日米、コメと自動車の30年
2025/06/18
やはり日本にとって、コメと自動車は格別な存在だ。米価高騰による「令和のコメ騒動」や、自動車関税をめぐるトランプ米政権と日本政府の交渉を見て、改めてその思いを強くする。6月16日の日米首脳会談で関税交渉がまとまらなかったのも、自動車関税の取り扱いが大きな原因だったと見られている。食と産業の中核を担うコメと自動車がたどった国際交渉の歴史を振り返り、日本を取り巻く大きな絵柄の変化について考えたい。
「ミニマムアクセス米」という言葉をよく耳にする。海外から無関税で限定的に輸入しているコメのことだ。これを聞いて思い出すのは、30年余り前、記者として駐在していたスイス・ジュネーブでの「コメ騒動」である。
コメ市場の部分開放を受け入れ
騒動といっても、国をあげて大騒ぎをしたのはほぼ日本だけの話なのだが、1993年の12月、日本はそれまで拒んでいたコメの部分開放を受け入れ、7年以上に及んだ世界的な貿易自由化交渉が決着した。「関税貿易一般協定(ガット)ウルグアイ・ラウンド」という交渉だ。その時に導入が決まったのが、ミニマムアクセスという制度である。現在は77万トンほどを無税で国が輸入し、これを超えて輸入する場合は1キロ当たり341円の関税がかかる。
当時、安い輸入米が際限なく入ってくれば日本のコメ農家はもたない、という危機意識のもと、コメの例外扱いを求めた日本に対し、米国は強く市場開放を求めた。世界貿易機関(WTO)の前身の国際機関ガットの本部があったジュネーブでは、交渉全体の取りまとめ役である事務局長の記者会見のたびに、日本の記者がコメについて質問するので、いささかうんざりしていたように見えた。それでも当時の日本は、米国に次ぐ第2の経済大国であり、中国はガット加盟国でさえなかった。米欧とともに交渉全体の成否を握る存在として、日本の言い分は無視できなかった。
米国の対日コメ開放要求は、1980年代から動いていた。全米精米業協会(RMA)という団体が、不公正な貿易慣行への制裁を定めた米通商法301条に基づいて86年に日本を提訴した。筆者がワシントン支局に赴任して間もない1987年4月には、当時のレーガン大統領が、日本に市場開放を求める分野をあげる中でコメに言及した。そのことを書き送った記事が日本経済新聞の朝刊1面トップで掲載され、扱いの大きさに驚いた記憶がある。
数値目標巡り応酬
トランプ米大統領も最近、日本のコメへの関税が非常に高いと不満を鳴らした。もっとも、日本に輸出しているコメの代表的産地であるカリフォルニア州は、民主党が優勢な州だ。共和党のトランプ氏が、日本へのコメ輸出拡大にどれだけ熱心なのかはわからない。レーガン元大統領も共和党の政治家だったが、ハリウッドの俳優出身で、カリフォルニア州知事を務めた経験もあった。
自動車の対米摩擦の歴史も長い。1980年代から90年代にかけて、日本は米国への輸出台数を制限する自主規制を実施するとともに、米国に雇用をもたらす現地生産に力を入れた。コメ市場開放問題の妥結から一年半後の1995年6月、自動車・自動車部品交渉が日米政府間で決着したのは、やはりスイスのジュネーブだった。いまからちょうど30年前のことだ。
米国は交渉にあたり、日本と合意できなければ通商法301条に基づき日本製高級車に100%の関税を課すと圧力をかけた。日本は、ガットから鞍替えして95年初めに発足したばかりのWTOに米国を提訴して抵抗する。米側は、日本の自動車メーカーによる米国製部品購入額に数値目標を設定するよう求めたが、日本側は政府としての約束はできないと拒否し、あくまでメーカーによる自主計画という立場を譲らなかった。米側が設定した期限ぎりぎりの交渉妥結で制裁発動は回避されたが、日本がWTO提訴で対抗したことは目を引く。
報復もWTO提訴もしない日本
トランプ政権が繰り出す追加関税に対していま、中国は報復関税を発動したりWTOに提訴したりしている。カナダも米国をWTOに提訴し、欧州連合(EU)は対米報復措置を警告した。一方、日本は報復の警告もWTO提訴もしていない。WTOの枠外での報復はルール違反になるので考えものだが、WTOへの提訴ならば本来、自然な行動なはずだ。日本が動かないことにはいくつかの理由が考えられる。
