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山田剛のINSIDE INDIA (第127回)

TOKYO 2020 インド選手団かく戦えり

史上最多、7個のメダル獲得

 

2021/08/08

 

変則的開催、そして相次ぐ混乱の中で開幕した東京五輪だったが、日本選手の活躍にテレビに向かって声援を送る日々が続いた。このメダルラッシュが政権浮揚の材料になるかどうかは心もとないが、人々に感動と興奮を与えてくれた17日間だったのは間違いない。

 

世界のスポーツ史の節目となるような重要な試合でも、日本選手が出ていないという理由でほとんどテレビ中継されない状況に苛立ちつつ、海外の動画サイトやインド現地紙の報道を頼りにインド選手の活躍をウオッチすることも、大会期間中の大きな楽しみだった。

 

インド選手は重量挙げやバドミントン、レスリングなどで地味にメダルを積み上げ、男子やり投げでは陸上競技で121年ぶりのメダルとなる金メダルを獲得。選手団はこれまでの最多となる7個(金1、銀2、銅4)のメダルを母国に持ち帰った。

 

インドがリオ大会までの五輪で獲得したメダルは初参加の1900年パリ大会(当時は英領インド)からの累計でわずか28個(金9、銀7、銅12)。このうち金8個を含む11個は、かつての「お家芸」だったフィールドホッケーでのものだ。それでも2008年の北京五輪では射撃で初めて個人種目での金メダリストが誕生。2012年のロンドン五輪では、レスリングや射撃などで銀2、銅4と過去最高の成績を挙げた。前回リオデジャネイロでは銀1銅1と低迷したが、その分東京大会にかける意気込みは大きかった。

 

インド・スポーツ庁(SAI)では陸上やレスリングなど、道具や施設にあまりカネがかからない競技に絞って重点的に強化し、厳しい財政の中で関連予算をやりくりして練習環境の改善や外国人コーチの招聘などに取り組んできた。これまでで最多、約120人の選手団を送り込んだ東京五輪はまさにこうした強化策の成果が問われる場となったのだ。

農村青年から国民的ヒーローへ

 大会日程の終盤に飛び込んできたのが、男子やり投げでの金メダル獲得のニュースだった。ニーラジ・チョウプラ選手(23)は予選をトップ通過、決勝でも2回目の投てきで87メートル58を投げて堂々の優勝。インドの陸上界では1900年パリ大会のノーマン・プリチャード以来のメダル、それも初の「金」をもたらした。

 インド五輪選手の個人種目での金メダルは、北京大会射撃10メートルエアライフルのアビナブ・ビンドラ以来2人目となる。チョウプラ選手はデリー近郊ハリヤナ州の農村出身。2016年の世界ジュニアチャンピオンに輝き一躍注目を集めた。その後は2018年のアジア大会、英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ=CWG)で優勝し、東京五輪のメダル候補に躍り出た。しかし、2019年には利き手のひじを手術したため主要大会を軒並み欠場。2020年にはコロナ禍で国際大会が相次ぎ中止となる焦燥の日々が続いた。だが、今年3月には88メートル07の国内新記録を出して完全復調。満を持して東京に乗り込んでいた。

 誰もがメダル獲得を信じて疑わなかったのが、女子バドミントンのプサルラ・V・シンドゥ選手(26)。ロンドン五輪・銅のサイナ・ネーワルらを育てた名伯楽プレラ・ゴピチャンド氏が主宰するアカデミーで技術を磨き、リオ五輪では日本の奥原希望を破って決勝に進出、銀メダルを獲得した。東京ではリオの決勝で敗れた相手のカロリーナ・マリン(スペイン)の欠場でがぜん金メダルへの期待が高まっていた。

 準々決勝で日本の山口茜に勝って進んだ準決勝では台湾の戴資頴に敗れ3位決定戦に回った。ここで中国の強豪・何氷嬌にストレート勝ち。2大会連続のメダル獲得を達成した。インド五輪選手で個人種目2個目のメダルを獲得するのはレスリングで北京銅、ロンドン銀のスシル・クマール以来の快挙だ。179センチの長身から打ち出す威力あるスマッシュもさることながら、そのルックスから有力企業のブランド・アンバサダー(CMタレント)に引っ張りだこ。ボリウッド映画俳優やクリケット選手に席巻されていたテレビCM界に新風を吹き込んだ。

 これまでにバンク・オブ・バローダ、国営製鉄会社ラーシュトリヤ・イスパット(RINL)、ノキア、パナソニック、PNBメットライフ生命保険、ブリヂストン、レキット・ベンキーザー、ペプシコなどのアンバサダーを務めており、年収は4億ルピー(約6億円)を超えるとされる、インドの女子アスリートでは最大の人気選手だ。

