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実哲也の揺れるアメリカを読む

反自由貿易に一段と傾く米民主党

 

2019/02/04

 トランプ大統領の登場が与党・共和党の性格を変質させつつあることについては、このコラムで幾度か指摘してきた。見逃してならないのは、化学反応は民主党にまで及んでいるという点だ。労働者を代表するはずの民主党の大統領候補が反エリートを掲げる候補に敗北したことの傷は大きく、党のあり方を考え直さなければいけないという議論につながっている。
 いつのまにかエリートの党とみられている現実を反省し、庶民の党として再出発しなければいけないというのが共通認識だ。だが、そのための方策については鋭い対立があり、次回大統領選へ向けてメッセージを統一化できるかは危うい状況だ。
 今回のコラムではそんな民主党の現状にスポットライトをあて、日本にとって重要な貿易政策などへの影響も探ってみたい。 

主流になったサンダース左派路線

 民主党の大統領候補指名を競う予備選が始まるのは1年後の2020年2月初めだ。そこをめがけて民主党の政治家が続々と候補者として名乗りを上げている。
 目立つのは2016年の候補者指名争いでヒラリー・クリントン氏と競った左派のバーニー・サンダース上院議員とそっくりの主張だ。
 「すべての国民にメディケア(高齢者向け公的医療制度)と同じ医療保険制度を」
 「個人の大金持ちからの献金は受け取らない」
 「大学の授業料をただにする」
 女性上院議員として立候補したエリザベス・ウォーレン、カーステン・ジリブランド、カマラ・ハリスの3氏はこうした主張で足並みをそろえた。いずれも「民主社会主義者」を標榜するサンダース氏がかねて訴えてきたことである。
 これらの考え方はかつて党内で異端視され、ばらまき型で無責任なポピュリズムと批判されていた。候補者が次々に賛同を表明していることは、それが主流の考え方になりつつあることを示している。
 3氏は、セクハラ被害を受けた人たちの「ミー・トゥー」運動への支持を強調しているほか、性的少数派や移民の権利擁護も訴えている。
 リベラル色が強い主張へのシフトは、中道派エリートの代表とみられたクリントン候補が前回の選挙で手痛い敗北を喫したという苦い経験がもたらした面もある。

 選挙戦略では党内対立も

 党の活動を支える草の根団体である「ムーブ・オン」の幹部は今年初めの米有力紙への寄稿でこう主張している。
 「有権者にとって最悪なのは、どっちつかずで、国の方向を本気で変えようとしない民主党候補である」「ホワイトハウスを取り戻すために必要なのは、若者や非白人層をはじめとして人々の気持ちを鼓舞し、巻き込んでいくようなエネルギーなのだ」 (注1)
 米国民が求めているのは大胆な変革であり、トランプにも特権エリート層の支配にも不満なリベラル派や庶民を投票に行く気にさせることこそが、政権奪回の近道――。「ミニ・サンダース」的な候補が台頭している背景にはこうした考え方がある。
 だが、こうした流れに懸念を示す声もある。草の根政治活動家の言うがままにリベラルな政策を前面に打ち出せば、次回大統領選挙で大敗するというのだ。
 民主党が2016年に敗北したのは、中西部の激戦州であるオハイオ州、ペンシルバニア州やウィスコンシン州をトランプ氏に奪われたことが大きい。低所得者へのばらまきや、移民や性的少数派の権利擁護など左派的な主張は、中西部の保守的な白人労働者層や無党派層の受けが悪い。ニューヨーク州やカリフォルニア州に多いリベラル層に喜ばれる政策よりも、トランプになびいた白人労働者をたぐりよせるような政策を打ち出すべきだとみる。候補者も中西部をはじめ内陸部に地盤を置く政治家のほうが有望という考え方だ。

