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山田剛のINSIDE INDIA (第133回)

インドが目指す「半導体ハブ」~1兆円誘致プロジェクトが始動

 

2022/05/20

インド政府は2021年12月、「インドにおける半導体とディスプレー製造エコシステムのための支援プログラム(インド半導体ミッション=ISM)」を発表、自国を半導体や電子機器などの一大生産拠点に育てる壮大な計画を始動させた。総額7600億ルピー(約1.14兆円)の予算を計上し、半導体工場建設にかかる費用の最大50%を助成する、としており、2~3年以内にインド国内で本格的な半導体の生産に乗り出す考えだ。 世界的な半導体不足に直面する中、半導体メーカーは相次ぎ増産計画を打ち出している。新工場の立地先にとっては莫大な投資が期待できるとあって各国は誘致競争を展開し始めた。半導体や電子機器などの中国依存から脱却し、2050年までに1000万人の雇用創出を期待するインドも、エレクトロニクス産業を振興して経済成長につなげる狙いだ。これが果たしてすんなり軌道に乗るのか。予想してみたい。

石油に迫る半導体輸入

「13億人を結ぶデジタルインフラの建設が進んでいるインドは、半導体関連企業にとって魅力的な投資先である」――。4月末、インド最大の情報技術(IT)都市ベンガルール(旧名称バンガロール)で開いた国際シンポジウム「セミコン・インディア2022」で基調講演に立ったモディ首相は、いつにも増して力強くインドへの投資を呼びかけた。半導体政策を取り仕切るアシュワニ・バイシュナウ電子・IT相も「半導体チップは石油と同じ(戦略物資)である」と発言。「第1弾」の7600億ルピーに続いて追加で補助金を支給する考えを示した。インド政府はISMの枠組みで今後6~8カ月で進出企業に正式な認可を与えるとともに、各州政府と連携して工場用地や用水、電力などを供給する方針だ。

インド産業界もまた世界的な半導体不足の影響を受けており、今や電子機器を多用するようになった自動車をはじめ携帯電話端末や家電などの業界が軒並み減産など生産計画の見直しを迫られている。

インドの半導体産業ではチップの設計受託といった業態が多く、2008年にインテルが投入した高性能サーバー向けプロセッサー「Xeon7400」シリーズは、ベンガルールの研究・開発拠点で生み出された製品だった。だが、生産設備は組み立てや実験用などに限られ、シリコンのウェハーに回路を焼き付けるいわゆる「前工程」を含む本格的な生産設備を持った工場は皆無だ。電子・IT省によると2020年に約150億ドル規模だった半導体需要は、2026年には630億ドルに急増する見通しで、国産化が実現できなければこれらのほとんどを輸入でまかなわなければならない。これは2020年度の原油・石油製品輸入額826億ドルに迫る数字だ。インドにとって、慢性的な貿易赤字を少しでも削減するためにも半導体の国産化はまさに緊急課題だ。

台湾、イスラエル企業など5組が名乗り

2月中旬、印電子・IT省はこのISMによる補助金対象事業に内外5件の応募があったと発表した。半導体工場の奨励プログラムに名乗りを上げたのは3組。アラブ首長国連邦(UAE)・アブダビに拠点を置く投資ファンド「ネクスト・オービット・ベンチャーズ」とイスラエルの「タワー・セミコン」などによるコンソーシアム「ISMC」だ。ISMCが5月上旬に進出予定地のカルナタカ州と交わした覚書(MOU)によると、予定投資額は30億ドル。同州の古都マイソールに約60ヘクタールの土地を取得する計画という。生産するのはスマートフォンや家電などに搭載する普及品の線幅65ナノメートル(nm、ナノ=10億分の1)級のアナログ半導体で、1500人規模の雇用を予定しているという。

英国に本拠を置くインド系資源開発大手ベダンタと、台湾の鴻海精密工業傘下の電子機器受託生産(EMS)世界最大手フォックスコンによる合弁会社も当初30億ドル、最終的には200億ドルを投資する計画。現地経済紙によると、40億ドルの補助金を要求してカルナタカ州政府との交渉が難航している模様。ベダンタ側は「交渉が不首尾に終わった場合はグジャラート、マハラシュトラなど他州への立地を検討する」と主張しているといい、目が離せない。そしてもう1組は、半導体ソリューションを手掛けるシンガポールのファンドIGSSベンチャーズ。これら3企業体の合計投資予定額は136億ドルに達する。ディスプレー工場については、ベダンタと地場エレストの2社から応募があり、投資予定額は計67億ドルという。

