テキサスから考える米国の将来
2019/01/07
米国南部のテキサス州はあまりニュースの話題にならない。ニューヨークやシリコンバレーのような華やかさはなく、トランプ政権発足でにわかに関心が集まった中西部のように製造業の没落で苦境に陥っているわけでもない。だが、米国の将来を占ううえでヒントになる点は多い。
まず、大きさや成長速度という意味ではもっと注目されていい州だろう。州内総生産はカリフォルニア州に次ぐ2位で、世界10位のカナダを上回る規模。名目成長率は2000年~2017年の平均で4.8%と全米3位の伸びを記録している。人口もカリフォルニア州に次ぐ2位だが、17年までの10年間の人口増加数では全米ナンバーワンだ。総じて言えば、「明るいアメリカ」を象徴する場所である。
非白人層の増加で共和党は不利に?
それ以上に興味深いのは、今後の米国の政治や経済の姿を探る材料に事欠かない点だ。
一つ目は人口構成が大きく変わりつつあることだ。それによって米国の政治が大きく変わる可能性がある。
米国は2040年代半ばに白人の数が全人口の半数を割ると予測されている。その段階にいち早く到達した州のひとつがテキサス州だ(注1)。ヒスパニック系の移民増加を背景に白人比率は2004年に5割を切り、今では42%まで低下した。
海外からの移民だけでなく、ニューヨークやロサンゼルスなど大都市からの移住者が多いのも特徴だ。知的エリート層などがダラスやヒューストンといった都市部やその近郊に居を移している。
一般に非白人の住民や知的エリート層は民主党支持が多く、こうした層の増加は共和党に不利にはたらくと見られている。
テキサス州では1980年以来、大統領選で必ず共和党候補が勝利を収めてきた。大統領を決める票数(選挙人数)では7%近いシェアを持ち、影響力も非常に大きい。
そのテキサス州を民主党が制するようになれば、大統領選は一気に民主党優位に傾く公算が大きくなる。今回の上院選でも民主党の新顔候補が善戦し、現職のクルーズ候補を苦しめた。
保守派と穏健派が共和党内で対立
果たしてどうなるのか。同州の政治に詳しいテキサス大学ダラス校のE・ハーファム教授は以下のように話してくれた。
「ヒスパニック系は投票率が低く、カソリックで保守的な人も少なくないが、全体としては民主党支持が多数派。その人口増加は続き、同様に民主党色が強いアジア系人口が激増していることも考えれば、トレンドが共和党に不利なのは間違いない。テキサス州は(民主党が強い)カリフォルニア州の後を追っている」
「今回の中間選挙の結果を見ると、共和党と民主党の逆転はそう遠くないと感じる。従来、民主党は都市部しか勝てなかったが、今回の州下院選では都市郊外でも共和党の敗北が目立った。テキサス州の共和党は減税や反移民・銃規制反対など超保守路線を転換しないと先行きは危ういだろう」
実際、テキサスの共和党内では将来を見据えたバトルが起きている。保守派は、「不法移民に甘くリベラル勢力が強いカリフォルニア州のようになったらテキサス州は終わりだ」と危機感をあおり、反移民や反自由貿易を掲げるトランプ大統領にすり寄る。穏健派はテキサス州の繁栄には移民との共存や自由貿易が大切と説く。共和党の「聖域」であるテキサス州での論争だけに、今後、共和党全体の議論に影響を与える可能性がある。
エネルギー大国への道
テキサス州の姿は米国の政治だけでなく、経済の先行きを見定めるうえでも重要だ。ポイントは3つある。
1つ目はエネルギー産業の動向だ。
米国はすでに天然ガスの最大の産出国となり、原油生産でも昨年は世界一になったとみられる。その中心地がテキサス州だ。同州内の原油生産量は全米の38%(2017年、米エネルギー情報局調べ)を占め、今年はイラク並みの規模になるとの予測もある。天然ガスの生産でも全米の23%(同)を占める。
原油は同州から世界に向けて輸出されているが、液化天然ガス(LNG)の輸出基地も州内各所で建設中だ。昨年末にはそのうち一つの拠点から輸出が開始された。
もともと産油で発展した州ではあるが、周知のように今回の生産ブームはシェール革命といわれる掘削技術のイノベーションがきっかけになった。重要なのは、同州のエネルギー産業がサウジアラビアなど中東産油国などに打ち勝つ価格競争力を持ち続けられるかだ。それは生産効率を高めるための技術革新が一段と進むかどうかにかかっている。
ダラス地区商工会議所のS・カラビアスラッシュ上席副会頭は「採掘の効率化で最近重要になってきたのはビッグデータの解析能力。地元のエネルギー企業はグーグルなどと人材獲得でしのぎを削っている」と語る。新分野の知識を持った人材の獲得能力や投資余力をどこまで持てるかがカギとなる。
