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齋藤潤の経済バーズアイ (第155回)

経済政策としての教育無償化:北欧の場合

齋藤 潤
  研究顧問

2025/03/05

【教育無償化先進国としての北欧】

 高校の教育無償化が議論になっています。高校の授業料等の負担がなくなることは高校生、あるいは高校生のいる家庭にとって朗報であることは確かです。しかも、高校の授業料無償化が、それがなければ高校への進学をあきらめざるを得ない場合には、教育の機会均等化にも資することになり、その意味はなおさら大きいなものであると言えます。しかし、同時に、私たちが意識していないだけで、その影響はもっと広い可能性があります。そこで今月は、教育無償化先進国である北欧での状況を見ることで、その問題の広がりを考えてもみたいと思います(なお、以下では、高校を含む初等・中等教育を考察の対象とすることにします)。

【学校の運営形態】

 北欧における学校の特徴は、その運営形態が「公営」と「公費私営」が中心であるということです(表A欄)。

 ここでの「公営」、「公費私営」という区分は、いずれも経済協力開発機構(OECD)の定義に従ったものです(ただし、訳語は筆者のもの)(Boeskens 2016)。「公営」とは、中央ないし地方政府が運営をしている学校のことです(Public School)。公営の場合は、そのコストは、当然、中央政府ないし地方政府からの公費によって賄われます。これに対して、「私営」とは、民間の非営利組織や、国によっては(スウェーデン)株式会社が運営主体となっているような学校のことをいいます(Private School)。ただし、「私営」学校でも、その費用を公費からの補助で賄っている場合と、純粋に民間の資金で賄っている場合があります。前者は「公費私営」(Government-Dependent Private Schools)、後者は「独立私営」(Independent Private Schools)と言います。

 北欧の学校は「公営」と「公費私営」とが中心となっているというのは、日本の現状とは大きく異なる特徴です。日本の場合は、「公営」と「独立私営」(いわゆる「私立」)の学校が中心だからです。なぜこのような特徴を有することになったかについては、おいおい説明していきます。

【「私営」学校の意味:効率性の観点】

 多くの国と同様に、北欧の国も、「公費公営」学校が教育の主要な担い手となっていましたし、割合としては今もそうです。それは、教育の分野では、情報の不完全性、資本市場の不完全性、外部性といった要因から「市場の失敗」が起こり、完全に市場(民間)に委ねることが困難だと考えられているからです(Barr 2020)。

 しかし、北欧の国々でも「私営」学校が増加するようになってきました。もっともその歴史には差はあります。デンマークのように1855年までその歴史を遡れる国がある一方、スウェーデンのように1991年の教育改革以降に増加を見せた国もあります(Epple et al., 2017)。ではなぜ「私営」学校が増加するようになったのでしょうか。その経緯については、それぞれの国で歴史上、宗教上、民族上の背景があるようですが、経済学的な観点から言うと、それが「効率性」の観点から望ましいということがありそうです(Barr 2020)。

 学校運営へのインセンティブのあり方から「公営」より「私営」の方が教育の効率性が高いと考えられれば、学生が「私営」学校を選択できるようになることによって、全体として効率性が高まることになります。また、「公営」だけでなく「私営」学校に進学するという選択肢が増えることによって、競争が促進されることになるので、その意味でも効率化に資することになります。後者との関係では、「公営」学校間の選択を認めることにも意味があることになりますが、実際、北欧では、それが可能になっている国もあります(表B欄)。

【「私営」学校の意味:公平性の観点】

 ただし、「私営」学校にも行けるという選択肢を増やすということには、課題もあります。なかでも学生間の「階層化」(stratification)が進むという「公平性」の観点からの懸念があるという指摘は重要です(Barr 2020; Boeskens 2016)。私営学校を進学先に選ぶという理由としては、先述のように宗教的な理由などもありますが、それ以外に、私営の方が教育上のパフォーマンスが高い(先ほどの指摘した「効率性」の裏返し)ということもあります。このため、「私営」学校に学生の選抜を委ねると、そうしたことに関心が高く、情報や知識を持っており、そのための費用負担をすることもいとわないような社会的・経済的に恵まれている家庭出身の学生が集まりがちになるとの懸念が生じるわけです。

【階層化の懸念への対応】

 こうした弊害には北欧の国々はどのように対処しようとしているのでしょうか。実は、北欧の国々は様々な工夫をしているのです(OECD 2017)。

 まず、学生が「私営」学校に進学することを選択した場合には、「公営」学校と同様に「私営」学校に対しても公費で補助することになっています。例えばデンマークやスウェーデンの場合、学生が「公営」学校に進学したとすれば行ったであろう公費補助とほぼ同様の補助を「私営」学校に対して行うことになっています。先述のように北欧には「公費私営」学校が多く、「独立私営」の学校が少ないのは、このような理由に依っています。

 これは、学生が学校を選択することによって自動的に公費補助額が決まるという意味で、Friedmanが提唱した「教育バウチャー」(Friedman 1955)と似たものです。そのような観点から、例えばBöhlmark and Lindahl(2008)やEpple  (2017) 、OECD (2017)では、スウェーデンやデンマークの例を「教育バウチャー」として取り上げ、その影響について論じています。(ただし、分かりにくいのは、そうした国々でも、実際に「バウチャー」(金券)を発行するわけではないという理由からか、OECD (2011)などでは、スウェーデンが教育バウチャーを導入している国と位置づけられていないことです。)

