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岩田一政の万理一空

ウォンレートとレバレッジ比率規制

 

2010/12/15

 2007年以来の円高局面において、韓国のウォンレート安は、貿易面でドルの対円レート安よりももっと深刻であるとの声が日本企業から上がっている。長い目で観察してみると、韓国のウォンの名目実効為替レートは、1970年第1四半期を100とすると、10年に16と約6分の1に減価した。貿易相手国とのインフレ率を調整した実質実効為替レートは、60と4割減価している(図1)。

 これに対して、日本の円の名目実効為替レートは、70年第1四半期を100とすると10年には400と4倍になり、実質実効為替レートは、2倍になった。アジアにおける、円レートのトレンドとしての上昇とその変動幅の大きさは、際立っている。海外生産やアジア新興国の台頭による影響もあるであろうが、世界輸出に占める日本の割合が93年の10%から10年には5%まで減少しているのも当然ともいえる(図2)。

 私は、12月初めにソウルで開催されたアジアの金融発展に関するコンファランスに参加した。通貨危機に遭遇した韓国が、何故か活用しなかった「チェンマイ・イニシアティブ」の在り方やアジア通貨の将来についての議論もあった。そこでは、「孤独に独歩高を続ける円にペッグできるアジアの国は、どこにもない」とアジアからの参加者の多くが述べていた。人民元に事実上ペッグする国が多くなるのではないかというのが、私の率直な印象であった。

 韓国は、97-98年と08-09年の2回通貨危機に見舞われた。この時、名目実効ウォンレートは、それぞれ直近のピークから8割、6割程度、急速かつ大幅に減価した。注目されるのは、97-98年の危機以降ウォンレートは、危機以前のピークを上回ることなく、安定的に推移したことである。この間に、通貨当局は、ウォンレートが増価しないよう注意深く介入を行い、外貨準備を大量に蓄えた。

 2回の通貨危機は、いずれも金融部門を中心に外国からの短期借り入れに頼り過ぎたことにその原因があった。97-98年時には、銀行部門が、財閥系企業による過度の設備投資を外国からの短期借り入れでファイナンスした。この結果、「通貨のミスマッチ」が拡大し過ぎたことに問題があった。

 08-09年時には、造船業など輸出企業が、発展目覚しい先物市場で期間の長い為替リスクをヘッジしようとした。これに対して外国銀行を含む金融部門が、ドル短期借り入れを行うことによって、輸出企業の大規模な為替リスクのヘッジを可能にした。「通貨のミスマッチ」というよりも、外貨通貨建ての「期間構造のミスマッチ」に問題があった。

 金融機関による過度の短期借り入れを抑制する政策手段として、「レバレッジ比率規制」(=リスク・ウエートを付けない銀行保有資産残高と自己資本の比率規制)がある。このレバレッジ規制が、国際的な金融規制としてどのような形で実施されるか、決まっていない。この規制を実施するに当たり、以下のような点に配慮する必要がある。

 第1に、80年代後半の日本において、レバレッジ比率は85年の150から90年の60まで、急速かつ大幅に低下した。この間に、自己資本比率(自己資本/リスク・ウエートした資産残高比率)が、大幅に上昇したことを意味している。バーゼルI規制が88年に決定され、93年3月末から実施されることになっていたので、日本の銀行は自己資本積み増しに動き、株価の上昇は自己資本比率を高めるように作用した。日本の経験を見る限り、「反景気循環的な自己資本比率」も「レバレッジ比率規制」も資産価格バブルを防止するには十分ではなかった。

 当時の日本では、銀行部門が直接市場から資金調達する手段は限定されていた。ところが、非金融企業に対して、コマーシャルペーパー(CP)の発行が、銀行よりも10年も早い87年に認可された。企業は、CPの発行によって市場から資金調達し、CPレートよりも高い金利の定期預金を保有することにより利ざやを稼ぐことが可能であった。銀行は、定期預金の拡大を背景に不動産業など土地を担保とする物件への融資を拡大した。このエピソードは、市場から短期借入を行う企業部門を迂回する銀行の負債増にも目を配る必要があることを意味している。日本の漸進的な金融自由化は、多くの歪みを伴っていたのである。後知恵になるが、98-99年のビッグバンを最初から実施すべきであった。

 第2に、レバレッジ比率規制は、すでにスイス、カナダ、アメリカなどでも実施されている。注目されるのは、カナダはアメリカの隣国でありながら、グローバルな金融危機とは無縁であった。その一つの理由は、アメリカの規制が、バランスシート上のレバレッジ比率に注目したのに対して、カナダの「レバレッジ比率規制」が、連結ベースでしかもオフバランスシートをカバーするものであったことである。レバレッジ比率規制を設計する場合、バランスシート上のレバレッジ比率のみに注目するのでは明らかに不十分である。信用保証といった将来のキャッシュフローに関連する取り引きから派生する「経済リスク」や先物市場や派生商品での取引に埋め込まれた「市場リスク」にも配慮すべきである。

 韓国の08-09年の通貨危機では、金融部門がこの「埋め込まれた市場リスク」を過度にとり過ぎたことに問題があった。韓国は、97-98年の危機に学んで、通貨危機を再び繰り返さないために外貨準備を大量に蓄えてきた。金融機関の過度なリスクテイクと短期借り入れによって、その努力も灰燼に帰したのである。