ボクシングでは新旧ヒロイン交代

 自身2回目の五輪に挑んだのがロンドン五輪の女子ボクシング・フライ級銅メダルのメアリー・コム選手(38)。インド北東部マニプール州の農家出身で競技歴20年のベテラン。世界選手権優勝6回というレジェンドだ。4児の母で2016年からはインド連邦上院議員も務めている。東京五輪ではリオ出場を逃した悔しさをぶつけ、選手生活の集大成を目指したが、惜しくも2回戦で敗退。

 しかし、女子ウェルター級のロブリナ・ボルゴハイン選手(23)が元世界王者の陳念琴(台湾)を破ってみごと準決勝に進出。トルコ選手に惜敗したものの待望の銅メダルをつかんだ。2018、19年の世界選手権でいずれも3位という実力者で、北東部アッサム州からは初のオリンピアン。不安視された足のケガを乗り越えての栄冠だ。

 一方、射撃の10メートルエアピストルでメダルが期待された「天才少女」マヌ・バカル選手(19)は、試合中まさかの銃の故障で20分近くタイムをロス。これが響いて2点差で予選敗退。混合ペアでも決勝進出を逃した。

 インドに今大会最初のメダルをもたらしたのが女子重量挙げ49キロ級銀メダルのサイコム・ミラバイ・チャヌ選手(26)。北東部マニプール州生まれ。2017年に世界選手権制覇、18年CWG金、20年アジア大会銀と、十分な実績を引っ提げて東京大会に参加。本番で実力を発揮するのが難しい五輪でみごとに結果を出した。重量挙げのメダルはシドニー大会女子54キロ級のカルナム・マレスワリの銅以来。

 リオではジャークを失敗し「記録なし」に終わったが、この悔しさをバネに5年間トレーニングに励み、米国での武者修行では元重量挙げ選手でサイコセラピストに転じたアーロン・ホーシング氏に師事し技術とメンタルを鍛えた。身長150センチの女子選手が100キロを超えるバーベルを挙げる競技生活は、肩や腰の疲労や痛みとの闘いでもあった。

ホッケーで古豪復活ののろし

 1964年東京大会などで過去8個の金メダルを獲得している「古豪」の男子ホッケーだが、80年モスクワ大会(金)以来メダルからは遠ざかっていた。しかし、2018年のアジア大会では銅メダル、アジア・チャンピオントロフィーではみごと優勝するなど、直前の世界ランクは5位。急速に力をつけてきた中での東京五輪だった。

 準々決勝では強豪・英国を3-1で撃破して準決勝進出。ベルギーには2-5で敗れたが3位決定戦ではドイツ相手に歴史的激闘を演じ、一時1-3とリードされてから4ポイントを連取。第4クオーターのドイツの猛攻を1点に抑えて5-4で勝利、41年ぶりのメダル獲得となった。

 2019年から指揮を執るのが、選手としてバルセロナで銀メダルを獲得したオーストラリア人監督グラハム・リード氏。インド人として初めて2019年の国際ホッケー連盟(FIH)・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに選出されたマンプリート・シン主将を中心に攻守がバランスしたチームを作りあげた。

 女子ホッケーも準々決勝で強豪・オーストラリアに1-0と劇的な勝利を収め、俄然メダルへの期待が高まった。しかし準決勝ではアルゼンチンに1-2と逆転負け。3位決定戦でも3-4と英国に競り負けて4位。歴史的な男女ペアでのメダル獲得はかなわなかった。

 女子チームの奮戦は、現役時代のトラウマを抱えるコーチがくせ者ぞろいの女子ホッケー・チームをCWG優勝に導くボリウッド映画「チャクデ・インディア」(2007年)を地で行く活躍で、多くのインド国民を熱狂させた。

 数少ないインドの得意競技・レスリングでは2個のメダルを獲得した。男子フリースタイル57キロ級に出場したラビ・クマール・ダヒヤ選手(23)は準決勝でカザフスタンのN・サナエフに劇的な逆転フォール勝ち。決勝では世界選手権2回優勝のザブル・ウグエフ(ROC)に善戦。ポイント4-7で敗北したがみごと銀メダルを獲得。インドはレスリングで4大会連続のメダルを確保した。

 ダヒヤ選手は2019年の世界選手権銅メダル、20年のアジアチャンピオンシップ優勝と好調を維持して東京五輪に臨み、周囲の期待に応えた。7歳でレスリングを始め、14歳で数多くのメダリストを輩出したデリーのチャトラサル・スタジアムに入門。厳しいトレーニングに明け暮れた。デリー郊外・ハリヤナ州の農民である父が毎朝息子のためにデリーまでミルクと果物を届けたというエピソードも知られている。