 こうして「私営」学校は公費の補助を受けることになりますが、それでは「私営」学校の授業料など、家計の負担はどうなっているのでしょうか。

 一般に北欧の「公営」学校では、授業料の負担はありません(表C欄)。特にフィンランドの場合には、食費、医療費等の副費サービスが無料になるほか、義務教育であれば(高校の1年目まで)、教材費も無料です。また、学生の交通費も一部補助されます(EC Eurydice)。

 これに対して「公費私営」の場合には、北欧の多くの国で公費では賄いきれない分を追加的負担 (Add-On Fees) として徴収することが認められています。しかし、スウェーデンの場合には、「公費私営」が追加的負担を徴収することを禁じています(表C欄)。実は、スウェーデンの場合には、これ以外にも、「公費私営」学校には厳しい条件を課しています。例えば、学生選抜のあり方に関してです。

 北欧の多くの国では、入学希望者が多い時には、「公立」であるか「公費私営」であるかを問わず、成績などで学生を選抜することが可能となっています(表Ⅾ欄)。しかし、スウェーデンの場合、義務教育の段階ではそれも許されておらず、入学希望者が多い場合には、居住地の近さ、兄弟姉妹の在学の有無、願書提出(ウェイティング・リスト)の先着順で入学生を決定することになっているのです(Epple et al. 2017)。

 このように、スウェーデンが「公費私営」学校に対しては厳しい制約を課しているのは、先述のように「公費私営」学校が学生を成績で選択可能にすると、恵まれた家庭の優秀な学生が集中しがちになり、その結果、学生間の階層化が進んでしまう可能性があるからです。それを回避するために、このような厳しい条件を課して、なるべく階層化が起きないようにしているのです。スウェーデンのこのような「教育バウチャー」のあり方は、条件を課さない「Friedman型」の教育バウチャーではなく、公平性の観点から厳しい条件を課す「Jencks型」の教育バウチャーであると言えます(Jencks et al. 1970)。

 もっとも、こうした厳しい制約には効果があったか否かについては、意見が分かれるところもあり、階層化を回避するのには成功していないという見方もあります(Brandén and Bygren 2018)。

【広範な影響を考慮する必要】

 教育の無償化は、高校に通う学生を持つ家庭にとっては朗報です。また、これによって、そうでなければ高校に通えなかった学生が高校に進学できるようになれば、それも望ましことです。学校間の競争が進展し、全体として高校のパフォーマンスが高まるのであれば、それも好ましい影響だと言えます。しかし、北欧の国々、特にスウェーデンの例を見ると、より広範な影響を考慮して、公費補助の見返りに、様々な制約を「公費私営」学校に課しています。

 もちろん、教育無償化の影響にはどのようなものがあるのか、それには対応を要するような課題が含まれるのか、含まれるとしたらそれに対してどうするのか、といったことについては、まだまだ議論の余地があります。したがって、同じようなことをするにしても、ただちに北欧の真似をすべきだということにはなりません。しかし、教育無償化の影響を、他国の例を参考にしながら、より広い視点で見る必要はあるのではないかと思います。

参考文献

Barr, Nicholas. 2020. The Economics of the Welfare State (Sixth Edition). Oxford University Press.
Boeskens, Luka. 2016. “Regulating Publicly Funded Private Schools: A Literature
  Reciew of Equity and Effectiveness.” OECD Education Working Papers No. 147. OECD.
Böhlmark, Andres, and Mikael Lindhal. 2008. “Does School Privatization Improve
  Educational Achievement? Evidence from Sweden’s Voucher Reform.”
  IZA Discussion Paper Series No. 3691. Institute for the Study of Labor.
Brandén, Maria, and Magnus Bygrem. 2018. “School Choice and School Segregation:
  Lessons from Sweden’s School Voucher System.” The IAS Working Paper Series.
  The Institute of Analytical Sociology, Linköping University.
Epple, Dennis, Richard E. Romano, and Miguel Urquiola. 2017. “School Vouchers:
  A Survey of the Economics Literature.” Journal of Economic Literature. 55(2); 441-492.
European Commission. Eurydice (https://eurydice.eacea.ec.europa.eu/
  (Accessed on 3 March 2025).
Friedman, Milton. 1955. The Role of Government in Education. In Robert A. Solo (ed.)
  Economics and the Public Interest, Rutgers Colleges in New Jersey.
Jencks, Christopher, and the Center for the study of Public Policy. 1970. Education Vouchers:
  Financing Education by Grants to Parents
. U.S. Department of Health, Education & Welfare.
Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD). 2011.
  Education at a Glance 2011. OECD.
Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD). 2017.
  School Choice and School Vouchers: An OECD Perspective.
  Directorate for Education and Skills. OECD.
United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization (UNESCO).
  Global Education Monitoring Report 2021/2, Profiles Enhancing Education Reviews (PEER)
  on non-state actors in education
  (https://education-profiles.org/themes/~non-state-actors-in-education)
  (Accessed on 3 March 2025).

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