まず、WTOの紛争処理制度が機能していないことだ。制度は二審制だが、上級審にあたる上級委員会の委員任命を米国が第1次トランプ政権以来拒否し、審理できなくなっている。かりに日本がトランプ関税を不服として提訴しても、WTOとしての最終判断が出ず宙に浮くのは確実だ。
どのみちWTOが機能しないのなら、実利に結びつかない提訴をして米国の機嫌を損ねるよりも、政府同士の良好な関係を保つように努め、少しでも日本に有利なディールを目指すのが得策ではないか。そんな声も聞こえてきそうだが、そう割り切っていいものだろうか。日本が自由貿易の旗手を自認するのであれば、結果がどうであれ、WTOに提訴して毅然とした姿勢を示すべき、という考え方もあるはずだ。
日本を取り巻く環境変化
ここでもうひとつ、押さえておくべき視点がある。30年前と今とでは、日本を取りまく状況が大きく変わったことだ。変化をもたらしたのは、安全保障という要素である。
日米自動車交渉が決着した1995年は、東西冷戦が終わって間もない時代だった。ソ連が崩壊してロシアは勢いがなく、中国は経済・軍事大国として台頭する前だ。日本への安全保障上の脅威といえば、北朝鮮の核開発問題があったが、それも前年の94年にジュネーブでの米朝核協議で合意が成立し、表面的には小康状態にあった。
米国から見るとどうか。ソ連という脅威が消え、代わって目が向いたのは、米国の経済覇権を脅かしかねない存在としての日本だった。冷戦の時代、日本は東側陣営に対抗するためのアジアにおける大事な同盟国だった。冷戦終結とともに、安全保障よりも経済競争への関心が高まり、日本への視線は厳しさを増した。
経済と安全保障が切り離せない時代に
その後の展開は言うまでもない。北朝鮮は核開発にまい進し、中国は地域の秩序を揺さぶる大国に成長した。ロシアは隣国ウクライナのクリミア半島を併合し、さらに全面的な軍事侵略に踏み切った。アジアと欧州の安全保障環境は劇的に変わった。
一方、日本はバブル崩壊後の長い経済停滞で勢いを失う。日米の経済摩擦は後景に退き、米国の最大のライバルは経済面でも軍事面でも中国になった。日本の位置付けは再び変わり、米国にとって対中戦略上の枢要なパートナーになった。
日本にとっても、厳しさを増す安全保障環境の中で、最強の同盟国である米国の重みは高まった。米国がアジアの安全保障への関与を減らし、間違ってもこの地域から手を引くことがないよう、しっかり繋ぎとめなければならない。経済は経済として割り切り、安全保障問題と切り離して考えればよい、とはいかない時代になった。
米が一方的な追加関税
このことがじわりと示されたのが、2019年に当時の第1次トランプ政権と安倍晋三政権が合意した日米貿易協定だったと思う。日本は直前のオバマ政権が環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の中でいったん受け入れた自動車関税の撤廃を改めて求めたが、TPPから離脱したトランプ政権はこれを認めないばかりか、逆に自動車関税の引き上げをちらつかせて日本に圧力をかけた。理不尽な脅しを受けながらの合意だった。それでも、安全保障で米国に大きく依存する日本には、喧嘩別れするよりも米国に恩を売ることの利益のほうが大きかったといえるだろう。
代わりに日本が勝ち取ったもうひとつの政治的ポイントは、欧州の同盟国に容赦ない態度を取るトランプ大統領と日本の首相はうまくやっているという評判だった。重要な国の首脳と良好な関係を築くことは、一国を率いるリーダーとして大切な要素だ。当時の日本外交がアジアや欧州から一定の評価を得たことには、さらに別の要因もあった。米国が離脱した後のTPPを漂流させず、米国抜きの枠組みとして成立させるリーダーシップを取ったことだ。これにより日本は、対米関係重視の姿勢と同時に、米国抜きでも自由貿易体制にコミットし支える意思を対外的にアピールすることができた。
