第18回 多宗教国家インドの今―内政やビジネスのカギを握る(11年10月25日)
人口12億1000万人を抱えるインドは、世界でも類を見ない多宗教国家である。インドで独自の発展を遂げたヒンドゥー教徒が多数派を占めてはいるが、日本の人口を上回る1億6000万人ものイスラム教徒をはじめ、「ターバン」や「ひげ」がステレオタイプなインド人の特徴となっているシーク教徒、フランシスコ・ザビエル以来の信徒もいるキリスト教徒、仏教発祥の地インドにありながら少数派である仏教徒など、非常に多彩だ(図表1、2)。
※ 図表1「インドの宗教別人口比率(%)」、図表2「インドの主要宗教の特徴」は会員限定PDFをご覧ください。
牛肉を食べないヒンドゥー教徒や豚肉や酒を忌避するイスラム教徒の存在で、外食産業や食品メーカーは、宗教に配慮したマーケティングや品ぞろえを企画しなければならないが、そこには新たなビジネスチャンスもある。また、ヒンドゥー・イスラムの宗教対立も散発的に発生し、しばしば政治的に利用されるなど、内政を左右する要因としても要注意だ。インド自体は憲法でも宣言している世俗主義国家だが、インドでビジネスを展開するには、各宗教の最新動向にも気を配る必要があるのは言うまでもない。
信者9億人超のヒンドゥー教
日本のメディアではもっぱら「ヒンズー教」と慣用的に表記される。インドの主要言語の場合は「ヒンディー語」が正しい。紀元前2〜3世紀ごろ欧州から北部インドに進出したアーリア人が編纂したヴェーダ聖典がいわゆるバラモン教の基礎となり、これが土着宗教を取り込んで発展したのがヒンドゥー教とされ、信徒はインド国民の約80%、9億人を大きく超える。
バラモン(ブラーミン、司祭)―クシャトリア(貴族・武士階級)―バイシャ(平民)―シュードラ(隷属階級)というヴァルナ(四姓)と、最下層の不可触民(ダリット)からなる身分制度をもつ「カースト制」が有名だが、実際には数千もの職業集団(ジャーティー)に分かれており、名字を見れば先祖の職業と出身地がわかる場合もある。
都市部や企業、高等教育の現場ではこのカースト差別はほとんど顕在化していないし、高学歴の若者は最初からカーストを気にせず結婚相手を決めることが多いが、農村や地方ではいまだにカーストに基づいた差別や慣習が残っている場合もある。
インド政府は、国立大学定員のほぼ半数を被差別カースト向け優先枠とするなど様々な留保制度を設けているが、逆差別につながるケースもあり、しばしば社会問題となる。
ヒンドゥー教の特徴は「究極の多神教」で、さらにそれぞれの神に「化身」が存在する。たとえば三位一体を体現するブラフマー(創造の神)、ヴィシュヌ(維持の神)、シヴァ(破壊の神)の三大神のうちヴィシュヌ神は、叙事詩「ラーマーヤーナ」に登場するラーマ王子や「マハーバーラタ」で活躍する英雄クリシュナなどさまざまな「化身」を持ち、釈迦もヴィシュヌ神の化身のひとつとみなされている。また、シヴァ神の妃であるパールヴァティーも、悪魔と戦うドゥルガーや「憤怒相」であるカーリーなどいくつもの化身がある。
このほか、シヴァ神の子息で象の頭を持つ知恵と富の神ガネーシャはインドでもっとも人気のある神様。「ラーマーヤーナ」に登場する猿の姿をしたハヌマーンは「孫悟空」の原型といわれ、ガネーシャとともに子供向けの人気アニメ映画にもなっている。
ヒンドゥー教の神と仏教の守護神・諸仏との関係も興味深い。たとえば、シヴァ神の化身の一つであるマハーカーラは直訳(マハー=大きい、カーラ=黒)通り、仏教における大黒天と同一とされ、ブラフマー神の妃サラスバティは同様に弁財天(弁天様)のことであり、インドの絵画では川の流れをバックに弦楽器を持った姿で描かれる。このほかにもヴィシュヌ神の妃ラクシュミー=吉祥天、インドラ(雷神)=帝釈天、ガネーシャ=歓喜天(聖天)という同一性がある。
国内には様々なヒンドゥー教団体が存在し、前政権党のインド人民党(BJP)ももともとは有力ヒンドゥー教団体の政治部門として創設された経緯がある。商都ムンバイを拠点とするヒンドゥー至上主義政党「シブ・セナ」は、反ヒンドゥー的とされる映画を上映した映画館やバレンタインデー・ショップを襲撃するなど過激な行動で知られている。また、BJPなどヒンドゥー系政党の内部には、政治的意図をもってイスラム教との宗教対立を扇動する勢力もいて、しばしば事件を引き起こす。
近年はBJPの退潮や有権者の穏健化とともに、国民の関心が経済発展や所得増に移ったこともあり、宗教対立はおおむね下火になっている。
【写真1:インド各地から信者が集まるヒンドゥー教の聖地ヴァラナシー(北部ウッタルプラデシュ州)】
静かなるイスラム教徒
インドには紀元8世紀ごろ、アラブ商人が海上ルートでイスラム教を伝え、イスラム王朝であるムガール帝国の発展とともにさらに拡大した。1947年、英領インド内のイスラム教徒が建国したパキスタンとの分離独立後も、カシミール地方やアッサム州、グジャラート州やハイデラバードなどイスラム藩王国があった都市などに多数のイスラム教徒が残り、現在その数は総人口の14%弱、約1億6000万人に達する。ヒンドゥー教徒に比べて進学・雇用機会や所得水準などの点で明らかな格差があり、議論を呼んでいるが、その割にはインドのイスラム教徒は概して穏健で、中東や東南アジアのように強大な政治勢力を形成したり過激派が台頭するようなことは今のところほとんどない。この背景には、民主主義による言論の自由の保障や社会福祉など、最低限のセーフティーネットがあるからだといわれている。
