世界インフレ収束後の金融政策
2024/11/08
世界インフレがようやく収束に向かいつつある。2020年のコロナ危機、22年のウクライナ戦争と、大きな供給・需要面のショックが世界を襲ったことでインフレが加速し、日本を除く先進国中央銀行は急速かつ大幅に政策金利を引き上げた。当初は一時的とみられていた世界インフレだが、コロナ危機以降の拡大的な財政支出、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘もあり、想定よりも長引くことになった。
英国・ユーロ圏の9月の消費者物価上昇率は前年同月比1.7%で、目標インフレ率2%を下回った。長年自国通貨高とデフレリスクに悩むスイスは1%を割つている。英国・ユーロ圏は2.5%程度の中立金利(経済を刺激することも冷やすこともない名目の金利)に向け、政策金利引き下げを加速するだろう。
複雑なのは米国だ。米連邦準備理事会(FRB)は9月に政策金利を0.5%引き下げ、4.75~5%とした。中立金利は2.9%とみているが、未曽有の財政拡大とバイデン政権下の移民急増もあって、中立金利は4%へ上昇したとみる識者も多い。仮に中立金利が4%であれば、引き下げ余地はあと3回(0.75%)ということになる。
米国はハリス、トランプいずれの政権であっても、財政赤字拡大が予測されている。現在の政府債務残高は国内総生産(GDP)比で100%程度だが、10年後には133%ないし142%に拡大するとの予測もある。財政の中長期的な維持可能性に疑問符が付くことになれば、安全資産としての米国国債のプレミアムは剥落し、政策金利引き下げにもかかわらず長期金利は上昇することになる。
実際、米国の長期金利は、政策金利の引き下げがあっても3%台後半から4%へ上昇した。成長力の強さに加え、量的引き締め(QT)政策の継続は、長期金利を中長期的に押し上げ、ドル高傾向を根強いものにしよう。
翻って日本はどうか。生鮮食品を除く消費者物価指数(CPIコア)上昇率は、9月の全国が前年同月比2.4%、10月の東京都区部は同1.8%だった。食料・エネルギーを除くとそれぞれ1.7%、1.1%で、欧米諸国を下回る。金融政策が実体経済に及ぼす効果には遅れがあり、1年から2年先の物価動向を予測した政策決定が通常の金融政策運営の姿である。26年1~3月期のCPIコア上昇率の民間予測(ESPフォーキャスト)は 1.6%だ。
日銀は、中立金利算定には不確実性があり、物価安定目標の2%が実現して初めて中立金利が判明すると説明している。しかし、現実の経済は既に目標に接近している。
家計や企業のインフレ期待のほか、専門家の各種サーベイを統合した日銀の合成インフレ期待指標は過去10年間、1%から1.5%で推移している。この間、長期実質金利はマイナス1%程度だった。自然利子率が長期実質金利のトレンド値で示されるとすれば、マイナス1%となる。これにインフレ期待を加えた中立金利は0~0.5%となり、日銀の金利引き上げ余地は極めて限定的となろう。
(2024/11/1付 日本経済新聞朝刊掲載)
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