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小峰隆夫の経済随想 クールヘッドとウォームハートで考える日本経済 (第5回)

私が見てきた財政から考えること(下)専門家と一般国民の意識の差は大きい

小峰 隆夫
  理事・研究顧問

2025/03/31

 前回は、私が日本経済と財政を見てきた経験から感じたこととして、

①日本の経済政策は、時として「政策割り当て」を誤ることがある
②政治的には時として、財政の健全化を強く推し進めようとする総理が現れる
③財政再建のための歳出抑制をめぐっては、社会保障費の削減が高いハードルになる

という三つを指摘した。私が感じたことはまだある。

財政政策の波及効果をどう考えるか

 私が第4に感じたことは、経済対策の議論をしていると「公共投資や減税をすると税収も増え、財政赤字にはならない」という「とんでも論」が出ることがあるということだ。

 これは、財政政策の波及効果(または間接的効果)をどう考えるかという問題である。例えば、景気を良くするために公共投資を1兆円追加したとしよう。この公共投資は、需要の一項目だから、基本的には名目GDPも1兆円増える(厳密には輸入分が含まれているので、1兆円よりやや少なくなるが、割合としては小さいのでここでは無視する)。

 この需要として1兆円増えた分は、必ず誰かの所得となる。具体的には、公共事業を請け負った建設会社が1兆円を受け取り、材料を調達した企業への支払いや従業員への賃金の支払いなどに当てる。こうして結局のところ1兆円は企業の収益か従業員の所得となる。所得が増えれば、税収も増えるはずだ。ここまでが、公共投資の一時的効果(直接効果)である。

 さらに、収益が増えた企業はこれを新しい機械の購入などに使うかもしれないし、従業員は増えた所得で消費を増やすかもしれない。すると、設備投資や個人消費などの新たな需要が追加されるから、GDPはさらに増え、税収も増える。これが公共投資の波及効果(間接効果)である。このプロセスは何度も繰り返されることになる。これが無限に繰り返されていくと、ついには、税収の増加が1兆円を上回る時が来るかもしれない、と考える人が出てきても不思議ではない。

 この考えは誤りなのだが、直感的な説明としては、「もしそういうことになるのであれば、公共投資への支出を増やせば増やすほど、税収が増えて財政赤字は小さくなるはずだが、そんなうまい話があるはずがない」「税収に回るのは増えた所得の一部に過ぎないのだから、間接効果でよほど所得が大幅に増えない限り、当初の歳出増加以上に税収が増えることはあり得ない」と説明すれば十分であろう。

 更に厳密に説明するとすれば、計量モデルを使うことになる。誰もが参照できる最新の計量モデルの分析結果としては、内閣府経済社会総合研究所のものがある(酒巻哲朗他「短期日本経済マクロ計量モデル(2022年版)の構造と乗数分析」内閣府経済社会総合研究所リサーチ・ノートNo.72、2022年12月)。この分析に、政府固定資本形成(公共事業)の歳出を名目GDPの1%増やした時の経済的影響が示されている。これによると、公共投資をGDPの1%増やすと、名目GDPは1年目に1.14%増える。そのうちの1%は、増やした公共投資自身だから(直接効果)、間接効果はGDPの0.14%ということになる。本稿の主題である財政収支については、名目GDP比の0.46%ポイント財政収支が赤字化するという結果になっている。公共投資を増やすと、経済への波及効果を含めてもやはり財政赤字は増えるという当然の結果が確認されたことになる。

 なお、蛇足だが、この分析には、公共投資増加の効果以外にも、所得税減税、消費税率の引き上げ、円レート、原油価格上昇などの経済効果も計算されている。すると、一部野党が提案しているように消費税率を引き下げたら経済はどうなるか(引き上げのシミュレーションの結果の符号を逆にすれば良い)、今後、為替レートが円高に動いたらどうなるかといった分析を簡単に行うことができる。興味のある方は活用すると便利である。

財政についての専門家の考えと一般国民の考えの違い

 最後に、第5に感じたことは、財政については専門家の考えと一般国民の考えが相当異なるということである。この点については、実際に財政に関して、同じ質問を経済学者と一般国民に投げかけて、その回答を比較するという調査(「経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査」東京財団政策研究所 2023年5月)があるので、その結果に基づいて考えてみよう。

 まず「財政赤字についてどう考えるか」を尋ねてみると、「財政赤字は大変な問題」という回答が、経済学者44.3%、一般国民40.4%である。「ある程度問題」という回答も、経済学者42.2%、一般国民25.1%となっているので、経済学者も一般国民も、大部分の人は財政赤字の現状を懸念していることが分かる。ここまでは良い。問題はその後だ。

