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清水泰雅のレッドホット東南アジア (第2回)

東南アジアが変える世界のコーヒー

タイ発の「第四の波」の可能性

清水 泰雅
  アジア交流事業室長兼主任研究員

2025/05/08

 東南アジアでコーヒー産業が大きく変わりつつある。生産地としてコーヒー豆の品質が大幅に向上したほか、生産地から消費地へという役割の変化もあった。さらには新しい「コーヒーの波」も東南アジアから生まれる可能性がある。

コーヒー豆の品質向上、産地も拡大

 もともと東南アジアは南米と並ぶコーヒー豆の一大産地。2023年の世界の国別コーヒー豆生産ランキングをみると、トップのブラジルに続く2位がベトナム、3位がインドネシアと東南アジア勢が続く。ほかにもラオスが14位に食い込む。ただし、豆の品質という点では劣ると言われ続けてきた。例えば、世界2位のベトナムが生産するのはほとんどロブスタ種というコーヒー豆。主にインスタントコーヒーなどや缶コーヒーに使われる、苦みが強くカフェインが多いコーヒー豆だ。現地での飲み方も伝統的に甘すぎるほど甘くして飲むことが多かった。価格面では香りが豊かな高級種アラビカ種に比べ、3割は安い。一方で、海抜1000メートル以上の高地で寒暖差がないと栽培できないアラビカ種に対し、ロブスタ種は暑さや病気に強く、低地でも栽培できるという特徴があるため、ベトナムをはじめとする東南アジアでは栽培しやすいという利点があった。

 それが、東南アジア各地でアラビカ種の栽培が始まった。かつて東南アジアの山岳地帯ではケシの花の栽培が盛んだった。ミャンマー、ラオス、タイにまたがる「黄金の三角地帯」は麻薬地帯として知られていた。だが、国連や各国政府の努力でケシの花をはじめとする麻薬の原料の栽培が沈静化。代わってコーヒーが栽培されるようになった。特に高地で、日当たりが良く、温度差の激しい気候などアラビカ種の栽培に適する条件は、ケシの花の栽培条件と重なり、ケシの花が良く咲く場所は、コーヒー栽培にも適しているといわれるようになった。かつての黄金の三角地帯のほか、タイのチェンマイ近郊の山岳部、ラオス北部の山岳地帯でもアラビカ種の生産が始まっている。加えて大きいのはロブスタ種でも高級種「ファインロブスタ」が登場し、ベトナムで栽培が始まったことだ。ファインロブスタはうまく育てれば、花の香りを含む独特のフレーバーを持つ。こうした高級なロブスタ種はアラビカ種よりも高く売れるという。ベトナムにおける持続可能なコーヒー生産のパイオニアといわれる「VCA(ベトナム・コーヒー・アカデミー)」が先頭に立って、ファインロブスタの生産に取り組む。生産地として量しかこだわらない姿勢が、質の追求に変わってきた。

消費地へ移行、地元のコーヒーチェーンが躍進

 二つ目の変化は生産地から消費地への移行だ。これまで東南アジアは生産するだけで、消費は欧米などの先進国という形が定着していた。だが、2000年代に入り、米スターバックスなどのコーヒーチェーンの台頭と、東南アジアの経済成長が重なり、消費が急拡大した。特に東南アジアでは「グラブ&ゴー」といわれる店舗からの持ち帰りやアプリで注文して自宅やオフィスに配達してもらうサービスが活発だ。そうした需要を取り込んだ地元のコーヒーチェーンが急増。タイを中心としたカフェ・アマゾンが3900店以上の店舗を持つほか、各国で地元のチェーンが店舗を増やし、市場をけん引している。一方で高級店も登場している。2022年に日本人の元川将仁さんがラオス北部の世界遺産の街、ルアンパバーンに開店したのは、コーヒー豆の産地などの情報を明示した、ラオスではじめてのスペシャルティコーヒーの専門店「ルララオコーヒー」。ルララオとはラオス語で「ぜいたくなラオス」という意味だ。元川さんはラオスにコーヒー農園を持ち、自分でコーヒー豆の栽培も収穫もする。厳選したコーヒー豆を自ら焙煎し、店で提供している。SNSなどで「ラオスで一番のコーヒーではないか」と評判になり、繁忙期には観光客などが開店前から店の前に並ぶ人気のコーヒー店になった。

