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山田剛のINSIDE INDIA (第161回)

トランプ関税乗り切ったインド、「印米協定合意」にも備え緩めず

FTA戦略拡充、輸出先多様化の努力を継続

 

2026/02/05

2026年2月2日、トランプ米大統領はモディ印首相との電話会談に臨み、「インドとの貿易交渉が合意に達した」とSNSで表明した。「インドが米国産品にかけていた関税をゼロに引き下げ、非関税障壁も撤廃。輸入を大幅に拡大するとともに、ロシア産原油の輸入を停止してベネズエラ産原油などを代わりに購入する」と主張している。これにより、米国はインドに押しつけていた計50%の関税のうち、相互関税25%を18%に引き下げ、ロシア産原油の輸入に対する「ペナルティ」の追加関税25%も取り下げる、としている。

18%という関税率はベトナムやパキスタンよりも低く、インドにとってはハッピーな内容だが、トランプ氏が宣言した「ゼロ関税」やインドにとってのセンシティブ品目である「農産物」の扱い、さらにはインドの対イラン投資に対する制裁措置はどうなるのか、などでインド外務省は説明もコンファームもしていない。交渉に関わったピユシュ・ゴヤル商工相も「交渉は最後の詰めの段階。近く詳しい内容を公表する」などと発言している。昨年春以降、トランプ大統領の朝令暮改や側近らの罵詈雑言に翻弄されてきたインドもさすがにこれで安心するとは思えない。トランプ関税のダメージを最小限に抑えたインドは、これまで通り世界各国・地域との自由貿易協定(FTA)戦略を推し進めるとともに、米国依存を脱却するため輸出品の販路拡大努力を続けていくことになるだろう。

むしろ増加した対米輸出

昨年8月末に米国が発動した50%もの高関税によって、全輸出の2割近くを占める米国市場へのアクセスが悪化しインドの輸出産業に大きなダメージが出ると予想されていた。だが、フタを開けてみるとスマートフォンなどの電子機器や石油製品、医薬品など高関税を逃れた品目の対米輸出が大幅に増加し、宝石・宝飾品や水産物、アパレルや皮革製品などの輸出減をカバーした。中国からの需要シフトや通貨ルピー安が追い風になった背景もあるが、インドの輸出振興策と企業努力の結果と言えるだろう。

印商工省のデータによると25年4~11月累計の対米輸出額は約589.9億ドルで前年同期比11.2%増と、減少するどころか2けたの増加となった。そもそもトランプ大統領がインドに対する貿易赤字を問題視したのは、高関税発動前の段階ですでにインドからの輸出が急増していたからだ。全世界向け輸出を見ても、欧州から北南米、アジアまで堅実に輸出額を増やし、4~11月累計では前年同期比2.5%増とわずかながらプラスを記録した。11月単月で見ると同19.3%増と、「絶好調」とすら思える数字だ。

対米輸出のグラフを見てみよう。25年4~7月まで好調に推移していた輸出は8月に前年同期比プラス6.6%と伸びが急速に鈍化、9、10月は連続で同マイナスに落ち込んだ。この間、宝石や水産物、アパレルなどインドの伝統的かつ労働集約的な産業の輸出が大きく減少している。

だが、11月の対米輸出額は約69.8億ドルと前年同月比22.6%の大幅増。水産物やスパイス類、繊維、宝石類など主力産品の輸出は確かに減ったが、医薬品や化学品、石油製品などがこれらの減少分をカバー。さらに米アップルのiPhoneなどのスマートフォンに代表される電子機器の輸出が前年比2.2倍、約21.8億ドルと著増した結果だ。スマートフォンに限ってみれば、11月の対米輸出額は約18億ドルで、前年同月のほぼ3倍に拡大している