しかし、話はそこで終わらない。米国は安全保障上の理由などを盾に、一方的な貿易制限である追加関税を乱発し、世界の貿易秩序を大きく揺さぶり始めた。
適用範囲を野放図に拡大
2019年の日米貿易協定では脅しにとどめた自動車関税引き上げを、第2次トランプ政権は25年春に全世界向けに発動した。日本にとっては貿易協定の際の了解事項に反すると映る行為だ。6年前も今回も、米国が自動車への追加関税の根拠にしているのは、米通商拡大法232条に基づく安全保障上の理由である。自動車以外にも、鉄鋼・アルミニウム製品への追加関税を25%から50%へ引き上げ、半導体、医薬品、航空機部品なども通商法232条に基づき調査中だ。
問題は少なくとも2つある。追加関税の根拠が米国内法であってWTO協定のような国際ルールとの整合性が問われること、そして、安全保障上の理由による通商措置の適用範囲を野放図に拡大させていることだ。
安全保障を理由とする貿易制限については、WTOの協定に関連の条文がある。ところが米国は、何が安全保障上の問題にあたるかは当事国が決める問題であり、WTOにそれを判断する権限はないと主張している。この理屈が通ると、安全保障を理由にあげたとたん、いかなる貿易制限も国際ルール違反を問われないことになりかねない。
米国という巨大インフラを支える
それでも日本は辛抱強くトランプ政権の言い分を聞き、落としどころを探るべきなのだろうか。ひと言で答えるなら、イエスだ。米国に追加関税を撤回させるには交渉するしかないし、安全保障上の後ろ盾である米国との関係を考慮しての総合判断も重要だ。しかし、それだけでなく、もっと大きな構図でいまの米国の状況を捉え、日本の取るべき方策を考える必要もあるだろう。端的にいえば、基軸通貨国として世界経済を回し、国際秩序を支える巨大なインフラのような存在の米国が、ふらついたり倒れたりしないよう、サポートする役割を日本が果たすことだ。
トランプ関税が粗暴で危うく、世界経済に多大な負荷を与えるわがままな政策であるのは疑いない。しかし、貿易収支の不均衡、製造業の競争力低下、そして国内格差の拡大という積年の構造問題を抱える米国が、よろめいて倒れれば世界経済の混乱は避けられない。米国経済に蓄積されたひずみが、金融危機のようなかたちで噴出する事態は防がなければならない。米国をいかに新たな均衡状態にソフトランディングさせられるか、という問題ともいえる。
米国が迷走し、国力を失ってアジアの状況に気を配る余裕がなくなれば、経済面でも安全保障面でも影響ははかりしれない。そんな事態を避けるべく、世界経済と秩序のインフラとしての米国を支え、協力することは、日本にとって国益に直結する重要課題であるに違いない。
日本ならではの至芸を示したい
とはいえ、拙速な妥協は禁物だ。今回の日米首脳会談で、日本側が米側ペースの理不尽な内容で手打ちをしなかったのはよかった。石破茂首相は会談後、記者団に「自動車は大きな国益だ」と述べ、簡単に譲らない姿勢を示したという。やはり自動車は交渉の焦点だった。もし日本が高関税にほとんど手がつかないディールに応じれば、産業界に打撃になるだけでなく、トランプ関税に苦しむ世界の多くの国に悪しき前例をもたらすことになるだろう。
喧嘩別れでも屈服でもなく、粘り強く解決策を探るしかない。すっきりしない梅雨空のような話だが、自由貿易のルールを守りながら、米国の弱体化を防ぎ国際経済秩序を支えるという至芸をやってのけることができるのは、日本しかないのではないだろうか。日本が存在感を示すチャンスだと前向きに考えたい。
ここまで書いたところで、トランプ氏が米軍によるイランの核施設攻撃を検討、という報道が伝わってきた。紛争拡大や戦争の防止に向けて、米国や関係国に働きかける日本の努力と貢献も求められるところだが、ないものねだりだろうか。平和的な解決を願ってやまない。
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