 シンガポールに本社を置くモメンタムワークス社の調査によると、東南アジアのコーヒー市場はインドネシアが最大で、年間売上高は9億4,700万ドル(約1350億円)。タイが8億700万ドル、ベトナムが5億7200万米ドル、フィリピンが4億4500万ドル、マレーシアが3億6400万ドル、シンガポールが2億8400万ドルと続く。調査会社ユーロモニターによると、2023年の東南アジアの一人当たりコーヒー消費額は世界平均のほぼ半分だが、2028年まで年率7%の増加が予測されており、これからかなり成長する可能性がある。

機能性コーヒーが新しい波になるか

 三つ目の変化は東南アジア発の新しいコーヒーの波の可能性だ。コーヒー業界ではインスタントコーヒーによりコーヒーの普及が一気に進んだ動きを「第一の波」、スターバックスに代表されるエスプレッソベースのラテなどが広まったのを「第二の波」、ワインのように豆の産地、品種、焙煎、淹れ方などにこだわるスペシャルティコーヒーの人気を「第三の波」と呼ぶ。次の「第四の波」になると期待されているのが機能性コーヒーだ。機能性コーヒーとは新しい成分を加えたコーヒーのことでビタミンや亜鉛などが一般的。だが、タイのスタートアップである「バース2022」はヒトの免疫を活性化して強化する本格的な機能性コーヒーの開発に取り組んでいる。具体的には乳酸菌と酵母(イースト菌)を使って、コーヒー豆を発酵させ、贅沢な風味を生み出すとともに、健康に役立つ成分を増やす。ポリフェノールの一種であるクロロゲン酸は3倍、トリゴネリンという血管機能の改善と認知症の改善に役立つ成分も3倍になったほか、骨を壊す細胞の細胞分化を阻害する成分なども持つ。一方で発がん性があるアクリルアミドは40%も減らすことに成功した。こうした効果を生み出すため、200の菌の候補の中から、トライ&エラーの末、10の菌を選んだという。飲みすぎると体に悪いといわれてきたコーヒーが体にいいものになるわけだ。

 創業者兼最高技術責任者(CTO)であるジョムクワン・ミーラックさんはタイのチェンマイ大学で菌類を含む応用微生物学の研究をしていた。「コーヒーに新たな成分を加えただけの機能性コーヒーは多いが、豆から改質した本物の機能性コーヒーは世界でもあまり例がない」とジョムクワンさんは胸を張る。これから臨床試験(クリニカル・トライアル)を実施し、効果を実証し、免疫強化の機能性コーヒーとして食品医薬品局(FDA)などに登録できれば、本格的な機能性コーヒーとして世界に売り出せる。そうなれば健康志向にも合致した機能性コーヒーが世界的なブームとなり、「第四の波」として知られるようになる日も近いかもしれない。

 世界のコーヒー産業はいろんな面で大きな過渡期の真っただ中にあり、生産も消費も流行も変化している。その震源地となり、大きな流れを作り、新しい一ページを開くのが東南アジアになる可能性がある。世界のコーヒーの未来は東南アジアにある。

 東南アジアは多様な文化を持ち、いろいろな問題を抱えながらも、大きな潜在成長力を持つ魅力的な地域です。7億人近い人口を抱え、2025年の経済成長率予測は全体平均4.7%と、日本はもちろん中国をも上回ります。米中対立が激化した余波で、中国に代わる「世界の工場」の役割も期待されるようになりました。一方で、少子高齢化が進み、高い経済成長も期待できない日本は、市場も製造拠点も海外に求めざるを得ません。そう考えると、東南アジアはたいへん有望な地域です。しかも、日本が持つ高い技術や資本力は大気汚染や交通渋滞、さらには貧富の格差など東南アジアが直面する問題の解決に役立ちます。日本と東南アジアはお互いの良さを生かす最良のパートナーになり得るのです。本連載では、こうした認識のもと、何かと「熱い」東南アジアの政治、経済、産業、そして社会の実像や深層をタイムリーにかつ分かりやすくお伝えしたいと思っています。

 (主任研究員 清水泰雅)

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