24年度、インドからのスマホ輸出額は前年度比52%増、実に約258億ドルに達したが、このうち42%が米国向け。25年度(4~11月累計)では215億ドルで、米国向け比率はほぼ6割に達している。この「インドで組み立てた」スマホのうち金額ベースで約3分の2がアップルのiPhoneで、残りをサムスン電子などが占めている。これほどスマホの出荷が伸びたのは中国からの生産シフトに加え、20年度にスタートした製造業振興政策「生産連動型優遇スキーム(PLI)」が大きく後押ししたからだ。スマホはまさにインドの貿易にとって救世主と言えるだろう。アップルは25年末にインドからのスマホ輸出額が累計500億ドルに達している。国産化にまい進するインド製造業にとっては一つの大きな成功事例と言える。

新市場開拓に成功

トランプ関税への対抗策としてインドはすでにEUや英国、オマーン、ニュージーランドなどと相次ぎFTA締結で合意。今後はカナダやイスラエルとの交渉も本格化する見通し。転んでもただでは起きず、ピンチをチャンスに変えるしたたかなインド経済外交の面目躍如ということか。そうした一方、輸出業者による仕向け先多様化やコスト削減努力も見逃せない。インド企業は宝石や水産物などで米国市場への依存を減らそうと、中国や中東、そして欧州など新たな市場を開拓する努力も続けており、一定の成果を上げている

トランプ関税の最大の犠牲者となったのが宝石・宝飾品業界だ。最大の業界団体、宝石・宝飾品輸出振興協会(GJEPC)によると、25年4~12月の米国向け輸出額は前年同期比44.4%減の38.6億ドル。実額にして約31億ドルも減少したことになる。通常、インドで加工する研磨済みダイヤモンドなどの宝石類は米国のクリスマス商戦に向けて輸出の最盛期を迎えるが、25年12月単月の輸出額は前年比半減。トランプ関税によるダメージの大きさがわかる。

昨年春からの流れで、トランプ大統領がインド産品に対して関税攻勢を繰り出してくることは十分予想できただけに、宝石業界としても手は打ってきた。それが輸出先の多様化だ。GJEPCによると、25年4~12月、アラブ首長国連邦(UAE)向け、つまり同国を中継地として中東全域で流通した金額は68.9億ドルで前年同期比28.0%増(金額では約15億ドル増)、同様に中国本土への経由地である香港向けは42.5億ドル(同28.1%増、金額は約9億ドル増)といずれも顕著な成果が出ている。また、豪州向けも金額こそ少ないものの、2.7億ドル(同39.8%増)と大きく増えている。こうした結果、4~12月の宝石類の全世界向け輸出額は約207.5億㌦と前年同期比マイナス0.4%に踏みとどまった。ルピー建てではプラス3.7%と増加している。インド宝石業界は印米貿易交渉の「決着」にも油断せず、海外での見本市開催などプロモーションを強化して引き続き米国依存度を軽減するための努力を継続していく方針だ。

水産物は欧州向けに活路

宝石類と並んで対米輸出が大きく減ったのがエビや冷凍魚などの水産物だ。日本のスーパーでもインド産ブラックタイガーやバナメイエビなどが特売の目玉としてよく売られているが、これらもトランプ関税で大きなダメージを受けた。そこで業界が目を付けたのが欧州市場。ベルギーやイタリア、スペインなどの市場開拓を進めた結果、9~11月累計でベルギー向け輸出が前年比2.3倍、約9500万ドルもの増加。さらに中国向けも同1.2倍の8300万ドル増となった。日本やロシア向けも堅調に増えている。対米輸出はこの間28%減、金額にして約1.5億ドルも減少したが、輸出先多様化によってアメリカ向けの減少分を補ってもおつりが来る計算だ。

綿製品を中心とするアパレルにも同様に努力の跡が見られ、対米輸出の減少分を欧州や湾岸アラブ諸国向けで見事に相殺している。

もちろんインドの輸出産業はこれで安泰、というわけにはいかない。中~低価格市場を開拓してきた宝石・宝飾品業界は高付加価値化が課題。アパレルではバングラデシュやベトナムなどが低コストを武器に台頭しており、水産物でもエクアドルやインドネシアなどライバル国がひしめく。品質と価格を巡る競争は当面続くだろう。

