精緻な信用リスク分析モデルが開発された。
すなわち、信用リスクに対しても、格付け機関による信用格付けと前回のコラムで説明したVARの手法を組み合わせたリスク量の推定方式を導入した。2004年に発表されたBIS2次規制では、格付けと過去数年程度の貸し倒れデータから信用リスクを推定する統計的にきわめて精緻な手法が採用された。市場リスクに加え、非常に複雑な信用リスクの規定、さらに金融検査や情報開示に関する章を加えた結果、BIS2次規制の文書は、実に239ページという膨大なものとなり、BIS1次規制の8倍に増加した。
BIS規制の仕組みを全体として見ると、2次規制によりリスクを測定する自己資本比率の分母の計算方式は非常に精緻化された。この半面、分子を規定する自己資本の定義はほとんど改訂されず、自己資本の内容は徐々に劣化していた。当初のBIS1次規制では、コア自己資本は払い込み済みの株主資本と内部留保の合計とされていたが、その後は実質的な劣後債務による借り入れもコア自己資本の一部として認められるようになっていた。この結果、97-02年にかけての金融危機で自己資本が大幅に低下した日本の銀行でも、巨額の繰り延べ税金資産の計上や資本性のない劣後債務を親密な生保などの投資家に発行することにより、BIS規制を満足する資本を表面上維持することが可能であった。
BIS2次規制の問題点
BIS2次規制では、必要自己資本の計算方式として、信用格付けと比較的短期間のデータに基づく倒産確率を導入した結果、必要自己資本額は、景気循環に対して非常に敏感になってしまった。景気循環の期間は、一般に倒産確率を計算するデータ期間よりも長いことが多い。また、信用格付けも、景気循環に対応して循環的な変動をしている。この結果、好況期には貸出先企業の信用格付けが引き上げられ、また貸し倒れが減少して必要自己資本が低下する一方で、不況期には格下げと貸し倒れが増加して、必要自己資本が大幅に増加することになる。この問題点については、バーゼル委員会の事務局をつとめるBISの事務局が指摘していたが、2次規制の実施においては十分な対応がなされなかった。
このように一見精緻な自己資本比率に関する2次規制が導入されていたが、08年9月のリーマン・ブラザーズ証券と保険会社であるAIGの破綻で始まった世界金融危機には、米国を初めとする多くの国で導入直前か、日本の場合は導入直後で部分的な実施であった。もちろん世界金融危機のきっかけとなったのは、BIS規制が直接適用される銀行ではなく、証券会社、保険会社であったが、欧米諸国の大手国際銀行の経営を大幅に悪化させ、大手の証券会社、銀行、企業の資金繰りも極端に悪化した。
また、債券市場、特にサブプライムの不動産融資を証券化した仕組み債市場が麻痺状態に陥り、発行時に最上級格付けAAAを得ていた住宅ローンの流動化債券の価格が、半値以下に低下する場合が多く見られ、BBBレベルの流動化債券の場合には元本の5%以下にまで低下するものも多かった。格付け機関による格付けがBIS規制に組み込まれて半ば公的な情報となった結果、高格付けの資産であれば内容を精査せずに投資する傾向が助長されたことも、不動産証券化市場の劣化につながったと考えられる。
(日本経済研究センター 研究顧問)
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