 消費税についての回答を見よう。「日本は今後、消費税率を引き上げるべきだと思いますか」という質問に対する回答をみると、経済学者で最も多いのは「15%に引き上げる」(31.9%)、第2位が「現状維持(10%)」(30.9%)、第3位が「20%に引き上げる」(16.3%)だった。一方、国民の方は、最も多かったのが「現状維持」(40.9%)、第2位が「5%に戻る」(20.8%)、第3位が「廃止する」(14.3%)だった。経済学者の多くは、現状維持か15%以上への引き上げが必要とする人が多く、現状より引き下げるべきだと考える人は非常に少ない。これに対して、一般国民の方は、現状維持が最も多いのだが、現状より引き下げるべきだと考えている人が結構多く、税率を引き上げるべきだという人はほとんどいない。私も15%程度への引き上げが必要だと考えているのだが、経済学者がこのように考えるのは、今後社会保障費の歳出が増えるので、その財源としては消費税しかないと考えるからである。一方で、一般国民の方はが、自分の懐具合を考えて、物価も上がっていることだし、消費税率を下げてくれると有り難いと考えるのであおる。

 財政赤字の原因についての回答も興味深い。「財政赤字の原因は何だと思いますか(2つまで選択)」という質問に対する答えは、経済学者は社会保障費が72.0%、政治の無駄遣い41.1%なのだが、国民の方は政治の無駄遣いが71.5%と圧倒的に割合が高く、社会保障費は17.5%に過ぎない。なお、「高い公務員の人件費」という答えは、国民は40.4%だが、経済学者は1.8%に過ぎない。公務員だった私から見ると、私の給料は同じ大学を出て民間企業に就職した友人たちのほぼ半分であった。一般の人達は「公務員は高い給料をもらって恵まれている」と考えているのだろうかと、やや暗然とする。

 簡単に言うと、多くの一般国民は、財政が深刻な問題だということは認識しているのだが、それは誰かが無駄遣いをしたり、公務員が高い給料をもらっているからであり、そこを是正すれば問題は解決する、したがって消費税率を引き上げるなどとんでもないと考えているわけだ。さらに簡単に言うと、問題であることは分かっているが、自分の懐は痛めたくないし、痛めなくても済むはずだと考えているのである。

国民との認識ギャップを埋めるには

 以上のように、財政については、専門家と国民一般との意識の差が大きいことが分かった。さて、現実の政策決定は政治によって決まるわけだが、政治家は選挙に勝っていくためには、選挙民である一般国民の意識に沿った決定を行うことになる。すると、現実の政策決定は、どんどん専門家の知見に基づいた政策からはかい離していくことになる。財政赤字が累増し、財政の健全化が一向に進まないのはここに大きな理由があるのだと私は考えている。しかし、このメカニズムを変えるのはかなり難しい。財政については、予算も税制も関連法案もすべて国民の代表から構成される国会で決まるという「財政民主主義」が確立しているからだ。

 ではどうしたらいいのか。見渡したところ、3つの解決策が議論されている。

 第1は、独立財政委員会の設置である。独立財政委員会というのは、財政の専門家(経済学者)からなる委員会で、この委員会が財政についての見通し、財政政策の評価などを行い、財政についての主要な意思決定に際しては、この委員会の意見を尊重すべきことを決めておくのである。「尊重する」程度では弱いのではないかという人も多いだろうが、財政民主主義である以上、国民に選ばれたわけではない委員会が政策を定することはできないのだから、これがぎりぎりであろう。この独立財政委員会は既に多くの先進国で設置されており、日本でも設置したらどうかという議論がある。

 第2に、将来世代の意見が反映されやすいように、選挙制度を変えてはどうかという提案もある。前述のように一般国民と専門家との意識のギャップが出るのは、多くの国民が自分自身の懐具合や情勢判断で近視眼的に判断を下してしまうからである。もし将来世代がこれを見たら、「そんな無責任な判断で自分達の世代に負担を先送りするな」と言うだろう。このように、将来世代の意見が反映されないので、現世代は好きなように将来世代に問題を先送りできてしまうというのが現代の民主主義の根本的な問題点である。

 これを避けるために例えば、「ドメイン投票」という提案がある。これは、赤ちゃんからお年寄りまで一人一票とし、未成年の投票は親が代理人となって投票するという仕組みだ。親は、子どもの分の投票をするときには、将来世代である子どもの立場で投票するから、前述の将来世代が意思決定に参加できないという問題点を改善するだろう。ただ、この投票を実験してみた結果では、親は子どもの分を投票した後、自分自身の投票をするときには、今度はむしろ強く自分の利害に立った投票を行うという結果が出ているという報告もあり、それほど簡単ではなさそうだ。

 第3は、フューチャー・デザインと呼ばれる手法である。これは、民主主義や市場の意思決定に将来世代を取り込むような仕組みをデザインし、それを実践していこうというものである。日本発の考え方で、高知工科大学の西條辰義名誉教授、大阪大学大学院の原圭史郎教授らを中心とした研究グループが提唱したものである。具体的には、意思決定の際のグループ一部の人を「仮想将来人」に任命し、その「仮想将来人」になった人は、現在の自分ではなく、例えば30年後の人間になったつもりで意見を言うのである。これは、地域の市民参加による意思決定で既に導入例があり、それなりの成果を上げているが、国レベルの意思決定にどう適用できるかについてはまだ議論の蓄積が少ない。

 先進国の中でも飛び抜けて財政事情が悪化している日本でこそ、こうした工夫を真剣に考えていく必要があるだろう。

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