警戒を緩めぬインド

また、印米貿易交渉を巡るトランプ大統領の一方的かつ自画自賛的な発表にも注意を払う必要がある。トランプ氏はSNSへの投稿で「インドは米国への関税や非関税障壁をゼロにする」と主張しているが、そもそも協定における乳製品や大豆、食肉、果実といった農産物の扱いは不透明なままだ。欧州連合(EU)とのFTAでも、インド側の内政に配慮してほとんどの農産物は適用除外となっており、農産物の開放に踏み込めば今なお政府不信が燻る大票田の農民・農村の反発は必至。野党もここぞとばかりに攻撃してくるだろう。基準や認証といった非関税障壁のうち、何をどの程度撤廃・緩和するのかという説明もない。トランプ氏は「ロシア産原油の輸入をやめて米国やベネズエラから買え」と言っているが、確かにインドの大手石油会社は軒並みロシア原油の購入を減らしていて、国営ヒンドスタン石油(HPCL)などはベネズエラ産原油の輸入の検討に入っている。割安な重質油を精製して利ざやを稼ぐインド石油業界にはフィットしそうだが、直ちにロシア産を置き換えるのは容易ではないだろう。ロシア外務省は早速「インドがロシアとのエネルギー協力を後退させることはない」と釘を刺している。

その意味で米印の貿易協定は決して完全決着したとは言えない。インドは今後も情勢を楽観することなく、FTA戦略のさらなる拡大と輸出振興に全力を挙げることになるだろう。

バングラデシュ総選挙 12日に投票

2024年に学生らの大規模な抗議デモによってハシナ首相率いる前政権が崩壊したバングラデシュで、新たな国づくりを担う政権を決める総選挙が12日に実施されます。第1党に最も近いと目されるバングラデシュ民族主義党(BNP)を率いるのが同国初の女性首相として2度にわたって政権を率いたカレダ・ジア元首相の息子、タリク・ラフマーン氏(60)です。17年に及んだ英国での亡命生活から昨年末に帰国したばかり。直後に母のジア氏が死去したことで選挙戦は「弔い合戦」となり、BNPは有利に選挙戦を進めそうです。ハシナ氏が率いた前与党のアワミ連盟(AL)が選挙から閉め出されているためBNPの勝利と党首ラフマーン氏の次期首相就任が有力視されています。

一方、最大のイスラム政党、イスラム協会(JI)は反政府デモを主導した学生らの新党「国家市民党」(NCP)などと選挙協力を行っていて、最近の世論調査の結果ではBNPとの支持率の差がかなり縮まっています。福祉や貧困層対策を掲げて高齢者や農村部などの支持を固める戦略で、既存政党のような汚職疑惑も少ないという点で都市住民にも浸透しそうです。

ただ、どの政党が勝利しても、選挙終了後には難問が待っています。まずは国民和解。2大政党の対立に加え、前ハシナ政権が独立時の戦争犯罪を蒸し返したことで国民の統合は大きく揺らいでいます。そして外交。インド寄りだった前ハシナ政権への反発もあって、対印関係は微妙になっています。2国間の貿易・投資促進やガンジス川水利協定の更新などは緊急課題です。国民の間ではインドがハシナ氏の亡命を受け入れて送還に応じないことや、バングラデシュ人のクリケット選手がインドのプロリーグから追放された問題などで反インド感情が高まっていて、インド側もバングラデシュの少数派であるヒンドゥー教徒への暴力行為に強い懸念を表明しています。

そして今年11月に控えているのが後発開発途上国(LDC)からの「卒業」です。バングラデシュの主力産業である繊維業界や輸出業者は、LDC卒業によって先進国市場向けの特恵関税が廃止されるため、卒業の「延期」を訴えていますが、暫定政権を率いるノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏は、予定通りの卒業を主張しています。

24年度(25年6月期)のGDP成長率は3.9%、現行25年度は4%台後半の成長が見込まれていて経済では大きな死角は見当たりませんが、若年層の失業や年率8%台のインフレなどが懸念材料です。いずれにせよ、この国に必要なのは成長に不可欠な経済政策と近隣外交、そして治安確保だと言えるでしょう

(主任研究員 山田剛)

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