内外金融機関では膨大なイスラム人口に着目した「イスラミック・バンキング(酒造会社や豚肉を扱う会社などには投資せず、出資者には利子ではなく利益配分を提供するなど、イスラムの戒律に合致した金融機関)」事業の展開を検討する動きも出てきた。
【写真2:インドには敬虔なイスラム教徒も多い(南部アンドラプラデシュ州ハイデラバードのモスク)】
身だしなみに5つの「K」〜シーク教
16世紀初頭、現パキスタンのラホール近郊でヒンドゥー教徒だったグル(教祖)ナーナクが創始した宗教。シークとはグルに対する弟子を意味するパンジャビー語。ヒンドゥー教の教えに、イスラム教の特徴である「平等」「相互扶助」の精神を導入し、独自の発展を遂げた。信徒はヒンドゥーやイスラムと違って食事のタブーがないため体格に恵まれ、職業的制限も緩く比較的教育水準も高いことから、官吏や警察官・軍人、運転手、機械工などとして活躍。一部は積極的に英国や東南アジアなどに進出したため「ターバンを巻いたシーク教徒=インド人」というイメージが世界的に定着した。インドの総人口の2%強、約2400万人のコミュニティーだが、信徒は現首相のマンモハン・シン氏をはじめとしてインドの各界で活躍している。
男性は「シン」(獅子)、女性は「カウル」を名前に付けるのが原則で、主流派の男性は「刈らない髪とひげ」「くし」「丈の長い下着」「鉄の腕輪」「短剣」という、いずれもパンジャビー語の発音で頭文字に「K」がつく5つのアイテムを身につけるのが決まりだ。
総本山はパンジャブ州アムリツァルにある黄金寺院で、池に浮かぶ本堂は実際に700キロもの純金を使用しているとされ、内部には信仰の象徴である聖典「グラント・サヒーブ」が安置されている。
【写真3:シーク教の総本山・黄金寺院(北西部パンジャブ州アムリツァル)】
ザビエルも説いた〜キリスト教
インドのキリスト教人口は約3000万人。モンゴロイド住民が多いナガランド、マニプールなどの東部州では、かつて米国人宣教師が積極的な布教活動を展開したこともあって、キリスト教住民が多数派を占める。16世紀にインドで布教した聖フランシスコ・ザビエルの直系とされる信徒らもいるが、カースト差別から逃れるために改宗した元ヒンドゥー教徒も少なくない。過去には、キリスト教団体と改宗を阻止しようとするヒンドゥー教徒側との摩擦が流血の事態に発展することもあった。
発祥の地では少数派〜仏教
インドは仏教発祥・発展の地で、国内には仏陀が悟りを開いたブッダガヤ、初めての説法(初転法輪)を行ったサルナートやブッダ入滅の地クシナガルなど、多くの聖地があり、日本人にもなじみ深い。このほか、西部マハラシュトラ州には壮麗な壁画・彫刻を伴う石窟寺院群があるアジャンターやエローラなどの遺跡もあり、有力な観光資源となっている。また、ブッダガヤなど各地には仏教寺院群や信仰団体の拠点などがあり、日本人僧侶も熱心に活動している。
インドにおける仏教は、ヒンドゥー教の台頭やイスラム教の布教拡大によって圧迫されて衰退。信徒数は全人口の1%程度しかいないが、初代法相をつとめたアンベードカル博士らに率いられてヒンドゥー教の被差別カーストから集団改宗したいわゆる「新仏教徒」とその子孫も多い。
徹底した不殺生のジャイナ教
シーク教とともに、インド独自の宗教として知られる。紀元前600年ごろ、仏陀とほぼ同年代の宗祖マハーヴィーラによって創始された。マウリヤ朝の保護を受けてマハラシュトラ州、グジャラート州、カルナタカ州などに広がり、輪廻、解脱カルマ(業)や苦行の実践、禁欲主義など、仏教との共通点も多い。信徒数は約500万人と少数派だが、マハトマ・ガンジーはじめインド人の精神文化に大きな影響を与えたとされる。
【写真4:ジャイナ教寺院(西部グジャラート州アーメダバード)】

教義の最大の特徴は徹底した不殺生(アヒンサー)で、菜食主義はもちろん、生命を持ち再生可能であるとして玉ネギなど球根野菜も食べない。また、出家者は空気中の小さな虫を吸い込まないよう常に小さな白いマスクを着用し、路上に座る場合は手にしたホウキで地面を掃き清める。この教義のため、ジャイナ教徒は農業に従事することができず、その多くが宝石商などのビジネスを手掛けており、比較的富裕な層が多い。
教団は、「無所有」を徹底し一切の衣服を着用しない「空衣派(裸行派)」と、白衣を着用し托鉢用の鉢を持つ「白衣派」に分かれている。今でもインド各地では、空衣派の出家者らが日中全裸で大通りを行進する姿を目にすることがあり、外国人を驚かせる。
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新興国の雄として高度経済成長を続けるインドには、日本のみならず世界各国の政府・企業から熱い視線が集まっています。その一方で日本における正しいインド情報は必ずしも十分ではなく、メディアには今もステレオタイプのインド観や偏見、あるいは無責任な称賛などがあふれています。
本連載では、こうした現状を踏まえ、最新のニュース解説をベースに、インドの政治、経済、産業、そして社会の実像や深層をタイムリーにかつ分かりやすくお伝えしたいと思っています。※隔週掲載予定
(主任研究員 山田剛)