経常収支数値目標とプラザ合意II
2010/10/25
米国は、10月22-23日の財務大臣・中央銀行総裁G20会合で経常収支黒字国に数値目標を置く提案を行った。幸い、この提案は採択されなかったが、経常収支不均衡是正に関するガイドラインを策定することになった。
会合に先立つ10月6日、ガイトナー財務長官は、ブルッキングス研究所で講演を行った。「強く、維持可能な、バランスのとれた成長」を確保するためには、米国は、貯蓄率を高めるように努める一方で、中国、日本、ドイツなど経常収支黒字国は、改革を通じて内需を拡大すべきだとのべた(リバランシング)。
また、日本の介入政策が、「通貨増価回避競争」(トルーマンピーターセン国際経済研究所研究員)を呼び起こし、危険なダイナミックスを生み出すことにならないかというフロアからの質問に対して、ガイトナー氏は、これを否定し、むしろ、為替レートが明らかに低く評価されている新興国(とりわけ中国)が柔軟な為替レート制度を採用することが重要であることを強調した。
ガイトナー氏は、G20の場をかりて中国の人民元を巡る多角的な為替レート調整を実現すること(プラザ合意II)を目指しているようにみえる。1985年の円-ドルレートを中心にした多角的な通貨調整(プラザ合意I)の過程においても、米国は日本に対して経常収支黒字数値目標を提案したことがある。
ガイトナー氏は、IMF創設以来、60年もかけたが、経常収支黒字国に適切な是正措置を採用させるルールを確立することができなかったと嘆いている。しかし、IMF創設時に、米国は、貿易黒字国であり、経常収支黒字国に是正策を迫るケインズ提案に消極的であったことは、歴史の皮肉である。
ケインズは、「国際清算同盟」を設立し、経常収支黒字国に為替レートの切り上げなど黒字是正策を勧告すること、また、新たな国際通貨バンコールで決済を行うが、その際、資金の貸し手である経常収支黒字国の保有する債権には、借り手と同じ金利を払うべきであると規定した。この結果、黒字国の外貨準備には、マイナスの金利が付されることになる。
ケインズの提案に対して米国は、ホワイト「安定基金」案の稀少通貨条項で対抗した。稀少通貨条項は、基金が稀少となる通貨を必要に応じて割り当てるというものであった。実際には、この条項は、発動されなかったが、米国は、戦後の欧州、日本などへの復興援助の形でドル資金を提供した。
ジョン・ウイリアムソン(ピーターセン国際経済研究所)は、このケインズの案を見習い、外国の通貨当局による米国の国債保有に対して源泉徴収税を課すことを提案している。ダニエル・グロス(欧州政策研究センター所長)も、米国は、中国の米国債購入を禁止する「資本収支規制措置」を提案している。
ピーターセン国際経済研究所長のフレッド・バーグステンは、さらに進んで、日本などの介入政策や中国の低い水準での為替レート維持に対して、ドル売り介入で対抗するか、または、中国の国債を購入するといった対抗措置をとるべきであると論じている。「砲火には砲火で対抗する」措置は、通貨戦争を引き起こすであろう。
ただし、中国に対する対抗措置の実効性は疑問である。中国の資本収支は厳しい規制の下にあるので、先物市場での介入を実施する必要がある。加えて、中国の国債を米政府が購入することはできないので、香港で人民元建ての債券を購入せざるを得ない。しかし、中国は毎日平均して10億ドル介入しており、中国に対抗できる程の規模の債券が利用可能であるか疑わしい。
米議会では、中国の為替レートについて、過小評価された国からの輸出は、輸出補助金つきの輸出であるとして相殺関税を課すべきであるとするレビン法案を可決している。かりに上院でもレビン法案が可決されるようなことがあれば、米中間の貿易戦争に火をつけることになろう。
変動レート制度の下にある国が、為替レートの過度の変動を回避するために実施する介入が是認されることについては、日本の介入も含めて、今回の会合でも再確認された。しかし、IMFのガイドラインでは、介入に際して、「相手国を含む他の国の利害を考慮する」とされている。中国による日本の国債購入(その後、理由不明のまま売却したが)と同様に、余程の円高でない限り、介入に制約が加わったとみることができよう。
対外バランスの調整は決して容易ではない。各国の貯蓄・投資バランスの調整には時間がかかり、調整速度も国によって異なるからである。数値目標をおいて、無理に調整しようとすると、通貨戦争や貿易戦争に引き金を引き、米国はドルへの国際的な信頼を損ね、「自らの足を撃つ」ことになりかねない。
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