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山田剛のINSIDE INDIA (第112回)

インドのデジタル経済、本格化へ~スマホ出荷は過去最高

モバイル支払いが復活、アプリも花盛り

 

2019/11/01

 不良債権処理の遅れや長年にわたる農業セクターの疲弊、個人消費の冷え込みなどを背景にインド経済が伸び悩む中、依然活発なスマートフォンの出荷を背景にインド経済のデジタル化が急速に進展している。高額紙幣廃止後にわかに進んだキャッシュレス化の反動で一時現金決済への回帰も見られたが、今や都市部ではモバイル決済が浸透。超高速でのデータのやり取りが可能になる第4世代(4G)移動通信システムの普及で最新のアプリが次々登場。斬新なビジネスモデルを引っ提げたスタートアップなどが関連ビジネスや新規需要を生み出しており、データ通信の容量も世界一の水準に達している。社会・交通インフラの不備を補完できるデジタル経済は、多様性と混とんに彩られたインドという国自体を大きく変革する可能性も秘めている。

 電気通信やIT(情報技術)部門に特化した大手調査会社カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチによると、2019年7-9月期のインドのスマホ販売台数は前年同期比10%増の約4900万台と、四半期としては過去最高を記録した。年間に換算すれば2億台に迫る数字。すでに今春時点でスマホの出荷台数がガラケー(現地ではフィーチャーフォンと呼ぶ)を逆転しており、データ通信やアプリを活用できるスマホがついにデジタル・ガジェットの主役に躍り出たことになる。

 スウェーデンのエリクソンが発表したレポートによると、2018年末時点でのインドのスマホ1台当たりのデータ通信容量は月間9.8ギガバイトで、世界最大となった。同社ではこの数値が2024年までに18ギガバイトへとほぼ倍増すると予測。モバイルによるブロードバンド加入者も2018年の6.1億人から2024年には12.5億人に倍増する、との見通しを示している。もちろん、すでに各社が新規投資の検討に入っている5G(第5世代)の普及も織り込み済みとみられる。

 こうしたユーザーベース急拡大の背景にあるのが、激しい競争で通信料金が低額に抑えられていることだ。中でも「通話料無料」キャンペーンを謳って2016年9月のサービス開始からこれまでに3億人を超える加入者を獲得した大手財閥系リライアンス・ジオ・インフォコムの参入が最大のインパクトとなった。これにより、動画ストリーミングなどのエンタテインメントが手軽に楽しめるようになる。思ったほど普及していなかった対戦型ゲームなども、日の目を見るのではないだろうか。

アプリ駆使するインドのユーザー

 スマホの爆発的普及と歩調を合わせるように便利なアプリも続々登場。これが新規ビジネスの呼び水となっている。デジタル調査会社テックARCが18年末に発表したレポートによると、インドのスマホユーザーは平均で51種類ものアプリをインストールしているという。インドで圧倒的支持を得ているチャットアプリ「ワッツアップ」をはじめフェイスブック、インスタグラム、そして「ホットスター」などの動画配信サービス、そしてモバイルペイメントアプリの草分けである「Paytm(ペイティーエム)などはもはや標準装備に近いと言っていい。

 これらのほかにも、インド最大の旅行予約サイト「MakeMyTrip(メイクマイトリップ)」や、今年5月に月間アクティブユーザー数が1億人を超えた音楽ストリーミングサービスの「gaana(ガーナ)」、映画館予約サービスの「bookmyshow(ブックマイショウ)」。そして米アマゾンと渡り合う地場ネット通販大手のフリップカートやスナップディールなども定番だ。銀行ローンや各種金融サービスを取り扱うフィンテック・スタートアップの「Moneyview(マネービュー)」、レンタカーの「Zoomcar(ズームカー)」などがダウンロード数で上位にランクされている。

 中でもインドの商習慣を大きく変えたのが「キャッシュレス」。モバイルペイメント、いわゆるおサイフケータイをはじめとするクレジットカードやデビットカードなどによる電子マネーやオンライン決済の普及だ。大手会計事務所KPMGインディアの調査によると、インド国内でキャッシュレス支払いが可能な店舗数は2016年度にわずか150万ヵ所だったが、現在ではこれが1000万カ所に急増、年12.7%のスピードで普及が拡大しているという。とりわけモバイルペイメントの利用額は2019年から23年にかけて年平均52%の成長が見込まれる、と予想している。

 インド中銀(RBI)の最新統計によると、2018年度(19年3月期)のモバイルペイメント利用回数は約41億3000万回と前年度から36%の増加、金額でも約2.12兆ルピーと同50%の大幅増となった。2016年秋の「高額紙幣廃止」後に紙幣流通量が急回復したことや、デジタル決済における本人確認の煩雑さが嫌われてキャッシュレスの支払いはしばらく低迷していたが、かつての勢いは一過性ではなかったようだ。手軽に送金などができるモバイルバンキングの決済金額も18年度に、同3.3倍の62億8000万ルピーに増加した。政府や小売業界などがあの手この手で国民にキャッシュレスの利便性をアピールし、割引などの優遇措置提供してきた成果が出た、と言っていいだろう。