 トランプと重なる貿易政策

 こうした路線対立が貿易政策など対外経済政策にどんな影響を及ぼすのかが日本や世界にとっては関心事だが、結論から言えば、どちらの勢力が優勢になっても、望ましい結果になりそうにはない。
 まず、リベラル派の教祖的な存在であるサンダース氏がかねて自由貿易や自由貿易協定に否定的であることはよく知られている。トランプ大統領が就任直後に環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明した際に真っ先に評価したのがサンダース氏だった。サンダース氏と同様、米北東部に地盤を持つウォーレン候補も「フォーリン・アフェアーズ」誌の1-2月号で「(過去数十年の)貿易取引は労働者層を沈ませ、富裕層を浮かび上がらせただけだった」と指摘し、自由貿易擁護を掲げてきた共和・民主両党の歴代政権を批判している。
 一方、中西部の保守的な労働者層の支持を得られそうな候補者はどうか。
そうしたグループの最有力候補として最近よく名が挙がるのが激戦州であるオハイオ州選出のシェロッド・ブラウン上院議員だ。庶民的な性格で、3期連続で当選を果たした実力派議員だが、反自由貿易の闘士としての顔も持つ。2006年に『自由貿易の神話―なぜ米国の貿易政策は失敗してきたのか』という本を出版、北米自由貿易協定(NAFTA)を労働者に不利益をもたらした暴挙として激しく批判している。トランプ政権の保護主義政策を支えるライトハイザー米通商代表部(USTR)代表と親密な関係を持つことでも知られる。
 立候補の機会を窺う政治家の中に自由貿易支持者がいないわけではない。コロラド州のヒッケンルーパー知事やマコーリフ・バージニア州前知事らがそうだが、フロント・ランナーとはみられていない。

 グローバル企業に厳しい態度

 そもそも民主党は自由貿易に懐疑的な政治家が多く、議会でもオバマ大統領のTPP交渉を支持した同党議員は少なかった。それに加えて、反エリート主義やグローバル企業批判を掲げたトランプ大統領への対抗上、大企業に厳しい態度を取らざるを得なくなっている面がある。そのなかで大企業が求めるような自由貿易政策を堂々と擁護して指名を獲得するのは極めて難しい状況になっている。
 貿易政策についての民主党の共通ポジションを探るヒントになりそうな文章がある。民主党が多数派を奪回した下院で貿易政策を審議する歳入委員会の貿易小委員長を務めるパスクレル議員が地元紙に寄稿したものだ(注2)。主張をまとめると以下のようになる。
 ・トランプ政権が良い雇用創出のために貿易関係を改善しようとしていること自体  は悪くない。だが、実際には混乱を招いているだけで、米国の労働者や中小企業に望ましい結果をもたらしていない。
 ・私は多くの同僚と同様、いわゆる自由貿易協定の多くに疑念を抱いてきた。米国の産業の凋落や質の良い雇用の喪失、賃金低下に拍車をかけてきたからだ。米国の大企業が儲けのために国の尊厳を無視するのを許してしまったのだ。
 ・民主党は議会の行政監視機能を行使し、貿易政策が再び市民のためになるように力を発揮していく。

自由貿易派の居場所なくなる

 これらから明らかなのは1990年代のビル・クリントン政権時代に主流だった「ニュー・デモクラット」的な考え方がほぼ消滅しつつあることだ。少数派の権利擁護など社会的な問題ではそこそこリベラルな立場をとりつつ、経済政策では自由貿易や市場経済を基本的に尊重する考え方である。英国のブレア労働党政権にも受け継がれた思潮だが、英労働党はすでにそれを放棄し、反グローバル化、反大企業路線を鮮明にしている。企業の再国有化まで踏み込もうとしている英労働党ほど極端に進むことはないだろうが、ベクトルは同じ方向だ。
 実は世論調査を見る限りでは民主党支持者は保護主義政策を望んでいない。ピュー・リサーチセンターの2018年5月の調査によると、民主党支持者の67%が「自由貿易協定は米国にとって良いこと」と回答している。共和党支持者では「良いこと」という回答は43%にとどまっており、保護主義に傾斜しているのはむしろ共和党員といえる。しかし、そのことが民主党の政策に大きな影響を与えそうな兆候はいまのところ見られない。
 自由貿易論の政治家が大統領候補に立とうとすれば、もはや第3党から出るしか道がなくなりつつある。
 トランプ政権の高関税政策に悩まされる日本や世界。民主党の大統領候補が2020年の選挙で勝てば、トランプ流の予測不可能な貿易交渉スタイルに悩まされることはなくなるかもしれない。しかし、TPP復帰やWTO尊重など、多国間ルールを重視する通商政策への再転換はまず望み薄といっていい。

(注1) 「USA Today」への 1月6日付寄稿
(注2) パスクレル下院議員のホームページ参照 https://pascrell.house.gov/