安価な国内エネルギー供給の増加は、テキサス州の製造業のコスト競争力も高めている。シェール革命の持続力は米製造業全体の将来にも影響を及ぼす。
内向きの貿易政策に懸念
2つ目は世界に広く開かれた州という環境が保てるかだ。
テキサス州は2002年にカリフォルニア州を抜いて以来、輸出額で全米第1位の座を維持し続けている。同州の成長率が高い主因は、自由貿易や外国人の受け入れなど開放的な経済の仕組みをフル活用し、輸出や投資、雇用を増やしたことにある。
テキサス州の各地域の経済開発担当者が一様に指摘するのは、北米自由貿易協定(NAFTA)の恩恵が大きかったことだ。米商工会議所の試算によると、メキシコとカナダとの貿易で支えられている同州の雇用は100万人を超す。
様々なバックグラウンドを持った人材の豊富さも同州の強みだ。ヒューストン地区の経済振興団体「グレーター・ヒューストン・パートナーシップ(GHP)」のS・ダヴェンポート氏は「ヒューストンの人口の4分の1は外国生まれ。多様性が経済の活力につながっている」という。
そんなテキサス州の産業関係者が気にかけるのがトランプ政権の内向き姿勢だ。NAFTA消滅は避けられ、再交渉の末、米国・メキシコ・カナダ協定という新協定が結ばれたが、原産地規則の厳格化や自動車関連品の事実上の輸入上限枠設定など改悪された点も多い。
経済開発担当者はみな「政治家にはテキサス州経済にとっていかに貿易が大切かを訴えている」と強調した。トランプ政権の反移民政策についても「行き過ぎた移民規制につながれば経済に打撃になる」という指摘があった。
テキサス州の輸出先として最も伸びが高い中国との貿易摩擦の先行きを懸念する声も多かった。中国向け輸出の主力は原油や基礎化学品。米中貿易戦争の成否は輸出の伸びに大きく影響する。
テキサス州は米国経済を下支えするとともに、政権を支える共和党の要の地でもある。その声を無視して、政権が貿易戦争を続ければ同州経済は打撃を受け、ひいては米国経済の失速につながる恐れがある。
デジタル経済化へ対応進める
3つ目のポイントは、産業の高付加価値化だ。
エネルギー産業の復活が目立つテキサス州だが、オースチンのハイテク産業やヒューストンの医療研究機関・医療関連産業も競争力の高さでは有名だ。この強みをいかし、地域経済の付加価値を高めようとする動きも活発になっている。
近年、世界的に需要が高まっているサイバー・セキュリティー。この分野で有力な集積基地になりつつあるのがサンアントニオ市だ。40社以上のサイバー・セキュリティー会社がここに本社を置く。
大きな理由の一つは米空軍のサイバー防衛本部がここにあること。空軍の情報ネットワークの防護を目的にしており、研究開発部門も擁する。退職者が創業した企業も少なくない。テキサス大サンアントニオ校には情報システム・サイバーセキュリティー学部があり、この分野の人材を多く養成している。オースチンから移ってきた情報技術の専門家も多く、世界的に不足している人材を確保しやすい利点がある。
ヒューストン市は、「医薬産業+デジタル」、「エネルギー+デジタル」の組み合わせで、既存の産業の競争力を一段と高める戦略をとっている。地元企業が出資してスタートアップ企業に投資するファンドを開始したり、大学と起業家、地元企業がイノベーションのために協働するための拠点をつくったりしている。
テキサス州経済を語る上では法人も個人も所得税がないことや、事業規制の少なさなども指摘しておく必要があるだろう。この点は共和党が州政治を支配してきたこととも関係し、「ビジネスにやさしい州」という同州の看板にもなっている。トヨタは2017年に米国の本拠地をダラス郊外に定めたが、ダラスやヒューストンに本社機能を移す米国内外の企業の動きは今も続く。
一方で、同州は住民の医療保険への加入率がかなり低い州であることが知られている。経済が強いにもかかわらず、貧困率も相対的に高めだ。低所得者や中低所得者層への対応が課題として残されている。
非白人層の増加が政治や社会をどう変えるのか。原油やガスを大量に生産・輸出するエネルギー大国への道は開けるのか。内向きの経済・貿易政策を進めれば経済はどんな影響を受けるのか。米国の将来像を、最南端に位置するテキサス州から考えてみるのも悪くない。
(注1)他にはカリフォルニア州、ハワイ州、ニューメキシコ州、コロンビア特別区(ワシントン)がある。
バックナンバー
- 2019/03/25
-
反エリート主義は何をもたらすか
- 2019/02/04
-
反自由貿易に一段と傾く米民主党
- 2019/01/07
-
テキサスから考える米国の将来
- 2018/12/19
-
対中強硬策に戦略はあるか
- 2018/11/14
-
米グローバル企業への風圧強まる