 デビットカードの発行はすでに9億2000万枚に達しており、与信管理の難しさや焦げ付きの多発などで発行枚数が伸び悩んでいるクレジットカードに比べると約20倍。Paytmに代表されるモバイルペイメントも屋台の紅茶店から三輪タクシーまで支払い手段としてすっかり普及しつつある。「利幅の薄い商売なので、おつりを計算して手渡す手間が省ける分だけ効率がアップするので助かる」とはデリーの紅茶屋台のオーナー。ヘビーなスマホユーザーである学生など若者の間では、いちいちプリペイドのスクラッチカードを買わずに、モバイルペイメントで携帯電話の通話料をチャージするというスタイルが当たり前となっている。

中国ブランドが市場を席捲

 インドのデジタル経済を支える通信インフラを担っているのが、これまた激しい競争下で鎬を削るスマホメーカーだ。7-9月期の市場シェアでは中国・小米科技(シャオミ)が26%で首位をキープ。これを韓国・サムスン電子(20%)、Vivo(17%)、Realme(リアルミー、16%)、Oppo(8%)の中国勢が追撃するという構図。インド国内で販売されるスマホの実に7割近くが中国ブランドという独壇場だ。

 インドにはこのほか、ワンプラスやジオニーなど30社以上の中国メーカーが進出しており、その多くがすでにインドでの現地組み立てを開始している。例えば首位シャオミは18年秋に南部アンドラプラデシュ州に新工場を建設。Vivoも今後数年でインドに750億ルピー(約1260億円)を投資する計画を明らかにしている。Vivoはデリー郊外の新産業都市グレーター・ノイダに新工場を建設し、スマホ生産能力を現在の年産2500万台から同3340万台に増強する。

 米トランプ政権からの強い圧力の渦中にある中国・華為技術(ファーウェー)もインド事業は堅調。スマホはもとより、南部バンガロールにIT関連事業全般に関する海外最大規模のR&D施設を建設。現在約2700人の技術者を5000人程度まで増強する計画で、その場合はインドへの総投資も最大10億ドルに達する。現地紙の推計ではインドでは現在3.5億人を超えたスマホユーザーが2022年までに4億4500万人へと増加する見通し。次々と発売される最新機種への買い替えも日常化しており、各社の需要見通しはきわめて強気だ。

1.4兆ルピーのライセンス料

 ところが、こうしたモバイル市場急成長の勢いを阻害しかねない問題も起きている。インド最高裁は10月下旬、携帯電話プロバイダー各社が政府に支払うライセンス料の算定基準に、通信以外の関連事業収入も含めるべきだと認定。政府側の主張に沿った判決を言い渡した。これにより、ごく最近まで業界首位だった(現在は3位)バルティ・エアテル(加入者3.28億件、8月末時点)が利子や追徴金も含めて約4100億ルピー(約6800億円)、現在の首位ボーダフォン・アイデア(同3.75億件)が3900億ルピー(6500億円)もの金を政府に納入しなければならなくなった。ライセンス料の総額は1兆4000億ルピー(2兆3000億円)に達するとみられる。対象となったプロバイダーの中には、エアセルやリライアンス・コミュニケーションズのように経営破綻の末撤退した会社もある。どうやってカネを徴収するのだろうか。

 4100億ルピーという金額は、エアテルの年間売上(18年度)のほぼ半分に匹敵する。利益なき安値競争の結果、通信業界全体では7兆ルピー近い負債を抱えているといわれるだけに、政府による今回のライセンス料取り立ては大きな打撃となるだろう。折しも10月上旬には、2016年9月の新規参入以来、「通話料無料」キャンペーンで他社の顧客を大量に奪取してきた風雲児リライアンス・ジオ・インフォコムがついに他社向け通話の有料化に踏み切ったばかり。業界ではこれでようやく公正な競争に戻れる、と一息ついた矢先だった。

 経済の減速で税収が大きく落ち込む中、インド政府・財務省としては「取りやすいところからカネを取る」という方針のようだが、つくづく企業には優しくない国である。民間航空と同様、誰ももうからなくなってしまった携帯電話市場の背景には、無計画な新規参入を認め、通話料が1分1円を切るような安値競争を放置したことが挙げられる。デジタル経済を推進するためには、その基盤インフラを担う携帯電話業界の健全な発展が不可欠なのだが、残念ながら政府の支援体制は決してきめ細やかとは言えない。

 春の総選挙で圧勝し、やり残した改革を完遂するために船出した第2次モディ政権ですが、いきなり経済成長の減速という難題を突き付けられた格好です。主力産業である自動車業界では厳しい販売不振に直面、肥料や燃料価格が上がる割には低迷する農産物価格に業を煮やした農民の抗議デモも各地で起きています。「連邦直轄化」に踏み切ったジャンムー・カシミール州の動向もなお波乱含み。アジアの大国インドの「次」の課題は何かーーー本コラムでは最新のデータや取材・調査結果を基に、わかりやすくお伝えしていきたいと考えています。(主任研究員 山田剛)