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山田剛のINSIDE INDIA (第126回)

アフガン情勢、再び不安定化へ―米軍撤退で力の均衡崩れる

攻勢強めるタリバン、「イスラム首長国」樹立目指す

 

2021/07/13

 世界を震撼させた米同時テロとそれに続く対テロ戦争(アフガニスタン戦争)開戦から今秋でまる20年―――。米バイデン政権は同時テロと同じ9月11日までにアフガニスタンから米軍を完全撤退させる方針を発表、最大の拠点だったバグラム空軍基地をアフガン政府に引き渡すなど、8月末にも前倒しで撤退が完了する見通しだ。最大で10万人規模の兵力を張り付けていた米軍は事実上アフガンから手を引くことになるが、その後始末はいったい誰がつけるのか。

各地で攻勢強めるタリバン

 米政府は2020年5月、カタールの首都ドーハでアフガニスタンの反政府武装勢力タリバンとの和平合意を達成。この「ドーハ合意」に基づいて米国はタリバンとアフガン政府との和平協議を後押ししている。だが、和平に応じたタリバンは米軍撤退による武力の空白を見越したかのようにアフガン国内各地で攻勢を強め、支配地域を着実に拡大している。モスクワを訪問したタリバン代表団は7月上旬、「全土の85%を支配した」と宣言した。さすがにこれは誇張だろうし、北部や南部の諸州は大部分が山岳地帯なので単に支配地域の面積を誇示してもあまり意味がない。

 しかし、各地で政府軍を圧倒しているタリバンが今後の和平交渉で有利な立場にあることは間違いない。米情報機関は「米軍撤退後、タリバンの攻勢でアフガン政府が半年から1年で崩壊する」というきわめて物騒な予測を立てているが、このまま「援軍」がなければ自力でタリバンを抑えられるとは思えない。

 アフガン駐留米軍トップだったミラー司令官も「(タリバンの攻勢で)アフガンは内戦状態に陥る」と警告している。そうなれば軍閥が割拠する30年前に逆戻り。隣接するイランやパキスタンには再び大量の難民が流入する事態にもなりかねない。そして、その中には難民に偽装したイスラム国(IS)やアルカイダなどのテロリストも紛れ込んでくるだろう。

 米軍は首都カブールの大使館警備などを担う600人程度の兵員は残す考えだが、もはや自ら先頭に立って戦うつもりはない。アフガン政府が崩壊しないとしても、米国の影響力低下に乗じて中国やロシア、そして歴史的・文化的に近いイランが接近してくることは確実だ。旧ソ連や米国防総省などの調査によれば、アフガンにはコバルトや金、リチウム、そしてレアアースなど100兆円規模の資源が埋もれているという。各国は当然ここに着目しているだろう。

 2001年9月の米同時テロ後、米国などが始めた対テロ戦争によって政権の座を追われたタリバンは、その後も国内の山岳地帯や部族支配が続くパキスタンとの国境周辺などに潜伏、捲土重来を狙っていた。タリバンを支える最大の資金源とされるのが、高地に適したケシ栽培とそれを原料とする麻薬の一種アヘンの製造・販売だ。アフガンでは昨年以来のコロナ禍で衰退した一般産業から、ケシ栽培に多くの人が流れ込んでいるといわれる。

 また、「本家」タリバンと協力関係にあるとされる「パキスタン・タリバン」などが各地で寄付金を集め、戦闘員のリクルート活動を行っている、との指摘もある。オースティン米国務長官は6月中旬、上院の公聴会で「米軍の撤退後、2年程度で国際テロ組織アルカイダなどが復活する可能性がある」と発言した。こうしたテロリストがアフガン国内で再び力をたくわえ、米国や周辺国に牙をむくという悪夢は差し迫った問題といえる。

 タリバン復活の背景には、アフガンやパキスタン、特に縁辺部の住民の間における反米感情の強さがある。米国がイスラム諸国と敵対するイスラエル寄りであるということに加え、武装勢力捜索中の米軍兵士が現地人の住居に入り込み女性のブルカ(頭からすっぽりと全身を覆う黒衣)をはぎ取るなど、イスラムの戒律を尊重しない行動はかねて厳しく批判されてきた。結婚式に集まった群衆を過激派の会合と誤認して爆撃、多くの犠牲者を出すといった事件も後を絶たなかった。

 もちろん、常に待ち伏せ攻撃や自爆テロにおびえる米兵にとって、一般市民に偽装しているかもしれない過激派の捜索はまさに死と隣り合わせの極限状態であったことは容易に想像がつく。一方的に非難はできない。米軍が決して誤爆を謝罪しないのは軍の士気が下がるからだ、という説明を某国の駐在武官から聞いたことがある。

駐留に厳しい米国内世論

 このアフガン戦争を20年間にわたって主導した米軍は、90兆円以上の巨費を投じて過激派の掃討作戦や治安維持に当たってきた。その過程で2300人以上の米軍兵士が自爆テロや待ち伏せ攻撃などで死亡している。米国防総省や米ブラウン大ワトソン国際公共問題研究所によると、この間にタリバン戦闘員8万1000人以上が殺害され、アフガニスタン治安部隊の約7万8000人が死亡しているのだが、アフガニスタンとパキスタンの民間人4万7000人以上も戦闘に巻き込まれるなどして犠牲になっている。まさに泥沼の戦争だったといえるだろう。