 65キロ級のバジュラン・プニア選手(27)は、2019年以降に出場したすべての世界大会で表彰台に上がり続け、19年のアジア選手権では見事優勝しており、今回の金メダル候補筆頭に挙げる声もあった。順調に勝ち上がって準決勝に進出したが、銀メダルを獲得したアゼルバイジャンのハジ・アリエフ選手に5-12で敗北、3位決定戦でカザフスタン選手に8-0で圧勝し初の銅メダルに輝いた。この種目で金メダルを獲得した日本の乙黒拓斗とはアジア選手権などで何度も戦ったライバル同士だったが、東京の舞台での再戦はかなわなかった。

 女子レスリングでは、元チャンピオンが自分の娘たちにレスラーの英才教育を施すアーミル・カーン主演のボリウッド映画「ダンガル」(2016年)のモデルとなったレスリング一家の一員、ビネーシュ・フォーガット(26)が女子53キロ級のメダル候補として大いに注目されたが、2回戦でベラルーシ選手に敗れた。

 インドのレスリング界は今年5月、北京で銅、ロンドンで銀を獲得したスシル・クマール選手が後輩選手に対する殺人容疑で逮捕されるという大スキャンダルに見舞われたが、メダル2個という成果でこのダメージは少なからず払しょくされたといえるだろう。

 ゴルフが五輪種目としてふさわしいかどうかはともかく、女子ゴルフに出場したアディティ・アショク選手(23)の大健闘には大いに勇気づけられた。初日から2位タイの好発進。3日目には優勝したネリー・コルダ(米国)に次ぐ単独2位に。迎えた最終日は日本の稲見萌寧らにかわされて単独4位でフィニッシュ。惜しくもメダルには届かなかったが、首位と2打差の堂々たる戦いぶりはインド人プロゴルファーの実力を強く世界にアピールした。

 小顔のスリムな体型から繰り出す安定したショットはテレビの前のおじさまゴルフ・ファンを大いに沸かせた。南部バンガロール出身。2016年にプロ入りしLPGAツアーに参戦。これまでにヨーロッパ・ツアー3勝など計5勝を挙げている。リオに続く五輪出場だが、本人は「リオは思い出作り。今回はメダルを取りに来た」と強気のコメント。今回は母マーシュさんがキャディを務めた。

インド・スポーツ界の今後

 人口13億5000万人のインドが、これまでなぜスポーツ弱小国に甘んじてきたのか―――。Medalspercapita.comによると、前回リオ五輪までの夏季五輪で獲得した国別のメダル1個当たりの人口は1位がフィンランドで1万7845人、2位スウェーデンで1万9211人。以下北欧諸国が上位に並び、米国は約12万4000人で38位、中国が248万人余りで107位。インドはメダル1個当たり約4434万人で断然の最下位だった。

 そもそも余暇としてスポーツを楽しむ文化が育っていないこと、予算不足で地方の体育館や競技場の整備が遅れていることなどが指摘されているが、SAI幹部は学校スポーツの振興が遅れていることが背景の一つであると認めている。

 子供たちが街角の空き地で草クリケットに興じる様子はあちこちで見られるが、いわゆる部活動やクラブでスポーツに打ち込める少年少女はほんの一握り。スポーツ推薦での大学進学など、競技で人生を切り拓く夢が持てるような体制にはなっていない。

 それでも近年、青年問題・スポーツ省やSAIでは外国人コーチの招聘や有力選手の発掘・育成などにかなり力を入れ始めている。ボクシング女子銅メダルのボルゴハイン選手も地元高校で開いたSAIのトライアウトでコーチの目に留まり、五輪選手への階段を駆け上がった。

 インド五輪委は開幕に先立ち、金メダリストに750万ルピー(約1100万円)、銀400万ルピー、銅250万ルピーの報奨金を出すと発表している。メダリストにはこのほか、出身の州政府や所属する競技団体、スポンサーなどから最高6000万ルピー(約9000万円)のボーナスが支払われることになっている。バドミントンのシンドゥ選手のようにキャラが際立っていれば、国民的な人気者にもなれる。インド人にとって五輪などのスポーツ・イベントは、無名のアスリートが一気にスターとなり巨額の報酬を手にするチャンスでもあるのだ。

 次のパリ大会は3年後。メダルの数が増えることはもちろんだが、それまでにインドのスポーツをめぐる環境がさらに改善することを願いたい。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

日本選手による連日のメダル・ラッシュに沸いた東京五輪。筆者にとっては注目していたインド選手を応援し、メダル獲得を静かに喜ぶ17日間でした。TOKYO 2020は、まだまだスポーツ後進国であるインドが取り組んできたスポーツ振興策がようやく実を結びはじめた歴史的な大会だったと言えるかもしれません。スポーツのすそ野が広がり、政府や企業による支援体制が整備されれば、インド人アスリートの活躍の場はもっと広がるでしょう。(主任研究員 山田剛)

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