一覧へ戻る
齋藤潤の経済バーズアイ (第153回)

第1期トランプ政権の関税引上げが日本のGVCに与えた影響

齋藤 潤
  研究顧問

2025/01/10

【はじめに】

 第2期トランプ政権がもうすぐ動き出します。第1期における経験から、第2期ではどのような政策が採用されるのかについて様々な憶測がなされており、先行きについての不確実性が高まっています。

 ところで、第1期トランプ政権下においては、中国からの輸入製品を中心に関税の大幅な引上げが行われましたが、これは世界経済に大きなマイナスをもたらすものと考えられました。特に、米国への輸出が大きなウェートを占めていた中国経済への影響が大きなものと見込まれましたが、中国の報復関税の影響で米国自身も大きな影響を受けることは避けがたいとの見方でした。他方、日本やユーロ圏は、中国や米国の景気減速によるマイナスの影響もあるものの、米国や中国への代替供給先としての恩恵も受けるため、ネットではプラスの影響を受ける可能性もあるとの予測が出されていました(例えば、IMFのWorld Economic Outlook, October 2019)。

 関税引き上げの影響はマクロ的なものにとどまるわけではありません。日本の主要産業はグローバル・バリュー・チェーン(Global Value Chain: GVC)を構築していますが、それはそれまでの関税・非関税障壁を前提に構築されており、米国や中国の関税引き上げがあれば影響を受ける可能性があります。むしろ、そうした変化も受けてマクロ的な影響が出てくるものと考えられます。

 では、実際にはどのような影響があったのでしょうか。今月のコラムでは、日本の産業が構築しているGVCへの影響に焦点を当てて、第1期トランプ政権の関税引上げの影響について考えてみたいと思います。

【利用するデータ】

 その際に利用するのは、アジア開発銀行(Asian Development Bank: ADB)が公表している多地域間国際産業連関表(Multi-Regional Input-Output Tables: MRIO)です。これは産業連関表を62地域(及びその他世界)と35産業に拡大したものです。カバーする地域と産業の数では、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)の多国間国際産業連関表(Inter-Country Input-Output Tables: ICIO)に劣りますが、MRIOの利点は、2022年までのデータが提供されていること(ICIOは2020年まで)と、固定価格ベースのデータが提供されていること(ICIOは時価ベースのみ)にあります。

【分析の方法論】

 MRIOを利用してGVCへの影響を分析するに当たって着目するのは「投入係数」(各産業における産業別中間財投入量の総産出量に対する比率)と「産出係数」(各産業における産業別中間財販売量の総産出量に対する比率)です。もし投入構造や産出構造かに変化があれば、こうした係数に変化するはずなので、両係数の変化を検知することで投入構造や産出構造の変化を見ることにします。

 もっとも、投入係数と産出係数の変化だけを見ていたのでは十分ではありません。両係数は様々な要因によって変化しうるからです。例えば、技術進歩によって投入財の間の代替性が変化すると、投入係数は変化します。また、経済発展に伴って産業構造の高度化があると、産出係数は変化します。これらを「経済誘因効果」による変化と名付けるとすると、トランプ関税の影響に伴う政府や企業の意図的判断による投入係数や産出係数の変化はそれとは別の、いわば「政策誘導効果」による変化になります(ここでは企業の経営判断も「政策」と考えます)。したがって、実際の係数の変化が「経済誘因効果」によるものなのか、「政策誘導効果」によるものなのかを見ることが重要です。以下では、それも見ることにします。なお、以下では、RAS法(通常は投入係数の予測手法として用いられるもの)を適用することで「経済誘因効果」と「政策誘導効果」への寄与度分解を行っていますが、その方法論は技術的な話になるので、ここでは割愛します。もしご関心があれば、Saito (2024)をご参照ください。

 今日、GVCは様々な産業において構築されていますが、ここでは日本を代表する産業である電気光学機器産業(Electrical and optical equipment)と輸送用機器産業(Transport equipment)に焦点をあてて考えることにします。また、投入係数、産出係数については、産業別ではなく、それを国ごとに集計したものを見ていきたいと思います。

 分析対象期間としては、2016年~2019年をとります。これはトランプ大統領が当選した年から、第1期政権の3年目までの期間に当たります。トランプ関税の影響は2020年以降も続くので(多くはバイデン政権も継承)、当然、それへの対応も2020年以降に採られる可能性はありますが、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の感染拡大によるパンデミックの時期にもあたり、当然このことの影響を色濃く受けていることと思われます。そこで、今回は、2020年以降は含めずに考えることとします。

【電気光学機器産業のGVCへの影響】

 まず電気光学機器産業の投入係数の変化について見てみましょう。それを示しているのが第1図です。

 これを見ると、まず日本製の中間財の投入が大幅に減少したことが目につきます。また、中国、その他東アジア、その他世界で生産された中間財の投入も減少している一方、欧州や米国で生産された中間財の投入は増加していることがわかります。ただし、日本と中国で生産された中間財の投入減少はもっぱら「経済誘因効果」によるものであり、「政策誘導効果」は、日本で生産された中間財もわずかに増加させてはいますが、それ以上に、その他東アジアとその他世界を除く中国、欧州、北米で生産された中間財の投入を増加させるように作用しています。敢えて言えば、政策的には、中国や北米を中心に「オフショアリング」の強化が図られたように思われます。