 また、戦地で死傷した兵士に対する補償金や年金、心を病んで帰還した兵士のケアなどにも莫大なコストがかかっており、これらを含めるとアフガン戦争の総費用は2.26兆ドル(248兆円)を超える、とする試算もある。これだけの金と人命を投じて米国は何を得たのか、という議論は当然のように湧き上がっている。

 バイデン政権がアフガンからの撤退を決断した背景には、アフガン駐留に対する米国民の厳しい世論がある。英エコノミスト誌が4月に実施した調査によると、米国民の58%が撤退に賛成しているとのこと。かつて「世界の警察官」を自任し、地球上のあちこちで紛争解決(時には紛争を悪化させることもあったが)に取り組んできた米国ではイラク戦争以降、自国民の血が流れる戦争には厳しい目が注がれている。

 オバマ政権によるいわゆる「リバランス政策」によって、米国は中東地域へのプレゼンスを低下させ、その資源やマンパワーをアジア太平洋に集中させようとしてきた。バイデン政権もこれを引き継ぎ、さらに「中国との競争」というキャッチフレーズを掲げる。要するに台湾情勢などをにらみ、中国に軍事的けん制を行うとともにアジア太平洋に覇を唱えるのはアメリカでなくてはならない、ということをアピールしているわけだ。

 米国が敷いたレールに乗り、アフガン政府は2020年9月からタリバンとの和平交渉のテーブルに着いた。もはや力で抑え込めなくなったタリバンを平和的に政権内に取り込むためだが、この和平プロセスにも不安が多い。

「イスラム体制」復活を目指すタリバン

 一貫してイスラム聖職者が指導層を担い、「イスラム首長国」を標榜するタリバンは、和平の予備交渉において「純正なるイスラム体制をつくる」と主張、イスラム聖職者が起草する新憲法の施行などを要求している。米国はこれに一定の理解を示しているといわれるが、ガニ大統領ら政府側は到底容認できないだろう。

 非公式ながらタリバン幹部は、かつて禁じていた「女性の教育や就労」も認める考えを表明している。だが、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんを銃撃したのは、「女子教育」を真っ向から否定するタリバンの主張に共鳴したパキスタン・タリバンのメンバーだった。タリバンの支配地域ではすでに女性への抑圧が始まっているとの報道もある。イスラム法の極端な解釈・運用で市民を恐怖に陥れたタリバンの台頭は再び人権状況を危うくする可能性がある。

 このままの状態で米軍が引き揚げた場合、だれがタリバンの抑止力になるのだろうか。バイデン米大統領は6月下旬、ホワイトハウスでアフガンのガニ大統領と会談し。「軍撤退後も軍事、政治、経済における支援を継続する」と表明した。まだアフガンを見捨てないというわけだが、ではどうやって具体的にアフガンの治安を守るのか。

 一つの可能性に過ぎないが、アラブ首長国連邦(UAE)・アブダビのムハンマド・ビン・ザイード・アル・ナハヤン皇太子は今春、インド・パキスタンの外相らと接触し、両国の和平交渉を仲介する意向を示したとされる。ここに米政府の意思が反映されているとすれば、米軍が去った後の治安維持に印パ両国の力を借りるという思惑も見えてくる。そのためにも印パの対立状態を解消しておく必要があるというわけだ。さらに深読みすれば、アフガンの後見役としてインドを動員することで、パキスタンが「友好国」中国と組んでアフガンでの影響力を強めることを抑止する狙いも見えてくる。

 パキスタンにとってアフガンは「兄弟国」。パキスタン陸軍はアフガンとの国境地帯に跋扈する武装勢力に対する容赦ない掃討作戦を展開、テロリストや過激派をアフガン側に追い出すことにおおむね成功している。アフガン情勢が不安定化すれば当然自国にも被害が及ぶ。

 インドも同様だ。インド政府は2015年、約100億ルピー(150億円)を投じてアフガンに国会議事堂を寄付し、竣工式にはモディ首相自らが出席した。最近ではカブール郊外でのダム建設計画も表明している。このようにアフガンの安定化は印パ両国の国益にかなう。アフガンの治安維持で協力する意義は確かにある。

 だがパキスタン陸軍広報局長のババル・イフティカル少将は7月中旬、「インドはパキスタンに害をなすためにアフガニスタンへ投資している」と述べ、不信感をあらわにした。印パの「手打ち」は容易ではなさそうだ。

 日本など極東地域の国々にとって、アフガニスタンで起きていることは遠い異国の出来事に過ぎない。しかし、アフガン情勢の不安定化は、中東・南アジア全域でテロリストの復活や過激派の勢力拡大を招きかねない。イスラエルやトルコ、サウジアラビアやイラク、イランなど、ただでさえ情勢が不安な国々にさらなる影響を与える懸念もくすぶっている。そうなった場合、日本やアジア企業も無関係ではいられない。アフガン情勢は引き続き要注目だ。

★本稿は7月8日放送のテレビ東京「モーニングサテライト」のコーナー「日経朝特急+(プラス)」でのニュース解説を再構成しました。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

アメリカ・バイデン政権はアフガニスタンからの米軍完全撤退を表明。20年近くに及んだ対テロ戦争の幕を下ろそうとしています。しかし、武装勢力タリバンが攻勢を強める中、米軍撤退による力の空白はアフガン情勢の不安定化を招き、パキスタンやイランなど周辺諸国にも少なからぬ影響を与えることになります。旧ソ連や米国が膨大な兵力を投入してもまとめきれなかったアフガニスタンーー。その行方はなお混沌としています。(主任研究員 山田剛)

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