タワー・セミコンはすでに米インテルが買収を決めているので、間接的だがインテルがインドの半導体生産に関わるという形になるが、政府が期待していた韓国・サムスン電子やSKハイニックス、米AMDやテキサス・インスツルメント(TI)といった「大物」からは声がかからなかった。「第1陣」とはいえ、投資規模は5組で205億ドル。世界の半導体投資が2030年に1兆ドルを超えると見られる中ではまだ微々たるボリュームだ。

そして誰もが懸念を示すのが半導体産業を誘致するためのインフラや原材料の供給体制だ。クリーンルームを備えた大規模な半導体工場を建設するには数十億ドル規模の投資が必要となる。大量の工業用水やアルゴン、窒素といったガスの供給はもちろん、精密機器である半導体生産設備を稼働させるための電圧や周波数が安定した高品位な電力供給も保証しなければならない。生産設備のメンテを担う技術者も用意する必要がある。

インドが半導体の国産化を目指す政策を打ち出したのは今回が初めてではない。最近では2007年に「インド半導体政策」を発表し、半導体工場建設など固定資産投資の20%相当額の補助金を支給するほか、半導体産業向け経済特区(SEZ)の整備を進めるとしていた。同政策に呼応し、AMDやインテルがインド進出を検討している、と伝えられたが結局は実現しなかった。

この「半導体政策」は2011年に改定されたが、進出企業に対する支援額の少なさが指摘されたうえ、インドにおける半導体生産のための基盤整備が疑問視されたこともあり、成果を上げることはできなかった。2015年には電子・IT省の半導体専門委員会の権限を強化。2020年には再度半導体工場進出を募集。昨年12月には電子機器分野で、生産高に応じて補助金を支給する「生産連動型インセンティブ(PLI)」を導入している。

こうした努力にも関わらず、2000年から2020年までの20年間でインド半導体産業に流れ込んだ海外直接投資(FDI)はわずか約30億ドルにとどまっている。半導体や電子機器産業を巡る世界情勢は大きく変化しているとはいえ、後発組のインドは苦戦を強いられている。

進出企業に提供するインセンティブの規模はどうしても半導体「先進国」に見劣りがする。米国や韓国は年間500億ドルを超える補助金を計上し、世界の有力プレイヤーを誘致している。中国に至ってはこれが1500億ドルを超える。

インドの半導体産業に関するニュース

インドの経済政策に対して活発な発言をしているラグラム・ラジャン元中銀(RBI)総裁は地元ニューステレビ局に対し「半導体の国内生産よりも、供給国とタイアップして輸入を確保した上で、人材育成に重点を置くべきだ」と提言した。信頼できるパートナーを見つけて半導体の供給不安を解消すれば、自国生産にこだわる必要はない、というわけだ。説得力はあるが、「メーク・イン・インディア(インドでものづくり)」を掲げるモディ政権は納得しないだろう。

それでも、半導体生産を巡ってインド官民は地道な努力を続けている。ITハードウェアの業界団体である印電子半導体協会(IESA)は2017年に台湾に事務所を開設して交流を続けてきた。国防省傘下のガリウムヒ素応用技術センター(GAETC)や、印宇宙研究機関(ISRO)付属の半導体研究所(SCL)、そしてインド工科大バンガロール校(IIT-B)などが手掛ける研究は世界が注目している。

まだ報道先行ではあるが、IT大手HCLテクノロジーズの共同創業者らがつくった営利団体であるEPIC基金とベンガルールのチップ設計会社「クイックチップ」はLED電球用チップを生産する工場の建設を計画。タタ財閥系IT企業のタタ・エレクシーも、国内での半導体生産で台湾企業と協議を開始したとされる。

今回手を挙げた企業グループは計5件にとどまったが、台湾やイスラエル企業といった世界的なプレイヤーの誘致にはひとまず成功した。コロナ禍でIT関連業界はソフト、ハードともに当面追い風が続くだろう。まずは小さくともまず成功事例を内外に示すことができれば、大きな前進と言えるだろう。

*第100回(2018.5.11)までのバックナンバーはこちら

低価格の肌着から原子炉、核ミサイルまで。なんでも自国でつくることができるインドにとって唯一の例外が「半導体」でした。コロナ禍を背景としたITブームもあってスマホや家電、自動車向けの半導体需要は急増しており、中国などから輸入せざるを得ないインドにとって貿易赤字の大きな要因となっています。外国企業を誘致し、半導体の国産化を推進するには乗り越えなければならない課題がたくさんありますが、中国に先立って火星探査船を飛ばしたインド。コロナで被ったダメージからからの反転攻勢を目指す新たな挑戦を見守りたいと思います。(主任研究員 山田剛)