 それでは、同じ電気光学機器産業の産出係数の変化はどうでしょうか。それを示したのが第2図です。

 これによると、日本国内への中間財販売が大幅に減少したのに加え、中国への中間財販売が増加した以外は、全ての地域における産業への中間財販売も減少しています。しかも、特徴的なのは、日本産業への中間財販売の減少はもっぱら「経済誘因効果」によるものであるのに対して、中国への中間財販売の増加は「政策誘導効果」によるものであったことです。「政策誘導効果」は、中国以外にも、その他東アジアへの中間財販売を比較的大幅に増加させるように作用しています。政策的には、「脱北米」を進めながら、中国やその他東アジアへの「海外販売促進」が企図されていたように窺えます。

【輸送用機器産業のGVCへの影響】

 次に輸送用機器産業について見てみたいと思います。まず当該産業の投入係数の変化を見たのが、第3図です。

 これを見ると、日本国内で生産された中間財の投入が大幅に増加しているのに対して、それ以外の地域で生産された中間財の投入にはあまり変化が見られないことが分かります。しかも、日本で生産された中間財の投入増加は、もっぱら「経済誘因効果」によるものであることが特徴です。「政策誘導効果」は、逆に日本国内で生産された中間財の投入を減少させ、それ以外の地域(その他世界を除く)で生産された中間財の投入をわずかに増加させるように作用しています。ここでも、「政策誘導効果」としては、北米や東アジアを中心とした地域に「オフショアリング」を進めようとしたことが窺えます。

 輸送用機器産業における産出係数の変化は第4図の通りです。

 これによると、日本国内や中国、その他東アジア、欧州への中間財の販売を増加させている一方、北米向け(及びその他世界向け)の中間財販売を減少させたことが分かります。この場合、日本国内向け販売の増加は「経済誘因効果」と「政策誘導効果」の双方が作用した結果となっています。また「経済誘因効果」としては、日本国内向けだけでなく、全ての地域向けの中間財販売も増加させるように作用しています。それに対して、「政策誘導効果」は、国内向けの他、中国、その他東アジア、欧州向けも増加させるように作用していますが、北米とその他世界向けは減少させるように作用しています。「政策誘導効果」は、ここでも中間財販売の「脱北米」を進めながら、日本国内向けの販売拡大の他、中国やその他東アジアへの「海外販売促進」が進められたように見えます。

【まとめ】

 以上、MRIOにおける投入係数と産出係数の変化を通して、第1期トランプ政権の関税引き上げの影響を見てきました。ここにはいくつもの限界があります。例えば、①2016~2019年という時期にその影響が表れる保証はない(影響はもっと遅れて出てくる可能性がある)ことや、②RAS法を適用して検出された「政策誘導効果」がトランプ関税の影響だけを捉えているわけではないこと、などが限界として挙げられます。

 そうした限界を認めた上で、敢えて上記の結果をまとめてみると、トランプ関税に対する政策として、①投入面では両産業において、中国や北米への「オフショアリング」が進められようとしたこと、②産出面では両産業において、「脱北米」を伴いながら、日本国内向けの販売拡大の他、中国やその他東アジアへの「海外販売促進」が進められようとしたことが窺えます。

 このうち、産出面での「政策誘導効果」については、電気光学機器産業で「中国、その他東アジア」への販売促進の色彩が強いのに対して、輸送用機器産業では「脱北米化」の色彩が強いのが特徴です。「政策誘導効果」は、必ずしも「経済誘因効果」と方向が一致するとは限らず、しばしば方向が逆になることもありますが、「政策誘導効果」が「経済誘因効果」を上回ってネットの効果を逆転させた例はあまりありません。その逆転をさせた数少ない例として、この輸送用機器産業における北米への販売減少が挙げられるのです。このことは、それだけ政策的意思が強かったことを伺わせます。第1期トランプ政権は一時日本からの自動車・同部品の輸出に対する関税引上げの可能性を示唆しましたが、そのことが背景にあるのかもしれません。

参考文献

Saito, Jun. 2024. Has COVID-19 Pandemic Transformed Japan’s GVCs?
  Tracking Changes by Applying RAS Technique to Multi-Regional Input-Output Tables.
  PDRC Discussion Paper Series DP2024-003. Panel Data Research Center, Keio University.

バックナンバー

2026/05/01

1970年代の石油危機から何を学ぶか

鍵を握る交易条件悪化の負担方法と総需要管理のあり方

齋藤 潤

2026/04/02

民主主義国でいかに格差を是正するか

第168回

齋藤 潤

2026/03/03

消費税37年間の変遷

一時的減税前に改めて顧みておきたいこと

第167回

齋藤 潤

2026/02/03

レアアースの供給途絶リスクをどう考えるか

第166回

齋藤 潤

2026/01/08

家計支援策は所得格差対策と整合的か

第165回

齋藤 潤